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126.天然ジゴロ

 あくる日、執務室の中。


 この日もいつものように執務をしている俺。

 ミミスら家臣団から報告を受けて、それを承認していく簡単な作業。


 いつもと同じだが、今は違う意味で身が入らなかった。


 原因は―――ソフィアだ。

 昨日と同じ、執務室の隅っこで俺を見つめていた彼女だが、その視線が昨日とはうってかわって、百八十度違うものになっていた。


 尊敬、そして好意。


 その二つがない交ぜになった感情のこもった目で、俺を見つめていた。


 それがむずむずして、身が入らなくなってしまった。


「では、本日は以上でございます」

「あ、ああ」


 ミミスが言うと、俺は曖昧に返事をした。

 まったく集中できなくて、終わったのにも気づかなかった。


 そこに、まるで追い打ちをかけるかのように、ミミスが。


「さすがでございますな」


といった。


「なにが?」

「ふふふ、後は若い者同士で」


 ミミスはそう言って、同じようにニコニコ――というかほぼニヤニヤの家臣団を引き連れて、執務室から立ち去っていった。

 あとは若い者同士でって……いやちょっとまって、そういうんじゃないぞ。


 いやそういうのかもしれないけど、ちがうぞ。


 と、俺が手を伸ばして、しかしミミスを呼び止めて何を言うのか、と躊躇していると。


「ヘルメス」


 ずっと部屋の隅っこにいたソフィアが近づいてきて、しっとりとした口調で話しかけてきた。

 出会った時から一変して、ニコニコ上機嫌な彼女が、いろんな意味で(、、、、、、、)恐ろしかった。


「な、なんだ?」

「今日はもうおしまい?」

「あ、ああ。そうだな」

「だったら――」


 何か切り出そうとするソフィア。


 次の瞬間、ドゴーン!!! と爆発が起きた。


 天井が崩れて、執務室の中に爆煙が充満する。


「な、なにこれ――ヘルメス大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ」


 直前のソフィアとのやり取りに比べて、俺は瞬間冷凍かってくらいの勢いで落ち着いて言った。


 これは知ってる。

 もう馴染んでしまったヤツ。


 この後にすぐにあれが来るだろうと予想する。


「甥っ子ちゃーん、あーそーぼー、なのだ!」

「ごふっ!」


 予想通りの台詞と、予想通りのタックル。

 それを受けて、俺は悶絶した。


 魔王カオリ。


 俺の御先祖様はお前の父ちゃん――的な不思議なつながりの相手。


 最近なつかれ、「かなり体力を使う」遊びをいつも誘われる相手。

 そのカオリが、もはやなじみを感じる様になったタックルとともに現われた。


「あれ? どうしたのだ甥っ子ちゃん」


 タックルをうけて悶絶する俺を、カオリは不思議そうに見あげてくる。


「どうしたも、こうしたも……」

「どこかわるいのだ? 痛いの痛いのとんでけー、なのだ」


 痛みの張本人が何を言うか、と思ったが、これがカオリのデフォルトなのだから仕方がない。


 人間がアリを踏みつぶしても気づかないのと同じように、大怪獣が人間を踏みつぶしたのも気づかないだろう。

 カオリ――魔王とはそういう生き物だ。


 俺はすぅ……と息を深く吸い込んで、それでちょっと落ち着いてきた。


 しかし――。


「ヘルメスから離れなさい!」


 話はそれだけでは終わらなかった。


 横合いから、ソフィアが怒りに満ちた眼差しで怒鳴ってきた。


「うん? なんなのだこの小娘?」

「こむ――子供に小娘って言われる筋合いはないわよ!」

「私は子供じゃないのだ」

「そんな事はいいから離れなさい!」

「人間風情が私に命令するなんて、数百年ぶりなのだ」


 カオリがそう言った直後、おそらくはニュアンスで見下されたと思ったのか(そのレベルの反応速度だった)、ポン! とカオリの体が炎上した。


 ソフィアが怒りにまかせて放った魔法だ。

 それは俺を避けて、カオリだけを燃やした。


 すごいなあ、そのテクニック。


 序列一位なのも納得だ。

 これならデスピナだけじゃなくて、アイギナ全体を見渡してもかなり上位に入るんじゃないのか?


 しかし。


 それだけの魔力――そして威力でも。

 残念ながら、相手は魔王だ。


 火が収まった後、カオリは全くの無傷な姿で現われた。

 どういう防ぎ方をしたのか、全身が炎上したのにもかかわらず、服までもが傷一つ付いてなかった。


 が、ちょっと不機嫌にはなった。


「いきなり何をするのだ」

「む、無傷。嘘……」


 ソフィアは驚愕した。

 よほど今の一撃に自信があったんだろう、それがまったくの効果無しで驚愕した。


 そうだろうな、と思いつつ、俺はカオリに釘を刺すことにした。


「反撃するなよ」

「そんな事しないのだ、弱い人間には指一本触れるなって、お母様の言いつけなのだ」

「ならいい」


 お母様――前魔王の遺言(、、)

 カオリはそれを忠実に守っている。


 力の弱い、彼女にとって格下の人間には何があっても手は出さない。

 暗殺されても反乱をされても、相手にはまったく手を出さないのがカオリだ。


 そう思えば、今の釘刺しもまあ余計だったのかもしれないな。

 ソフィアは確かに優秀だが、魔王には遠く及ばないのだから。


「それより、この小娘はなんなのだ?」

「また小娘って言った!」

「まあまあ――彼女はソフィア・デスピナ。カノー家の」

「ああ、姪っ子ちゃんなのだ」

「姪っ子ちゃん?」

「デスピナはお父様の奴隷兵なのだ。お父様の子を孕んだ女もいるから姪っ子ちゃんなのだ」

「やりたい放題じゃねえかあの男は!」


 話を聞いたとき、もしかしたらって思ったけど、いやいやまさか、っていう思いもあった。

 それが歴史の生き証人、魔王に証言されてはこんな突っ込みの一つも出てくるというものだ。


「お父様……? 奴隷兵……?」


 一方、カオリの言葉を訝しむソフィア。


「ああ、カオリはコモトリアの王、魔王なんだ」


 俺はソフィアに説明した。

 すると、彼女はものすごくびっくりした。


「魔王! この子が!?」

「ああ」

「それって、ヘルメスが倒したっていう?」

「え? いやまあ――」


 カオリをちらっと見た。

 今のは気分を害するんじゃないかって思ったが。


「そうなのだ。甥っ子ちゃんはものすごく強かったのだ」


 彼女はまったく気にしていないどころか、むしろどこか誇らしげに(無い)胸をはった。


「それよりも甥っ子ちゃん、今日も遊ぼうなのだ」

「あ、遊ぶ?」


 反応するソフィア。


「私といいことしようなのだ」

「い、いいこと!?」


 激しく反応するソフィア。


「できれば人がいないところの方がいいのだ」

「人がいない――くぁwせdrftgyふじこlp!!!」


 ものすごく激しく反応するソフィア。

 声にならない悔しがり声を上げて、タンタンと地団駄を踏んで。


「そんな子供と――不潔よ!」


 と、大いに憤慨して、立ち去ってしまった。


「カオリ……」

「うん? どうかしたのだ?」

「今のはどうかと思うぞ」

「今のはって?」

「遊ぶとか、いいこととか、人のいないところとかさ」

「なにがまずいのだ? 人のいないところじゃないと、私と甥っ子ちゃんだといろいろ巻き込むのだ」

「そういうことなんだろうと思ってたけど、言い方がさ……いや」


 俺は微苦笑した。

 カオリにそんな事を言っても無理か。


     ☆


 カオリと適当に遊んで、彼女を帰したあと、俺はソフィアの事を探した。

 彼女は庭にいて、池の前で膝を抱えて座っていた。


 時々手元の石を拾っては、池の中に投げる。


 俺は彼女に近づき、声をかけて。


「ソフィア」

「……」


 ソフィアは拗ねた顔で、俺をじっと見あげてきた。


「ここにいたのか」

「なんの用なのよ」

「用というか」

「ふん、魔王といいことをしてればいいんでしょう」

「いやあ、カオリとは疲れるんだ。エロい意味じゃないぞ念の為に」


 そう、カオリと遊ぶのはものすごく疲れる。

 なにせ相手は魔王という超生物だ、人間じゃない。


 楽な時でも「キャッチボールするのだ、浮島がボールなのだ」とかだし、下手をすればカオリとガチな戦いをしなきゃならない。


 しかも、見た目通り子供っぽい一面もあるから、疲れ果てて倒れるギリギリまではしゃぐ傾向にある。


 そんなカオリに付き合って遊ぶのはものすごく疲れる。

 そういう意味では。


「ソフィアといた方が安らぐよ」


 と俺は思った。


「えっ……」


 ふとみると、ソフィアは顔を赤くしていた。


「や、安らぐの? あたしと一緒だと」

「ん? まあな」


 今疲れているから、余計にそう思う。


「しょう、しょうがないわね。すこしなら一緒にいてあげてもいいわ」

「そうか」


 俺はソフィアのそばにすわった。

 彼女は怒るのをやめたから、気が楽だった。

 そのまましばらく、彼女と一緒にいた。


 疲労で思考力が低下している俺は、この時深みに自分からはまりにいった、ということに気づいていなかったのだった。


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