146.「全てを殺す」
「え? この女の子は誰?」
驚くオルティア。
残念だが、今からもっと驚いてもらうことになる。
「剣がなくなってるだろ?」
俺は床を指しながら言った。
「え? あっ本当だ」
「さっきの剣が化けた女の子なんだよ」
「おー……そうなんだー」
「驚かないんだな」
「驚いてるよ。でも、ヘルメスちゃんならなんかそういうのもありかなって」
「そういうのって何だよ」
「うーん、なんだろね。わかんない――いたたたたた」
俺はオルティアの後ろに回って、彼女のこめかみを拳で挟んでグリグリした。
「もう、ヘルメスちゃんひどいよ」
抗議するオルティアを離してやった。
オルティアのおかげで落ち着いた俺は、女の子の方を改めて向いた。
彼女は現われてからずっと大人しくこっちを見つめていて、黙ったままだ。
「お前の名前は?」
「私の名前はフル・スレイヤーです、マスター」
「そのマスターっていうのは?」
「私達スレイヤー一族の掟です。休眠から目覚めさせてくれた者をマスターとして、その力となって戦います」
「穏やかじゃない話だな。一族って事は他にもいるのか?」
「わかりません」
女の子――フルは首さえも振らず、俺をまっすぐ見つめた。
どうやら、ボディランゲージが少なめな性格みたいだ。
「私が休眠するときにはもう私だけになっていました」
「え? そうなの?」
「はい、ドラゴンとゴブリンが最後まで一緒にいたみたいですが、私よりも先に逝きました」
「ドラゴンとゴブリン? お前の一族のはなしじゃなかったのか?」
「はい、そうです。ドラゴン・スレイヤーとゴブリン・スレイヤー。一応私の叔母と大伯母にあたる者でした」
「名前が物騒すぎる!!」
ドラゴンとゴブリンって聞いて、本当のドラゴンとゴブリンかって思ったら、実は個人名だって聞いてびっくりした。
「あっ、剣だからそういう名前なんだ」
「そうです」
オルティアがハッとして、フルが頷いた。
そのやり取りにもボディランゲージはなくて、フルが無表情で認めた――という形になった。
というか、そうか剣だからそういう名前か。
ドラゴンスレイヤーにゴブリンスレイヤーか。
ドラゴンスレイヤーはなんかの古い文献で読んで実在してた事は知ってるけど、同一――人物? なのかな。
ゴブリンスレイヤーはまあ、初耳だしそんなの必要あるのかって不思議に思った。
「っていうか、なんでお前一人だけになったんだ?」
「私達は、魔剣エレノアを参考にして産み出された一族です」
「魔剣を参考に?」
「はい。人間ではなく、人造生命体の一種で、正しくは意識を持った剣――インテリジェンスソードです」
「ええっ、人間じゃないの?」
オルティアはまたまた驚いた。
「はい」
「こんなに可愛いのに?」
「魔剣エレノアとその娘はもっと可愛かったと聞きます」
「魔剣なのに娘がいるの?」
「はい、名前は――」
「いやそれは今いいんだ」
俺は話を途中で遮った。
なんとなく、はてしなく脱線していきそうだったから、そこそこの所でストップさせた。
「それよりも俺がマスターっていうのはどういう事なんだ?」
「先ほども言いました」
フルはそう言った。
表情も口調もまったく変わらないけど、なんかちょっと棘を感じた。
「私達スレイヤー一族の掟です。休眠から目覚めさせてくれた者をマスターとして、その力となって戦います」
「いやそれは聞いたけど。そもそも休眠から目覚めさせた覚えはないぞ」
「マスターの中にあるエレノアゆかりの力を一部いただいて、それで休眠を解きました」
「……あぁ」
何となく分かった。
カオリが言っていた事も思い出して、何となく分かった。
つまり、あの七つコインの力が、フルを目覚めさせる鍵になったって訳だな。
「おおぅ……」
俺はがっくりきた。
やっぱりやっかいな力じゃないか。
「どうして気落ちするのですか、マスター」
「だってなあ……」
「私は一族最後にして最高傑作。ドラゴンとかゴッドとか、そんなみみっちい制限はありません。全てを殺すという意味での『フル』を名付けられました」
「物騒だわ!!」
物騒すぎるわ!
ってかそういう意味なんか!
ドラゴン・スレイヤーとゴブリン・スレイヤーは意味がすぐに分かったけど、フル・スレイヤーとか想像さえもできなかったわ。
「私を手に入れれば世界を手に入れられると言われています」
「すごい! 世界だってヘルメスちゃん」
「いやそんな力いらないから……」
「えー、もったいない」
「……」
俺は考えた。
フル・スレイヤー。
全てを殺せる意味の剣、世界を手に入れられる程の力。
「……残りの0.5は?」
思わずそうつぶやいた。
七つコインを集めた瞬間に言われた、世界を1.5個手に入れられる力。
フルが世界を手に入れられる力だと言った。
普通に考えて、言葉の意味と行間を普通に読めば、それは「1」ってことだと思う。
わざわざこれで「1.5」って事にはならない。
となると残りの0.5は……? って疑問が浮かび上がってくるが。
プルプル。
俺は首を振った。
そんなの、今は考えない方がいいと思ってしまった。
そんなことよりも、まずはフルの事を考えた。
間違いなく面倒な事になるから、できるなら関わり合いたくない。
「話は分かった。でもお前のマスターにはなれない」
「どうしてですか?」
「……どうしてもだ」
面倒臭いのは嫌だ――とは、さすがに面と向かっては言えなかった。
「分かりました」
フルはそう言って、きびすを返して、馬車の扉に向かって行った。
「まってフルちゃん、どこに行くの?」
「どこかその辺へ」
「どこかその辺?」
「はい。どこかその辺で、エネルギーが尽きて、干からびるのを待ちます」
「ちょっと待った!」
聞き過ごせない言葉が飛び出してきた。
「干からびるってなんだ」
「私達は、一度マスターを持ってしまうと、マスター以外からエネルギーをチャージする事ができません」
「んなっ!」
「ドラゴンもゴブリンもそれで逝きました」
「あら……マスターが先に死んじゃったの?」
「はい、天寿を全うしました」
「あっ、そなんだ。よかったね」
一瞬かわいそうだなと思ったオルティアの表情がすぐに開いた。
フルは更に続ける。
「マスターがマスターになれないと言いました。マスターの言葉は絶対ですので、どこかマスターの目につかないところで干からびるのを待ちます」
「うっ……」
「ヘルメスちゃん……」
「ううっ……」
オルティアにジト目で見られた。
言いたいことはすごくよく分かる。
こんな健気で、お前にしか助けられないな女の子を見捨てる気? って目だ。
「はぅ……分かったよ」
「はい?」
「そばにいていいから。どこにも行かなくていいから」
「そうですか。ありがとうございます、マスター」
そう話すフルはやっぱり表情も口調にも変化はないが、どことなく、嬉しそうに感じられた。
フル・スレイヤー。
全てを殺すという意味の剣。
それが、俺の物になってしまったのだった。
「面白い!」
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