128.試練の洞窟(再)
この日は、久しぶりに庭でくつろいでいた。
ロッキングチェアを使って、ゆらゆらと体を揺らして、風に吹かれるのを楽しんでいる。
ここ最近色々あったから、こうしてまったりするのは久しぶりの事の様に感じる。
「ヘルメス」
そこに、ソフィアがやってきた。
半分横たわったロッキングチェアから見あげた彼女は上機嫌っぽくて、ニコニコしていた。
いつもそうやってニコニコしてると可愛いんだけどな――とは、うかつすぎる台詞だから、口に出さないようにした。
代わりに、当たり障りのない言葉で聞いた。
「どうした?」
「ヘルメス、今日の仕事はもう終わった?」
「仕事? 執務の事か?」
「うん」
「それならもう終わったぞ」
「そう。……他に誰か来る予定は?」
それを聞くソフィアの顔がちょっと膨れた。
エリカとカオリの事をいってるんだろうな。
「いや、今日は何も聞かされてないな」
カオリなら予告無しにつっこんでくるかもしれない――が、口は災いの元だから、言わないでおいた。
「それがどうかしたのか?」
「何もないなら、今から試練の洞窟にいくわよ」
「試練の洞窟?」
って、なんだっけ。
なんか聞いたことある気がするんだけど、なんだったかな。
なんか思い出せないから、素直に聞き返す事にした。
「なんだっけそれ」
「何いってるの? 当主になる時にも行ってたじゃない、あの試練の洞窟よ」
「ああ」
俺はポンと手を叩いた。
言われるまで思い出せなかったけど、あのコインをとって来いって言われた洞窟の事か。
そういえば、試練とかなんとか言ってたっけな、ミミスが。
大分前の事だから、すっかり忘れてたよ。
それが分かったのはいいけど――と、ソフィアを見た。
「なんでまたあそこに?」
「ヘルメス、七つ星のしかとって来なかったんですって?」
「ああ、まあ」
俺は曖昧に返事しつつ、頷いた。
そういうことにしてあるんだ。
あの日、俺は勘違いして一つ星のコインを持って帰った。
それが「一番しょぼい」って思ったからだ。
だけどそれは、実は一番すごかった。
目立ちたくない俺は、その場にいる全員に口止めして、言いくるめて。
俺が取ってきたのは一番しょぼい七つ星のコインって事にした。
「今度は一つ星のをとりに行くわよ」
「ええっ!? なんでまた」
「だって取れるんでしょ、ヘルメスなら」
「それは……」
どう答えるべきか迷った。
取れるって答えても、取れないって答えても。
今までの経験で、どっちもまずそうな気がした。
『やっぱ取れるの? すごい!』
とか。
『実力をひけらかさない、すごい!』
とか。
何をやっても逆効果な気がする。
それで黙っていると、ソフィアが今までと違う意味で憤慨しだした。
「ヘルメスが見くびられるのはいやなの」
「見くびられる」
「ヘルメスが実はすごいんだって、みんなに結果で突きつけてやるの。だから、一つ星のコインを取ってきて、みんなを見返してやるのよ」
「ああ……」
そう来たかあ……。
姉さんと一緒だ、これは。
そりゃ……姉さんとも気があうわ。
遠縁の親戚だけど、ここだけ見ると姉さんと血の繋がった姉妹なんじゃないかって言うくらい気が合いそうだ。
唯一違うのは、姉さんはこらえ性があって、裏で動くタイプ。
ソフィアは今見えているように鼻息荒くして、正面から突っ込んで突破するタイプ。
どっちがよりやっかいか……どっちもどっちだと思った。
ともかく、そういうことなら理由をつけて断って――あわわ!
いきなり手をつかんで、引っ張られた。
「行くわよ!」
ソフィアに手をつかまれ、無理矢理連れ出されてしまった。
☆
ピンドスから試練の洞窟に向かう道中。
前回はミミスとか護衛とか大勢引き連れているのに対して、今回は三人旅だ。
俺と、発案者のソフィアと、そのソフィアに頼まれて付いてきた姉さん。
「……なんで姉さんも?」
「なんで姉さんも」
「立会人をお願いしたの、ソーラ様に。ソーラ様がみた、といえばみんな納得せざるを得ないでしょ」
ソフィアは得意げな顔をした。
やっぱりこの二人似ている。
姉さんもあの時、自分から立会人を買って出てたっけな。
「うふふ」
一方、姉さんはニコニコ笑っている。
この笑顔がくせ者だ。
姉さんはあの時いた。
つまり全てを知っている。
なのに何も言わない、ソフィアの好きにさせている。
それはとんでもなくやっかいだなと俺は思った。
「姉さん……」
「いいじゃない。ソフィアちゃんにかっこいいところを見せてあげなさいな」
「まったく」
やっぱり姉さんはやっかいだ、と俺は思った。
同時に、そのくらいの思惑だったらまあいっか、とも思った。
……すっかり姉さんに毒されているのに気づいて、ちょっとげんなりした。
三人で一緒に試練の洞窟に向かう道すがら、俺は考えた。
さて、どうするべきか。
一つ星のコインなんて普通に取れる。
前にもひょいっと取ってきたしな。
問題はそれをソフィアに見せてもいい物かどうか。
まずいんだよな。
姉さんと違ってソフィアは腹芸とか隠し事とかできなさそうだし、そもそも広めるために俺を連れ出してるんだ。
こうなったら、なんとか黙っててもらおう。
案一。
「今更ひけらかすのはかっこ悪い」
案二。
「別の狙いがあるから言うべき時まで待ってもらえるか?」
案三。
「うっかり手がすべって洞窟こわしちゃったー(棒)」
……だいぶ追い詰められてて頭やられてるな俺、なんだ案三は。
まあ、一をベースにして、後は即興かな。
そうやって、大まかな方針が決まった。
それを頭の中でしっかりとまとめて、流れをシミュレートしてから、ソフィアに話しかけた。
「なあソフィア」
「なに?」
ソフィアがこっちを向いた。
「コインはとってくるけど、それをひけらかすのはやめて欲しい」
「どうしてよ!」
「かっこ悪いからだ」
激昂しかけるソフィアを宥めつつ、いう。
「今更自分で言うのはかっこ悪いからだ」
「あたしが言うわよ」
「悪い言葉が足りなかった。身内から言うのはかっこ悪いんだ」
「み、身内……」
「こういう時は隠して、それでふとした拍子に関係ないところから、思いがけない形でバレた方がより格好良くて評価があがる――そうなんだろ姉さん」
俺は姉さんにボールを投げた。
彼女が言ってた言葉をつかった。
「……ええ」
姉さんは一呼吸空けながらも、ニコニコ顔を維持したまま頷いた。
「でも……このままじゃみんなヘルメスを侮るじゃない。それが悔しいのよ」
「少しの間の我慢だ。少しの我慢がより大きな果実になって返ってくる。急がば回れってやつだ」
「……………………そう、かもね」
盛大に迷って――立ち止まってしまう位に悩んでから、ソフィアはおずおずと、不承不承に頷いた。
「わかった、そうする」
自分の中で、ギリギリの所に折り合いをつけたらしく、ソフィアはそれを受け入れてくれた。
よし、これならとりあえずの時間は稼げた。
後は――時間をかけて、関係のないところから漏れないようにすれば細工すればいい。
今何とかできれば、後はどうとでもなると思った。
そうこうしているうちに、試練の洞窟にやってきた。
前に来たときとまったく変わらない洞窟の入り口。
「行くわよ」
ソフィアがそう言って先に入った。
俺と姉さんは少し遅れて、ついて行った。
前回とまったく同じ道に、同じ仕掛け。
ここで隠す必要もないから、二人にみられているのを気にしないで、仕掛けを突破していった。
やがて、一つ目の台座の所にやってくる。
「これが例のコインなのね」
ソフィアが台座に置かれたコインを見下ろした。
「ああ」
「こんなのが――うっ!」
無造作に手を伸ばして、コインに触れるソフィア。
瞬間、顔が強ばった。
「うぅっ……くっ!」
手がコインに吸い付いたかのようだった。
もう片方の手を使って、どうにか吸い付いた手を引っこ抜いた。
「はあ……はあ……」
息を切らせて、額に豆粒大の汗を浮かべるソフィア。
「大丈夫か?」
「なに、今の……」
「魔力を吸い取るらしいな。それで魔力が足りなかったら持てないって仕組みらしい」
前も大男が一人、吸い取られすぎてミイラになりかけたしな。
「そうなの……これを取れたの?」
「ああ」
「すごい……」
自分で体験したからか、ソフィアは今まで以上に尊敬の目で俺をみた。
「ヘルメスはあの時、涼しい顔をしてとってきたのよ。ねーヘルメス」
さっきとはうってかわって、姉さんはニコニコ顔で言った。
まったく、火に油をそそぐんじゃないよ。
俺はため息をついて、コインをとった。
「うわあ……」
軽々しくコインを持ち上げた俺に、ソフィアはますます感動した。
直後、コインが光を放ちだした。
「なにっ!?」
どうした――と思う間もなく、更に事態が変化する。
コインの光がまるで呼び水になったかの如く、俺の腰にある剣も光を放ちだした。
「なにがおきたんだ」
「これは……もしかして……」
「なんか知ってるのか姉さん」
光があふれる中、パッと姉さんに振り向く。
姉さんはいつになく真剣な顔をしていた。
「ヘルメスの剣は初代様の持ち物」
「ああ」
「同じ初代様の持ち物同士、集まったときに共鳴するように、何か仕掛けがあるんじゃないのかしら」
「!」
姉さんが指摘した可能性に、俺は驚愕した。
ありうる、その可能性は大いにあり得る。
これだけのマジックアイテムだ、その程度の仕掛けが施されていてもなんの不思議もない。
というか星の意味を逆転して仕掛けを作る人間だ、これにも何かしかけていてもおかしくはない。
ここは――。
「なにが起きるか分からない、とりあえず出よう!」
俺はそう言って、二人を連れて外に出ようとした――が、時既に遅し。
俺達が入ってきた道は、光の壁に塞がれてしまった。
手を触れてみる。
ちょっとやそっとで壊れそうにない。
力をもうちょっと解放すれば壊せるが、そこまでの力だと今度は壁だけじゃなくて洞窟も崩壊しかねん。
俺は首を振った。
「だめだ、出られそうにない」
「一体何が――」
そうこうしているうちに、コインが完全に光って「溶けた」。
その光が集まって、一人の女の姿になった。
その姿は見たことがある。
コインにも顔が刻まれている女――カノー家の初代当主だ!
「なんでまた――くっ!」
初代は剣を抜き放ち、襲いかかってきた。
暴風。
そうとしか形容のしようが無いほどの斬撃が俺を襲った。
とっさに腰の剣――いつの間にか光が収まっていた剣を抜き放って、迎撃する。
「まずい!」
これはまずい。
ものすごくまずい。
少しでも手を抜いたら押しきられてやられるやつだ。
手加減をする余裕はない。
一気に倒す。
そう思って、意識を切り替えた。
相手以上の斬撃の嵐を繰り出して、一気に押し切る。
最後は剣をはじいて、胴体から真っ二つにする。
「……」
両断されてしまった初代――の幻影は、俺を見て、ふっと笑って、それからすぅと消えた。
「ふぅ……」
ちょっと焦ったぞ。
幻影から、オリジナルの力量はある程度は推し量れるものだ。
幻影でこれなら、オリジナルはカオリ級なんじゃないのか?
そんなまさかな。
幻影を倒した俺は、二人に振り向く。
すると――覚悟してたけど、ソフィアはきらきらした目で俺を見ていた。
「今の……すごい!」
「あら、やっぱり今のってすごいのね」
「すごいですよ! あんな戦いみたことがない」
「そうですね、なんてたってヘルメスですものね」
ソフィアはそういって、姉さんは一度納得して、それから追従した。
やっぱり、こうなるのね……。