123.謎の襲撃者(前編)
あくる日の昼下がり。
俺はぶらっと街にでかけた。
この日のピンドスも賑わっていて、いい感じだ。
その街中をぶらぶらと歩いていると。
「おっ、領主様じゃないか」
「領主様、うちの店にも寄ってってくれよ」
「こんにちは領主様」
次々と声をかけられた。
通行人にも声をかけられることはあるが、大半は店の人に声をかけられる。
街に出る度に、あっちこっちの店にお金を落としてるからな。
それで上客だって思われてるんだろう。
いいことだ。
浪費する放蕩当主。
これはやってて悪いようには転がらないはずだから、今日もやっとく。
さて、何か美味しそうだったり、姉さんとかにお土産に買っていける物はないかなっと。
「震え大気。我に内在するもっとも鮮烈な思いを怒りと糧に、マナと化し噴射せよ――レイジングミスト」
――殺気!?
それを感じた直後、魔法が飛んできた。
この感じ、超高温の蒸気か。
相手を燃やすんじゃなく、溶かし尽くすタイプの炎の魔法。
避けるか? それとも避けないか?
二つの選択肢が脳内に浮かび上がった途端、これまでの様々な事が走馬灯の様に駆け巡った。
避けた場合――ご当主様すごい!
避けなかった場合――ご当主様すごい!
何をどうやっても、結果はそこに行き着くような気がした。
いや実際、今まではそうだった。
いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
ここは街中だ。
まわりの人間は、まだこの魔法に気づいていない者がほとんどだ。
避けるにしても、避けないにしても。
被害を一番小さくする方法をとるべきだ。
被害が一番小さくする方法は――。
――と、ここまで0.01秒。
俺は魔法障壁を張った。
魔法が飛んでくる方角に斜め45度の魔法障壁。
それにあたった魔法は、角度をつけられて空の上へ一直線。
「な、なんだ?」
「何が起きた」
「どこのバカだ街中で花火ぶっ放したの!」
魔法を防いだときの音と衝撃波で、一部の人間がその事に気づき、驚きと怒りの声があっちこっちから上がった。
俺は魔法が飛んできた方角をむいた。
自然と道が空いた先に、一人の少女が立っていた。
大人と、子供の間くらいの少女だ。
眼鏡をかけていて、髪はオールバック気味に後ろに流して、ヘアバンドをしている。
パッと見れば本当にこの子が? って思いかねないが、彼女はものすごい殺気を放って俺を睨んでいる。
間違いないだろう。
「あんた……何者だ?」
「ソフィア・デスピナよ」
「ソフィア・デスピナ」
その名前をリピードしつつ、記憶を探る。
うん、初めて聞く名前だ。
つまりは初対面。
初対面の人間に、しかもこんな少女に、親の敵を見るような目と殺気を向けられる。
状況が複雑過ぎて思いっきり困惑した。
分からないから、直接本人に来てみることにした。
「そのソフィアが俺に何のようだ」
「そのソフィアが? 何のよう? ですって……」
ビキビキッ……って音が聞こえてきそうな剣幕だった。
ソフィアはこめかみに青筋をひくつかせて、ものすごい目で俺を睨んだ。
もはや殺人鬼のような目だ。
「あたしの事、忘れたっていうの?」
「なに!?」
忘れたって?
もしかして、会ったことがあるのか?
いや、あったことはなくても、名前だけ知っているパターンか?
俺は改めてソフィアを見た。
彼女の顔と、その名前。
この年頃の少女はすぐに変わるからもっと幼い感じをイメージして、かつフルネームで名乗ってきたからソフィアとデスピナの両方で脳内を探る。
さっきよりももっと深く、思い出してみた。
だが――やっぱり何も思い出せない、心当たりがない。
「悪い、やっぱり思い出せない。もしかしてどこかの店員――」
「……」
殺気が膨らんだ。
さっきの倍――いや三倍はある、肌にぴりぴりと突き刺さるほどの殺気。
まずい、これはまずいヤツだ。
ガチなヤツの殺気だ。
ソフィアは肩を立ててうつむき、わなわなと震えている。
「……のに」
「ずっと! 待ってたのに!!」
ぱっと顔を上げると、ソフィアは何故か涙目だった。
「レンジングミスト!!」
手をかざし、魔法をうってきた。
さっきと同じ魔法、しかし殺気マシマシでさっきよりも遙かに強い威力を持っている。
「くっ!」
俺はそれを真上に弾いて、それから脱兎の如く逃げ出した。
二度目の魔法は衆目環視の中撃たれたから、まわりの人々も同じように逃げ惑った。
「待ちなさい!」
ソフィアは怒鳴りつつ、魔法を撃ちつつ追いかけてきた。
ちっ!
見境無しかよ!
その魔法であっちこっちに被害が出ている。
建物が燃えたり木が溶けたりしている。
飛び火を可能なだけ避けるために、ソフィアと同じ間隔を保ちながら、魔法を防ぎつつ、一直線に街の外に飛び出していく。
結果的にはソフィアを引き連れる様な形で、街外の人気のない所にやってきた。
そこで――高速移動。
「なっ! どこに行った?」
一瞬でソフィアの背後に回って、その後気配を消して、彼女の視界から逃げつつ、ぐるっと大回りして街に戻る。
街に戻った後、屋敷に戻って来た。
「ふう……」
「あら、お帰りヘルメス――どうしたのですか?」
玄関先でばったり出くわした姉さんは、挨拶の途中で何かに気づいて、小首を傾げながら近づいてきた。
「ん? どうしたって?」
「服、焦げてますよ?」
「……本当だ」
姉さんに指摘されて、気づく俺。
服のあっちこっちがちょびっとずつ焦げていた。
体は無傷だけど、服のせいで必要以上にダメージを負っているように見える。
「それに……すんすん、こんがり焼けてます。軽石を使って、水蒸気でパンを焼いたときのような香りですね」
「なんかいやだなそれは」
俺は微苦笑した。
レイジングミスト。
その名の通り、狂乱する灼熱の蒸気を放つ魔法。
それに焼かれたのだから、姉さんの比喩はあっていると言えばあっているのかもしれない。
まあ、それはともかくとして。
俺は姉さんに聞いてみることにした。
「姉さん、ソフィア・デスピナという名前を知らないか?」
「デスピナですか?」
姉さんは下の方、名字の方に引っかかりを覚えたようだ。
「知ってるのか?」
「ええ、デスピナなら知ってますよ。というか、ヘルメスはどうしてしらないんですか?」
「え?」
俺は戸惑った。
俺も知ってなきゃだめなヤツなのか?
そんな俺の困惑を見て、姉さんは説明をしてくれた。
「初代様が、200人の兵を率いて、各地を転戦していたのは知っていますね?」
「ああ」
それは普通に知ってる。
「その時、最後までついてきた200人のみんなに与えられた称号が『デスピナ』。古い言葉で『最高の従者』と言う意味ですね」
「……ああ」
俺は頷いた。
デスピナ、という言葉はそうじゃないけど、その話は何回か聞いたことがある。
「たしか……分家というか、そんな感じになってる家だよな」
「はい。200人のほとんどはそのまま名字デスピナと名乗って、長い時間をかけて一つの家にまとまっていったそうです」
なるほどな。
ちなみにその家とは、今でもカノー家は繋がっている。
俺が当主になってから使う事はなかったから、名前までは頭に入ってなかった。
なるほど、俺とまったく関係ない訳じゃないのか。
だったら、あの子が怒るのも分かるが――それにしちゃ怒りすぎじゃないか?
「それがどうかしたのですか?」
「実は――危ない!」
説明しようとした途端、今度は真上から殺気。
魔法が天井をつきやぶって飛んできた。
とっさに姉さんを抱き留めて、横っ飛びしてかわす。
魔法――レイジングミストが着弾して、じゅうたんごと床を溶かして大きな穴を作った。
天井から一人の少女が飛び降りた。
「見つけた! ヘルメス・カノー!!」
ソフィアだった。
彼女はいきり立って、怒りの顔で俺を睨んでいる。
顔のあっちこっちがすすに汚れたりしているのが、鬼の形相に拍車をかけている。
「かくごしなさい!」
ソフィアは俺に向かって手をかざす。
詠唱をして、魔力を高める。
くっ、でっかいやつ来る!
俺はまわりを見た、姉さんしかいない。
姉さんだけなら――と、俺は地面を蹴ってソフィアに肉薄。
一瞬で距離を詰められて驚くソフィア、そんな彼女の首筋に手刀をトン、と落とした。
一撃で意識を刈り取られたソフィア、糸が切れた人形の様に崩れ落ちたところを抱き留める。
「ふぅ……あぶなかったな。姉さん大丈夫か――姉さん」
「その子……」
「知ってるのか?」
「ええ、デスピナの中で一番魔力が高い子よ。たしか名前はソフィア……あっ」
姉さんの中で、さっきの俺の質問と繋がった瞬間だった。
「へえ……そうですか」
「え、なに?」
「デスピナの麒麟児をいともあっさりと倒すなんて、さすがヘルメスね」
「おっふ……」
俺はがっくりきた。
やっぱりこうなった。
せめてもの救いは、この場の目撃者は姉さん一人、という事だけだった。