150.ミデアのアドバイス
とある昼下がり。
庭で定位置に安楽椅子をおいて、そこに寝っ転がってくつろいでいた。
相変わらずフルは少し離れた所で、ビシッと直立不動に立っている。
こっちから話しかけなければだらだらするのを邪魔してこないから、無視してとにかくだらけた。
ぽかぽかの陽気だ、このまま夕飯まで一眠りするか――。
「師匠!」
「うおっ!」
寝っ転がってる所に、真上からニョッとミデアが顔を出してきた。
いきなりで、しかもミデアの勢いだ。
俺はちょっと驚いて、危うく安楽椅子から転げ落ちそうになった。
「なにするんだいきなり」
「すみません! どうしても師匠に聞きたいことがあったから」
「聞きたいこと? なんだ」
俺は上体だけ起こして、安楽椅子の上であぐらを組んで座った。
「私、ナナス流ですよね」
「ああ、そうだな」
俺は小さく頷いた。
ナナス流、それはミデアが入門した架空の流派の名前だ。
ミデアは俺に懐いて、俺を師匠って呼んでいるが、剣聖の孫のミデアを弟子にしたなんて周りにバレたら結構な騒ぎになる。
注目をすっごい浴びてめちゃくちゃ面倒臭い事になるのが目に見えているから、俺は架空の「ナナス」っていう人物をでっち上げて、ミデアに対外的にはそいつの弟子だって名乗るように言い含めてある。
「それがどうしたんだ?」
「ナナス流に、必殺技とか奥義とかありますか?」
「必殺技に奥義?」
「はい!!」
ミデアは大きく頷き、目を輝かせながら俺に迫る。
あー、つまりあれか。
なんかあったら教えてくれって事か。
「必殺技に奥義か……」
「なにかありませんか?」
「うーん……」
考えたこともなかったな、そんなの。
そもそもナナスっていうのがまず架空の人物で、そんな人間はどこにも存在しない。
存在しない人間、存在しない流派。
当然、必殺技も奥義も存在しない。
「ないかな」
「ないんですか……?」
ミデアはちょっと落胆した様子だ。
「必ず殺す技なら、ないこともないんだが」
「どういうものなんですか!?」
やっぱりある、と聞いて再び興奮し出すミデア。
「そうだな……そこにグラスがあるだろ?」
「はい、サイドテーブルにある師匠の飲みかけですよね」
「そうだ、見てろ」
俺は立ち上がって、安楽椅子の横にあるサイドテーブルを向いた。
まっすぐ向いて、集中する。
……。
…………。
………………。
「師匠?」
……。
…………。
………………。
「あの……師匠?」
「終わったぞ」
「ほげ?」
そう言って振り向くと、ミデアはきょとんとなった。
「何が終わったんですか?」
「グラスを見てみろ」
「はあ……」
ミデアは言われた通り、グラスを見た。
「何もないですけど――あっ!」
言いかけたミデア、変化に驚いた。
グラスが、斜めに斬られて、中身をこぼしてずれ落ちたのだ。
「な、なんですか今の?」
「だから必ず殺す技」
「全然見えなかったです! ものすごい速い斬撃ですか? もしかして光速ですか!?」
「いやそういう訳じゃない。何かを斬る時って、斬るという動作と、斬れたという結果にわかれるだろ?」
俺はかいつまんで、ミデアに説明する事にした。
「はあ……」
「斬るという動作があるから防がれるものなんだが、だったらそれがなければ防ぎようがないだろ?」
「えっと……はい。……はい?」
「だから、斬る過程をすっ飛ばして、斬る結果だけを作り出せれば、絶対に防げない、必ず殺す技になるって訳だ」
「……さすが師匠!」
「理解できたか」
「全然分かりませんでした!」
ミデアは自信たっぷりにそう言い放った。
「分からなかったんかい」
「はい! でもでも、師匠がすごいって事は分かったので大丈夫です」
「いやそれは一番忘れていいことだから」
「でも、師匠がそれを使ったの見たことないです」
「絶対に殺さないといけない相手に会ったこともないし、見ての通りために十何秒とかかるから、実戦向きじゃないんだ」
「なるほど!」
納得したミデア。
これで話が終わりか――と思っていたら。
「そういうのじゃ、私にはできないですよね……」
ミデアはシュンとなった。
ああ、そうだったな。
行間を読むのを忘れてた。
必殺技があるかどうかって聞くのなんて、トドのつまり自分が習得できるかどうかっていう質問なんだよな。
「……ふむ」
俺はあごを摘まんで、少し考えた。
これは……チャンスだ。
必殺技は、ナナス流のシンボルになり得る。
必殺技を見て、ナナス流とは、そしてナナスとはこういう使い手だ、とある程度の使い手なら思うだろう。
つまり、ミデアには「普段の俺」とかけ離れた必殺技を教え込むのがいいってことか。
俺は、ミデアに合った、そして俺から程遠い必殺技を考えた。
「反対……いや、反対は逆に連想しやすいな」
「師匠?」
「よし、お前にもできる必殺技を授けよう」
「本当ですか!!」
「ああ。剣を貸してみろ」
「はい!!」
俺は安楽椅子から立ち上がって、ミデアから剣を受け取った。
柄の感触を確かめつつ、頭の中で必殺技のイメージを練り上げる。
俺が使う技の多くはいわゆる闇属性だ。
闇なら俺を連想しやすい。
反対の光でも連想されやすい。
関係のない炎あたりがいいだろう。
俺は剣を構えて、振り下ろした。
振り下ろした瞬間刀身に渦巻く炎を纏いだし、斬撃の軌道が炎に熱されてその向こうに見える景色が歪んだ。
「おおおおお!!」
「こんな感じのやつだ」
「すごいです師匠、どういう技ですか」
「ちゃんと教えてやるからおちつけ」
ミデアを宥めつつ、俺は彼女に今の技を教えた。
俺は今まで、斬撃で炎をだした事はない。
それどころか、斬撃は斬撃だから、なにか付随させる必要もない。
これがナナス流の必殺技になれば、間違いなく俺からナナスを遠ざけてくれるだろう。
そう思って、俺は手取り足取り、ミデアを真剣に指導した。
☆
指導のあと、ヘルメスは「反復練習しといて」と言い残して、庭から屋敷の中にもどった。
真面目に指導したこともあり、ここはミデアの練習する場所に譲ってやるつもりだったから、彼は自分の寝室に戻ってそこでだらけることにした。
そうして、庭にはミデア――と、フルが残された。
真面目に、ヘルメスから教わった必殺技を反復で練習するミデア。
ヘルメスの手取り足取りでの教えもあってか、始めてから一時間程度で、彼女は斬撃にほんの少し火花をまとえるようになった。
ミデアの天賦と努力根性があれば、完全習得はすぐそこだ。
「一つ、いいですか」
「ほげ? メイドさんですか? なんですか?」
フルに話しかけられて、ミデアは手を止めて、フルの方を体ごと向いた。
「マスターに、おねだりをしていましたね」
「マスターって師匠の事ですか?」
「はい」
「弟子だから、師匠に必殺技を教えてくれってお願いしただけです」
「……羨ましいです」
最初は何気ないやり取りだったのが、その一言でミデアはフルの事が気になりだした。
「羨ましい?」
「はい、どうしてそんなことができるのですか」
「羨ましいならメイドさんもおねだりすればいいんですよ」
「私も?」
「はい。師匠は実は意外とちょろい――はぐっ!」
言ってはいけない言葉だ――とばかりに、ミデアはとっさに自分の口を両手で塞いだ。
そしてゲフンゲフンとわざとらしく咳払いしてから、言い方を変えた。
「め、面倒見がいいから。ちゃんと頼めばなんだかんだでおねだりを聞いてくれるですよ」
「……そうでしょうか」
「やってみるといいと思うです」
「…………」
それっきりフルは黙り込んだ。
相変わらずたたずんだままだが、顔に深い思案の色が表れていた。
☆
次の日、朝日に起こされた俺はベッドから降りて、伸びをして着替えた。
さて朝飯を――って。
「あれ?」
俺は部屋の中を見回した。
なんか……違和感が。
なんだこの違和感は。
なんだか分からないけど、何も変わってないようにみえるけど、違和感を感じてしまう。
こんこん。
「ん? ああ入れー」
メイドだろうと思って応じると、ドアが開いて、メイドが一人入ってきた。
メイドはメイドでも、メイド姿のフルだった。
「フル? そうか、違和感はお前が部屋にいなかったからか」
入ってきたフルを見て、俺は納得した。
ここ最近すっかり慣れてしまった、オブジェクトの様にそばで立っているフル。
そのフルの姿が見えなかったのが違和感の正体だったのだ。
いなくなったことで違和感を覚えるとは――と、俺はちょっとだけ苦笑いした。
「おはようございます、マスター」
「ん? ああおはよう」
「朝食の用意ができております」
「分かった」
俺はフルに連れられて、部屋を出て食堂に向かった。
先導するフルの姿は、格好だけじゃなくて本当にメイドっぽかった。
その姿を見て――。
「あれ?」
「なんでしょうか、マスター」
「なんでお前が案内してるの?」
「メイドのアドバイスです。せっかく料理を作ったのですから、案内も自分でやってみれば、とのことです」
「へえ……って、料理を作ったの?」
「はい」
「誰が?」
「私が」
「……何を?」
「朝食を、です」
「料理作れたの?」
「はい」
先を行くフルが小さく頷いた。
それは昨日までとは変わらない、感情の起伏に乏しいフルの声のトーンだった。
俺は不安になった。
剣の化身、感情の上下がほとんどない少女。
そんな少女がまともに料理を作れるのか?
そもそもなんで料理を作ろうと思ったんだ?
その不安が一辺に俺を襲った。
「なあ、なんで料理を――」
「マスター」
フルは立ち止まって、体ごと俺に振り向いた。
俺も立ち止まった。
表情は相変わらず薄いが、まっすぐ見つめてくる目は強い光を湛えていた。
「な、なんだ」
「私の料理を食べて下さい、お願いします」
「むっ……」
なんだかよく分からないけど、断れる雰囲気じゃないな。
しょうがない、毒をくらわば皿までだ。
「わかった、食べよう」
「ありがとうございます」
フルは頭をさげた。
「本当にちょろかった」
「ん? いまなんて」
「なんでもありません」
顔を上げたフルはそう言った。
何を言ったのか聞き取れなかったけど、感動してるっぽい口調だったし、別に良っかと思った。
そのまま、フルに連れられて食堂にやってきた。
「うぉっ!」
食堂の長い食卓の上に並べられた料理の数々を見て、俺は驚いた。
いや料理というよりは……これ、ごちそうってレベルだぞ。
俺は驚いたまま、フルの方へ向いた。
「これ、お前が作ったのか?」
「はい」
「……一人で?」
「はい」
「そんなスキルを持っていたのか」
俺は大分感心した。
そういうイメージがまるでなかったから、驚きもひとしおだ。
俺は自分の席に着いた。
「いただきます……美味い」
前菜を一口――めちゃくちゃ美味かった。
「すごく美味いなこれ」
「……ありがとうございます」
予想外に美味しいフルの料理を、俺は美味しい美味しいって言いながら、ぺろりと平らげた。
普段の朝飯よりもちょっと量が多かったが、美味しくてするっと入った。
「美味しかったぞ。ありがとうフル」
「……ありがとうございます」
「それにしてもいきなりどうしたんだ?」
「え?」
「料理のスキルを持ってるのは分かったけど、なんでいきなり作ろうと思ったんだ?」
というか、フルって今まで接してきて、命令がないと自分から動かないタイプだって思ってたんだが。
「それは……」
「それは?」
「……」
「……?」
言いよどむフル。
首をかしげて見つめ返す俺。
ふと、フルが顔を真っ赤にしたかと思えば、ぱっと身を翻して逃げ出した。
「へ? フル?」
手を伸ばした俺だが、フルはあっという間に食堂から飛び出して姿が見えなくなったので、伸ばした手は無意味だった。
「なんだったんだ……?」
「あらあら、すみにおけませんねヘルメス」
「姉さん?」
入れ替わりに、姉さんはにやにやして食堂に入ってきた。
「それってどういう意味?」
「話は聞きましたよ、彼女がいきなり、ヘルメスのために料理を作ったそうじゃないですか」
「ああ」
「女の子が急に手料理を作ったり、褒められて赤面して逃げ出したり。もう答えは出ているじゃありませんか」
「……え? いや待って」
俺は焦った。
姉さんの言いたいことはわかる。
わかる、が。
「俺、彼女に何もしてないぞ」
なにもしてないのに好きになられるって……そんなことあるのか?
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新頑張れ!」
とか思いましたら
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。