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125.やっぱり大好き

 この日の執務は、普段よりちょっと真面目にやった。


 ミミスたち家臣団の報告を聞いて、内容を判断して、承認する。


 普段とやってることはほとんど変わらないんだけど、なんというか、普段よりちょっとだけ真面目に見えるように取り繕った。


 一番最初に執務をやるようになった頃の真面目な感じと普段のぐうたらな感じ。

 その中間くらいで。


 なぜそうしているのって言うと――ソフィアだ。


 ソフィアが執務室の隅っこで、こっちをにらんでいるからだ。


 執務を始めた時からずっとそうしてて、その剣幕は「ちゃんとしとかなきゃ」って思わせてしまうようなものだった。


 つまりはプレッシャーだ。

 俺はそのプレッシャーから逃れるために、執務に集中して逃げた。

 結果、普段より少し真面目になった格好だ。


 そうやって、執務が終わった頃、ミミスが聞いてきた。


「よろしいのですか、ご当主様」


 そう言って、ソフィアをちらっと見る。


「いやあ……まあ」

「デスピナの者がご当主にあのような振る舞いは失礼にすぎます、即刻やめさせるか、ペナルティを与えるべきかと」

「うーん、まあなあ」

「そもそも、呼んでもいないのにデスピナの者がご当主様の執務の最中に入ってくるなんて言語道断であります」

「俺もそう思うんだが、姉さんがいいっていうんだ」

「ソーラ様が?」


 そう、これは姉さんが許可したことだ。

 姉さん曰く、執務している時の俺の事もよく見ておくといい、という事で彼女に入室許可を与えた。


 カノー家の当主は俺だけど、姉さんの言うことはよほどだめな時じゃなければ断りづらいのが実情。

 だからソフィアの入室を黙認した。


 今でこそ形式上は俺の娘だが、普通に今でも姉さんだ。

 それだけに、頭が上がらない。

 その関係性をよく知っているミミスは、姉さんの言葉だという事で、少しだけ納得した。


「しかし、やはりあの態度は」

「それもいい」


 俺はため息交じりに、即答した。

 今回の件は、俺にも非がある。

 ソフィアに言われて、徐々に記憶がよみがえった。


 あの時、確かにそういう言葉を彼女に言った気がする。


 俺を連れ回して、武者修行させてた黒い服の少女は――


『女を倒したら自分の物、かっこいい言葉をかけてうばっちゃえ――っておとーさんがいってた』


 といった。

 そう言われて、修行の一環として納得していった。


 あの時はあれが正解だと思った。

 唆されたというよりは、「そうだよな!」って自分でも納得した。


 だから、今回の事はやっぱり俺の自業自得だ。


 過去に戻れたらあの日の自分を絞め殺したいと思うくらいの自業自得だ。


「分かりました、ご当主がそうおっしゃるのなら」


 俺が本当にそう思っているのを感じたのか、ミミスは納得した。


「まあ、おおよその話は伺ってます」

「なに? ……姉さんからか」

「はい」


 なのにしれっと聞いてきたのか。

 意地悪だな。


「この程度でペナルティとおっしゃっていたら、幻滅している所でした」

「むっ!」


 それは……もったいなかった。

 ペナルティを考えたらミミスが幻滅してくれる?

 だったら今からでも――


「……」


 何かを、って考えてソフィアの方を見ると目があった。

 にらまれているけど、今となってはその目が拗ねているようにも見える。

 そんな彼女に、ペナルティを与えるなんてできなかった。


 俺はため息ついて、「せっかくのチャンスだったのに」とつぶやいた。

 それを拾ったミミスは。


「何のチャンスなのかは存じ上げませぬが……あとは若い者同士で」


 そう言って、家臣団を連れて、執務室から出て行った。


 扉がパタンと閉まって、二人っきりになると、ソフィアが話しかけてきた。


「執務、終わったの?」

「ああ」

「そう、だったら――」

「ダーリン!」


 ドアが思いっきり開かれて、エリカが現われた。

 ミデアもかくやの嵐のような登場で、俺に飛びつき、抱きついてきた。


「エリカ。そうか今日も来るって言ってたっけ」


 ソフィアの事で頭がいっぱいになってて、すっかり忘れてた。


「うん! ダーリン会いたかった。もうお仕事おしまい?」

「ああ。エリカこそいいのか?」

「うわーん! ダーリンに心配されちゃった。嬉しい!」


 わざとらしい泣き真似と、心の底から嬉しそうな表情。

 その二つを同時に、器用に顔に出しながら、エリカが言う。


「でも大丈夫! 歴史家達にダーリンが下げチンっていわれるのいやだから、エリカちゃんとがんばる!」

「下げチンいうな」


 微苦笑しつつ突っ込んだ。

 いやまあ、言わんとすることはわかるけど。


「そうだ! ねえダーリン、エリカの手を握って」

「手を?」

「うん」

「こうか?」


 俺は言われた通り、エリカの手を握った。

 簡単に応じてしまったのは、エリカに慣れてきていて、これが日常――真横の非日常に比べて日常になったことが大きい。


 エリカの手は小さくて、柔らかくて、ちょっと冷たかった。


「冷たいな」

「うん! こうやってダーリンから体温をもらえば、元気百倍だよ」

「そうか」


 これも対比というか落差というか。

 エリカのいじらしさに、ちょっとジーンときた。


「……レイジングミスト」

「うわっ!」


 とっさに、エリカを抱っこしたまま避けた。

 避けた瞬間、俺が座っていた椅子と執務机が焼かれた。


 その魔法を放ったソフィアの方に目を向ける。

 彼女は肩をわなわなさせていた。


「いやあの――」

「浮気者!!」


 そんな言葉を投げ捨てて、ソフィアは涙目で部屋から飛び出していった。


「いや浮気者って……」


 ソフィアからすればそうなるのかもしれないけど、大声で「違うそうじゃない」と叫びたい気分だ。


 一方、俺に抱き留められたままのエリカは、ソフィアが飛び出して、開けっぱなしになっていたドアの方を見て。


「なあに、あの子」

「ああ、ソフィアっていうんだ」

「ふーん、デスピナの者ね」

「知ってるのか?」


 俺は驚いた。

 ソフィアって言っただけでデスピナと繋がったエリカに驚いた。


「ダーリンの家とデスピナの事は有名だよ。エリカとも遠い親戚だしね、

「ダーリンの家とデスピナの家の事は有名だし、それにどっちもリカ様と同じ人を好きになった人達だからね。全員」

「おなじ人?」

「魔王の父親」

「あいつか! ってか、初代だけじゃなくて二〇〇人にも手を出してたのかよ!」

「すごい人だよね」


 すごいというかなんというか。


 俺達の御先祖様、カオリの父親。


 あいつ、デスピナにも手を出してたのか。

 ここまで来るといっそすがすがしいな。

 200人の最強部隊に丸ごと手を出すんだから、もうすごいっていう感想しか出ない。


「そのデスピナの一番将来有望な子だよね」

「ああ、そうみたいだな」


 実力の序列一位だって言うし。


「その子がどうしてダーリンに? 生意気が過ぎるのならエリカが処理しちゃう?」

「処理しないでいいから」


 さらっと出てくる言葉が怖いなあエリカ。

 ついこの間も、ラスレスを文字通り「処理」したし、普通にやりかねないのが恐ろしい。


「どうやら、子供の頃に将来嫁にするって約束しちゃったみたいなんだ。それを向こうが本気にしてて……で、俺が忘れてて」

「そうなんだ」


 エリカはそう言って、抱きついたままだったのを、俺から離れた。

 そして、数秒間考えて。


「それって、ちょっとジェラかも」

「エリカ?」

「でも、それって彼女がダーリンの事を本気で好きだからだもんね」

「うん? そうなるのか?」

「だったらしょうがない。エリカ、仲良くする様に頑張るね」

「がんばるって」

「ダーリンを好きな子同士、仲良くするの。リカ様からの伝統だから」


 エリカはそう宣言した。

 なんでそうなる――と思ったらある事を思い出して、納得する。


 薔薇の園の主。

 カランバ女王が代々受け継いできた称号と伝統。


 自分が隙になった男のために、ハーレムを造って、そのハーレムごと相手に渡すのが、カランバ女王の流儀だ。


 エリカと出会った頃にそんな事を聞いた覚えがあるのを思いだして、彼女の「仲良くする」宣言に納得したのだった。


     ☆


 エリカを置いて庭に出ると、ソフィアが魔法を空に放っていた。


「ばか! ばか! ばかばかばかばかばかーーーー!」


 強力な魔法を、ほとんどノータイムで空に空撃ち(、、、)している。

 「ばか」とは俺の事なんだろうが、そんな事よりもすごいと純粋に思った。


「よう」


 俺は後ろから声をかけた。

 ソフィアは手を止めて、振り向く。

 ぶすっとした顔をしていた。


 ふてくされた顔をしているが、拒絶までは行ってない。

 俺はそう判断して、ソフィアに更に近づいた。


 ソフィアはまたちょっと涙目になって、俺を睨みながら。


「あたし、頑張ったのに」

「うん?」

「相応しい子になろうと頑張った、ずっと」

「……そうだろうな」

「ずっと待ってた。あなたが当主になってからもずっと!」

「……そうか」

「当主になって、初代様の剣を授かったすごい剣士になったって聞いた。それならあたしももっと相応しい子にならなきゃって、魔法の方を頑張った! なのに! 全部忘れられてた!」

「それは本当にすまないと思っている」


 俺は素直に頭をさげた。


 忘れたことも、子供の頃の自分がやったことも。

 全部、俺が悪い。

 全面的に非はこっちにあるから、謝った。


「謝って欲しいわけじゃないもん!!」


 ますます涙目になって、地団駄を踏むソフィア。

 ひとしきりそうやってから、ソフィアはぐるっと振り向いて、空に向かって魔法の空撃ちを再開した。

 ストレス発散だろうか。


 ……ああ、そうだったな。

 今はっきりと思い出した。


 子供の頃に出会ったときも、彼女はこうだった。

 その時も、俺は――俺達は。


「大丈夫か?」

「放っといてよ! 自分の機嫌を取ってるところなんだから!」


 そう、こんなやり取りをした。


 自分の機嫌を取る。


 俺にはなかった発想で、他人頼みにしない発想。

 だからこそ強くなって序列一位になったんだろうな。

 だからこそ、俺はあの時疑いを持たずにプロポーズのような事を言ったんだな。


 懐かしくなって、一気に親しみをもった。


 俺は近づき、ソフィアの背中に手の平を当てた。


「な、なにするの?」

「いいから。逆らわずに感じる」

「え……あっ」


 俺は魔力をソフィアの中に送った。

 人間の体内にある、魔力の通り道を通らせていく。


 ソフィアはみるみるうちに、驚き、そして感心した表情になる。


「さすが序列一位。今ので分かったな」

「う、うん」

「やってみな」

「こう、かな」


 ソフィアはもう一度、空に向かって魔法の空撃ちをした。

 それは今までのどの魔法よりも、強力なものになった。


「魔力効率が……段違い……」

「魔法を撃つときはそうやるといい。効率が上がれば威力も回数も増えるから」

「……魔法も……すごいの?」

「え? あっ……」


 俺はハッとした。

 やってしまった。


 ついつい懐かしくて、一気に親近感持って。

 つい、彼女に効率的な魔法の使い方を教えてしまった。


「やっぱり……すごかったんだ……」


 一変。

 ソフィアは熱に浮かされたような。

 そんな目で、俺を見つめたのだった。


 おっふ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >自分が隙になった男のために、ハーレムを突くって、そのハーレムごと相手に渡すのが、カランバ女王の流儀だ。 隙を突く?なんか物騒な話?
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