137.好きこそ物の本気なれ
よく晴れた昼下がり。
だらだらするために庭に出ようとすると、廊下で向こうからやってくる姉さんと遭遇した。
「姉さん」
「丁度よかった。ヘルメス、あなたに荷物が届いてましたよ」
「俺に?」
「はい」
姉さんは持っていた小包を差し出してきた。
俺は受け取って、小包をまじまじとみる。
片手でも持てる程度の小包で、差出人もなにも書かれていない。
「なんだこれは」
「ノイノスから、と。届けてきた者が名乗っていたそうです」
「マジか!」
その名前を聞いた瞬間俺は興奮した。
小包をビリビリと破いて、中身を取り出す。
中身は一冊の本だった。
「何ですかそれは」
姉さんは顔を出して俺が持ってる本を覗き込んで、眉をひそめてしまった。
「はあ、また写真集なのですか」
「ちっちっち、甘い、甘いぞ姉さん。ドーナッツの蜂蜜漬けよりも甘い」
「想像しただけで胸ヤケします――では何ですかそれは」
「説明するよりも見てもらった方が早い」
俺はそう言って、写真集を姉さんの前で開いた。
次の瞬間、開いたページから一人の美女の姿が飛び出した。
うっすらと、半透明ながらも、ページの上に浮かび上がっている様に見える。
「こ、これは!?」
さすがの姉さんも、これをみて驚いた。
浮かび上がった美女の姿と、俺の顔を交互に見比べて驚いている。
「飛び出す写真、って所かな」
「飛び出す写真?」
「そうだ。写真集ってのは、構図によってこうとか、こうやってとかするだろ?」
俺はそう言いながら、その写真集を普通のものの様に、下とか横からとか覗き込むような仕草をした。
瞬間、姉さんはジト目を俺に向けた。
廊下の温度が一瞬で数度下がってしまったかのような冷たい目だ――が。
俺のテンションが高いままだったからそれを相殺した。
「でもそんなことをしても何も見えない。でも見える、そうこの飛び出す写真ならね」
「つまり……」
「ほら、この角度からだと前だけど、こっちに回るとうなじがはっきりと見える」
「なるほど……」
「姉さんも見てみなよ」
テンションが低い姉さんに飛び出す写真集を押しつけた。
姉さんは気が進まない感じながらも、パラパラと写真集をめくっていった。
ページをめくる度に、飛び出していた半透明の美女が消えて、別の構図、あるいは別の美女が飛び出した。
そうやって、パラパラと最後のページまでめくった姉さんは。
「あら?」
と、最後のページを見て驚いた。
「どうした姉さん」
「この最後のページに……技術提供、ヘルメス・カノーとありますが」
「ああ、俺が協力したからな」
俺は腰に手を当てて、胸をはった。
「協力?」
「新しい技術を開発して提供した」
「……この飛び出す写真を?」
「発明した」
俺は頷いた。
この写真集に載っているのも、みな「オルティア」だ。
「ノイノスっていうのは写真集の元締めみたいなやつで、オルティア達の魅力をもっと世の男たちに届けるためにはどうしたらいいのかって相談を受けたんだ」
「……それでこの技術を?」
「ああ、ちょっと本気出してみた」
「そーい」
姉さんは窓を開けて、写真集を大空に投げ捨てた。
あっという間に星になってしまった写真集。
「何をしているのですかヘルメス」
「いやだから、オルティアのために――」
「そんな事にだけ本気を出さないで普段から本気を出して下さい」
「えー……面倒くさいよそれ」
「めんどうくさいじゃありません!」
姉さんはプンプン怒った後、はあ、とため息をついた。
「もう、何をいっても無駄なようですね」
「まあそうかな」
「……その技術」
「うん?」
「ヘルメスが発明したというのはみなが分かっているのですか?」
「ああ。最初は技術の特許料を払うって言ってたんだけど、それじゃインディーズでオルティアの写真集を出すところが使えなくなるだろ? だから最後に俺の名前を載っけたらだれでも好きに使っていいっていう事にしたんだ」
「……わかりました。もう何も言いません」
「えっ、そう?」
姉さんはあっさりと引き下がった、それがちょっと意外だった。
そのまま身を翻して、廊下の向こうに消えていった。
納得してくれたのか。
☆
数日して、リビングでくつろいでいると。
ミミスが入ってきた。
執務が終わった後にミミスが来る、しかもリビングに来るのは珍しいことだ。
なにがあったのかと、俺は寝っ転がっている所に、すぐに体を起こしてミミスをみた。
「どうした?」
「ご休憩中の所すみません。ご当主様にリナ様が訪ねてこられました」
「リナが?」
俺はふーん、ってなった。
リナが来るなんて一度や二度の事じゃない、むしろちょこちょこ来てる。
俺は身構えたのを解いた――が。
「殿下は正装でいらっしゃっておりますので、ご当主様も」
「正装?」
「はい」
「……なんで?」
「さあ、私には……」
ミミスも眉をひそめていた。
何か隠しているとかそういうわけじゃなくて、ミミスも状況が把握できていないみたいだ。
「……」
悪い予感がした。
とても悪い予感がした。
「分かった、着替えて会う。少し待ってもらえ」
「はっ」
ミミスが出て行った直後、俺はメイドを呼んで、まずは正装に着替えた。
貴族としてのちゃんとした格好に着替えてから、応接間にむかった。
応接間にはリナがいた――が。
リナだけではなく、何人もの役人もいた。
その中には見知った顔もいた。
「たしか……モーロ」
「うむ! モーロ・コロコスだ。久しいなカノー卿」
「お、おう」
モーロは前に会ったときと変わらず、暑苦しいかんじだった。
俺の手をとって、一方的に振り回す握手をした。
「えっと……これは?」
どういう事なのかと、俺はリナをみた。
「上意である」
「え? あ、はい」
上意――国王の言葉と聞いて、俺はリナの前に跪いた。
リナはモーロから何かを受け取って、それを開いて、読みはじめた。
「この度の、新型砂盤への技術供与、誠にあっぱれである」
「しんがた……なんだって?」
「本来ならば報酬を下げ渡すところだが、この技術に報酬は受け取らず、その分活用したいという卿の思いに余はいたく胸を打たれた」
「報酬はうけとらない……」
なんだ? 何の話だ?
なんか、悪い予感がしてきたぞ。
「その赤誠の心と功績を称え、今後はその技術を用いた物をすべて、ヘルメスの名を冠することを許す――以上」
「え?」
「お礼は?」
「あっ。ありがたき幸せ」
俺は頭を一度下げて、リナから今し方読みあげられた詔書を受け取って、立ち上がった。
そして、恐る恐るリナの表情をうかがいながら、聞いた。
「あの……これは一体?」
「そなたの姉の運動があってな」
モーロとか役人達の手前、俺とリナは普段のじゃなく、よそ行き用のかたい口調でやり取りする。
が、かたい口調であっても、リナがにやにやしているのがわかった。
「姉さんが?」
「うむ。砂盤はしっているな」
「はい……兵棋演習でつかう砂の盤面。作戦を立てるときに、砂を使うことで立体的に地形を反映するもの――ですよね」
「うむ、その砂盤は文字通り砂を使っていたのだがそれではかさばるし汚れる。それを解決するために、そなたが飛び出す写真の技術を開発した――とそなたの姉から聞いているが?」
「……あ」
「思い出したか」
「あ、あれはそうじゃなくて、写真集の、商売のために――」
「ほう、それはすごいな」
「へ?」
リナは感心した。
何がすごいんだ?
「軍事技術から民生への転用はよく聞くが、民生から軍事へはなかなかないことだぞ」
「むむ」
「さすがだカノー卿。その事、改めて陛下に報告しておくぞ」
「え? ちょちょ、ちょっとまって」
俺はリナを止めたが、彼女はまったくとまらなかった。
「ねえさぁん……」
俺の知らないところで、姉さんが飛び出す写真集の事を、俺の発明だと強調して王国に売り込んだようだ。
おっふ……。
「面白い!」
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