142.世界で一番危険な男
この日はそこそこ天気がよくて、すこし体を動かしたほうが気分のいい日だったから、俺は街をでて当てもなくぶらついた。
今日もピンドスの町は大いに賑わっていた。
ラフな格好で出てきた俺に、様々な人が親しく声をかけてきた。
それでいくつかの店で新商品を買って、姉さんへのお土産を物色していると。
「ん? あれは……ソフィアか?」
俺は目を凝らした。
間違いない、視界の先でとらえたのはソフィアの姿だった。
普段から真面目一辺倒で強気なタイプのソフィアではあるが、それとは比べ物にならない位真剣な表情で一軒の店に入っていった。
「なんだ、あの顔は」
その表情が気になった。
普段も真剣だが、今見たソフィアの顔はどっちかと言えば鬼気迫るものがあった。
ものすごく真剣で、決意――いや覚悟と言っていいくらいの表情だ。
「……」
さすがに見過ごせなかった。
俺は彼女を追いかけて、同じ店に入った。
店に入ると、カウンター越しに店主と向き合っているソフィアの姿が見えた。
ソフィアは振り向かなかったが、店主は顔をあげて俺をみた。
「いらっしゃいませ。すみませんお客さま、いま前のお客さまの――」
「大丈夫だ――ソフィア」
「え? あっ、ヘルメス」
俺が声を出してようやく、ソフィアはこっちを向いた。
びっくりした顔で、カウンターの上におかれてる何かを背中に隠すような仕草をした。
顔も――まるで悪戯を親に見つかってしまった子供のような、そんな顔をしている。
「ど、どうしてここに?」
「お前を偶然見かけてさ」
深刻そうな表情をしてたから――とはあえて言わないでおいた。
理由は知らないが、場合によっては深刻そうだと指摘したら身構えられてそれで本当の事を話さなくなるかもしれない場合がある。
それを避けるために、気づかないふりをした。
「ここは……なるほど、マジックアイテムを売ってる店か」
まずはぐるっと外から。
店内を物色するように見回しながら、いった。
わりと普通の店だった。
ガラスのショーケースがいくつもあって、その中に様々なマジックアイテムが展示されている。
とはいえ、展示されてるものはほとんどがどこかで見たことのある、ありきたりなマジックアイテムばかりだった。
どれもこれも、話のタネにはならないような代物だった。
「ここになんか買いに来たのか?」
「え、ええ。そうね」
「なんだ? もしかしてソフィアも若返りの薬を探しに来たのか?」
俺は姉さんの事を引き合いに出しつつ、からかうように言った。
「そ、そんなのじゃないわよ」
「そうなのか? ――はっ、もしかして俺に飲ませる惚れ薬を!?」
「そんなのじゃないってば! ……もう!」
ピエロに徹した俺に、ソフィアは呆れた様子で唇を尖らせた。
そして体をどけて、カウンターの上に置かれている――彼女が背中にかくした物を見せてきた。
「これよ」
「これは……」
ソフィアに近づき、横に並んでカウンターに置かれていた物を見る。
厳重に施錠された、小さな箱だった。
ものすごく意味深な感じの箱で、俺は首をかしげてソフィアをみた。
「何が入ってるんだ?」
「マスター」
「ああ」
店主は頷き、小さな鍵を取り出して、丁寧に――丁寧すぎる位丁寧に鍵を解除した。
そして、箱をあける。
箱の中身は、かなりの装飾を施した、意味深な一冊の本だった。
「これが……本物なのね?」
俺に説明するのも忘れて、ソフィアはマスターに聞いた。
「原典とされているが、俺には確かめる勇気は無いから確かなことは言えない」
「なるほど……それもそうね」
店主の説明に納得するソフィア。
彼女は本を手に取りもせず、箱に収めたまま表紙をじっと見つめている。
一体どういう事だ?
俺も本をみた。
……これは。
「ちょっと見せてみろ」
意識をはっきりと本に向けた瞬間、何かを感じてしまった。
何かがなんなのかはよく分からない。
しかし、ただの本じゃない。
何かがある――というのだけは感じ取った。
俺はその本に興味をもった。
横から手を伸ばして、本をとって開く。
「あっ……」
声を漏らすソフィアをよそに、パラパラとめくっていく。
内容は――と理解する前に。
ガツン!
頭を殴られた様な錯覚を覚えた。
ハンマーのようなもので、横合いに殴りつけられたかのような衝撃だ。
ハンマー程度だから大した衝撃じゃない。
が、そういうのがあるって事はやっぱりただの本じゃないって事だ。
俺はますますの確信をもって、本を読み進めていく。
今度は内容を精読して、気づく。
それは、古代の言語で書かれている物だった。
「なるほど」
「え?」
「面白い事が書かれてるな」
内容を理解した瞬間、好奇心が色々と勝った。
書かれている内容が本当なのかどうかは分からないが、ちょっと面白いから試してみたくなった。
俺は本に書かれているとおりに、魔法の行使を試みた。
かざした手の先に、真っ暗な何かが現われた。
ただでさえ暗い店の中なのに、窓の隙間とか、ランタンの揺れる灯りとか。
そんなわずかな光さえも、その真っ暗な何かに吸い込まれていった。
空間に存在するあらゆる光を吸い込んだ後、人型の存在が現われた。
全身が黒ベースで、頭は山羊の様な角が生えている。
上半身は裸で筋肉ムキムキだが、下半身はまるでなくて、粘土を引きちぎった先っぽみたいなかんじだった。
そいつはぎょろり、と蛇のような目で俺達をぐるりと見回してから、視線を俺に落ち着かせた。
「お前か、我を呼び出したのは」
「そういうことになるのかな」
「ふっ……数百年ぶりに呼び出したのがこのような若造だとはな」
魔術書通りに呼び出したやつは、いかにも尊大な態度で、はなっから俺達を見下している様な感じだった。
「まあよい、盟約は盟約だ。我を呼び出した小さき物よ」
「ん?」
「願いごとを言え、どんな願いでも三つまで叶えさせてやろう」
「あー……そういうのか」
俺は苦笑いした。
魔術書は「呼び出したらいいことあるよ」(意訳)って書いてあったんだが、いざ呼び出してみると最悪の展開だった。
こんなの故事とか寓話とかに腐る程書かれている。
呼び出した存在がどんな願いでも叶えてやるという。
そんなの、絶対に乗っかったらいけない話のパターンだ。
当然、それに乗っかる俺じゃない。
「そういうのいいから」
俺は即答で、きっぱりと断った。
ちょっと前までだったら、これに飛びついていたのかもしれない。
この先サボって生きていけるようにしてくれ、って願ったのかもしれない。
もちろん失敗目当てだ。
失敗するのがわかり切ってるところに突っ込んで、それで俺の評判を下げる――という狙いで。
が、今はもうそれはしない。
しないことにした。
そういうのをする度に、「逆に失敗して」逆効果になり続けてきた。
わざと失敗するのは避けるべきだ、というのがここ最近の経験からの気づきだ。
だから、きっぱりと断った。
「貴様……我を愚弄するのか」
「はい?」
「何の願いもなく、我をいたずらに呼び出したというのか」
「えっと……」
それはそうなんだけど……とは、言っちゃいけない空気だった。
そいつの蛇のような目は、爛々と真っ赤に燃え盛っていた。
これ以上刺激したら……な状態だ。
だから俺は、刺激しないように、曖昧に頷いたに留めたのだが。
「許さん。その罪万死に値する」
もう手遅れみたいだった。
そいつはブチ切れて、かなりの殺気をぶつけてきた。
そして、手を俺に向かって突き出した。
何かを飛ばしてきた。
その「何か」はよく見えなかった。
そいつを召喚したときに出てきたものと同じように、あらゆる光を吸い込むから、なんなのかは見て分からなかった。
が、まあ。
万死に値するっていってるんだから、攻撃的な何かなんだろう。
俺は剣を抜き放った。
初代の剣を抜いて、それを切り払った。
かなりの力だった。
切り払った俺の右手、親指と人差し指のつけ根がビリビリした。
「呼び出したこっちが悪いが――危険なやつだな、お前は」
「人間が調子づくな!」
そいつは怒って、更に何かを飛ばしてきた。
今度は更に黒く――空間自体が「なくなった」ように見える真っ黒な何かだった。
それも切り払いつつ、その足で踏み込んだ。
「なっ」
「悪いな、還ってくれ」
懐に潜り込んで、横薙ぎ一閃。
そいつのガードごと一刀両断した。
体が上下に泣き別れしたそいつは。
「その顔、覚えたぞっ」
と、捨て台詞を言い残して、霧散していった。
なんかやっちゃったかもしれないけど、まあしょうがない。
今は特に何事もなかったということを喜ぼう。
俺は剣を納めて、振り向いた。
「悪いなソフィア、横から茶々を――ソフィア?」
「……」
「……」
振り向いた先で、ソフィアと店主はポカーンとしていた。
「ソフィア? どうしたんだ?」
「い、今の……」
「ん?」
「召喚したの? 召喚して、それで斬ったの?」
「ああ」
俺は小さく頷いた。
目の前でやらかしたんだから、否定できるものじゃないだろう。
だから素直に認めたのだが。
「信じられない、あのネクロノミコンを?」
「ネクロ……なんだって?」
「知らないのか? 世界で一番有名で、一番危険な魔導書だ」
店主がそう言った。
……なんですって?
「世界で一番危険な魔導書?」
「そう。ネクロノミコン、読む人間は例外なく狂気に陥るっていわれてるとんでもない魔導書なのよ」
「……」
「それを読んで、何か召喚して、斬った?」
「……」
むむむ?
もしかして俺、またなんかやっちゃった?
「信じられない……」
驚くソフィアだが、その瞳にはかなりの分の、感動が含まれていたのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
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