131.秒の速さでバレる
「すっきりー、なーのーだー」
「……」
「んふふふー」
ものすごい激戦で、平原から峡谷に地形が変わってしまったそのど真ん中で、あっちこっちぼろぼろな格好になりながらも、カオリは上機嫌で俺にしがみついてきて、まるでネコの様にゴロゴロしてきた。
俺はくたくたになりながら地面に大の字になって転がっている。
皮肉なことに、カオリとのバトルで力の大半を出し切ったから、「暴走」という心配だけはなくなった。
「はあ……」
俺はため息をついた。
寝っ転がった状態でも、周りの地形がヤバいくらい破壊されて変わっているのが分かる。
「これも痕跡でいろいろバレるんだろうなぁ」
何かごまかす方法はないものかと考える。
さかのぼればスライムロード討伐の一件で、俺はそれまで知らなかった「力の痕跡」というのを覚えた。
力をぶつけて何かを破壊した痕跡には、指にある指紋と似たような性質があって、痕跡は人それぞれ違うものらしいのだ。
つまり、この地形を破壊するほどの大バトルで残った痕跡も、調べられれば俺の物だって分かる。
なにかごまかす方法はないものか……。
「すごく楽しかったのだ。懐かしい力と戦えてすごく気持ちがいいのだ」
「懐かしい力?」
俺の思考に割り込んできたカオリの言葉。
どういう事なのかと彼女をじっと見つめた。
「そうなのだ。甥っ子ちゃんの今までの力の波動とちょっと違う、懐かしい力なのだ」
「……もしかして、ユウキヒカリの事を知ってるのか?」
俺は少し考えてから、ソフィアから聞いた名前をカオリに聞いた。
見た目は幼くても、彼女は数百年生きている長寿の魔王だ。
俺達人間が知らないことを実は知っていたという事が多く、「歴史」を「実際にみている」事も多い。
もしかしたらって思って聞いてみた。
「ひかりお姉様のことなのだ? それは違うのだ」
「ひかりお姉様……え? 前から話してるひかりお姉様ってユウキヒカリのことなのか?」
「そうなのだ」
「……おぉ」
俺は感動したような、そうでもないような複雑な気分になった。
カオリの口から何度も聞かされている「ひかりお姉様」。
それがまさかユウキヒカリと同一人物だとは思っていなかった。
こんな時でも、まったく違う二つの知識が繋がることにちょっと気持ちよさを感じた。
と、いうことは。
彼女の名前は「ユウキヒカリ」じゃなくて、「ユウキ・ヒカリ」ってことなのか。
「お姉様がどうしたのだ?」
「あー、実は……」
俺はカオリに七つのコインの事を話した。
初代当主が残した七つのコイン、その隠された秘密。
全部のコインを裏返った後一緒にすると、幼げな少女ユウキヒカリがでてきて、力を与えてきたということ。
それを、カオリに話した。
するとカオリは。
「それはひかりお姉様じゃないのだ」
「え?」
「お姉様じゃなくて、お姉様のお母様、エレノアの幻影なのだ」
「お母様の……幻影?」
「そうなのだ。お姉様のお母様はお父様と一緒にいるはずなのだ。だからでてきたのは幻影のはずなのだ」
「そうなのか」
なるほどなと思った。
ってことは「ひかりお姉様」の母親も、カオリの母親と同じ人外の存在だって事か。
いや待て、エレノアって、剣の名前だったんじゃないのか?
うんそうだ、ソフィアが持ってきた本にそう書かれているはずだ。
剣が母親と同じ名前ってどういう事だ?
真実が一つ明らかにされる度に、疑問が一つ新たに生まれる不思議な状態になっていた。
「懐かしいっていうのはそういうことなのだ。甥っ子ちゃんの力の波動は、お姉様のお母様――おばさまと同じなのだ」
「あー……」
なるほどそういうことか。
話が大分ずれてしまったけど、ここでようやく理解できた。
「そんなに違うのか? 元々の俺と」
俺は周りを見回した。
一筋の光明が見えたようなきがした。
カオリとの激戦で地形ごと変わってしまった平原。
平原というよりはもはや渓谷っていって良いくらいの地形変化。
あっちこっちからはまだ、炎に灼かれたり雷に落とされたりの煙がくすぶっている。
「ぜんぜんちがうのだ」
「……そうか。この力の痕跡で俺だとわかりそうか?」
「痕跡なのだ? それはないのだ。今までの甥っこちゃんとまったく違うのだ」
「……ナイースッ」
もしかしたら、今俺の瞳がキラン、と光ったのかもしれない。
力の痕跡が違うのなら、そこから俺にたどりつくことはない。
これはラッキーかもしれないぞ。
「そうだカオリ。俺がその力を手に入れたことは内緒にしてくれ」
「どうしてなのだ?」
「どうしてもだ」
「そうか、分かったのだ。そのかわりまだあそぼうなのだ」
「ああ」
それなら別に構わない。
カオリが話さなければ新しい力が俺と結びつくことはない。
それなら……よし! だ。
☆
次の日、俺は屋敷の庭で一人、安楽椅子に寝っ転がってやすんでいた。
カオリと力を一度出し切ったのがよかったのかもしれない。
あれから力は戻ったが、戻ってもかなり制御出来るようになっていた。
日常の生活を問題なく送れるくらい制御出来るようになったので、今日は庭にでていつものようにゴロゴロしていた。
そんな風にゴロゴロしていると、一人のメイドが屋敷の方から小走りでやってきた。
「ご主人様、ショウ様がお見えです」
「王子殿下が?」
やってきたメイドは、ショウの来訪を教えてくれた。
ショウ・ザ・アイギナ。
アイギナ王国の第三王子で、リナと仲の良い彼女の兄だ。
前にちょこちょこ絡んだ事もある相手でもある。
「お通ししてもいいですか」
「ああ、いや、応接間に通してくれ。無礼は――」
「あはは、そんなことを気にしなくてもいいんだぞカノー伯爵」
俺が立ち上がろうとした瞬間、ショウが人なつっこい笑顔を浮かべながら庭にやってきた。
さすがに慌てて立ち上がって、頭を下げた。
「すみません殿下、出迎えがおそくなってしまって」
「いいんだ、こっちが急に来たわけだからね」
「はあ」
俺は曖昧に頷き、メイドに目配せをして下がらせた。
王子であるショウが何の用もなしに来るはずがない。
何の用なのかは分からないけど、とりあえず人払いした。
「それで、殿下……」
「うん、その前にちょっと確認をしよう。君はクシフォスの事をしっているかな」
「え?」
俺は身構えた。
クシフォスって……また勲章か?
「あはは、そう身構えなくていいよ。勲章ではなく元になった物のはなしだ」
「あっ、すみません」
俺はもう一度頭を下げた。
ショウはニコニコ笑ったまま、説明を始めた。
「護国の聖剣クシフォス。400年程前、カノーの初代当主に剣を教わったセレーネ・ミ・アイギナが持っていた剣だ。クシフォス勲章はそれから名前をとってつけたものだ」
「そうなんですか」
「ちなみに、それは歴史の三大名剣と言われている」
「三大名剣」
棒読み気味で、ショウの口からでた言葉をそのまま繰り返した。
「聖剣クシフォス、それにカノーの初代当主が持っていた光剣ルイナス――フォスという呼び方もあったかな、そして最後に魔剣エレノア。この三本を合わせて三大名剣と呼んでいる」
「はあ……」
「時に、魔王がプリュギア平原で暴れたそうだ」
「……へえ」
「君だよね、相手は」
「な、何の事でしょうか。そもそも――」
俺はとっさに口をつくんだ。
あの力は俺のじゃない――、なんて犯人しか知らない情報を口走ってしまったら間抜けそのものだ。
それにとっさに気づいて、口をつぐんだ。
だが。
「魔王に正式に聞いたよ、ここ最近、カノー卿と『遊んだか』って。すると魔王は『甥っ子以外とあそばないのだ、お母様の言いつけなのだ』と――」
「素直か!!」
俺は盛大に突っ込んだ。
というか、聞き方がいやらしい!
俺の力がどうこうじゃなくて、そもそも俺の名前をまったく出さない質問。
それにカオリが素直に――まんまと引っかかったわけだ。
俺は思いっきり突っ込んだが、ショウは微苦笑した。
「私達も悩んだのだよ、魔王と互角以上に戦った力の存在。新しい力の存在」
そして、真顔になった。
「もしかして人類の新たな脅威なのではないか、と」
「むむむ」
「それが君の新しい力だと知ってホッとしたのだよ」
うかつだったのかもしれない。
もっと念入りに隠すべきだったのかもしれない。
世界最強の魔王と互角に戦えた、正体不明の存在。
問題視されて当然、探られて当然。
例え不安がられても、実害はないのだから不安なままにさせて、念入りに隠蔽すべきだったのかもしれない。
「……無理か」
少し考えたが、俺は深いため息をついた。
あの、よくも悪くも天真爛漫なカオリの顔が脳裏によぎった。
どう隠蔽したり口止めしたところで、ショウが「ああいう」聞き方ができるのなら、カオリはどこかでぼろっと漏らしただろう。
到底、腹芸ができる子じゃないのだ、カオリは。
「では、やっぱりそうなんだね」
「えっと、まあ……はあ……」
「やっぱりすごいね君は。エレノアの力を手に入れるなんて」
「そこまで知ってるんですか」
「うん」
俺は苦虫をかみつぶしたような表情になった。
カオリが言った、エレノアの幻影、その力。
俺の新しい力は、その力なのだ。
……ん?
ちょっと待ってよ――と、俺は引っかかりを感じた。
なんだっけ……そうだ、ショウが言ってた言葉だ。
三大名剣……魔剣エレノア……。
「……え?」
「歴史上エレノアの力を制御できたのは二人だけだって聞く、すごい事だよ。ねえ、どうやったの? 私に聞かせてくれないかな」
「…………え?」
俺はますますポカーンとなった。
これって、どういう事なの?
まったく予想しなかったことに、俺はぽかーんとなってしまうのだった。