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127.やめたいやめられない

「ねえねえ、ヘルメスちゃん結婚するの?」

「んあ?」


 オルティアの所でくつろいでいると、俺に膝枕している彼女が、ふと思い出したかのように聞いてきた。


 俺は起き上がって、体ごとオルティアに振り向いて、聞く。


「何だそれは」

「またまたー」


 オルティアは口を押さえ、肘でぐいぐい、って押してきた。


「噂になってるよ。最近いい感じの子がいるって。最初は険悪だったけど、ヘルメスが真剣に男らしく対応して、それでプロポーズしたら向こうも受け入れたって」

「おっふ」


 噂って……噂っていったい……。

 というか、色々混ざりすぎてる。


 一つ一つ抜き取ったら事実と言えなくもないかもしれなくはなくてみとめるしかなくもないかもしれなくはないこともなくはないんだけど――。


「なんかすごい複雑な顔してるねヘルメス」

「そりゃそうだ。高度にねじ曲げられた噂を聞かされた感じだよ」

「そうなの?」

「そうなの」

「じゃあ、その子がヘルメスの正妻になるって話もデマ?」

「正妻て」


 俺はぎょっとなった。


「なんでそんな事に」

「だって初めての奥さんなんでしょ、それって正妻ってことじゃない」

「貴族は別にそうでもないんだよ」

「そうなの?」

「ああ」


 俺は深く頷いた。


「むしろ貴族は正妻の座を、政略結婚のために空けておくことがあるんだ。最初に結婚するちゃんと愛し合った相手はあえてそうだって分かるように側室にしたりな」

「へえ、貴族って色々あるんだ。普通の人と違うんだね」

「そりゃ娼婦もだろ。お前だって、普通の人とは違う考え方で動くことよくあるだろ」

「あはは、そういえばそうだ」


 オルティアは笑った。

 明るくて、闇一つ無い笑顔。

 それがオルティアの一番の魅力で、彼女が人気のある理由だ。


「そっか、なら、それはいいんだけど。ヘルメスちゃん、結婚したらちゃんと教えてね」

「なんでまた」

「そりゃ、ごひいきの奥さんの事はちゃんと把握しておかないとね。こういう商売してると、正妻の人が激怒して、怒鳴り込んでくる事はよくあるから」

「ああ、前にもそんな事言ってたっけな

あるのか……いや、あるんだろうな」


 一瞬疑問に思ったが、すぐに納得した。


 女は嫉妬する生き物――という話をよく聞く。

 その嫉妬が向けられる先は「浮気」というものだ。

 そして男と女が「浮気」に思う基準はまったく違う。


 一番の差がまず、目の前にいる「娼婦」だ。


 娼婦相手だと、男の大半は浮気だとは思わない。

 それが貴族ならなおさらだ。

 貴族が娼婦の相手をするのは、場合によっては義務や仕事な場合もある。


 だが、女の大半はそう思わない事が多いようだ。


 そういう意味じゃ、娼婦が正妻の存在を把握するのは仕事上必要な事なのかもしれない。

 そうなると、実際どうするのかが気になってきた。


「ちなみに、教えたらどうするんだ?」

「色々調べるね、まずは。例えば趣味とか」

「趣味?」

「そっ。そういうのを調べて、仲良くできるんなら仲良くしといた方がいいの。後は……情報共有?」

「情報共有?」


 俺は首をかしげた。

 趣味の方はまだうっすらと想像できたが、情報共有はまったく想像もつかない。


「うーんとね。お客さん、つまり旦那さんね。その人の情報を奥さんと共有するの。実はこういうのが好きだった、とか。こうされると地味に喜ぶ、とか」

「なんでまた」

「アフターケア。娼婦に入れ込みすぎると破滅するし、かといってまったくお客さんとして来ないと困る。だからケアするの」

「……」

「美味しい料亭が、レシピを奥さんに伝えて家でも作れるようにするみたいなもの」

「ああ、それならまあ、わからなくはない、かな」


 俺は頷いた。

 料亭の話としてなら聞いたこともあるけど、娼婦がそれを考えててやってるなんて想像だにしていなかった。


「奥が深いな」

「深いんだよ-」


 色々オルティアの話を聞いてると納得する。

 彼女が語るそれは、平和な時代の、高級娼婦のやり方らしい。


 安価だったり、戦時中だったりすると、普通に体を売って処理に付き合うだけ、ってなるんだとか。

 時代や状況によっても変わるのがなんだか面白かった。


「これをちゃんとやらないと怒鳴り込まれるからねー。夫婦喧嘩の巻き添え食らうんだよ」

「そっか。お前すごいな、色々考えてて」

「そんな事ないよー。でもありがとうヘルメスちゃん」

「いや」

「お礼にごちそうしちゃう! お酒とかも飲もう?」

「ああ、そうだな」


 俺はふっと笑って、頷いた。

 ごちそうといいながらも、結局は客が金を出す――なんてのは無粋な話だ。

 ここは素直に受けて、尽くされとけばいい。

 それがここでの楽しみ方だ。


 俺は運ばれてきた料理とか酒を、オルティアに食べさせてもらいなから、考えた。


 ソフィアの事だ。


 ここ最近、手を出さなくなったし、結構打ち解けてきた。

 それでもまだ、エリカの時とかカオリの時とか。


 怒って、感情が瞬間沸騰する事がある。


 それがオルティアに向けられる――うん、その可能性は大いにある。

 だったら、それをなくした方がいい。


 となれば――まずい、頭が回らなくなってきた。

 酩酊気分で、俺はオルティアに聞くことにした。


 情報共有、だったっけ。


「なあオルティア、女の子に何を贈ったら喜ぶと思う?」

「贈る? プレゼントって事」

「ああ」

「そうだね、いまならタトロカが熱いかな」

「たとろかぁ?」


 なんじゃそれは。

 聞いたこともないな。


「しらない? タトってる、って言葉も聞いたことない?」

「んあ……そっちは、なんかあるかも」


 体がふわふわして、ぼんやりとしてきた。

 どっかで聞いたこともある気がするけど、あまり思い出せない。


「タトロカって、バケモノ蜘蛛の卵なんだけど、つるっつるのもちもち食感で、その上七色で綺麗なんだよ。透明のグラスに入れて、飲み物を注ぐとますますきらきらするの。それを飲むのがタトってるっていうんだ」

「なるほど-」

「いまならそれをもらったら一番喜ぶと思うよ。でも、タトロカを産むバケモノ蜘蛛って、断崖絶壁にしか巣を張らないから、取るのがねぇ」

「わかった。断崖絶壁だな」


 俺は立ち上がった。


 そして、窓から飛び出して、飛行魔法で空高く飛び上がった。


「ガンバってね、ヘルメスちゃん」


 去り際、オルティアが俺を激励してきたのが聞こえた。


 俺はそのまま、ケリンス山まで飛んできた。断崖絶壁と言えば、まずはここを思い出したからだ。


 空の上から見下ろす。

 崖っぽい所を見つけて、降りていった。


 すると、崖と崖の間――峡谷になっているところに、巣をはってる蜘蛛を見つけた。

 蜘蛛のサイズは人間くらい、蜘蛛の糸は縄くらいの太さがある。

 その巣の上に、きらきらと光る、七色の宝石のようなものがあった。


 一粒一粒が真珠くらいの大きさ。

 なるほどこれだな。


 俺は近づき、卵――タトロカをとろうとした。


 すると、蜘蛛が近づいてきて、口から毒液を吐いた。

 巨大な分毒液も多くて、全身にかぶるくらいだった。


「じゃま」


 俺はふっ、と息を吹きかけて、毒液を吹っ飛ばした。

 蜘蛛は更に飛びかかってきた。

 口を大きく開け放って、噛みつこうって魂胆だ。


 それを殴り飛ばした。


 蜘蛛は巣を突き抜けて、崖の下に落ちていく。


「だからじゃま――ヒック」


 俺は蜘蛛を吹っ飛ばして、タトロカを回収して、飛んでピンドスに戻るのだった。


     ☆


 屋敷に戻ってきた俺。

 空の上から、気配をたぐる。


 ソフィアは……いた。

 今日も屋敷に来てたか。


 俺は感じ取ったソフィアの気配の元に向かった。


 ソフィアは屋敷の廊下を歩いてて、俺は窓をつきやぶって入り、ソフィアの前にたった。


「きゃっ、な、なに――ってヘルメス?」

「ソフィア」

「どうしたのいきなり――って、よってるの?」

「これ、やる」


 俺はそう言って、とってきたタトロカをソフィアに渡した。


「これは……タトロカ?」

「ああ」

「もしかして……これ、ヘルメスが?」

「ああ」

「――ありがとう! すっごく嬉しい!」


 ソフィアは思いっきり喜んでくれた。

 うんうん、喜んでくれたんならよし。


「やっぱりヘルメス、大好き!」


 そうか大好きか。

 ……大好き?

 それなんかまずくないか?


 ……いや、いっか。


 好きって言われて、まずいことはないだろ。


 俺はそう思った、スルーした。



 が、翌日。

 酔いから冷めた俺は、ますます深みにはまった事――むしろ自分で穴をほって突っ込んでいったことに気付き、頭を抱えてしまうのだった。


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