表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/167

123.謎の襲撃者(前編)

 あくる日の昼下がり。

 俺はぶらっと街にでかけた。


 この日のピンドスも賑わっていて、いい感じだ。


 その街中をぶらぶらと歩いていると。


「おっ、領主様じゃないか」

「領主様、うちの店にも寄ってってくれよ」

「こんにちは領主様」


 次々と声をかけられた。

 通行人にも声をかけられることはあるが、大半は店の人に声をかけられる。

 街に出る度に、あっちこっちの店にお金を落としてるからな。

 それで上客だって思われてるんだろう。


 いいことだ。


 浪費する放蕩当主。

 これはやってて悪いようには転がらないはずだから、今日もやっとく。


 さて、何か美味しそうだったり、姉さんとかにお土産に買っていける物はないかなっと。


「震え大気。我に内在するもっとも鮮烈な思いを怒りと糧に、マナと化し噴射せよ――レイジングミスト」


 ――殺気!?

 それを感じた直後、魔法が飛んできた。


 この感じ、超高温の蒸気か。

 相手を燃やすんじゃなく、溶かし尽くすタイプの炎の魔法。


 避けるか? それとも避けないか?


 二つの選択肢が脳内に浮かび上がった途端、これまでの様々な事が走馬灯の様に駆け巡った。


 避けた場合――ご当主様すごい!

 避けなかった場合――ご当主様すごい!


 何をどうやっても、結果はそこに行き着くような気がした。

 いや実際、今まではそうだった。


 いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。


 ここは街中だ。

 まわりの人間は、まだこの魔法に気づいていない者がほとんどだ。


 避けるにしても、避けないにしても。

 被害を一番小さくする方法をとるべきだ。

 被害が一番小さくする方法は――。


 ――と、ここまで0.01秒。


 俺は魔法障壁を張った。


 魔法が飛んでくる方角に斜め45度の魔法障壁。

 それにあたった魔法は、角度をつけられて空の上へ一直線。


「な、なんだ?」

「何が起きた」

「どこのバカだ街中で花火ぶっ放したの!」


 魔法を防いだときの音と衝撃波で、一部の人間がその事に気づき、驚きと怒りの声があっちこっちから上がった。


 俺は魔法が飛んできた方角をむいた。


 自然と道が空いた先に、一人の少女が立っていた。


 大人と、子供の間くらいの少女だ。

 眼鏡をかけていて、髪はオールバック気味に後ろに流して、ヘアバンドをしている。


 パッと見れば本当にこの子が? って思いかねないが、彼女はものすごい殺気を放って俺を睨んでいる。

 間違いないだろう。


「あんた……何者だ?」

「ソフィア・デスピナよ」

「ソフィア・デスピナ」


 その名前をリピードしつつ、記憶を探る。

 うん、初めて聞く名前だ。


 つまりは初対面。

 初対面の人間に、しかもこんな少女に、親の敵を見るような目と殺気を向けられる。


 状況が複雑過ぎて思いっきり困惑した。

 分からないから、直接本人に来てみることにした。


「そのソフィアが俺に何のようだ」

「そのソフィアが? 何のよう? ですって……」


 ビキビキッ……って音が聞こえてきそうな剣幕だった。

 ソフィアはこめかみに青筋をひくつかせて、ものすごい目で俺を睨んだ。


 もはや殺人鬼のような目だ。


「あたしの事、忘れたっていうの?」

「なに!?」


 忘れたって?

 もしかして、会ったことがあるのか?


 いや、あったことはなくても、名前だけ知っているパターンか?


 俺は改めてソフィアを見た。

 彼女の顔と、その名前。


 この年頃の少女はすぐに変わるからもっと幼い感じをイメージして、かつフルネームで名乗ってきたからソフィアとデスピナの両方で脳内を探る。


 さっきよりももっと深く、思い出してみた。

 だが――やっぱり何も思い出せない、心当たりがない。


「悪い、やっぱり思い出せない。もしかしてどこかの店員――」

「……」


 殺気が膨らんだ。

 さっきの倍――いや三倍はある、肌にぴりぴりと突き刺さるほどの殺気。


 まずい、これはまずいヤツだ。

 ガチなヤツの殺気だ。


 ソフィアは肩を立ててうつむき、わなわなと震えている。


「……のに」

「ずっと! 待ってたのに!!」


 ぱっと顔を上げると、ソフィアは何故か涙目だった。


「レンジングミスト!!」


 手をかざし、魔法をうってきた。

 さっきと同じ魔法、しかし殺気マシマシでさっきよりも遙かに強い威力を持っている。


「くっ!」


 俺はそれを真上に弾いて、それから脱兎の如く逃げ出した。


 二度目の魔法は衆目環視の中撃たれたから、まわりの人々も同じように逃げ惑った。


「待ちなさい!」


 ソフィアは怒鳴りつつ、魔法を撃ちつつ追いかけてきた。


 ちっ!

 見境無しかよ!


 その魔法であっちこっちに被害が出ている。

 建物が燃えたり木が溶けたりしている。


 飛び火を可能なだけ避けるために、ソフィアと同じ間隔を保ちながら、魔法を防ぎつつ、一直線に街の外に飛び出していく。


 結果的にはソフィアを引き連れる様な形で、街外の人気のない所にやってきた。


 そこで――高速移動。


「なっ! どこに行った?」


 一瞬でソフィアの背後に回って、その後気配を消して、彼女の視界から逃げつつ、ぐるっと大回りして街に戻る。

 街に戻った後、屋敷に戻って来た。


「ふう……」

「あら、お帰りヘルメス――どうしたのですか?」


 玄関先でばったり出くわした姉さんは、挨拶の途中で何かに気づいて、小首を傾げながら近づいてきた。


「ん? どうしたって?」

「服、焦げてますよ?」

「……本当だ」


 姉さんに指摘されて、気づく俺。

 服のあっちこっちがちょびっとずつ焦げていた。

 体は無傷だけど、服のせいで必要以上にダメージを負っているように見える。


「それに……すんすん、こんがり焼けてます。軽石を使って、水蒸気でパンを焼いたときのような香りですね」

「なんかいやだなそれは」


 俺は微苦笑した。

 レイジングミスト。

 その名の通り、狂乱する灼熱の蒸気を放つ魔法。


 それに焼かれたのだから、姉さんの比喩はあっていると言えばあっているのかもしれない。


 まあ、それはともかくとして。

 俺は姉さんに聞いてみることにした。


「姉さん、ソフィア・デスピナという名前を知らないか?」

「デスピナですか?」


 姉さんは下の方、名字の方に引っかかりを覚えたようだ。


「知ってるのか?」

「ええ、デスピナなら知ってますよ。というか、ヘルメスはどうしてしらないんですか?」

「え?」


 俺は戸惑った。

 俺も知ってなきゃだめなヤツなのか?


 そんな俺の困惑を見て、姉さんは説明をしてくれた。



「初代様が、200人の兵を率いて、各地を転戦していたのは知っていますね?」

「ああ」


 それは普通に知ってる。


「その時、最後までついてきた200人のみんなに与えられた称号が『デスピナ』。古い言葉で『最高の従者』と言う意味ですね」

「……ああ」


 俺は頷いた。


 デスピナ、という言葉はそうじゃないけど、その話は何回か聞いたことがある。


「たしか……分家というか、そんな感じになってる家だよな」

「はい。200人のほとんどはそのまま名字デスピナと名乗って、長い時間をかけて一つの家にまとまっていったそうです」


 なるほどな。

 ちなみにその家とは、今でもカノー家は繋がっている。

 俺が当主になってから使う(、、)事はなかったから、名前までは頭に入ってなかった。


 なるほど、俺とまったく関係ない訳じゃないのか。

 だったら、あの子が怒るのも分かるが――それにしちゃ怒りすぎじゃないか?


「それがどうかしたのですか?」

「実は――危ない!」


 説明しようとした途端、今度は真上から殺気。


 魔法が天井をつきやぶって飛んできた。

 とっさに姉さんを抱き留めて、横っ飛びしてかわす。


 魔法――レイジングミストが着弾して、じゅうたんごと床を溶かして大きな穴を作った。


 天井から一人の少女が飛び降りた。


「見つけた! ヘルメス・カノー!!」


 ソフィアだった。

 彼女はいきり立って、怒りの顔で俺を睨んでいる。


 顔のあっちこっちがすすに汚れたりしているのが、鬼の形相に拍車をかけている。


「かくごしなさい!」


 ソフィアは俺に向かって手をかざす。

 詠唱をして、魔力を高める。


 くっ、でっかいやつ来る!


 俺はまわりを見た、姉さんしかいない。

 姉さんだけなら――と、俺は地面を蹴ってソフィアに肉薄。


 一瞬で距離を詰められて驚くソフィア、そんな彼女の首筋に手刀をトン、と落とした。

 一撃で意識を刈り取られたソフィア、糸が切れた人形の様に崩れ落ちたところを抱き留める。


「ふぅ……あぶなかったな。姉さん大丈夫か――姉さん」

「その子……」

「知ってるのか?」

「ええ、デスピナの中で一番魔力が高い子よ。たしか名前はソフィア……あっ」


 姉さんの中で、さっきの俺の質問と繋がった瞬間だった。


「へえ……そうですか」

「え、なに?」

「デスピナの麒麟児をいともあっさりと倒すなんて、さすがヘルメスね」

「おっふ……」


 俺はがっくりきた。

 やっぱりこうなった。


 せめてもの救いは、この場の目撃者は姉さん一人、という事だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ