132.古の盟約
ぽかーんとなっている俺を、ショウが真っ直ぐ見つめてきていた。
彼のあの真っ直ぐな、人懐っこい瞳で見つめられて、俺はたじろいでしまった。
目を泳がせて、どうにか誤魔化せないか……と必死に考える。
エレノアの力だってのはバレてる。
エレノアの幻影って事は、魔剣の意識を具現化して、人の形を取らせたってことだろう。
そういうことはよくある。
長い年月をもって、何かの拍子で意識をもった道具、その道具の意識を人間の姿に具現化する事は昔からある。
だから、それはいい。
問題は、どうやってエレノアの力を手に入れた、って事だ。
カノーの試練、裏の七つコイン。
あれを話すべきなのか……。
「もしかして」
「え?」
「これも、話せない事なのかい?」
「――っ!」
ティンと来た。
白い稲妻が脳裏を突き抜けていって、いい考えを思いついた。
「……実はそうなんだ」
「ふむ?」
「これは、カノーの初代当主に関わる事なんだ。長年隠してきた秘密だから言えないんだ」
言葉にした直後、俺は勝利を確信した。
これこれ、これだよ。
家の秘密といえば、王子といえどこれ以上は追求できないだろう。
「……」
ショウは俺を見つめた。
まるで本当なのかどうか、を見抜こうかという様な目で俺を見つめた。
俺はその視線を真っ向から受け止めて、見つめ返した。
初代の秘密なのは間違いない。
だから臆することなく、真っ向から見つめ返した。
「……それは本当なのかい?」
「ああ」
「本当に本当かい?」
「本当に本当だ」
念に念を押して確認してくるショウ。
俺は真顔で頷き返した。
そこに嘘はない。
可能なら、俺が黙った方がいいってのは間違いない。
コインはあの後石になったが、あの手のものは、例えば俺の死後再びもとのコインにもどる事も考えられる。
すると、次の当主に試練が受け継がれる。
試練の内容は知らせないままの方がいい、というのは間違いない。
だから、俺は自信を持って頷いた。
「……」
「……」
しばらくの間、俺達は見つめ合った。
ショウに真顔で見つめられて、それを見つめ返した。
たっぷりと、一分くらい無言で見つめ合ってから、ショウは「ふっ」とわらった。
「どうやら本当みたいだね」
「最初から本当だ――それよりも信じてくれるんですか」
「僕はこれでもそこそこ人を見る目があるつもりだ。君が嘘をついてない事はわかる」
ほっ……。
どうやらごまかせたみたい――。
「全部の事を言ってないのもなんとなくわかるけどね」
「!!」
ほっとした直後にぎょっとした。
ショウはニコッと笑った。
俺は驚いてショウをみつめた。
そこまで……わかるのか?
「……カマカケ、か?」
「はは、そのつもりはないよ。いくらかまをかけても一番肝心な所は話さないだろうからね、君は」
「……」
「でも、カノーの初代の残していった秘密だというのも本当」
「ああ、それは本当だ」
俺ははっきりと頷いた。
七つのコイン、裏の七つ星。
初代はたぶん、いつかそれを見つけてくれる子孫がでるのを期待してたんだとおもう。
そうじゃなきゃ、あんな複雑なギミックをつくって、子々孫々に儀式をさせるような事はしない。
「わかった、じゃあもう聞かない。それよりもちょっとだけで良いから見せてくれないかな。地形を変えてしまうほどの力をこの目で見たいんだ」
ショウはそう言って、わくわくした、好奇心全開の好青年の表情に戻った。
「……みたものを内緒にしてもらえると」
「うん、もちろん。みたものは墓まで持っていくよ。王族の名にかけて」
「わかった」
俺は頷き、手をかざした。
何を見せようかなと思いながら空を見上げて、雲で翳っているから、それを吹っ飛ばすことにした。
雲ならいくら吹っ飛ばしても、所詮雲だから後に残らず証拠にならないしな!
☆
「た、たたたた大変です!」
「すごいですヘルメス!」
数日後、リビングでのんびりくつろいでいると、ミミスと姉さんがものすごい剣幕でとびこんできた。
ミミスは思いっきり慌ててて、姉さんは興奮して目をきらきらと輝かせている。
「ど、どうしたんだ?」
二人揃ってやってきた上にその剣幕、俺は気圧されてたじろいだ。
「今、国王陛下からの勅命が!」
ミミスはそう言って、勅書っぽい物を開いて、読みあげた。
「古の盟約を果たすときがきた」
「はあ?」
なんじゃそれは。
古の盟約って……また大仰なものがでてきたな。
……。
瞬間、俺はぞっとした。
悪い予感がした。
「セレーネ・ミ・アイギナとナナ・カノーが結んだ古の盟約により、ヘルメス・カノーを準王族とし、地位及び権利全て王族に準ずる物とする――とのことです!」
「準王族ぅ?」
なんじゃそりゃ。
まじでなんじゃそりゃだ。
準王族とか、聞いたこともない。
「カノー家と、王家との古い約束ですよ」
姉さんがニコニコしたまま言い出した。
いやそれは勅書の内容にもあったけども。
「どういうことなんだ一体」
「カノー家の初代当主が、当時の女王陛下の剣の師匠だったことは覚えていますね?」
「ああ、それでカノー家は代々男爵家としてやってきたんだろ?」
「それだけじゃなく、もしも、何らかの形でカノー家の当主が、初代の残した『真なる遺産』を手にすることが出来れば、その当主を一代限りの王族に準ずる扱いにする、という約束があったのです」
「真なる、遺産? それってどういうもの?」
俺は恐る恐る聞き返した。
「わかりません、王家にもカノー家にも伝えられていません。ただ、初代ゆかりで、ものすごいもの、としか」
「なんじゃその曖昧な……あっ」
俺はあることを思いだした。
『これは、カノーの初代当主に関わる事なんだ。長年隠してきた秘密だから言えないんだ』
あの時、自分の口からショウに言った言葉を思い出した。
新しく身につけたものすごい力、魔王と一緒に地形を変えてしまうほどの激戦が出来る力。
初代由来の、秘密の力。
「オゥノォ……」
俺はがっくりきた。
「殿下……見たことは言わないって言ってたのに。いや、言ってないんだろうなぁ……」
俺ははあ、とため息をついた。
あの時気づかなかった、ショウの言葉を思い出して理解した。
ショウは、「見た物はいわない」といった。
しかし、聞いた話は言わないとは言ってない。
カノー家の当主から、初代にまつわる真なる遺産を手に入れたと聞いた。
話は、それだけで充分なんだろうな。
むしろ――。
「勅書には続きがございます。真なる遺産の詳細を自ら国王陛下に説明せよ――とのことです」
ミミスは追い打ちをかけるようにいった。
ショウは言わなかった、言わなかったから、逆にそれを国王に見せる羽目になった。
「はぅ……完璧だと思ってたのに」
準王族。
またまた身分が上がってしまったことに、俺はがっくりしてしまうのだった。