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12.嵐を呼ぶ少女

 影を丁寧に、きっちり完全に消滅させた後、周りをぐるっと見回した。


 逃げなかった旅人が大量に倒れている、気を失ってて意識がない。

 そのうちの一人に近づき、しゃがんで様子を確かめる。


「気を失ってるだけか」


 呼吸が規則正しいし、外傷も見当たらない。

 意識を失ったのは影にやられたからだが、残留してる何かもない。


 なら放っておいても大丈夫だろう。

 あとは、今回の事をどうごまかすか――。


「歳は取りたくないものじゃな」

「むっ!」


 弾かれたように声の方に振り向いた。

 俺が殴り倒し、影が取り憑いた剣聖のじいさん。


 旅人連中に比べて色々やられてるはずのじいさんが、一番最初に目を覚ました。

 体を起こして、地べたにあぐらを組んで座っている。


 その姿、心なしか最初の時よりもふけた気がする。


「小僧、お前がやったのか?」


 じいさんはそう言って、俺が持ってる仕込み杖を見た。

 取り上げてそのまま武器に使った。

 これのせいで疑われてるのか。


 仕込み杖の刃を鞘に収めて、じいさんに差し出す。


「誤解だ、俺はただこれを拾っただけだ」

「そうか」


 じいさんはのろのろと立ち上がって、俺がさしだした仕込み杖に手を伸ばした。

 そのまま受けとら――なかった。


 仕込み杖の柄の部分、そこに手をかけるやいなや、するりと刃を抜き取った。


「きえええええぃぃぃ!」


 奇声をあげて斬りかかってきた。


 剣聖と呼ばれたのは伊達じゃないようだ、斬撃は鋭く鋼鉄さえも両断する程の威力。

 迎撃しなきゃ――


(いやっ!)


 さっきまでの事が脳裏によぎった。

 じいさんの攻撃と殺気に反応してカウンターを喰らわせたのが厄介事の始まりだ。


 迎撃はだめだ、受けるだけ(、、)にしよう。


 丁度いい具合にじいさんが残してくれた仕込み杖の鞘部分を持ったままだ。

 それを使って、じいさんの斬撃を受け止める。


 反撃はしない。

 受け止めて、つばぜり合いの形に留めておいた。


 斬撃を防がれたじいさんはため息ついて、引き下がった。

 仕込み杖を降ろして、がっくりとうなだれる


「ど、どうした」

「一流の剣士というのは一合打ち合えば力量がわかるものじゃ。小僧はわしよりも遥かに強い」

「むっ」

「年は取りたくないものじゃな……いや、全盛期であっても及ばなかったであろうな」


 じいさんは神妙な顔をした。

 第一印象がセクハラジジイだっただけに、この反応はちょっと調子が狂う。


 だが、このままにしてもおけない。


 打ち合えば力量がわかる、という話は分かる。

 俺も一目見ただけで影の力が分かった。


 剣聖と呼ばれる程のじいさんはもう俺の力を理解しているはず。


 口止めしないと。


「気落ちしてるところ悪いんだけど、今日の事は誰にも言わないでほしいんだ」

「今日の事、じゃと?」

「ああ、今日の事全て」

「……」


 じいさんはしばらくの間俺をじっと見つめて。


「……良かろう、敗者に否はない。今日の事は墓の中までもってゆく」


 と、承諾してくれた。

 そんなじいさんに仕込み杖の鞘を返す。


 じいさんが受け取って、刃をおさめて杖にもどす。

 それをついて、トボトボと去っていくのを見送る。


 本当は影を倒したのをじいさんがやった事にしてもいいけど、嘘ってのはどこからかばれるもんだ。

 というか、うちには姉さんという、俺に関するその手の嘘をばらしたがる人がいる。


 何も言わない、というのが一番のはずだ。


     ☆


 数日後。

 隕石とそこから出てきた魔物の後始末は順調にすんだ。


 街道は「よしなに」って言うくらいで、当たり前のように最優先で復旧された。


 魔物に関しては俺が直前に苦戦を演じた事もあって、残った旅人が全員気絶した事もあって。

 俺が倒した、という噂はまったく出回らなかった。


 じいさんが「墓まで持っていく」というの、本気だったみたいだ。


 黙ってくれるのなら藪をつついて蛇を出すこともない。

 と、俺は普段よりも目立たないように、あらゆる執務を「よしなに」した。


 その副産物で執務は早めに終わった。

 ミミスら家臣団が謁見の間から全員退出しても、日はまだ高かった。


 せっかくだしどこか遊びにいくか――。


「はああああ!!」


 いきなり、謁見の間のガラスが割れて、一人の少女が飛び込んできた。


 まだ15・6歳の少女、普段は多分快活なタイプの子なのが顔の作りと髪型でなんとなく想像がつく。

 その少女が外から窓を突き破って、謁見の間に侵入してきた。


「お前だな! ヘルメス・カノーっていうのは」

「え? ああ、うん。それが――」

「覚悟!」


 ――どうした、っていう暇もなく、少女が襲いかかってきた。

 オーソドックスなロングソードを抜きはなって俺に斬りかかってくる。


 とっさに避けて、突進した少女と位置を入れ替えた。

 突進した少女は俺が座っていた椅子を剣で斬った。結構な腕前だ。


 そこそこの使い手だが、倒そうと思えば出来る。

 が。


「なんだお前は。俺に何の怨みがあるんだ」

「とぼけるな! お前、おじいちゃんに何をした!」

「おじいちゃん?」

「知らないとは言わせないぞ!」


 ロングソードの切っ先を俺に突き立て、柳眉を逆立てる少女。

 その面影、そして剣を振るう身のこなし。


「じいさん――剣聖ペルセウスの事か」

「そうだ!」

「へえ、あのじいさんの孫娘か」


 正体を知ると、ちょっとだけ面白くなった。

 あのじいさんにこんな可愛い孫娘がいたのか。


「お前のせいで! おじいちゃんにあらぬ噂が立ってる!」

「あらぬ噂?」

「そうだ! おじいちゃんは地上最強なんだ! あの魔物もおじいちゃんが倒したはずなのに、おじいちゃんが帰ってからなにも言わないんだ!」

「ああ」


 墓まで持っていくの、守ってくれたのか。


「ああって、やっぱり!」

「いやそういう意味じゃなくてな」

「――な」

「ん?」


 ロングソードを握ったまま、わなわな肩をふるわせる少女。

 怒りすぎてて、声まで震えて何をいったのが聞き取れなかった。


「どんな汚い手をつかったんだ!」

「いや汚い手って――」

「どうせおじいちゃんがエロイの知ってて美人局しかけたんでしょ!」

「孫娘にまで言われるくらいエロジジイなのかよ!」


 思いっきり突っ込んだ。

 別れ際の表情だったり、「墓まで持っていく」を実行したりで見直しつつあるじいさんだが、やっぱりエロジジイだったみたいだ。


「お前のせいで! おじいちゃんはもう剣は封印するっていったんだぞ」

「そこまでやるのか……」

「おじいちゃんから剣を取り上げたらただのスケベジジイになっちゃうじゃない! どうしてくれるのよ!」


 スケベは残ってるんだな。


 というか、少女が突入してきた時ものすごい剣幕なのに、いまいち話が深刻にならないなあ。


 いやまあ、それはそれでちょっと安心した。


「まあいいじゃないか、スケベのが『らしい』んだろ、それが残ってたら」

「封印した剣の分スケベがパワーアップしたのよ!」


 地団駄を踏む少女、


「……何で涙目なんだ?」

「私もお尻触られそうになったの!」

「おおぅ……それは……ご愁傷様」


 っていうかエロに見境がなくなってないかじいさん。

 パワーアップって、そっちの方向にいかなくてもよかろうに。


「全部……全部お前のせいだ!」


 少女は涙目のまま斬りかかってきた。

 反撃する訳にもいかないし――おっ。


 部屋の外がざわつきだした。


 騒ぎを聞きつけて人が集まってきたみたいだ。

 当然だな、謁見の広間での騒ぎ、当主がまだ中にいるんだ。「くせ者だー」って集まって当然。


 耳を澄ませてみる。

 足音からしてどうやら兵士も集まってきてるみたいだ。


 じいさんならこの屋敷にいる兵士全員集めても蹴散らされるだろうが、この少女の力量はそこまでじゃない。


 全員で掛かれば少女は追い払えると見た。


 なら、俺がやる必要はない。

 時間を稼いで、くせ者は部下に任せる。


 貴族として当たり前の事をしよう。


「よそ見するなっ!」


 少女が怒気とともに斬りかかってきた。


 思考がとんだ、とっさに手元に転がってるのを掴んで振り上げた。


 ――っていかん、反撃はダメだ。

 俺はとっさに思いとどまって、少女の斬撃を受けるだけにした。


 反撃はしない。


「えっ」


 斬撃を受けたのは椅子の脚。

 少女が斬ってばらばらにした椅子の脚が足元に転がってたから、とっさにそれを掴んで斬撃を防いだ。


 ――のは、いいんだが。

 なぜか少女はものすごく、死ぬほどびっくりしていた。


「どういう……こと?」

「どういう事って何が?」

「この感じ……おじいちゃんより強い?」


 疑問形でつぶやく少女。


 ふと、じいさんの言葉を思い出した。


『一流の剣士というのは一合打ち合えば力量がわかるものじゃ。小僧はわしよりも遥かにつよい』


 ……まさか、この子もそれが?


「……そんな訳ない! おじいちゃんに聞いてくる!」

「えっ? ちょまっ!」


 止めようとしたが、少女は駆け出した。

 駆けつけた屋敷の兵士たちをものともせず、全員蹴散らして去った。


 面白くて、憎めないキャラだったが。


「……嵐の予感がする」

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― 新着の感想 ―
[一言] えぇ・・・普通に不法侵入に殺人未遂・・・。
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