141.カノー家はまだ本気を出していない
庭でゴロゴロしていた俺は、ふと、空を見上げた。
安楽椅子で仰向けに寝ていたのが、起き上がって上をみた。
一見、晴れ渡った青空だが――。
「ヘルメス? どうかしたのですか?」
通り掛かった姉さんが聞いてきた。
俺が安楽椅子でゴロゴロしてないのが不思議に見えたんだろう。
「……嵐がくる」
「嵐?」
「ああ、しかも……でかいぞ、これ」
俺は、まだまだ青く晴れ渡っている空をじっとみあげたのだった。
☆
俺の予想とおり、次の日から嵐がやってきた。
ここ数年で最大規模であろう嵐は、屋敷の中にいてもその威力を充分に感じることができて、窓が――いや屋敷全体が風に吹かれて揺れていた。
俺と姉さんはリビングにいて、窓の外の暴風雨をながめていた。
「大変なことになりそうですね」
「ああ」
俺は小さく頷いた。
これほどの嵐だ、間違いなく災害になる。
嵐が去った後は色々と忙しくなりそうだ。
「ヘルメス」
「なんだ?」
「嵐を吹き飛ばす事ってできませんか?」
「いや無理だって!」
俺は突っ込み気味で返事をした。
「そうですか。ヘルメスならばと思ったのですが、いくらなんでも無理ですよね」
「……ああ」
俺は微苦笑した。
実の所、やったことが無いからはっきりとしたことは言えないが、姉さんがいう「嵐をぶっ飛ばす」はできるかも知れない。
嵐って言うのは、限界まで雑に言うと、嵐の中にある雨が全部ふり切ってしまうと落ち着くものだ。
その嵐の中に溜まっている、降る前の雨水をまとめてどっかに飛ばすことは、たぶんできる。
できるが……さすがにそれはしなかった。
最近になって、あることが分かってきた。
俺は何かをやろうとすると、変に予想外の結果が出てしまう。
ほとんどの場合がそうだ。
普段の事ならいいけど、この激しい嵐の場合、予想外の結果が別の所で大きな被害をだしてしまう――という可能性もある。
それがあるから、嵐に手を出すことは自重した。
「それにしても……本当に激しいですね」
「ああ」
俺と姉さんは、吹きすさぶ暴風雨を眺めて、互いの顔から深刻そうな表情を見つけるのだった。
☆
翌日、嵐が去った後。
まさに台風一過とばかりに空が晴れわたっていた。
そんな空模様をちらりと眺めながら、俺は執務室でミミスら家臣団と向き合って、領内各地からまとまって上がってきた報告を聞いていた。
「つぎ、ゴンゴスの街。家屋倒壊37件、半壊168件、死傷者が――」
「いい、いい。細かい数は今はいい。後で読むから全部まとめたやつだけ用意してくれ」
「わかりました」
「それよりも救助だ。備蓄してる食料はあるよな」
「はい、十二分にございます。各地の蔵に実数を提出させましたが、概ね帳簿の八割くらいは実在しています」
汚職とかで二割消えてるって事か。
「それも今は追求しない。とにかくまずは炊き出しだ」
「はい」
「それと仮設住宅もとにかく建てさせろ。余ってもいい、とにかくまずは数をそろえろ」
「承知いたしました」
「それと真水だ。災害の後は疫病が蔓延する。真水を潤沢に確保して衛生管理をちゃんとさせろ」
「承知いたしました」
俺は次々とミミスに命令をだした。
細かい数字は一つも言わなかったし聞かなかった。
このタイミングで、領内の最高責任者の俺が細かい数字とにらめっこしてもしょうがないのだ。
とにかくやるべき事の方向性を示すのが最優先だ。
「ご当主様」
「なんだ」
「近隣のグレイス領と、チチアキス領から救援の要請が入ってきておりますが」
「手は回るのか?」
「物資だけでしたら、人手は今の所分かりません」
「だったら物資だけでも要請された分渡せ。災害救助に領地もクソもない」
「承知いたしました」
ミミスは腰を折って承諾した。
一通り命令をし終えると、俺は当主の椅子から立ち上がった。
「ご当主様?」
「いろいろ見て回ってくる。2時間後に戻ってくるから、どうしても俺の判断が必要なものはその時までにまとめておけ」
「はい」
俺は窓から飛び出して、飛行魔法で空を飛んだ。
一通り指示は出した。
あとは自分の目で見て回って、必要なことをその場で対処しようと思った。
☆
ヘルメスが飛び出した後、執務室にソーラが入ってきた。
ソーラはミミスにきいた。
「ミミス、ヘルメスは?」
「ご当主は視察に出られました」
「そうですか……ちゃんと働いていますか」
「はい。ご当主様は災害の時はいつも真面目に働きますから」
「そうですね、そういう子です」
ソーラは頷き、ミミスに近づく。
ミミスが持っている書類を覗き込んだ
「近隣も支援するの?」
「ご当主様のご命令ですので」
「大丈夫なのですか? 財政の方は」
ソーラは当たり前の懸念を口にした。
災害救助というのはとにかく金がかかるものだ。
特に物資などは、災害の度に色々と値をつり上げる商人がいるため、同じことをするにしても普段より金がかかってしまう。
それを理解しているソーラはミミスにきいたが。
「まったく問題はございません」
ミミスは実にあっさりと、顔色一つかえずに言い切った。
「そうなのですか?」
「はい。ご当主様の改良した銀山、そしてミスリルの新工法、さらにはペトラダイトの収益。この三つがカノー家の財政を支えているうちは、この程度の事でびくともしません」
ミミスは平然と言い切った。
ヘルメスがことあるごとに「やらかした」事の積み重ねが、今のカノー家の財政の健全さを作り出していた。
カノー家の収入、そして備蓄。
どっちも、過去最高の更に2倍近くはあった。
災害救助をしても、まだまだ余裕があるのだ。
「はい。当家にはまだ余力がございます」
ヘルメスのいないところで、彼が今まで積み上げてきた物が、十年に一度の大嵐の災害救助をスムーズな物にしたのだった。
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