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13.逆効果で深みにはまる

 屋敷のリビングで、俺は上がってきた報告書を読んでいた。


 ソファーに深く身を沈ませて読んでいると、背後から。


「何をそんなに熱心に読んでいるですか?」

「姉さんか」


 首を寝かせて後ろをみる。

 美しいドレス姿の、姉さんが上下逆さまで見えた。


「ちょっとした報告書だ」

「どれどれ……」


 姉さんは俺の肩越しに報告書をのぞき込んでくる。


「ミデア・ミュケーナイ。歳は15、出自は――女の子の身辺調査?」

「ああ」


 頷く俺。


 ミデア・ミュケーナイ。

 あの剣聖じいさんの孫娘。


 イノシシの如く屋敷に突っ込んで来たあの少女の名前だ。


 あの時の様子からして、間違いなくまた来る。

 そしてまた厄介事になる。


 そう確信した俺は彼女の事を調べさせた。

 敵はよく知っておく必要があるからな。


「ヘルメスも身を固めるつもりになったのですね」

「へっ? いや違うそうじゃない」


 姉さんは勘違いしていたから、正すことにした。


「そういう色気のある話じゃなくて。ほらこの前、謁見の間をぶち壊した侵入者」

「なるほど。その時に心を盗まれたのですね」

「そういう怪盗的ないい話じゃなくてね!」


 否定するが、姉さんは「分かった皆まで言うな」という、温かい目でおれを見た。


 これ以上否定すると、ムキに見えてかえってそれっぽいから、俺は諦めて報告書を読んだ。


「あら、剣聖ペルセウスの孫娘さんなのですね」

「そうらしい。どれどれ……剣聖曰く128人いる孫娘の中でもっとも天賦の才が――何人子供作ってんだよあのエロジジイ!」

「剣聖の息子さんが128人生ませた可能性もあるわよ」


 姉さんは冷静に指摘した――が。

 俺はあのジジイと実際にあっている、ミデアから話も聞いている。


「いいや、間違いなくじいさんが山ほど子供作ってるせいだ」


 と確信していた。

 更に読み進めていく。


「剣聖の教えを全て体得し、直系としては最強。その背景に剣聖の信奉者であり、剣の教えをすべて疑いなく信仰しているから、か」


 なるほど、と思いつつ。

 あの様子じゃ、じいさんの剣以外の事は結構ズバズバ否定してるんじゃないかなって思った。


 調査書は更に続く。

 仲のいいいとこの事とか、愛剣の名前とか、甘い食べ物が大好きとか。


 よく調べたと感心はするけど、必要のない情報ばかりで流し読みした。


「読み飛ばすのね」

「ああ、あまり興味ないからな」

「そうなの? ――あら」


 俺が最後のページまでめくると、のぞき込んだ姉さんが口元を隠して、にやっとした感じの目で笑った。


「どうした姉さん」

「そういうことなのねヘルメス、だから途中を読み飛ばしていたの」

「途中を?」


 俺がめくった最後のページに何かがあるって事か?


 読み飛ばしの最後の方はもう文字も読んでなかったから、改めて意識を集中させて報告書の内容を読んだ。


 そこに書かれていたのは、特記事項って前置きしたもので。


「スリーサイズ? それにまだ処女って――」

「大事な事よね。あら、くすぐりに弱いけど必死に我慢する姿が可愛いとの評判。くすぐらなきゃ」

「そーい!」


 俺は報告書を窓の外に投げ捨てた。

 姉さんはニヤニヤした。


 調査した責任者、後でしばく。


「別にいいじゃありませんか。気になる女性の事をちゃんとしらべる。何も調べないでいきなり家に迎えるよりは」

「いやいやいやいや、本当にそういうことじゃないんだ姉さん」

「でもよく調べたのですね。お父様の要望に育てられた部下がまだ家に残っていたのですね」

「オヤジのせいか!」


 特記事項でくすぐりに我慢するなんてどうでもいい情報、そういう(、、、、)の前例がないとかけない。

 元凶は俺たちの父親、前々当主だった。


 俺はため息つき、ちゃんと否定しようとする。


 ドドドドド。


 ものすごい音が廊下に響いて、直後にパン! とドアが壁に叩きつけられる程の勢いで開け放たれた。


 だれだ? って思って眉をひそめたが。


「げっ」


 突入してきたのはあの少女――ミデアだった。


 彼女は涙目で、手にあの報告書を持っている。


「何なのよこれ!」

「ひろったんだ。っていうか近くにいたんだ」

「こんなの嘘だからね!」

「え? ああ、そうだな、くすぐりに――」

「私のおっぱい、こんなに小さくないからね!」

「そっちかよ!」


 ツッコミ返す俺。

 ミデアの手に渡った報告書を見る。

 さっきは別にどうでも良くて流し読みしてたが、スリーサイズの一番上に72って数字がある。


 ああ……これはうん、人によってはコンプレックスになる数字だ。


「そんな目で哀れむなあああぁぁぁ――」


 ミデアは更に涙目になって、ほとんど泣き声になって逃げ出した。

 うーん、なんか可哀想な事をしたかな。


「ふふ、いい子じゃない。あの人の事なら母様って呼べそう」

「母様?」


 一瞬どういう事かと思ったが。


「ああそうか、姉さんは今俺の娘か」


 その設定――王国や対外用のまさに設定のそれを思い出した。

 それはいいんだ。


「いやいや、本当に違うから姉さん。というかさ」

「うん?」

「この屋敷、警備ガバガバ過ぎやしないか?」


 ミデアが去ってから約一分。

 ようやく屋敷の中から「くせ者だ」って声が聞こえてきた。


     ☆


「ねえ、ヘルメスちゃん」


 娼館の中、顔なじみの娼婦・オルティアが窓から外を見て、俺に話しかけてきた。


「どうした」

「すっごい目でこっちを見てる子がいるんだけど」

「すっごい目で?」

「うん。あたしのおっぱいを親の敵のように見てる」

「あー……」


 ミデアか。

 っていうかまだつけてたんだ。


「ヘルメスちゃん……めっ」

「は?」


 いきなりオルティアに叱られた。


「なんだよそれ」

「ヘルメスちゃんみたいの多いのよね。恋人とか嫁さんとかを嫉妬させて、それでこっちがとばっちり食らうの」

「いやいや、そういう色気のある関係じゃなくて」

「そうなの?」


 俺は頷いた。

 実は屋敷をでて、ここにくる途中もつけてる事には気づいていた。


 遠くから俺をつけてて、様子を見てる。

 特に害はないし放置してた――というか気づかないふりしてた。


 そこそこ上手い尾行だったんだ、気づいてしまうと誤解が進むと思ったんだ。


 だから放置してたんだが……うーん。


「今日はもう帰る」

「来たばっかりだよ?」

「これ以上だと迷惑掛かりそうだ、またくる」

「……そっか。うん、また来てねヘルメスちゃん」


 オルティアが体を寄せてきて、ほっぺにキスをした。


 ダイレクトに官能を揺さぶるものじゃなくて、心をくすぐる類のキス。

 悪い気はしない、また来ようと思った。


 娼館を出て、部屋にいた時オルティアの視線から推察したミデアのいる場所、その逆方向を進んだ。


 気配は探らない、そんなヘマはしない。


 報告書に書いてた、剣聖の教えは全て体得していると。

 そんな相手に気配なんて探ろうものならやったのがばれる。


 何もしない。

 そう何もしないのが一番だ。


 俺は何もしないのを心がけて、街中を練り歩いた。


 チンピラ同士のケンカにも首を突っ込まなかった。

 食い逃げの犯人も捕まえなかった。


 夫婦ゲンカで家から次々と家財道具が投げ出されてきた時は、飛んで来たのが雑巾だから助かった。甘んじて受けた。


 数メートル先にずれた包丁がこっちに来てたらさすがに何かしなきゃいけなかったけど。


 そうして、なにもしないを続けて、街をぐるっと一周してから屋敷に戻った。


「……」


 屋敷の前にミデアがいた。先回りして待ってたのか。

 彼女は複雑な顔で俺を見つめていた。


 気配は探らなかったから途中ついてきてたか分からない。

 まあ、ついてきても来なくても、今日は何もしなかったから平気だが。


 俺は屋敷に戻ろうと、つかつか彼女に近づいていく。


 彼女は複雑そうな表情――からの豹変。


 剣を抜いて斬りかかってきた。

 ものすごい斬撃、剣聖の全てを体得しているという表現を見た後では、なるほどさすがだ、と思うようになった。


 同時に、何かをする必要もないと思った。


 殺気がないのだ。


 殺気のない剣、なんのつもりかは分からない――いや、そういうことか!


 多分業を煮やしたんだ。

 俺が何もしないから、無理矢理手を出させる。


 ふふ、その手には乗らないぞ。

 殺気がないのは見抜いてるんだ。


 俺は何もせずに、ただ立ちつくした。


 読み通り、ミデアの剣は俺の目の前で寸止めした。


「なんのつもりだ?」

「……そんな、ううん、そういうことなんだ……」


 一旦がっくりと肩を落としてから、ぶつぶつつぶやくミデア。


 次に顔を上げた時、彼女の表情は一変していた。


 なんというか、決意――いや何かを思い込んだ。

 そんな表情。


「私を弟子にしてください!」

「……………………はい?」


 いきなりの事、頭が真っ白になった。


「何を言ってるんだお前は」

「おじいちゃんずっと前に言ってた」

「へ?」

「剣の極意とは抜かずにあり、と」

「抜かずに?」

「それがよく分からなかったけど、師匠のような事をいってるんだと今分かった!」

「もう師匠呼ばわり!?」


 ていうか、いやいや、えー……。


「動じるどころか対処の必要もない、本当の強さとはそういうことなんだね!」

「……」


 多分違う。

 剣聖のそれは俺も聞いた事がある、ちゃんとした解釈はミデアのとは違う。

 が、言えない。


 ここで言うとますます泥沼だ。


「お願い! 私を弟子にして! ダメなら部下! それでもダメなら便所の紙を出す係でもいいから!」

「そういうのうちは雇ってないから!」

「お、おっぱいが必要ならなんとかしてくるから!」

「それは関係ない!」


 いやいやそうじゃなくて、えー……。


「か」

「か?」

「考えさせてくれ!」


 俺はそう言って、屋敷の中に逃げ込んだ。


 剣聖の教えの信奉者。


 その文言が頭に浮かんだ。

 屋敷に飛び込んで、扉に背中をもたれ掛けて、ため息をつく。


『剣の極意とは抜かずにあり』


 殺気がないからと反応しなかったの……裏目ったって事かよ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ☆1は、すべてお姉さんの手のひらの上で、とてつもなく腹が立ってしまったから
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