138.女の子と綺麗な物
「ヘルメスちゃん、一生のお願い」
「よーしよし、なんでも言ってみろ」
「いたっ、いたたたたた! ヘルメスちゃん言ってることとやってることが矛盾してるよ」
「おっとこれはすまん。つい」
俺はオルティアのこめかみをグリグリするのをやめた。
娼館の中、いつもの部屋。
オルティアとぐだぐだしてたら彼女がそんなことを切り出してきたから、ついいつもの調子でグリグリやってしまった。
「で、今回の一生のお願いって何だ」
「あのね、ガラスバナっていう花があるみたいなんだけど、ヘルメスちゃん知ってる?」
「知らないな……どういう花なんだ?」
「あたしも知ったばかりなんだけど、なんでも土の中で咲く花らしいんだ」
「土の中で咲く花?」
俺は首をかしげた。
そんなものがあるのか。
「……それは致命的なんじゃないのか? 花って、ミツバチとかに受粉の手伝いをしてもらわないとだめなんだろ? 土の中で咲いてたんじゃそれ無理なんじゃないのか?」
「なんかね、アリに手伝ってもらってるんだって」
「なるほど、土の中だとアリか」
「でねでね」
オルティアは身を乗り出して、興奮気味に話した。
「その花なんだけど、花びらがガラスみたいに透明で綺麗なの」
「透明か……ちょっと想像つかないな」
自然界にある植物が透明だなんていうのはちょっと想像しにくいんだけど。
「本当にあるのか?」
「うん!」
オルティアは自信たっぷりに頷いた。
そこまで言うからにはあるんだろうな。
「ねえヘルメスちゃん、あたしそれがほしいな」
「飾るのか?」
「うん! 飾って眺めたいの。ねーえ、それ持ってきてくれたら何だってする、あなただけのオルティアちゃんになるから」
「はいはい、俺だけ俺だけ」
オルティアは娼婦だ。
娼婦の「あなただけ」というのを信用するほど子供じゃない。
それは別に信用しちゃいないが、オルティアの嬉しい顔はみててこっちも嬉しくなるから、それをする事にやぶさかじゃない。
「……そのガラスバナって」
「なに?」
「難しいのか? 取ってくるの」
「ううん。土の中に埋まってるから見つけるのが難しいだけ。だから普通は人海戦術でありそうな所をくまなく探すんだって」
「それだけか?」
「うん、あたしが聞いてるのは」
「なんか特殊な方法じゃないと取れないとかはないのか?」
「あはは、あたしがそんな面倒臭いことをヘルメスちゃんに痛い痛いいたたたたた!」
俺は再びオルティアのこめかみを拳でグリグリした。
「どの口がいうか」
「もうっ、ヘルメスちゃんひどい! 娼館内暴力だよこれ」
「訳のわからない言葉つくってんじゃない」
1セット分グリグリやってからオルティアを解放してあげた。
そして少し考えてから。
「わかった、探してみる」
「わーい! ありがとうヘルメスちゃん!」
☆
「ガラスバナ? うちにはないけど、領主様なら2・300人くらいまとめておつかいに出せばみつかるんじゃないの?」
娼館を出た後、その足で近くの花屋にやってきた。
花屋のおばちゃんにガラスバナはあるかって聞いたら、こんな答えが返ってきたわけだ。
「やっぱりしらみつぶしにさがせばいいのか」
「そうだねえ。まあ、どうしても『あなたが取ってきてくれたのを』って女の子がねだってるんなら難しくなるけど」
「あー……」
そういう女っているよなあ。
「手作り」とかそういうのを重要視する。
俺は少し考えて、念には念を押して更におばちゃんに聞く。
「その花って女の子には人気なのか?」
「人気だねえ。形も綺麗だけど、透明の花びらってのが輪をかけて綺麗でね。活けたまま日差しを受けさせると朝、昼、夕方と三段階の違う姿がたのしめるのさ」
「なるほど」
ってことは、オルティアも純粋に綺麗だから欲しいって事で俺に頼んだって事か。
「わかった、ありがとう」
俺はおばちゃんに別れをいって、身を翻して歩き出した。
色々と警戒しているけど、どうやらそんなに警戒する必要のない事みたいだ。
普通に綺麗だから女の子は欲しいってだけだし、取ってくるのも人手がいるから人間を動員できる伯爵の俺に頼んできただけっぽいし。
どのみち、俺が自分で探しに行かなきゃ大丈夫だな。
屋敷に帰ったら、ミミスとかにいって、100人くらいおつかいに出して探してもらおう。
うん、それでいい。
いや、もうちょっと増やした方がいいか。せっかくだしここで放蕩貴族の――いやいやいや。
そういうので調子にのって今まで失敗を重ねてきたんだ。
調子には乗らないでおこう。
ミミスに聞いてみて、ミミスが出す人数でそのまま許可を。
ミミスが人数の目安分からなかったら100人出しとこう。
うん、それでいこう。
しかし、女の子って本当に花とか好きなんだな。
俺も嫌いじゃないけど、そこまでは――。
ドン!
考えごとしながら歩いていると、真っ正面から何かとぶつかった。
「きゃっ!」
という女の悲鳴と、パサッ、パサッ! っていう何かが地面に落ちる音がした。
「いたたた、す、すみません――あれ?」
「あっ、ソフィアじゃないか」
俺にぶつかって、大量の本を地面にばらまいて、自分も尻餅をついてしまったのはソフィアだった。
俺は彼女に手を差し伸べて、助け起こした。
「悪い考えごとしてた」
「ううん、私も本をたくさんもっちゃって、前見えてなかったから」
「ああ……」
俺は周りを見た。
ソフィアが持っていたらしき、古い書物が大量に散乱している。
これ……分量的に前が見えないくらい積み上げててもってたんじゃないのか?
そりゃぶつかるのも無理はない――俺が言えた義理じゃないけど。
「本当にごめん」
「いや俺こそ。拾うよ」
俺はソフィアを手伝って、落とした本を拾ってあげた。
落とした勢いで何冊かパラパラと開いてて、拾った時に内容が目に入った。
複数の本の内容が同じものだときづいた。
「花火の本か?」
「え? ええ。多色の打ち上げ花火を、少し」
「ふーん」
俺は拾い上げた本の中身を眺めた。
花火というのは、魔力を凝縮させて、それを破裂させたときに、飛び散る魔力の残滓を見て楽しむ物だ。
放出された魔力の残滓は様々な色の光を放ち、火花の様にみえる。
その上飛び散ったときは花が咲いたみたいに見えるもんだから、花火と呼ばれる。
ガラスバナといい、花火といい。
やっぱり女の子は綺麗なものがすきなんだな。
「ふむふむ……なるほど」
「ヘルメス?」
「こういうことか」
俺は開いた書物をみた。
原理しか書かれてなくてやり方はなかったけど、この程度の事ならなんとかできる。
俺はやり方を頭の中で一度トレースしてから、手を伸ばして指先に魔力を凝縮させた。
直後に弾けさせて、指先に赤、青、緑の三色で三段階の花火を飛び散らせた。
昼間でも綺麗に見える花火は、周りの通行人の目にもはいって「おお」と感心された。
一方で、ソフィアは――。
「……」
「あれ?」
何故か、ぽかんとした顔で俺を見つめていた。
「どうしたソフィア」
「ヘルメス……今のをどうやって?」
「どうやってって……本に書かれた通りにやっただけだけど」
「その本に書かれてるの……今はもう使い方が失われてる多重遅延魔法なんだけど……」
「なにっ!?」
俺はパッと本をみなおした。
ページをめくると、確かにソフィアの言うとおり、「かつては使い手がいた」とかそういうことが書かれていた。
「な、なんで……」
「多重遅延魔法の勉強がしたかったからよ」
「……」
ソフィアの言葉に納得するおれ。
確かに、彼女が魔法を真面目に、真剣に勉強してる事は知ってる。
つまりこの本の数々は――綺麗だからじゃなくて、勉強するために運んでたのか!?
「一人で多重遅延魔法をいとも簡単に……やっぱりすごい……」
「はぅっ!!!」
尊敬する眼差しで俺を見つめるソフィア。
花の事だと思って、ついついうっかりやらかしてしまったみたいだ……。
「面白い!」
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