144.こなきゃよかった…
「師匠! 大変です師匠!」
パン! と、ドアを乱暴に開け放って、ミデアが書斎に飛び込んできた。
その勢いで突風が巻き起こって、書きかけた書類が巻き上がって天井に張り付いた。
「書類……」
「大変です! 一大事です! 私も行ってみたけど全然入れませんでした」
「いや書類……」
天井に張り付いた書類がヒラヒラと落ちてくる。
ランダムな動きで落ちてきたペラ紙は、途中でくるりと一回転して、真横に滑っていった。
「調査してる人がいうには中にすっごいお宝があるみたいなんですけど、入れないのにどうやって分かるんでしょうか。あっ、お宝の殺気とかそういうのが――」
「ちょいっ!」
ペシッ!
俺は興奮してるミデアにチョップをたたき込んだ。
額に手刀を食らって、ミデアは軽くのけぞった。
「あいたたた……な、何をするんですか師匠」
「分かった分かった、まずは落ち着いて、な」
「でも――」
「まず深呼吸な。はい吸って」
「は、はい。すぅ……」
「吐いて」
「はぁ……」
「吸って」
「すぅ……」
「吐いて」
「はぁ……」
「吸って」
「すぅ……」
「吸って」
「すぅ……」
「吸って」
「………………」
ミデアはわなわなと震えだした。
顔が真っ赤っかになって、息が苦しそうだ。
「……ぷはぁ! し、ししょぉ……」
息苦しさの限界に達したミデア。
肺に溜まった息をまとめて吐き出して、涙目で俺を見つめてきた。
「どうだ、おちついただろ」
「お、落ち着いたですけど……」
恨めしそうな目で俺をみるミデア。
「……ちなみに今のは剣の極意でもある」
「え? ど、どういう事ですか?」
「敵と対峙したとき、バカ正直に向こうのガードがあるところに切り込んだりしないだろ? 隙をみつけたりとかガードが下がったところに切り込むのが勝利への近道だ」
「な、なるほど!」
「今のはそのガードを下げる方法だ。吸って吐いての、相手の予想をあえて外すという方法だ」
「なるほど! 勉強になります師匠!」
ミデアはびしっ! と敬礼をしてきた。
「吸って」の連続を素直にやったのもそうだけど、ミデアはどうにも馬鹿正直すぎるな。
まあ、それはとりあえずいいや。
「それで、何が大変なんだ?」
「そうだ! たいへんです師匠! エデッサっていう所に新しい遺跡が発見されたみたいなんです」
「へえ、遺跡か」
それはちょっと楽しみだな。
今でも、たまに数百年とか、数千年前の遺跡が発見されることがある。
多くの場合、遺跡の中を調査すると今はない何かが見つかる。
ちょっと前にも、どらやきとかブルマとか、昔の人間が発明したものが見つかってちょっとしたブームになっていた。
「面白そうだな。その遺跡がどうかしたのか?」
「それが、全然中に入れないんです」
「中には入れない?」
「はい! なんか入り口に結界? が張られてるみたいで、誰も中には入れなくて、今も入ろうとして苦戦してるみたいなんです」
「へえ、まあ遺跡だし、そういうのもあるかもな」
……。
「で、それの何が大変なんだ?」
「おじいちゃんが、『女体のかほりがする』っていって遺跡に行こうとしてるんです」
「それは……」
大変だ……な?
☆
次の日、俺はオルティアを誘って、二人で馬車に乗っていた。
馬車はピンドスの街をでて、街道を一直線に進んでいく。
俺たちが乗ってる馬車はそこそこのもので、馬が四頭仕立て、内装はちょっとしたリビングに匹敵するものだ。
そのリビングの中で、酒とごちそうを並べながら、オルティアがくつろいでいる。
「それにしても珍しいね」
「ん? なにが?」
「ヘルメスちゃんが外遊に誘ってくれるなんて」
「まあ、たまにはな。周りにも金をおとさなきゃ」
「うんうん、ヘルメスちゃん分かってる。大好き」
オルティアは満面の笑みで抱きついてきた。
普段表に出てくるのは娼館だが、実の所その裏で酒屋とか、洗濯屋とか、医者とか。
様々な業種と共存共栄している業種なのだ。
お大尽ともなればたくさんの娼婦を引き連れて物見遊山に出かける、そうなると馬車とかの足はもちろん、先行した安全と場所を確保する人間、娼館にいるときに劣らない酒やごちそうを現地まで運ぶ人間――等々。
様々な人間と商機が複雑に絡みあってくるもの。
娼館の中で遊ぶだけじゃなくて、外に連れ出すと普段よりも遙かに広く金が行き渡る。
勘違いしてる統治者は多いが、統治者にとって民間が潤うほどいいことはない。
極論、金がまわらなくなったら、穴を掘って穴を埋めるくらい、無駄な仕事であってもそれをやらせて金を流して動かすべきだ。
「で」
「え?」
「本当は?」
「本当はって?」
「またまた、ヘルメスちゃんと何年付き合ってると思ってるの。ヘルメスちゃんが何も無しに外遊をするって言い出すわけがないじゃん」
「……」
さすがオルティア、付き合いが長いだけのことはある。
彼女の言うとおり、普段の俺だったらこんな面倒臭いことはしない。
オルティアの所にいって、のんびりだらだらするのが普段だ。
外――郊外までいって遊ぶなんて面倒臭いことは絶対にしない。
「まあ、ちょっとな」
「そかそか。あたしは普段通りでいいのかな」
「ああ、そうしてくれ」
「分かった」
オルティアははっきりと頷いた。
付き合いが長いだけあって、彼女は俺の事をよく知っていた。
それに、賢かった。
俺が外遊を隠れ蓑にしようとしていると分かれば、それ以上の事は聞こうとしないで、隠れ蓑としての役割に専念しようとした。
「ヘルメスちゃん、一生のお願い!」
「そかそか、何でもいってみろ」
「痛い痛い痛い――」
俺はオルティアのこめかみをグリグリしながら、馬車に揺られながら、目的の遺跡に向かっていった。
☆
丸一日かけて、俺達はエデッサという、山を背にした小さな村にやってきた。
普段はきっと穏やかな慎ましい村なのだと分かるが、今はものすごく賑わっている。
村からはみ出すほどのおびただしいテントがあっちこっちに張られてて、いろんな人間がバタバタと走り回っている。
それを俺は、馬車の中から顔を出してじっと見つめた。
「おい、そこのあんた!」
「ん?」
声の方を向く。
すると、一人の青年が怒った顔で近づいてくるのが見えた。
「ここになんのようだ――って、娼婦との車遊びか」
窓から中を覗き込んで、オルティアの姿を見た青年はこっちの狙い通りに勘違いしてくれた。
貴族の格好をした俺、娼婦のオルティア、豪華な四頭立ての馬車――。
ここまで来れば大抵の人間はそういう風に勘違いしてくれる。
「ああ、彼女がここの景色が好きでな。なんかあったのか?」
「何も知らないで来たのか? 遺跡が見つかったんだよ」
「へえ」
「それで調査のためにみんな集まったんだけど、入り口が結界で固く閉ざされててさ」
「そうなのか」
ミデアの言ってたとおりだ。
「一日でも早く調査しに中に入りたいってのに、こんなところで足止め喰らってさ。その上――」
青年は俺をじろりとにらんだ。
その先の言葉は飲み込んで言わなかったが、仕事で行き詰まってるところに貴族が娼婦連れて野次馬に来ればどう思われるのかはあえて聞くまでもないことだ。
「命が惜しいのならさっさとここから消えろ」
男はそう言って、プリプリ怒った顔で、大股で去って行った。
俺はしばらく窓から外を、テントを張ってる調査隊の群れをしばらく見つめた後、馬車の中に引っ込んだ。
オルティアはポンポン、と自分の膝を叩いた。
因果を含めてあるオルティアは何も聞かずに、俺の思考を邪魔さえもしないでいた。
俺は彼女に膝枕をしてもらい、柔らかいのと温かいのを感じながら、考えた。
ぱっと見たかぎり、腕利きの結界師とかもいた。
遺跡に結界がかかっていることはよくあることだから、遺跡が見つかった後の調査に結界師が同行するのは当然だ。
しかし、さっきぱっと見た感じ、「隊に随行する」のよりも腕利きっぽい結界師もいた。
一流の腕利きは、こういうのにいつも同行するものじゃない。
普段はそこそこの人間に任せて、いざって時だけ要請に応じて駆けつけるのが一般的だ。
そういう、普通はいないクラスの結界師までいて、そして表情が暗かった。
つまりはそういうレベルの結界師でもダメだったって事だ。
……実際にどうなってるのか見てみたいな。
「ちょっと散歩しよっか」
「うん」
頷くオルティア。
俺は彼女を連れて、馬車から降りた。
さっきの青年以外でも、こっちに気づいてジト目で睨みつけてくるのがいた。
そういう視線は気にしなかった。
いやむしろ、こういう時に女連れで遊びまわる放蕩貴族って評価下がるよな。
あえて正体ばらすか――いや。
そういうのを狙うとろくな事にならない。
わざわざ評価を落としに行くと逆に上がってしまうのは、今までの経験でちゃんと学習してる。
偶然バレるならまだしも、わざとばらしにいくのはやめよう。
さて、遺跡は――。
「おい! 来るぞ!」
「みんな! テントの中に入れ!」
「急げー!!」
急に、周りが慌ただしくなってきた。
それまで外にいた人間達が慌てて次々とテントの中に駆け込んだ。
「な、何が起きてるの?」
オルティアは怯えて、俺にぎゅっとしがみついた。
「さあ……大丈夫だ、俺のそばにいれば大丈夫だから」
「……うん」
その一言でオルティアはすっかり安心したようだ。
オルティアはこっちの都合で連れてきたんだ。
何が起きてもオルティアは守って無事に帰す。
そう思って、オルティアを背中に隠した直後――それが来た。
黒い波動が襲ってきた。
まるで水面の波紋のように、遠くにある一点から周りに広がる。
そして――こっちに襲ってくる。
俺は手をかざした。
黒い魔法障壁を展開して、波紋を弾く。
波紋は障壁にぶつかって、かき消された。
「わあ、今の格好いい」
「そうか?」
「あっ、また来た」
オーラの波紋は、まるで心音の様に規則的に何度も何度も何度も襲ってきては、障壁とぶつかる。
その波紋を観察する。
周りのテントとか、木々とか、俺達が乗ってきた馬車とか。
そういうものに影響は出てない。
しかし、空から黒い何かにまとわりつかれた小鳥が墜落してきたり、そもそも直前に連中がテントの中に避難しろと慌ててたりしてたのを見ると。
「動物にだけ何か悪影響がでる、のか?」
「そういうのあるの?」
「ああ、たまにな」
あるにはあるんだけど、これは一体なんなんだ?
そうおもっていると、事態が更に変わる。
さっきまで水面の波紋の様に全方向に広がっていた黒い何かが、まっすぐとこっちに伸びてきた。
そしてそれは、俺にまとわりつく。
オルティアじゃない、俺にだけまとわりついた。
「むっ、これは――」
「大丈夫ヘルメスちゃん」
「ああ、でもなんか――」
変な感じ、っていおうとした直後、俺にまとわりついてた何かがはじけ飛んだ。
同時に巨大な音が辺り一帯に響き渡った。
まるでガラスが割れた様な音だ。
「……やべえ」
悪い予感がする。
すごく悪い予感がする。
ものすごく悪い予感がする。
俺の予感は正しかった。
「おい! 結界が破れてるぞ」
「なに!? まさか今の音と関係があるのか?」
「誰か見てこい」
俺はがっくりときた。
よく分からないが、状況だけはわかる。
「ヘルメスちゃんなんかやっちゃった?」
「……ああ」
オルティアでも分かるくらい、やらかした状況になっていたのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新頑張れ!」
とか思いましたら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。