130.泣きっ面に魔王
連載再開します
十万文字くらい書きます
試練の洞窟から戻ってきた、あくる日の昼下がり。
俺は屋敷の自分の部屋にあるベッドの上にいた。
仰向けで寝っ転がったまま、じっとしている。
「ヘルメス――あら、何をしているのですか?」
「姉さんか」
俺は顔を上げることさえもせずに、声だけで判断して、返事をした。
すると足音が徐々に近づいてきて、姉さんがベッドの真横まできて、上から俺の顔をぞきこんできた。
「どこか具合でも悪いのですか?」
「そういうわけじゃないんだが……」
「……?」
姉さんは不思議そうに首をかしげた。
まずい、これはまずい。
考え得る限り一番まずい相手だ。
何故、俺がこうしてベッドで寝っ転がって、顔さえも上げないでじっとしているのかというと、それは七つのコインの裏バージョンを集めてしまったために、俺の力がまた強くなってしまったせいだ。
心の準備がないまま、一気に力が強くなってしまったせいで、体の感覚が力の強さに追いつかなくてコントロールが効かない状態だ。
前も、全能力が二倍になるという事件があった。
あの時は、「自分の力が二倍になる」って感じだったから、力が上がっても自分の物だったから、すぐに体が馴染んでコントロールができた。
しかし今回は違った。
七つの裏コインが与えてきた力は、「倍率」という意味では前回よりは低かったけど、それは「自分の力」じゃなかった。
なんというか……闇というか、魔というか。
そういう感じの力だ。
それのせいで、今は力の制御ができない。
数年に一回来る、あの力が制御できない時と同じような感じになっちゃってる。
力の大きさはあの時よりも更に大きくなっている。
下手に首を振ればその衝撃波だけで屋敷を吹っ飛ばしかねない勢いだ。
かといって、外に行くのも怖い。
あの時、偶然竜王の影が来て、偶然第三王子のショウ殿下がきて……と。
色々と事態が悪化したのだ。
それよりもまだ、屋敷にこもって、「集中して何もしない」でいた方がいいと思った。
と、いうのが事情だが、それを姉さんに話せない。
姉さんに俺の力が強くなったなんて言えば、彼女は大喜びでそれを周りの人に知らせるためにあれこれしかけてくるだろう。
俺はいろいろ考えて、ごまかす方法は何かないかと考えた。
……。
…………。
………………。
ない。
そんなのない。
なんというか、下手にごまかそうとしたらますます事態が悪化しそうな気がする。
いや、実際にしそうだ。
今まで何回もそうなってきたことか。
嘘はダメだ。
どうしよう。
そう、俺が困り果てていて、姉さんがますます不思議がっていると。
コンコン。
部屋のドアがノックされた。
「ヘルメスいる? ――あっ、ソーラ様」
「あら、ソフィアちゃん」
やってきたのはソフィアだった。
姉さんはソフィアと、寝っ転がってる俺を交互に見比べた後。
「……うふ」
と、口を押さえて、にやにやと笑い出した。
「姉さん?」
「あらあら、そういうことだったのですね。うふふ」
「ね、姉さん?」
待て姉さん、なにか誤解をしてるんじゃないのか?
というか姉さんが何をどう誤解しているのか手に取る様に分かる。
ベッドに寝っ転がって、ソフィアを待っていた――そういう誤解だ。
俺は反論しようとして、体を起こしかけた瞬間――
ミシッ!
「――ッ!!」
ベッドが、そして床が軋み音を上げた。
俺が体を起こそうと、ちょっと腹筋に力を入れただけで、ベッドが軋んで床が悲鳴をあげた。
コントロール出来ない状況でこれ以上動いたらヤバい。
そう思ってじっとすると――事態の悪化を止めることができなかった。
「お邪魔虫はここで退散しますね」
「ま、待てよ姉さん。何か俺に用事があったんじゃないのか?」
「いいのですいいのです、後はお姉ちゃんに任せて」
「いや任せてって」
「お二人さん、ごゆっくりー」
「お二人さんって、ちょっ――」
姉さんは思いっきりニヤニヤして、部屋から出て行った。
ガチャッ!
「鍵かけるのやめて!?」
ビシッ!
姉さんが鍵をかけていったことに思わず大声を出すと、それだけで窓ガラスにひびが入った。
ハッとして、慌てて落ち着いて、大人しくベッドの上でじっとした。
「……ふぅ」
ガラスがひび割れた以上の事にはならなくて、俺はほっとした。
その間、姉さんと入れ替わる様にして、ソフィアが俺のそばにやってきた。
同じように、ベッドの真横から寝ている俺を見下ろした。
「大丈夫? ヘルメス」
「……ああ」
「そう……」
ソフィアはホッとした。
彼女は少しだけ、俺がこうしている理由を知っている。
「まだコントロール出来ないの?」
「ああ、下手したら屋敷はあの洞窟の二の舞だ」
「うっ……」
ソフィアは顔がちょっと引きつった。
昨日、あの後一緒に洞窟から出たはいいが、入り口の付近で俺はくしゃみをして、入り口周辺を跡形もなく吹き飛ばした。
カノー家に代々伝わる試練の洞窟が、くしゃみの一発で半壊した。
つまりソフィアは知っているどころか、実際に制御不能で「やらかした」現場に立ち会って目撃までしているのだ。
そのソフィアは、部屋の中――いやこれは屋敷をって感じか?
屋敷をぐるっと見回して、恐る恐る聞いてきた。
「こ、この屋敷もふっとんじゃうの?」
「わからない、可能性はある」
「そ、そうなんだ」
「それよりどうした? 今日は。さすがに今日は何もつきあえないぞ」
事情を知っているソフィアだから、俺はストレートに言った。
「あっ、そうじゃないの。昨日あれから図書館に行って、色々調べてきたの」
「いろいろ?」
「昨日のあの少女っぽい『何か』。あの正体が古い書物に載ってないかなって」
「ふむ」
なるほど、と俺は心の中だけで頷いた。
……下手に首を動かしたら屋敷吹っ飛ばしかねないからな。
ソフィアの着眼点はいいと思った。
俺もなんとなく、あれがただ者じゃないって思っていた。
人外の、それも力のある存在なら、何かしらの形で書物に残っている可能性が高い。
そこから「解決策」か、悪くても糸口程度の何かが見つかる可能性はある。
「それでどうだったんだ?」
「ええ、これをみて」
ソフィアはそう言って、一冊の本を取り出して、パラパラと開いて目印をつけたページを俺に見せてきた。
「それは……」
「昨日のコインからでてきた女の子そっくりよね」
「ああ、そうだな」
俺は頷いた。
そのページには確かに、昨日のあの少女っぽいなにかの姿が描かれていた。
膝裏まで届こうかという長い髪に愛くるしい表情、細部に違いはあるが完全に同じ人間だ。
「すごいな、こんなのをよく見つけたもんだ」
「じつは結構有名人らしいの、この子。カノーの初代当主とも縁が深いのよ」
「……そうだろうなあ」
そりゃそうだろうなと思った。
そもそもあのコインと試練のシステムは初代が作ったものだ。
そのコインが反転して、全部集まったら出てきた。
縁が深くて当たり前だ。
「この本によると、あの子はユウキヒカリって言うらしいの」
「ユウキヒカリ?」
「うん」
「聞き慣れないタイプの名前だな」
「人ならざる存在らしいのよ。名前くらい私達と根本的に違って当然ね」
「それもそうだ」
俺は納得しつつも、新しい疑問が頭に浮かんだ。
「でも、昨日あいつは『エレノ』、って言いかけたぞ」
「それも書かれてるわ。エレノア、ユウキヒカリがずっと持っていた魔剣の名前なのよ」
「なるほど」
魔剣か。
「だとしたら色々つじつまがあうな」
「そうなの?」
「ああ。あの子に与えられた力、光か闇かっていったら闇の力だったから」
「魔剣由来の力だってことね」
「そういうことだろうな」
俺はふう、と静かに息を吐いた。
か細い息で、屋敷を壊さないように細心の注意を払って息を吐いた。
そして、ソフィアににこりと微笑みかける。
「ありがとうソフィア、助かった」
「そ、そう?」
「ああ。大変だったんだろ」
ソフィアは軽く言ったが、古い書物なんて山ほどある。
その中から、一晩でピンポイントに探し当てるなんて並大抵の事じゃない。
よく見ればソフィアの目の下にクマができている。
徹夜して探したんだろうなぁ、って分かる。
俺はお礼を言って、彼女をねぎらった。
「そ、そんなことないわよ! 普通よ、普通! こんなの楽勝なのよ」
「そうか」
ソフィアは顔を赤くして、ぷいっ! って感じで背けてしまった。
何故か意地を張るソフィア、実に彼女らしかったから、俺は何も言わずにそういうことにしておいてやった。
話をソフィアが持ってきた本に戻した。
「そのページ以外に、ユウキヒカリに関する情報はあったのか?」
「あっ……」
「どうした?」
いきなり申し訳なさそうになったソフィア。
「ごめんなさい……これが見つかったから、まずは知らせようって」
「そうか」
俺はにこっと笑った。
その光景がありありと想像できた。
「本当にごめんなさい。すぐにまた調べてくるね。あっ、この本は置いていくから!」
「お、おい」
ソフィアはパッと部屋から飛び出して行った。
止めるのも間に合わずに(というか今の状況じゃ止めようがないけど)部屋から飛び出して行った。
追いかけようがなかった。
本を読むのも今は無理だ、表紙に指が触れた瞬間消し飛ばしそうだった。
全部をまるっと後回しにして、大人しく寝てしまおうかと、そっと目を閉じた。
すると――ドタバタと、部屋の外から騒がしい物音が聞こえてきた。
今度は誰だろう、って思っていると。
「待ってください、今はダメですよ」
姉さんの声が聞こえてきた。
誰かを止めているみたいだ。
そういえばさっき、姉さんは「任せて」とかなんとか言ってたっけ。
何を任せてなんだろうか――。
「じゃじゃーん! 魔王ちゃんの降臨なのだ!」
パン! とドアが乱暴に開け放たれて、カオリが姿を見せた。
「甥っ子ちゃーん、あーそーぼーなのだ!」
部屋に入ってきた直後、カオリは俺に飛びついてきた。
いつもと変わらない飛びつき、並みの人間ならそれだけで木っ端微塵になりかねない魔王のタックル。
そのタックルを受けた俺は――力が反発した。
カオリのタックルに、体が勝手に危険を感じて、ぐっとこらえるために力を入れた。
すると――爆発した。
ドカーン!! と、ものすごい爆発が起きて、屋敷の半分ごとカオリを吹っ飛ばした。
「ヘルメス!?」
カオリを追いかけてきた姉さんが驚愕した。
そんな姉さんに何かいいわけをしようとしたが、それよりも早く、カオリが戻ってきた。
屋敷の半分ごと吹っ飛ばされて、一度は空の彼方に飛んでいったのだが、すぐに戻ってきた。
「今のはなんなのだ? 前よりもすごいのだ! もっと見せるのだ!」
暴走した力に吹っ飛ばされて、体が半分黒焦げでブスブスと煙を上げているのにもかかわらず、カオリはものすごくご満悦に俺に迫ってきた。
「オーノー……」
「もっと見せるのだ!」
せがまれるカオリに根負けして、結局俺は彼女をつれて、街から遠く離れた、プリュギア平原という所にやってきて、そこで力を解放して、カオリと戦った。
思いっきり戦うことができて、カオリはものすごく満足していた。
☆
余談だが、数ヶ月後、カオリと戦った跡地がプリュギア平原からプリュギア峡谷と名前が変わった。
地形が変わるほどの戦いにカオリはものすごく満足したが、俺はしばらくの間怯えていた。
ヘルメス峡谷になって名前が更に上がってしまうんじゃないかって、怯えてしまうのだった。