140.魔王様の戦争経済
ドゴーン!!!
「甥っ子ちゃん、戦争しようなのだ!」
リビングの壁をぶち破って入ってくるなり、カオリは無邪気な顔でとんでもない事をいってきた。
ソファーの上でゴロゴロしていた俺は呆れて、目を細めてカオリをみた。
「何をいってるんだお前は」
「戦争しようなのだ」
「聞こえなかったわけじゃないからリピートしなくてもいい」
「戦争しようぜ、お前ボールなのだ」
「言い方の問題でもない! っていうかボールってなんなんだよ」
「お父様から教わった言い方なのだ、親友を遊びに誘うときのお約束らしいのだ」
「そんなお約束しらないぞ……」
いつもながら、カオリの父親――俺の御先祖はろくでもないことばっか教えてるなあ。
いつもならカオリの言うことを適当にいなすのだが、内容が内容なだけに、ちゃんと対処しないとまずいかもしれないとおもった。
カオリをまっすぐ見つめて、聞いてみた。
「戦争しようって言われてるのはわかった。なんでなんだ?」
「私、ちゃんとした王になりたいのだ」
「ちゃんとした王だろ?」
魔王だけど。
魔王カオリ。地上最強の生き物で、全人類が束になってかかってもおそらくはかなわない存在。
あまりにも強すぎたため、カオリの母親である前魔王が、「互角以上の力をもつ相手じゃないと攻撃しちゃいけない」って言いつけを残した程だ。
それで人間が救われたが、俺と出会ったことで、カオリにとって「殴ってもいい」相手に認識されて、以来色々ちょっかいを出されている。
そんなカオリが、魔王になって数百年だというのに、何故か今更になって「王になりたい」って言い出した。
「今は全然ちゃんとしてないのだ。私はちゃんとしたいい王になりたいのだ」
「あー……まあ、統治とかしてなさそうだしな」
「そうなのだ。今は下僕に投げっぱなしじゃーまんなのだ」
なんだジャーマンってのは、また父親の教えか?
「それでうまく回ってるじゃない、なんでそこから戦争がでてくるんだ?」
「下僕1111号に聞いたのだ。国民を豊かにするには、トクジューっていうのを起こせばいいって言われたのだ」
「トクジュー? ……ああ、特需か」
「トクジューの中でも、戦争トクジューが一番ドカーンと来るって言われたのだ」
「話が極端すぎる!!」
俺は思いっきり突っ込んだ。
突っ込んだが……カオリのそれはあながち突飛な発想という訳でもない。
歴史上、経済の突破口を求めて開戦に踏み切った統治者は腐るほどいる。
そういう意味じゃ、カオリの言うことはまんざらおかしい訳でもない。
おかしいのはおかしいが、前例がありすぎるっていう意味ではそこまでおかしくはない。
「話は分かった。それで俺に戦争しようって持ちかけてきたわけだな」
「そうなのだ、私が戦えるのは甥っ子ちゃんだけなのだ」
カオリは目をきらきらさせて、俺を見つめてきた。
「戦争しようなのだ甥っ子ちゃん」
「そんなの却下だ」
「えー。どうしてもダメなのだ?」
「どうしてもダメだ」
確かに戦争でもすれば特需が生まれるかもしれないが、そのために戦争を始めるのは面倒臭すぎる。
俺とカオリがプロレスをやって、特需を生むためにとにかく人以外の損害を積み上げる事はできるけど、それは面倒臭すぎる。
そこまでやるのなら普通に戦争した方がいいって位面倒臭い。
だから断った。
にべもなく断られたカオリは、さほど落胆する様子もなく引き下がった。
そして、ソファーに飛び乗って、まるでネコのように俺の上に乗っかってきて、ゴロゴロし始めた。
彼女がぶちやぶった穴も、いつも通りに、すっかり慣れきったメイド達がやってきて、掃除したり穴を塞いでたりしていた。
「そもそも、なんでいきなりいい王になりたいなんて思ったんだ? 魔王になってコモトリアを支配して何百年もたつんだろ?」
「甥っ子ちゃんのせいなのだ」
「なにその濡れ衣!」
「本当のことなのだ。甥っ子ちゃんはアイギナの王族になったのだ」
「……準王族な?」
俺は眉がビクッとなって、カオリの言うことを訂正した。
王族じゃなくて、準王族。
一文字違いだが、それがあるのとないのとじゃ大違いだ。
「甥っ子ちゃんの評判はすごいのだ。アイギナの王族の中でいちばんのケンメーだって言われてるのだ」
「だから準王族な……って賢明? そんな風にいわれてるのか?」
「言われてるのだ。だから私も甥っ子ちゃんにまけないように、いい王になろうと思ったのだ」
「……そんな風に思われてるのか」
それはまずい、とてもまずい、とことんまずい。
賢明だなんて、思われると厄介事が思いっきり増えるからまずい。
人生、ほどほどに無能だと思われた方が気楽に生きられるってもんだ。
なんとかして評判を下げに行かないとな。
何をするべきか……。
「本当に残念なのだ。トクジューでケンメーな王になれると思ったのだ」
カオリは俺の上にのっかったまま、つまらなさそうに足をバタバタさせた。
「……今でもいい王だぞ、お前は」
俺は少し考えて、思っている事をそのまま言うことにした。
「ほえ? そうなのだ?」
俺の上で、顔だけあげて見つめてきた。
「いい王っていうのはいくつか種類があるが、そのうちの一つに『民の暮らしを邪魔しない』というものがある」
「邪魔しないのがいい王なのだ?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
大半の民は、突き詰めて言えば「安穏に暮らしたい」というのを一番大事だと思ってる。
力のある人間が動けば、良くも悪くも民は影響を受ける。
為政者の思いつきで民が迷惑を被る事なんて、歴史書に全部かき込もうとすれば図書館が百棟あっても足りないくらいだ。
国が安定しているというのなら、なにもしない、というのは立派にいい王になる。
特にカオリは魔王だ。
前魔王の言いつけで人間に直接手出しはできないにしても、その圧倒的な存在と持っている力で、ちょっとした事でも周りを振り回してしまう。
それをしていないカオリは、俺からすれば充分にいい王だ。
「そうなのか……うん、甥っ子ちゃんがそう言うのならきっとそうなのだ」
カオリはほとんど疑うことなく、俺の言うことを受け入れた。
これで彼女が戦争をおっぱじめることはもうないだろう。
矛先が俺に限定されるとは言え、魔王が戦争をおっぱじめれば大事だ。
前にもそれに近い事はあったが、もし今回始めたとしたら確かな目標があるぶん余計にやっかいだ。
それが止められたのは大きいと思った。
「甥っこちゃん甥っこちゃん」
「ん? なんだ?」
「他に何か、いい王が出来る事はあるのだ?」
「他に、か」
俺は少し考えた。
「食、かな」
「ショク? 軍師なのだ?」
また分からんこといってる。
「そうじゃなくて食べ物って意味だ。歴史を見ると、飢饉からの反乱が実に多いからな。民を飢えさせないってだけでいい王かもしれない」
「なるほどなのだ」
カオリはニコニコ顔で納得した。
「そうは言っても、そこが難しいんだけどな」
「どういうことなのだ?」
「領内の民が生きていく分の食料って、頑張れば確保して分配する事はできるんだ。だけどそれをやってしまうと、今度はみんな満足しちゃって働かなくなるからな」
すくなくとも俺はそうだ。
何もしないでも生活に困らないのなら何があっても働きたくないって思っちゃう。
俺はいいんだけど、それが「民」レベルまで広まると統治者は困る。
「なるほど、それなら丁度いいものがあるのだ」
「へ?」
「早速やってくるのだ。甥っこちゃんアドバイスありがとうなのだ」
カオリは俺の上から飛び上がって、外に飛び出そうとした。
俺は慌てて彼女を引き止めた。
「ちょっと待ってカオリ。何をするつもりなんだ?」
「お父様が残していったレガシーがあるのだ。味がしないし食べた気がしないけど、一粒だけで三日間はなにも食べなくても大丈夫な豆があるのだ」
「そんなものがあるのか……」
「昔食べた人間は、腹は膨れるけど食べた気がしないからいやだって言うのだ。それをいっぱい育てて人間に配るのだ」
「……なるほど」
それならありかも知れない。
腹は膨れるけど、食べた気はしない珍妙な食べ物。
味気ない食事ばかりはつらいからな。
それを配られても、最後の命綱になるだけで、民ははちゃんとした味のある食事のために働くだろうな。
「それじゃいってくるのだ」
「まてカオリ。その話、俺からヒントをもらったって誰にもいうなよ」
「どうしてなのだ?」
「どうしても。言わないでくれ、頼む」
俺はかなり真剣な顔でカオリを見つめて、頼み込んだ。
「聞いてくれたら、今度一日中遊んでやるから」
「本当なのだ!? わかった、甥っ子ちゃんから聞いたって誰にもいわないのだ」
カオリはそう言って、再び壁を突き破って屋敷から飛び出した。
メイド達が掃除するのを眺めながら、一日っていうのはちょっと大変だけど、カオリにアドバイスしたのがバレて評価が上がるよりはましだろうなと思った。
☆
しばらく後の、昼前の時間。
執務が終わって、ミミスと家臣団が下がるのと入れ替えに、姉さんがやってきた。
「どうした姉さん」
「うふふ、さすがですねヘルメス」
「へ?」
「カオリちゃんに国政のアドバイスをしてあげたのでしょう。コモトリアで評判になっていますよ」
「……へ?」
俺はきょとんとなった。
「ちょ、ちょちょちょちょ――何その話」
「ですから、コモトリアでカオリちゃんの国政が評判になっているって」
「なんでそんなことに?」
もしかして――カオリ喋ったのか?
口止めを無視して喋ったというのか?
と、俺が驚愕していると。
「カオリちゃんが急に国政にやる気を出したのですけど、普段はそういうのをしない魔王じゃないですか」
「ああ」
「それがちゃんとしたビジョンをもって国政をしている。レガシービーンズのおかげで貧民窟の生活もものすごく改善されたとききます」
「そ、そうなのか」
「カオリちゃんは強いけどそういう内政によわいから、絶対だれかブレーンがついてるって周りが思って聞いたのだけど」
「だ、だけど?」
「カオリちゃん、頑として『それはいえないのだ、教えてくれた人との約束で名前はいえないのだ』って言ってるみたいですよ」
「ごまかしがへたか!!」
俺は思いっきり突っ込んだ。
「カオリちゃんに口止めが出来る人だったらヘルメスしかいない、ってみんなが思ってますよ」
「あぅ……」
俺はがっくりきた。
口止めがまったく意味を成さなかったことに、俺はがっくりきたのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新頑張れ!」
とか思いましたら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。