149.省力モード
あくる日の昼下がり、俺はリビングでのんびりしていた。
ソファーで寝っ転がって、オルティアの写真集を眺める。
今見ているのは「夏の日のオルティア」ってタイトルの写真集だ。
さわやかで、健康的に薄着をしているオルティア達は見ていて飽きなかった。
ちなみに俺が開発した立体写真じゃないけど、普通の写真も、これはこれで技術的にこなれてるからいい味わいを出している。
そんな俺の横で相変わらずフルが立っていたけど、それにも大分なれてきた。
少なくともそこにいて気にならなくなる位にはなってきた。
というのも、フルは立っている間本当に「直立不動」だから。
なんかの比喩とかじゃなくて、まるで蝋人形かってくらいうごかないから、そういうオブジェだと思えば気にならなかった。
そうしてフルになれた俺は、今日もリビングでいつものようにのんびりしている。
「よろしいですか、マスター」
「んあ? 珍しいな、お前から話しかけてくるなんて」
「マスターのものになってしばらく、ずっとマスターのそばで見てきましたけど……マスターはもしかして、動くのがお嫌いですか?」
「まあ……面倒なのは嫌いだな」
俺はゴロン、と。
ソファーの上で寝返りを打った。
「だらだらしてられる時はだらだらしてたいな」
「そうですか。では、マスターが私を使うとき、省力モードを起動させた方が良いでしょうか」
「省力モード?」
「はい、マスターが力を抑えて、そのかわり私の力を消耗します」
「ふむ?」
「要するに私が勝手に戦うというイメージです」
「そんなのができるのか?」
「はい。ですが私の方で普段よりも力を使うので、終わった後に長めのチャージが必要になる場合がありますが」
「なるほど」
俺は少し考えた。
考えた後、手を叩いた。
すると、何人かのメイドが入ってくる。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
「ん、フルにメイド服を着せてやってくれないか」
「わかりました」
「行きましょうフルちゃん」
「さあさあ」
メイド達は何も聞かずに、フルの背中を押して連れて行った。
「マスター?」
「いいから、まずは着替えてきて」
俺がそういうと、フルは相変わらず状況を理解できない、きょとんとしていたが、抵抗とかはしないで大人しくメイド達に連れて行かれた。
それから約十分後、メイド達がフルを連れて戻ってきた。
「お待たせしましたご主人様」
「どうでしょうか」
「ふむ」
俺はフルを眺めた。
眺めながら紅茶に口をつけた。
カップにある分を飲み干してしまったので、メイドの一人が注いでくれた。
そうしながら、フルを見る。
「省力モードって、俺のサポートをするんだっけ」
「はい」
「こんな感じ?」
俺は、俺の周りを世話するメイドを指しながら聞いた。
「本質は一緒です」
「そうか、それなら頼む」
「わかりました」
それは結構嬉しいかも。
俺の力を使わずに、フルがやってくれる。
なんか楽でいいかもしれない。
☆
「やあやあ、しばらくぶりだねカノー伯爵」
その日の夕方くらいに、ショウ・ザ・アイギナ王子が訪ねてきた。
さすがに王子の来訪はちゃんとしなきゃいけないから、彼を応接間に通してちゃんと対応した。
「えっと……今日はどのようなご用で?」
俺は恐る恐る、探りながら聞いた。
「スレイヤーを目覚めさせたと聞いてね」
「知ってるんですか?」
ショウが切り出してきた用件に驚いた。
スレイヤー――フルの事はもっとこう、知ってる人が少ないもんだと思ってた。
「アイギナ王家が関わっているからね、それの製作と開発は」
「そうなんですか?」
「クシフォスを知っているかい?」
「勲章の事ですか」
「うん、その勲章の元になったのが、護国の聖剣クシフォス」
「あー……」
なんかそんな話を聞いたことがあるかも。
「クシフォスは護国の聖剣ではあったけど、色々あって、力をだいぶ失っていたんだ」
「はあ」
「そこで、クシフォスに代わる武器を作ろうと、当時の王家は考えた」
「ふむふむ」
「伝説の魔剣エレノア、そしてその娘魔剣ひかりを参考に、総理王大臣セレーネ・ミ・アイギナが呼びかけて、当時の大賢者オルティア、そして月下の剣仙ナナ・カノーを招いて、紆余曲折の末に開発したのが、スレイヤーシリーズ」
「……」
「どうしたんだい、なんか汗がでてるけど」
「い、いえ。芋づる式に新しい名前が次から次へとでてくるもんですから」
なんか悪い予感がする。
気のせいだよな。
「そうなのかい? まあそれはともかく、王家も結構関わったことだから、知っているのさ」
「そうだったんですか」
「うん、そう。だから後学のために、そのスレイヤーを見せてくれないかな」
ショウはニコニコしながら――いや、わくわくしながら俺を見つめていた。
「えっと……王家にはもう、スレイヤーが残ってないんですか?」
「もちろん、おそらくカノー伯爵が持っているのが最後のスレイヤーだと思うよ」
「うっ……」
「見せてくれないかな」
「わ、わかりました」
ちょっとわるい予感がしながらも、見せてくれ、という要求は断り切れない物だと思って、俺は観念した。
まあ、見せるくらいなら――。
「――あっ」
「どうしたんだい」
「今は、その……ちょっと」
「うん? なにかまずいのかい」
「それはその……えっと……」
まずいというか何というか。
いやまずいのはまずいんだけど。
まずいんだけど……。
「……はあ、わかりました」
俺は再び観念した。
もう一日早く来てたらなあ……そう思って、観念して今のありのままを見てもらうことにした。
振り向き、壁際にいるフルを呼んだ。
「フル、王子殿下がご所望だ」
「え?」
ショウは驚き、フルの方をみた。
「挨拶して」
「はい。初めまして、アイギナ王子殿下。私がスレイヤー一族の最終完成型、フル・スレイヤーです」
「人形じゃなかったの!?」
ショウは驚いた。
そうなのだ。
ショウが応接間に入る前からフルは既に来ていた。
そして俺とショウが部屋に入っても、フルはずっと壁際で、まるで蝋人形の如く、直立不動のままでいた。
ショウは完全に、フルの事をそうだと思っていたみたいだ。
「はい。マスターのご命令がなかったので、ずっと控えていました」
「そうかそうか。どころでカノー伯爵」
「は、はい?」
「どうしてメイド服なんだい?」
「うっ」
俺は言葉につまった。
それが「ちょっとまずい」の理由だ。
ショウが来るって知らなくて、そしてその目的がフルだって知らなくて。
フルをメイド服のままにしていたのだ。
ショウに聞かれて、なんと答えていいのか分からなかった。
「それは……」
「答えづらいのなら答えなくても大丈夫だよ」
「ほっ……」
俺はちょっとホッとした。
見逃してくれるっていうのならそれに越したことはない――。
「スレイヤーをこの短期間で完全に調教してしまうとは、さすがカノー伯爵だ」
「ええっ!?」
そうなるのぉ!?
……そう、なるのか。
ショウがいつものようにわくわくした顔で俺とフルを交互に見比べた。
なんかもう、どんな言い訳も通じそうになかった。
「ではもうひとつ。実際に剣になって、斬ってみてくれないかな」
「あっ、それは――」
「大丈夫、分かってるから。スレイヤーは剣の姿になると何かを斬らないと人型に戻れないんだろ」
「ええ、まあ」
「だからちゃんと用意してきてるよ」
ショウはパチンと指をならした。
すると、応接間の外で待っていたショウの部下が何かを持って入ってきた。
「それは……」
「ご存じミーミユだよ」
ショウの部下が持ってきたのは、木製の人形だった。
ミーミユ。
かつての天才人形師が発明した、モンスターとかの耐久力を完璧に再現する木製の人形。
そのミーミユは、いつぞやと同じようにスライムロードの姿をしていた。
「カノー伯爵が本気の力を他者に見せたくないのはわかっている。スライムロード相手なら今更だし、構わないだろ?」
「……ありがとうございます、殿下」
俺は微苦笑しつつ、ショウにむかって深々と頭をさげた。
そこまで気を遣わせたんなら、もはや断れる状況じゃないな。
俺は腹をくくった。
「フル、剣になってくれ」
「わかりました、マスター」
メイド服姿のフルは俺の要請に応じて、剣の姿になった。
メイド服を着せたが、剣になったときは前のままの、普通の剣のすがただった。
フリフリがついた剣になったらどうしようかとも一瞬だけ思ったが、取り越し苦労だったみたいだ。
ショウの部下たちはスライムロードのミーミユを窓際に設置した。
俺はそのミーミユの前にたった。
軽く斬って、それでおしまいにしよう。
そう思って、フルを構えて、軽く振り下ろした。
ドゴーーーーーーーン!!!!
「……え?」
「おおおっ!!」
振り下ろした剣が、ミーミユごと、応接間の壁を完全に吹き飛ばした。
「ど、どういう事?」
「マスターの代わりに斬りました」
「え?」
剣からメイドの姿に戻ったフルをみた。
「マスターが省力を望んでいましたので、代わりに対象を消滅させました」
「あっ……」
そういえばそんな話があったっけ。
いやいや、それはそうなんだけど、そうなんだけど――。
「すごい、すごいよカノー伯爵。さすがだ! 軽く振っただけでそうなるとは。やはり君はすごいぞ」
「おおぅ!?」
スライムロードのミーミユをものすごい力で吹っ飛ばしたのをみて、ショウはいつになく興奮してしまうのだった。
「面白い!」
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