14.酔っ払ってマジ指導
屋敷の庭。
くつろいでるのにくつろげない状況にある俺。
原因ははっきりしてる、ちょっと離れた所で、まるで衛兵の如く立っていて、忠犬の様な目を向けてくるミデアのせいだ。
「懐かれたようですね」
「ねえさぁん……」
やってきた姉さんが楽しげに言った。
「他人ごとだと思って」
「いいじゃありませんか、あれほど裏のない好意、悪い気はしないですよ?」
「そりゃ……」
それ自体は悪い気はしないよ?
姉さんの言うとおり、ミデアのそれは裏表のない好意だ。
猪突猛進、直情径行、単細胞にして無鉄砲。
いろんな形容詞が思いつくが、まあそういうタイプの少女だ。
好きと言ったら好き、嫌いといったら嫌い。
隠し事は出来ないし見ていて清々しい――なのは自分と絡まない時だけ。
「あれ、姉さんと一緒なんだ」
「私と?」
姉さんは小首を傾げ、視線を下に移した。
姉さん自身の、豊満な胸に。
ビシッ!
空気が凍った音が聞こえ、会話が聞こえる距離にいたミデアの表情が鬼になった。
「違う違うそこじゃない。俺の事を買いかぶってるところがって意味だ」
「なんだ、そういう意味だったのですか」
ちらっとミデアを見た。
鬼が引っ込んで、自分の胸に手を当ててシュンとした後、ぷるぷると頭を振って頬をパン! と両手で挟み込むように張って気合を入れた。
このあたりの反応もまあ、好感が持てる。
「ふう、姉さんが変なことを言ったから、変な汗かいて喉ガラガラだぞ」
「あら、それはごめんなさい――」
「飲み物とってきます!」
ミデアはこっちが制止する暇もなく、パピューン、と風の如く屋敷の中に駆け込んだ。
そしてすぐに戻ってきて。
「飲み物をどうぞ、師匠!」
と、グラスに入った透明な水を差し出してきた。
「ありがとう――あれ?」
受け取って、ごくごくと飲んでから。
「これ、水じゃないのか」
「はい! うちから持ってきた、おじいちゃんが一番好きだったお酒です」
「お酒?」
姉さんが首をかしげた。
「はい!! おじいちゃんが『酒と女と少しの血のにおい。それで人生の帳尻が全て合う』っていってました!」
「独特な哲学を持っているのですね、剣聖ともなればそんなものなのかしら」
「私にはよく分からないですけど、喉渇いたら酒! って言ってましたから。一番強い? っていう美味しいのを持ってきました」
「そうだったの」
「……」
「あれ? どうしたのヘルメス」
「師匠? 顔が赤くて目がとろんとしてますよ?」
「……」
☆
目の前の二人、姉さんとミデアの二人を見た。
「……ひっく。ミデア、ちょっとそこに立ってみろ」
「はい……ここですか?」
「剣を抜いて構えてみろ」
「はい」
「振る」
「え? ……はい」
ミデアは言われた通り剣を振った。
「本気で、そこにどうしても斬りたい相手がいるって感じで」
「……はい!」
一瞬戸惑ったが、すぐに戻って、意気込んで剣を構え直した。
精神集中――振る!
さっきのよりも遥かに強い、鋭い斬撃だ。
「……ひっく」
それを見て、少し考えて。
俺はゆっくりとミデアの背後に回った。
「師匠?」
「構えろ」
「はい」
構えたミデアの後ろから、彼女の胸を掴んだ。
「ひゃん! し師匠、私そこはなくて師匠が触ってもつまんない――」
「胸はもっと出す」
「だせませえん!」
ミデアは何故か声が泣きそうになった。
胸を出せってのがそんなに難しいか?
「いいから出せ、それと――」
ペロン。
「ひゃいん! 師匠、今度はお尻が」
「ケツは引っ込めろ」
「うぅ……」
「あらいけない、布団敷かせなきゃ……」
姉さんが何か変なことを言いながら屋敷に入っていくが、そっちは今関係ないから無視。
今度は右手でミデアの胸を、左手で尻を押さえて。
「胸は出す、尻は引っ込める」
「……あっ」
声を漏らすミデア、やっと気づいたか。
俺はミデアから離れる。
「ひっく。それ振ってみろ」
「はい!」
ミデアは素直に剣を振った。
ちゃんとした構えから放った斬撃は、音を置き去りにした。
姉さんくらいの素人なら、剣を振ったのさえ気づかず、「何故か変な音がなった」って感じるだろう。
「す、すごい! いまのすごい!」
「構えに無駄があった。その構えを忘れないように、これから毎日体に覚え込ませろ」
「はい」
「触ってみて分かった――ひっく」
手を見て、感触を思い出して。
「お前は、あのじいさんを越えられる才能を持ってる。俺が保証する」
「…………はい! ありがとうございます師匠!」
ミデアは嬉しそうに頷いた。
☆
翌日の朝、ベッドの上で目が醒めた。
なぜか昨日の服のままだ。
……なんでだ?
昨日の事を思い出す。
庭で姉さんと話して、ミデアが水をとりに言って、その水を飲んで……。
そこから記憶が無い。
あれ? そういえばあれ、水……だったか?
よく思い出せない、思い出せないが。
「すんすん……酒のにおい?」
俺の体には酒のにおいが残っていた。
飲んだ記憶は無いが……どういうことだ?
記憶が途切れてものすごくあやふやだ。
まあいい、思い出せない物をずっと考えててもしようが無い。
とりあえず起きて、風呂でも入ろう。
後の事は後で考えよう。
そう思って部屋を出たが、廊下の窓から庭が見えた。
庭には二人の女がいる。
剣を振るミデアと、それを見てる姉さんだ。
俺は窓を開けて、顔をだして。
「強くなったなミデア」
と、声をかけた。
俺の声に反応して、ミデアは手を止めて、猛然とダッシュした。
屋敷の中に飛び込んだ直後、ドタタタ! と階段を駆け上がってこっちに来た。
「おはようございます師匠!」
「お、おう、おはよう」
勢いに押されつつ、とりあえずさっきの話の続きをした。
「さっきの見てたけど、昨日とは見違えるようだぞ」
「はい! ありがとうございます師匠! 師匠に教わったとおり練習してます」
「……へ?」
どういうこと? 俺に教わったとおり練習ってどういう事?
理由をまったく理解できない俺。
ミデアはそんな俺を尊敬の目で。
ますます尊敬するようになった目で見つめてきた。
一方でゆっくり屋敷に入って、遅れて二階に上がってきた姉さんは、俺とミデアの二人を、見守るような温かい目で見た。
「……え?」
俺、またなんかやってしまったのか?




