148.魔王はもう本気だしたい
朝、俺はいつものように窓から起こされた。
当主になっても、よほどの事が無い限り朝は起こしに来るなとミミスやメイド達に言い含めている。
寝れるだけ寝て、好きな時間に起きたいからだ。
今日も自発的に目がさめるまで寝られて、幸せだとおもった。
そうしてベッドの上で体を起こして、伸びをする。
さて着替えるか――と思ったその時。
「うおっ!」
壁際に立っている少女の姿にびっくりした。
12・3歳くらいの背格好の少女は、微動だにしないまま壁にたっていて、俺の方じゃなくてまっすぐと彼女の真っ正面をじっと見つめている。
最初は驚いたが、落ち着いた後それがフルなんだと気が付いた。
「フル……何してるんだそこで」
「何って、剣は壁際に立てかけておくものですが」
「いやいや」
「主がいつでも使えるように手の届く範囲にいるのが剣のたしなみです」
「剣ならそうなんだろうけど……」
いやフルは確かに剣なんだけど。
人の姿になれる、人造の魔剣。
俺は彼女が剣と人間の姿を行き来しているのを実際に見ているだけに、「実は剣」というのにもはや疑問を持っていない。
それでも、人間にしか見えない姿で「剣のたしなみ」を論じられると違和感しかない。
「もしかして、夜の間ずっとそこに立ってたのか?」
「はい、それが何か?」
「いやいや、立ちっぱなしは大変だろ」
「そんなことはありません。まっすぐ立っていれば、むしろだらけて座っているよりもエネルギーの消費は少ないです。衛兵達と同じです」
そう話すフルの姿は、確かにビシッと、背筋を伸ばしてまっすぐ立っていた。
俺からしたらそっちの方が絶対キツいと思うんだけど、フルにはそうじゃないみたいだ。
「わかった、もういい」
「はい」
俺はため息をつきつつ、ベッドから降りた。
なんというか……まだまだ慣れないな……フルに。
☆
着替えてる間も、朝の洗顔とか身支度してる間も、食堂で朝食をとっている間も。
フルはずっと、俺の「手が届く範囲」で、背筋を伸ばしてビシッと立っていた。
その度にメイド達はやりにくそうにしてた。
メイド達が食器を下げて、食後のコーヒーを淹れてくれてる間に、フルに言ってみた。
「ずっとそうしてるのか?」
「マスターのそばにいるのが使命ですから」
「そんなにずっとそばにいなくてもいいぞ。剣を使うような場面はそうそうこないから」
「お言葉ですがマスター、常在戦場、ということわざがあります」
「大げさすぎるって、そんな戦場にいるような事がそうそう起きてたまるか――」
ドゴーン!
壁が急に吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ壁が巻き起こした土埃の中から一人の幼女が悠然と姿を現わした。
「甥っ子ちゃん、あーそーぼー、なのだ!」
「カオリ! ――はっ」
いきなり現われたカオリ、いつものながらの登場方法に俺は若干呆れたが――すぐにハッとして、フルを振り向いた。
「もう剣になってるぅ!!!」
フルは少女の姿ではなく、剣の姿になって、床に突き立てていた。
『どうぞマスター、私をふるって存分に戦って下さい』
「おっふ……」
俺はがっくりきた。
そんな事がそうそう起きてたまるか、と言いかけた瞬間に乱入してきたカオリ。
何か仕組まれてるんじゃないか? と思ってしまうようなタイミングだけど、カオリがなんの予兆もなくいきなり壁を壊して入ってくるのはいつものことだからそんなことはないと諦めた。
ちなみに、カオリが壁を壊して入ってきた時にけが人が出たことはない。
彼女は母親である前魔王の言いつけをちゃんと守って、自分より弱い存在には手を出さないように徹底している。
こうして無造作に壁をぶち破って入ってくるようにみえるが、実際は誰も怪我しないようにちゃんと計算してるらしい。
その事がもうメイド達にも分かっているので、カオリが壁をぶち破っても誰もパニックになることなく、何人かのメイドがやってきて、平然と崩れた壁の周りを掃除していた。
「おお! 甥っ子ちゃん甥っ子ちゃん」
「なんだ……?」
「それはもしかしてスレイヤーシリーズなのだ?」
「知ってるのかカオリ?」
「もちろんなのだ。おばさまのまねっこで作られた物なのだ」
「ああ……」
そういえばそういう話だったっけ。
カオリが話す「おばさま」の話がいちいち非常識にぶっ飛びすぎてて、なかなか覚えきれていない。
俺は一度頭の中で整理した。
その「おばさま」を参考にして、フルのスレイヤー一族が作られた。
そしておばさまとやらは、カノーの初代と結託して、七つ星コインの試練をつくった。
俺はうっかりそれを完全クリアして、「おばさま」由来の力を手に入れた。
そして手に入れた力でスレイヤー一族最後の一人であるフルを目覚めさせてしまった。
……と、こんなところか。
なんというか、全ての元凶がその「おばさま」って気がしてきた。
「それにしても懐かしいのだ」
カオリは言葉通り、懐かしむ目で地面に突き刺さっている、剣の姿のフルをみた。
「フルをしってるのか?」
「これはしらないのだ、私が知っているのはデビル・スレイヤーなのだ」
「デビルスレイヤー……」
「魔王を殺すために作られた剣なのだ」
「ああ……」
俺はなるほどと頷いた。
ドラゴン・スレイヤーとゴプリン・スレイヤーの名前はフルの口から聞いている。
魔王に対する魔王の剣を作っていたとしてもなんの不思議はない。
「もしかして、そのデビル・スレイヤーと戦ったのか?」
「ううん、なのだ」
カオリははっきりと首を横に振った。
「デビル・スレイヤーの出来は良かったけど、使い手が未熟すぎたのだ。歴史上最高の宝の持ち腐れなのだ」
「そこまでか……」
俺は微苦笑した。
デビル・スレイヤーをもってしてもカオリと戦うに値しない、ってことか。
「だから私が使い倒してやったのだ」
「逆ぅ!」
魔王を倒す剣を魔王が使うってどういう皮肉だよ。
「そうだ! おいっこちゃんおいっこちゃん」
「ん? 今度はなんだ」
「こいつを持って私と戦うのだ。おいっこちゃんが持てば二人で天地を震撼させる位の戦いができるのだ」
「怖いわっ! ってかヤバすぎる」
「久しぶりにギリギリのスリルを楽しめるのだ」
「どんな戦闘民族だよお前は! やらないから」
「えー、やらないのだ?」
「やらないのだ」
ちょっと口調がうつってしまった様な感じできっぱりと断った。
「だめなのだ?」
「だめなのだ」
「どうしてもだめなのだ?」
「どうしてもだめなのだ……いいから、座ってお前もコーヒー飲めよ。誰か、カオリにカフェラテを」
「かしこまりました」
カオリが現われてからも、ずっと控えていたメイドの一人が応じて、パタパタと走って行った。
カオリは甘いのが好きだから、これでごまかされてくれるだろう。
「うー、それは残念なのだ」
「諦めろ。まあ、いつかやってやるよ」
「いつかなのだ?」
「ああ、いつかな」
俺は小さく頷いた。
やるとはいったが、いつやるとは言ってない。
とりあえずこの場はごまかして。
「わかったのだ!」
カオリはパッと顔をほころばせて、まだメイドが掃除してる、来たときに破壊した壁の穴から外に飛び出した。
瞬く間に、空の彼方に消えていった。
「……何が分かったんだあいつは」
俺は一人でつぶやいた。
『マスター』
「なんだ――ってうわっ! なんでまだ剣のままなの?」
『私達は一旦剣になると、何かを切らない限り人型に戻れません』
「そういえばそうだったね! えっと……後でハエとかGとかでいいか?」
『問題はありません』
「ないのかよ……」
いや、フルのような子がGにきゃあきゃあいうのも、それはそれでどうなんかって思うけど、まったく気にしないのもそれはそれでどうなんだろうな……。
☆
数日後の午後。
庭でいつものように安楽椅子の上でくつろいでいると、姉さんがニコニコ近づいてきた。
ちなみにフルは少し離れたところで、やっぱりまっすぐ立っていた。
「ヘルメス」
「うわっ! どうした姉さん――なんかやけにニコニコしてるぞ」
「はい、さすがヘルメスですね」
「はあ? ……俺、最近何もしてないぞ」
「またまた――」
姉さんは肘で俺をつっついて、「むふふ」って感じの笑い方をした。
「もうすっかり噂ですよ」
「……なにが?」
「カオリちゃんの事ですよ。彼女が魔王軍を戦時体制に移行させた情報はもう各国に知れ渡っているのですよ」
「なにゆえ!?」
俺はパッと椅子から飛び上がった。
「強い人が強い武器を持ったのだから、自分もそれなりの力を準備しておかないといけない、らしいですよ」
「おっふ」
「強い人」
姉さんは俺をみた。
「強い武器」
姉さんはフルをみた。
「皆さん、魔王を本当の本気にさせた『強い人と強い武器』がなんなのかで、噂で持ちきりですよ」
「なんてこったい……」
カオリは引き下がった、引き下がったけど、「いつか」のために準備を始めた。
それが噂になった。
何もしてないのに、そんな噂になってたとは。
俺は、死ぬほどがっくりきたのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
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