129.七つ集めて願い叶えよう
次の日、俺は書斎に一人っきりでいた。
机の上に二つのコインを並べている。
二つとも、星が七つのものだ。
星の数は一緒だが、二つのコインの色は正反対だ。
片方は銀白色だが、もう片方は黒光りを放っている。
銀白色の七つ星は前に――当主就任した直後の儀式で――とってきたもの。
黒いものは昨日現われた物だ。
そして、その横に、同じように机の上に置いた、初代の遺産。
初代が使っていたとされる、今となっては年代物でぼろぼろな剣。
あの時、コインとこの剣が同時に光って、まるで「共鳴」と呼ぶにふさわしい現象が起きて、初代の幻影が現れて、それを倒したらコインが変化した。
銀白色の一つ星から、黒光りしている七つ星に。
どっちも初代に関係するものだし、かつて、理由は違うが初代の英霊が現れてうんぬん――という話を聞いたことがある。
つまり、これは初代がしかけていった事の一つだろうな。
そうなると――。
「ヘルメス、ここにいたのね」
思考の途中で、ソフィアが部屋に入ってきた。
彼女は机の上にある二つのコインを見て、言った。
「ちゃんとそっちもあるのね」
「ああ、これがどうかしたか?」
「それを持って、今日も試練の洞窟に行くよ」
「……なんで?」
俺はちょっと警戒した。
昨日はいきなり襲われた、という事実もあって、とりあえず引き上げようと二人を宥めて連れ帰ってきた。
正直、この件でまた行くのはあまり気が進まない。
「昨日家に帰った後、御先祖様達が残した文書とか調べてたの」
「デスピナのか」
ソフィアははっきりと頷いた。
デスピナ。
カノー家の初代に仕える200人、共に戦場を駆け抜けて、最後まで一人も欠けることなく戦い続けた女達。
初代の武勇伝を色々聞かされたが、200人が付き従って最後まで欠けなかったというのも相当にヤバい話だ。
その200人に与えられたのが「デスピナ」という称号で、そのあと巡り巡って、名字になった。
その末裔がソフィア、ソフィア・デスピナだ。
「うん、ネオラ・コメネナっていうんだけど、知らない?」
「悪い、聞いたことない」
「うん」
ソフィアは特に気を害したこともなく、小さくうなずいた。
「私も家系図を辿っていくまでは聞いたことなかった」
「家系図があるのか」
「あるよ、200人分の。途中でくっついたり分かれたりしてるし、カノー本家の血も入ってたりするけど」
「それはなんだか面白そうだな」
壮大な家系図はそれだけでわくわくする、なんかロマンがある。
「――と、話が逸れちゃった。その御先祖様が残してった文書を見つけたの。そこに、直接じゃないけど、このコインの事かもしれない内容が書かれてたのよ」
「どんな内容だ?」
俺はちょっと体を乗り出した。
かなり気になる。
情報を知っているのと知らないのとじゃ、「やらかす」確率が全然違う。
情報があるのなら是が非でも知りたいところだ。
「まず、それは御先祖様達が愛した人――つまり私達みんなの御先祖様の話なのね」
「つまり――カオリの父親の話か」
「うん」
ソフィアは深く頷いた。
俺の先祖、カノーの初代の男。
エリカの先祖、賢女王の男。
ソフィアの先祖、デスピナが愛した男。
そして――カオリの父親。
これらは皆同じ男の事を指している。
……ここまで来たら、なんかの因縁を感じざるを得ないな。
「その人が言ってた事なんだけど。自分の産まれた故郷には、一つ星から七つ星までの七つのボールを全部集めると、何でも願いが一つだけ叶うって」
「なんでも?」
「うん、死んだ人も生き返らせられるって」
「そんなぶっとんだ魔法アイテムがあるのか……あっ」
俺ははっとなった。
ぱっと下を向いて、机の上に置かれているコインを見た。
二つのコイン、それぞれ七つの星を刻んでいるコイン。
元はどっちも同じ色で、一から七まである、七つのコインだ。
七つのボールがあると言った男と、関わり合いのある女が七つのコインを作った。
そして、コインにはいろんな仕掛けがある。
その気になれば七つ集めるという形になる。
まったくの偶然じゃあり得ないだろうな、これは。
「ソーラ様が言ってたんだけど、ヘルメス、前回は七つ全部を手にしたんだよね」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
あの時は確かに七つ全部持った。
誰にも見せてないけど、姉さんだけには話だけはしてある。
「あの時は何も起こらなかった」
「うん」
「それって、こっちの方が――」
ソフィアは黒光りしている方――共鳴して、幻影を倒した後に変化した方の七つ星のコインをさす。
「こっちが本物だからじゃないかな」
「本物……」
「真の姿、本来の姿って言うか」
「……なるほど」
俺はあごを摘まんで考えた。
ものすごく腑に落ちる話だ。
そもそも、あそこは「試練」の洞窟だ。
試練に打ち勝って手に入れた真のお宝――と考えれば色々と納得がいく。
「つまり……全部のコインを本来の姿にしないとだめ、ってことか」
「あたしはそう思う」
「なるほど。そうなると、本当にあの洞窟じゃないとだめなんだろうな」
「だから行こうって……ヘルメス、なにか違う理由でもあるの?」
そういう顔してるよ、って感じで指摘してくるソフィア。
「ああ」
俺は深く頷き、机の上から初代の剣と、銀白色の七つ星コインを手に取った。
昨日洞窟でやったことと同じだが、二つは共鳴しなかった。
「昨日は手に取った瞬間に光ってただろ?」
「そうだね」
「そもそも、前からこのコインと剣はいつも近くにあったんだ。剣は賜ってからずっと持ち歩いてるし、コインはいつもこの引き出しにしまってるから」
「あの洞窟という場所も反応する条件の一つね」
「そうかもしれない」
「だったら、ますます行かなきゃ!」
ここで、話が最初の所に戻った。
いや、もどって、更に一歩進んだ。
詳しく話を聞いて、俺からも情報を一つ出したら、ソフィアが持ってきた話の補強になってしまった。
ちょっとだけあっちゃー……ってなりながら、考える。
「……その書物には他に何か書いてなかったのか? 七つのボールに関して」
「ボールを七つ全部集めたら、竜が出てきて願いを何でも一つ叶えてくれるって」
「竜か……他には?」
「ううん」
ソフィアは首を振った。
「コインとか、星とか。それに関する記述はそれだけ」
「そうか」
俺は考えた。
これは……いい機会なのかもしれない。
何でも一つだけ願いを叶えてくれる、というのは魅力的だ。
もしそれを参考にして、初代が七つのコインを用意してたっていうのなら。
俺は、注目されない人生を送る、というのを願いたかった。
少し考えて、腹がきまった。
「……よし、行こう」
「うん!」
俺が乗り気になったことを、ソフィアは嬉しそうに頷いたのだった。
☆
ソフィアと二人で洞窟にやってきた。
今日は姉さんは連れてこなかった。
昨日と違って、今日は立会人が必要な状況じゃないから、ソフィアは特に言い出さず、俺もそのままでいいと姉さんには知らせなかった。
そうして洞窟に来て、足を踏み入れると。
「ヘルメス! 剣が!」
「え?」
ソフィアに指摘されて、俺は腰の方を見た。
初代の遺産、剣が淡く光り出した。
って、ことは。
コインを取り出した。
銀白色の七つ星のコイン。
それも、同じように淡く光っていた。
「光ってるな」
「昨日と同じね」
「ああ、だが昨日ほどじゃない」
「なんでだろう」
「たぶん……所定位置じゃないからなんじゃないか?」
昨日の様子を思い出しつつ、今の状況と重ねて、推測する。
「このコインって、一番奥にあったものだから」
「じゃあ進んでみよう! 奥まで行けばわかるよね」
「そうだな、行こう」
俺達はうなずきあって、洞窟の奥に向かって行った。
様々なしかけがあるが、入るのはもう四回目。
しかも、もしかしたら何でもかなう願いで目立たない人生が送れるかもしれない。
その期待感に俺はやる気を出して、道中の仕掛けを全部あっさりとクリアしていった。
なにもなくなった一つ目の台座をあっさりスルーして、二つ目の台座にやってくる。
そこに銀白色の二つ星のコインがあった。
「やってみる、ソフィアは下がっててくれ」
「うん」
ソフィアは素直に離れた。
彼女が充分に距離を取ったのを確認してから、台座の上にあるコインを手に取った。
すると、まったく昨日と同じことが起きた。
コインと剣が共鳴するように光って、コインに刻まれた物と同じ顔をした、初代の幻影が現われた。
二回目だから、予想していたから。
俺は落ち着いて対処し、先置きの斬撃で、幻影が動き出す前に切り捨てた。
「よし」
光が消えて、銀白色の二つ星コインが、黒光りの六つ星コインになった。
ある意味裏返った――表から裏になったって感じだ。
「ヘルメス!」
「んあ? ああ」
一呼吸開いて、ソフィアが叫んだ理由が分かった。
幻影を倒して、裏のコインが手に入っても初代の剣は光ったままだ。
そして、洞窟に入ってくるときよりもその光は強まっている。
ポケットから表の七つ星コインを取り出す。
「こっちも光りが強くなっているな」
「近づいてるから、だよね」
「そうなるな」
俺が頷くと、ソフィアは嬉しそうに頷いた。
「行こう! 次へ!」
「ああ」
ソフィアは気持ちが逸って、まるで俺を先導するかのようにズンズン先に進んだ。
すぐ後について行った。
次々と台座にたどりつき、反応するコインから初代の幻影を出して、裏のコインを入手していく。
表の三つ星が裏の五つ星になった。
表の四つ星が裏の四つ星になった。
表の五つ星が裏の三つ星になった。
表の六つ星が裏の二つ星になった。
そして、最後の部屋にやってきた。
「光ってる……今までで一番……」
剣とコイン、二つを見て、驚嘆混じりにつぶやくソフィア。
「やるぞ」
「うん」
部屋に入っても光るだけのコインを一度台座に置いてから、手に取る。
すると、それまで何もなかったのが共鳴しだした。
初代の幻影が現われた。
それを一太刀で倒してしまう。
幻影が消えて、表の七つ星が裏の一つ星になった。
これで、全部が揃った。
俺は全部のコインを取り出して、手の平の上に並べた。
ソフィアが近づいてくる。
「揃ったね」
「ああ」
「これでどうするのかな」
「そうだな、このまま持っているか、あるいは裏返ったこれらを一から七の順、それか逆に七から一の順で台座に置いていくか」
可能性は三つある、それくらいならしらみつぶしに当っていけば――と考えたその時。
七つのコインが光り出した。
「ヘルメス!?」
「俺は何もしてない」
「って事は――」
ソフィアの顔から期待の色がはっきりと見えた。
光が集まって、やがて、人の形になった。
女だった。
初代とは違う女だった。
いや、女の子、だった。
体がぼぅ、と淡く光っている、黒い服の女の子だった。
「あれ? あんた……ソフィア」
「うん、似てるけど……なんか違う」
俺とソフィアは同時に訝しんだ。
彼女は似ている、俺に色々教えてくれて、ソフィアとも面識のあるあの女の子に。
似ているけど……なんか決定的に違うようにも感じる。
彼女は天上天下唯我独尊――という言葉が具現化したような尊大な態度だ。
正直、見た目は女の子だが、大人の女って感じがする。
『ここまでよく来たな』
「えっと、あんたは……?」
『我の名はエレ――ごほん、泉の――もとい、竜の女神だ』
女の子は何かを言いかけて、言い直した。
何を言いかけたのか、いやそんな事はどうでもいい。
俺はわくわくする気持ちをそのままぶつけた。
「教えてくれ、本当に願いを一つ叶えてくれるのか?」
『なんの話だ、それは』
「違うのか……」
俺はがっくりと肩を落とした。
思いっきり落胆した。
そうだよな、そんな美味い話はないよな。
考えればなんでも叶うなんてのはあり得ない話なのに、一度でも期待してしまったもんだから、落胆も大きかった。
『それよりも……ごほん。よくぞここまで来た。お前が欲しいのは世界が手に入る力か?』
「え? いらないってそんなの」
俺は速攻で断った。
世界が手に入る力とか。
そんなのあったら今まで以上に大変なことになるだろ?
俺は静かに暮らしたいんだ。
『ふむ、謙虚なのだな。えっと……こういう時はどうだったかな』
女は何かメモを取り出して、それを見ている。
『ふむふむ正直者だから両方とも――なるほどなるほど』
女はしきりに頷き、更にこっちを見た。
『では、お前が欲しいのは世界の半分が手に入る力か?』
「え? いや半分もいらないって。そんなのいらないから」
『お前は謙虚な者だ、ご褒美に両方くれてやろう、世界が1.5個手に入る力だ』
「へ?」
『はっ!』
女は手を伸ばして、何かを飛ばしてきた。
とっさに横っ飛びして避ける――が、避けた先に追尾して、それが俺にあたった。
何も痛くない、ダメージとかはない。
が、飛ばしてきたなにかが、俺の体の中に入ってきたような感じだ。
『うむ、ではな』
そう言って、女はすぅ、と消えた。
いや、そんな事よりも。
「こ、これは……」
俺は自分の両手を見つめて、驚愕した。
「どうしたのヘルメス!」
「力が……更にあがった?」
「え? もっと強くなったって事? すごい!」
喜ぶソフィア。
一方で愕然とする俺。
俺は、ぐうたらと毎日を過ごすために、その願いを叶えに来たのに、よく分からない理屈で更に強くなってしまった。
『強くなっただけではない、世界の1.5個が手に入る力だ』
「なに?」
『今度こそさらばだ』
コインからにょきっと顔をだす女はまたひっこんだ。
今度こそ、の言葉通りに、コインは石の様になって、それから何をしてもうんともすんとも言わなくなった。
せ、世界の1.5個って……。
一体、どういう事なんだあああ!!!