134.人工の宝石
あくる日の午前中、俺は執務をしていた。
執務室にこもって、ミミスとか家臣団から色々報告を聞いては、適当に許可したりする簡単な仕事だ。
ミミス達もそれが分かってて、今となっては重要な案件は「最初」か「最後」に持ってくるから、途中のものは暗黙の了解で、形式的な報告の物ばかりになってる。
それを聞き流していると、最後の案件になった。
「フロリナの町長からの直訴でございます。最近、町の周辺で次々と意識不明になる者が続出しているとの事です」
「意識不明?」
最後の案件で、おそらくは今日の俺の判断が必要なたった一つの案件。
それを聞いた俺の眉はビクッとなって、意識がミミスに集中した。
「何が起きてるんだ?」
「原因は今の所まったくの不明。現在調査中でございます」
「まったくなのか?」
「申し訳ございません……」
「いやいい……」
俺はあごを摘まんで考えた。
「ちなみに、意識不明者が発見される場所は徐々に広がりを見せています」
「広がってるのか」
「はい。地図に記していくと、おそらくは放射状に広がっているものと推測されます」
「……わかった。最優先で調査しろ。人員はいくら投入してもかまわん」
「は、かしこまりました」
☆
その日の午後、俺は街を出て、フロリナの町に向かった。
ピンドスから街道ぞいに南下していった先にある小さな町で、これと言って特徴があるわけでもない、普通の町だ。
ミミスの話が気になって、正規の調査はさせつつ、俺も自分の目でも確認しようとフロリナの村に向かうことにした。
あの場では、ミミスに任せるのが一番だ。
俺も行くとかいいだしたら、なんやかんやで最終的に俺の評価が上がってしまう事態になるかもしれない。
俺が手出ししなきゃいけない事態だったとしても、こっそり裏から手出ししようと思う。
だから、一人でフロリナに向かおうと――思ったのだが。
「なんでソフィアがいるんだ?」
街道のど真ん中で、仁王立ちして通せんぼしているソフィアを見つけて、眉をひそめた。
彼女はちょっと唇を尖らせて、ズンズンとこっちに近づいてきた。
「屋敷に行ったら、ソーラ様に教えてもらったの」
「姉さんが?」
「ええ。ヘルメスならきっと今頃フロリナの村に行こうとしているって。そう聞かされて」
「……むむむ」
姉さんにはバレバレだったってのか。
何も言ってないのに、なんでバレたんだろうか……。
「ついてくるのか?」
「だめ?」
「ダメって言うか……」
「フロリナに何しに行くの?」
「……実はな」
俺はミミスから聞いた話を、そのままソフィアに説明してやった。
村で意識不明になる人間が続出しているから、それを調べに向かっている――と。
「そんなことが起きてたの」
「ああ、じわじわ広がってるのもそうだし、なんか気になるんだ」
「そうなの……でも」
「ん?」
「どうして一人でこっそり行くの?」
「むっ……」
それはスルーして欲しかった所だけど、ソフィアはスルーしてくれなかった。
さて、どう言い訳するべきか。
姉さん相手だったら諦めてなにもかもぶっちゃけられるし、ミデアとかなら上手く言いくるめることができる。
オルティアとかはなんだかんだで秘密は守ってくれるだろうけど。
そういう意味じゃソフィアにどう対処していいのかがまだ分からない。
どうするべきか――と、俺が迷っていると。
「……あっ、そういうことね」
「へ?」
ソフィアが何かに気づいた様子だ。
何も言ってないのに何に気づいたんだ? と不思議がる俺。
「当主が自ら出向くと、案内とか接待とかにも人員が割かれる。だからお忍びでいって、そういうのを防ぐって訳ね」
「えっと……」
「さすがヘルメスね」
一人で納得して、一人で感動しているソフィア。
正直そんなことはまったく考えてなかった。
俺はただ、色々「面倒臭い」から、そうならないために自分一人で動いただけだ。
それを、ソフィアが勝手に納得してくれた。
いやいや、なんでそうなるんだ?
☆
あの後、俺はくっついてきたソフィアを連れて、フロリナにやってきた。
「なにここ……」
町の入り口に立ったソフィアが絶句した。
それもそのはず、ここに立っただけでも分かる。
町は……死んでいた。
普段からそこそこに閑静な町なのは見ていて分かるが、それでも不自然なくらい、外には誰もいなかった。
全ての建物が閉め切られてて、通行人が一人もいない。
店のような建物も、ほとんどが閉店状態になっている。
「こういう町……じゃないわよね」
「ああ、普段はもう少し賑やかだろうな」
「一体なにが……」
「それを調べに来たんだ。行こう」
「う、うん」
俺が先に歩き出して、ソフィアがついてきた。
自分で見に来てよかったと思った。
フロリナの実態は、聞いているよりも遙かにわるかった。
無人の様な町中を少し歩いていると、ようやく、って感じで一軒の酒場が開いているのを見つけた。
まずは情報収集から、って事でソフィアに目配せをして、酒場に入っていった。
中に入るなり注目を集めた。
町中と同じように、本来なら過剰なくらい活気のあるはず酒場も、どんよりとした空気に包まれていた。
客が数人だけいて、互いにまるで避けあっているかのように、テーブルを挟んで距離を取って座っている。
そして全員が一人客で、手酌酒でヤケ酒を呷ってるような感じだ。
俺とソフィアは適当な所に座ると、店の人間がやってきた。
「いらっしゃい、注文は?」
「適当に酒と飯を――ソフィアは?」
「それで大丈夫」
「じゃあ二人前で」
「わかった」
注文を受けて、一度ひっこんだ店の人。
すぐに料理を運んできた。
次々とテーブルに並べられていく料理は、軽く見積もっても倍の四人前くらいはあった。
「二人前って注文したんだけど」
「いいんだよ、客があまり来ないからおいといても腐るだけだ。食えるだけ食ってってくれ」
店の主人はヤケクソ気味にいった。
この短いやり取りだけでも、よっぽどの状況になっているのだと分かる。
「一体何があったんだ? 町の様子がただ事じゃないけど」
「お客さん、旅の人だね。ここは初めて?」
「ああ」
「何も聞かされてないのか? 道中でもいろいろ噂になってるだろ」
店主の言うとおり、道中ですれ違った旅人とか、宿場町の人達とか。
そこで、色々とフロリナの噂が流れていた。
だからちょこちょこと情報を仕入れているんだが――それをいう必要はない。
住民の生の声が聞きたいんだから、俺は完全な無知を装った。
「なんかあった気もするけど、こんなにひどい状況だって知らなくてほとんど聞き流してた」
「ああ、なるほど」
店主は頷き、納得した。
「少し前から変な霧が出るようになったんだ」
「変な霧?」
「ああ、その霧を吸い込んでしまうとぶっ倒れてしまうんだ」
「そうなのか!?」
一応驚いて見せた。
「何時でるのかも分からなくて、いきなり出てうっかり吸い込んだら倒れるもんだから、誰も彼も家に引きこもったって訳さ」
「……そうだったのか」
「お客さんも、こんな町に長居してないで、明るいうちに町を出て先に進んだ方がいいよ」
店主は優しさを残して、店の奥に引っ込んだ。
二人きりになった後、ソフィアは近づいてきて、耳打ちしてきた。
「その霧が原因なのね」
「どうやらそういうことみたいだ」
「急に出るからみんな家に引きこもってるって言ったけど、家の中には出ないってことなのね」
「そういうことになるな」
ってことは、天然のものなのだろうか。
こういう時、原因が天然なのか人為的なものなのかで大きく変わる。
今回のような、いわゆる毒霧でも、天然のものなら屋外だけに出るし、人為的なものだったら屋内で発生する可能性もある。
それがまったくなくて屋外だけっていうのなら、天然のものってことで間違いないだろう。
俺はちょっとホッとした。
天然のものなら、やっかいな要素がはっきりと減る。
人為的なものじゃなくてほっとした。
「霧がでたぞ!」
「「ーー!」」
いきなり、店の外から聞こえてきた叫び声に、俺とソフィアびっくりして見つめ合った。
俺が真っ先に店の外に飛び出した。
ソフィアは少し遅れてついてきた。
「むっ」
外に出ると、兵士のような役人の様な、そういう人間が大声で叫んでいるのが見えた。
たぶん、ミミスの部下なんだろう。
「お前達!」
男はこっちに近づいてきた。
「霧がでた! 建物の中に避難してろ」
「わかった」
俺が頷くと、男はぱっと走って行って、大声で町中に注意を促していった。
俺は振り向き、ソフィアに行った。
「ソフィアは中にいろ」
「へ、ヘルメスは?」
「俺なら大丈夫だ」
問答する時間も惜しんで、俺はソフィアを店の中に押し戻して、路地裏に駆け込んだ。
そして、誰にも見えないようにして、路地裏から空に飛び上がった。
飛行魔法で空を飛んで、フロリナの町を見下ろした。
「あそこか」
空からだとよく分かる、霧は一点を中心に徐々にひろがっていた。
天然のもので徐々に広がってるから、その中心が発生源で間違いないだろう。
俺はそこに向かった。
空から一直線に発生源に向かって滑降していった。
霧の中心――発生源らしき所に着地すると、地面がわずかにひび割れていて、そこから霧が漏れ出しているのが見えた。
「なるほど……これは一般の人にはきついな」
俺はあえて霧を受けて、自分の感覚でそれを分析した。
確かに一種の毒霧で、その毒性が大体分かった。
俺は目を閉じて、毒に対する耐性を下げた。
瞬間――ガツンと頭にきた。
横からハンマーで殴られた様な衝撃を受けて、目がちょっとチカチカした。
毒が体の中で発作をおこした。
それを感じながら、今度は耐性をもどす。
本来の俺の耐性で、毒を追い出していく。
そうしながら、懐からガラスの瓶を取り出して、蓋を開ける。
指の腹を爪で切って、瓶の中に血を数滴垂らす。
蓋を閉めると――。
「ヘルメス!」
ソフィアが俺を呼ぶ声が聞こえた。
ソフィアは霧の外から覗き込んでいる。
霧の中心にいる俺を心配そうに見ている。
「大丈夫なのヘルメス!?」
「そのまま動かないで少し待ってろ」
ソフィアにそう言って、俺は手をかざした。
魔法で小さな竜巻を起こして毒霧を巻き取る。
どうやら空気よりも軽いタイプの毒霧だから、竜巻で巻いて、空中に飛ばした。
毒霧はまとめで空中に飛ばされて、あの調子だと落ちてこないはずだ。
霧を一掃して、周りが綺麗になったから、ソフィアが近づいてきた。
「ヘルメス、それって何」
ソフィアは俺が持っている瓶を見ながら聞いてきた。
「抗体だ」
「こうたい?」
「薬みたいなもんだ。いくつかの病気で、治ったあとは免疫がつくのは知ってるだろ? それを俺の体で受けて、免疫をつくってみた」
「そんなことができるの?」
「きっついからあまりやりたいことじゃないけどな」
俺は苦笑いした。
「これがあれば薬が作れるだろう。対症療法くらいにはなるはずだ」
「そうなんだ……すごいねヘルメス」
ソフィアは感心した。
「あっでも、それじゃ霧の問題は解決してないよね。霧があるままだと、この街はみんな引きこもっちゃうんじゃないの?」
「それもそうだな」
俺は地面をみた。
ひび割れている地面からはまだ毒霧が出ているが、竜巻に巻き上げられていて、広がらない様になっている。
それを見て、俺はなんとなく「隕石」という言葉が頭をよぎった。
隕石って言葉を頭に置いて、地面から小石を一粒拾って、ひび割れている地面に放った。
隕石が、そこに落ちたかのように。
が、すぐに「違うか」って思った。
俺が当主になってから、ちょこちょこと絡んでくる隕石。
その隕石が原因で毒霧が出るようになった――という可能性も考えられたから、俺は一人で来ようとした。
が、この様子だと違うだろう。
隕石が原因とは違うようだし、もしそうならミミスが一言「隕石が落ちたのと関係があるかもしれない」という報告があるはずだ。
それがないって事は違うだろうし、俺はちょっとホッとした。
「あっ!?」
いきなり、ソフィアは驚いて、竜巻を指した。
「あれを見て」
「ん?」
ソフィアに言われたとおりに竜巻を見る俺。
竜巻は今や毒の竜巻になっている。
その毒の竜巻の中で、さっき放り込んだ小石がぐるぐる回っている。
ぐるぐると回りながら、なんと、小石は磨かれていった。
渦巻く毒霧に磨かれて、普通ではない光を放っていた。
俺は手を竜巻の中につっこんで、小石を取り出した。
「これ……ペトラダイトだ」
「え? ペトラダイトって、あの?」
「ああ」
俺は頷く、ソフィアは驚いた。
「そうか、ソフィアは魔法に詳しいんだっけか」
「うん、ペトラダイトっていえば、魔力の伝導値が一番いい宝石じゃない」
「ああ」
魔法の杖を始め、様々な魔導具――の高級品に必ず使われる物だ。
俺はペトラダイトを手に取って、握りしめて魔力を込めた。
するとまず赤色の光を放って、それから時間経過ととも橙色、黄色、緑――とおちついていき、やがて光が途絶える。
「本当だ、ペトラダイトだ」
「ああ」
「どうしてこんな貴重なものが落ちてたの?」
「……多分違う」
「え?」
俺は周りを見た。
地面にそこそこの石が落ちてたから、それを拾って、また毒の竜巻の中に放り込んだ。
そして、竜巻を操作する。
さっきよりも大きな石だったから、竜巻の勢いを相応に強くさせた。
すると、石は竜巻の中で「磨かれて」いった。
磨かれて、徐々にただの石から宝石に、ペトラダイトに変わっていくのが見て取れる。
「す、すごい……石がペトラダイトに変わったって事?」
「ああ、人工物になるけど――」
俺はできあがったペトラダイトを手に取って、まじまじと見つめる。
「天然物とそんなに変わらないだろうな」
「……ちょっと待っててヘルメス」
「ん?」
何をするんだ、と不思議がりながらソフィアを見る。
ソフィアは俺と同じように石を拾って、毒の竜巻の中に放り込んだ。
そして俺から引き継いで、魔法で竜巻をコントロールする。
魔法が得意なソフィアは、難なく竜巻をコントロールして、石を磨き上げて、人工的なペトラダイトを作りあげた。
「ヘルメス! これなら普通の魔法使いでも生産できそうよ」
「だな」
「すごいわヘルメス、まさかこんなのを見つけるなんて。やっぱりヘルメスってすごい!」
「……へ?」
どうやらソフィアの中では、俺が見つけた方法って事になってるみたいだ。
いや、それはそうだけど……そうだけど。
「おおぅ……」
なんでそうなるんだ、ってちょっとがっくり来る俺だった。