121.夢中になってやった、後悔はしていない
この日も、エリカはカランバの王都からピンドスの屋敷にやってきた。
かなり長距離の移動なのにもかかわらず、屋敷に入った瞬間庭でだらだらしている俺を見つけては、満面の笑顔を浮かべて飛びついてきた。
そして、一方的にイチャイチャしてくる。
イチャイチャ、イチャイチャ。
普段よりも更にイチャイチャしてくる。
庭でビーチチェアに寝っ転がって空を見上げている俺の上に乗っかって、イチャイチャしてくる。
最近はもう諦めて好きなようにさせてるけど、さすがに今日のは気になった。
「今日は普段よりも触ってくるな」
「だって、明日からしばらく来られないんだもん」
「そうなのか?」
「うん。祭事があって、二週間くらいはまったく身動き取れなくなっちゃうの」
「なるほどな」
祭事か……。
それはしょうがないな。
そういうのも王の……というか統治者の仕事だ。
俺だっていくつかある。
例えばあの温泉の浄化だって一種の祭事だ。
初代の男が魔剣一本で掘り出したという温泉。
掘ったのはいいが、使った魔剣の影響で、定期的に瘴気があふれ出し、それを払わないと瘴気の影響で動物が凶暴化する。
それを払うのも一種の祭事だ――まあ実際に払ってるから実務に近いけど。
普通にそれをやったら、二日三日はつぶれてしまうもの。
一貴族の俺でさえこうなんだ。
一国の女王たるエリカはもっと色々あるんだろうな。
「大丈夫か?」
「え?」
「二週間って長丁場だ、体には気をつけろよ」
「……」
「……」
「……」
「エリカ?」
急に、エリカが黙り込んでしまった。
彼女らしからぬ反応に、俺は空から彼女の方に視線を向けた。
すると、目があう。
うるうるして俺を見ている。
「ど、どうした」
「あーん、ダーリンに心配されちゃった」
「え、いやまあ」
心配というかなんというか、普通のことというか。
「ああん! ダーリン好き好き、大好き!」
エリカはますます嬉しそうにして、首にしがみつく抱きつき方をしてきた。
「ちょ、やめっ!」
そう言ったけど、エリカは本当に嬉しそうにしてたから、やめさせるの気が引けた。
「ありがとう! ダーリン」
「……ああ」
いや、まあ。
ここで無理矢理引き離すのも労力を使うしな。
エリカの好きにさせた方が疲れないってもんだろ。
エリカはしばらく俺に「好き好き」をやったあと、徐々に落ち着いていく。
嬉しそうに、ゆっくりと俺の胸板のあたりに、服の上からスリスリしながら。
「えへへ……ダーリンパワーをいっぱい補充しておくんだ」
「なんだ、そのダーリンパワーは」
「しらないの? ダーリンに触れてると補充されるエネルギーの事だよ」
「知らない知らない。ってか、そういう事じゃなくてな」
本当にそれが知りたいって意味じゃなくて、いきなり何を言い出すんだ、って意味だ。
ま、いっか。
それも含めて、諸々なにも言わずに、エリカの好きなようにさせてやることにした。
「ヘルメス、ちょっといいですか――あら」
ふと、姉さんが俺の名前を呼びながら現われた。
屋敷の方から出てきて、こっちに来て目があった途端、俺達を見て「うふふ」と口を押さえて笑った。
これは……手で覆ってる口がにやついてるんだろうなあ、いつものことだ。
「ごめんなさい、お邪魔虫だったみたいですね」
「いや別にそういうことは――うが!」
肋骨にずしっときた。
エリカが体重をかけてきた。
見ると、彼女は唇を尖らせて、ちょっと拗ねていた。
いや、今ので拗ねられても――。
「あらあら、やっぱりお邪魔虫だったみたいですね。馬に蹴られて三途の川の前に退散しますね」
姉さんはそう言い残して、にこやかに立ち去った。
姉さんがいなくなった後、エリカに。
「エリカ」
「だってぇ……」
「いや、まあ。いいんだけど」
エリカの気持ちもわからんでもない。
明日からしばらく会えないんだ。
だったら少しも長くいたい、邪魔されたくない。
という風に思うのは分かる。
分かるんだけど、姉さんも何か用事はあったはずだ。
「ふう」
まあ、いっか。
姉さんがあんな風にあっさり引き下がったんだら、大した用事でもなかったんだろう。
「そ、そうだ。ねえダーリン」
「んあ?」
一度は逸らした目、再びエリカに向ける。
エリカはちょっと慌てた様子で、なにか取り繕うような感じで。
「今度、魔王と一緒に、ダーリンに何か称号を、って思ってるんだけど」
「称号? なんじゃそりゃ」
「違う国の人にも、名誉称号を与えることがあるって知ってる?」
「ああ。というか、俺はカオリの所でも貴族になってるし、下僕だしな」
下僕と言えば聞こえは悪いが、カオリが数百年生きてきて、下僕が千人ちょっとしかいないことを考えれば。
更にその下僕が実際の所、カオリのお気に入りである事を考えれば。
それも、一種の称号になるのかもしれない。
ゲボク、とか、GEBOKU、とか。
そういう感じの称号と言えなくもない。
「そっか。それを、エリカと魔王が共同で」
「何だってまた」
「ダーリンをもっと格好良くするために」
「じゃあ却下」
俺は即答した。
そんな理由なら論外の一言だ。
「えー、ぶー」
「膨れてもだめ」
「えーん」
「泣いてもダメ」
「うっふーん」
「色仕掛けとか論外」
何となくコントの様になってしまった。
それをやったエリカが楽しそうにした。
「で、本当の所は?」
「え?」
エリカはきょとんとなった。
「ど、どうして?」
「なんか普段と違ったからな。何か狙いがあっての事に感じた」
「……」
「エリカ?」
返事しないエリカを見る。
彼女は驚いて俺をじっと見つめている。
そして――そっと目を伏せる。
「やっぱりダーリンって、すごい。今のでも分かってくれて……エリカ、嬉しい」
「んぐ」
虚を突かれた思いだ。
好き好きやっている所に、いきなりこんなしっとりとした感じで来られると、何というか……ドキッとしてしまう。
「そ、それで? 本当のところは?」
俺は話を無理矢理引き戻した。
「うん。平和のため」
「平和?」
「魔王の国とは戦っちゃダメなの」
「カオリは戦う気はないぞ。付き合ってきたから分かるけど、あれは何があっても母親の言いつけは守る」
「うん、それはエリカにも分かる。でも、民衆は?」
「……」
「民衆にはもっとわかりやすいものじゃないといけないの。魔王は何があっても攻め込んでくることはない。それを言ってるだけじゃ民衆は納得しない。納得してなかったら、魔王という存在に怯える」
「……怯えるのか」
「人間には手を出さないけど、定期的に大規模な環境破壊をしてるしね」
「あー……」
そっちは確かにやってるな。
そうか、魔王という超生物のパワー、その恐ろしさは人間には分かるのか。
それがこっちに矛先が向けられると――、うん、なるほどな。
「だから、魔王と共同で、っていうのが欲しいの」
「そうか」
俺は静かにうなずいた。
「分かった、そういうことならしょうがない」
「本当?」
「ああ」
俺は静かにうなずいた。
「俺の名前を伏せてやるんならいいぞ」
「分かった。ありがとうダーリン」
エリカは静かに、しかしこの日一番の嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。
☆
その後、エリカと静かな時間を過ごしたあと、「そろそろ帰らなきゃ」と言い出す彼女を玄関まで送った。
普段は送らないのだが、民の事を思って何かをする彼女にちょっと感動して、何となく送りたくなった。
そして玄関先で向き合って、名残惜しげにする彼女を見て。
「やっぱり送ろうか?」
といった。
「本当に?」
「ああ、その辺まで――」
「ヘルメス、ちょっといいですか……あら」
姉さんが現われた。
さっきと同じように現われて、何かを言いかけたあと、俺とエリカを見て、むふふ、と口を押さえて笑った。
「エリカ様と一緒に遊びにいくの?」
「なんか子供扱いされてるっぽい言い方だな。そうじゃなく、帰るからその辺まで送ってくる」
「そう、わかりました。行ってらっしゃい、ヘルメス」
そう言って、姉さんは来た道を引き返して、廊下の向こうに消えていった。
……。
…………?
姉さんの後ろ姿に引っかかりを覚えた。
今の姉さん……なんか様子がおかしくなかったか?
それがなんだか分からないまま、エリカを送っていった。
馬車に乗る彼女を、せっかくだから俺が御者をやって、馬車を街の外まで運んだ。
街を出て、馬車から飛び降りて、本来の御者にバトンタッチ。
そして、車上の人であるエリカを見あげる。
「じゃあな」
「ねえダーリン」
「どうした」
「お姉さん、なんか様子がおかしかったね」
……。
「エリカにもそう見えたか」
「うん」
「そうか……」
やっぱりなんかあったのか、姉さん。
「早く戻ってあげて、ダーリン」
「意外だな、そんな事を言われるとはおもわなかった」
「だって、ダーリンのお姉さんならいつかエリカのお姉様にもなるんだから――きゃっ!」
エリカは「エヘッ」って感じの「きゃっ」をした。
「きゃって……まあいっか。ありがとうな」
「わーい、ダーリンに感謝されちゃった」
喜ぶエリカに別れを告げて、俺は街に引き返して、屋敷に戻ってきた。
戻ってきた瞬間、屋敷がバタバタしているのが分かった。
メイド達がバタバタと走り回っている。
俺はメイドの一人を捕まえて、聞いた。
「どうした、何があった」
「あっ、お帰りなさいませご主人様」
「それはいい、なにがあった」
「それが、ソーラ様がお倒れに――」
「なんだと? どこだ姉さんは」
「ソーラ様のお部屋に」
メイドを置いて、駆け出した。
廊下を駆け抜けて、姉さんの部屋に飛び込む。
「姉さん!」
中にいる人間が一斉にこっちに視線を向けてきた。
メイドと――医者か?
しかし、姉さんだけはそうならなかった。
姉さんはベッドの上に寝かされていて、目をつむってて、顔が赤く息が荒い。
俺が飛び込んでも反応しない、意識もないようだ。
「姉さん! おい、姉さんはどうした」
俺は姉さんが寝ているベッドに近づき、医者らしき男に聞いた。
「大丈夫です、落ち着いてください。ソーラ様はマナストーンですね」
「マナストーン?」
なんじゃそれは。
「体内を常に回っている魔力が、何かしらの拍子で淀みができて、それで凝り固まることです。石の様に魔力の流れをせき止めてしまうから、ストーン、という言葉を使っております」
「能書きはいい! それで姉さんは大丈夫なのか?」
「問題ありません、命に別状があるとか、そういうものではありませんので」
医者はそう言った、それを聞いて俺はほっとした――次の瞬間。
「ぎゃあああああ!!」
ベッドの上に寝かされている姉さん、体を反らせて、絹を裂くような悲鳴を上げた。
「姉さん!?」
絶叫し、苦しそうにする姉さん。
こんな姉さんはじめて見た。
俺はけろっとしてる医者の襟を締め上げた。
「おい! 大丈夫なんじゃないのか」
「え、ええ。大丈夫ですよ」
「どこが!」
「苦しそうにしてますが、大丈夫です。苦痛はあらゆる病気のなかでは上位に入りますが、命に関わるような事はありません」
「本当か!?」
「はい。死亡率で言えば0%ですから」
「うわあああああ!!」
姉さんがまた絶叫した。
「姉さん! おい藪医者!」
「落ち着いてください。大丈夫ですから」
「くっ……どれくらい続くんだこれ」
「三日もあれば綺麗に引きます」
「三日だと!?」
俺は驚愕した。
ベッドの上の姉さんを見た。
こんなのが……あと三日も?
「なにが方法はないのか?」
「ほ、方法ですか?」
「そうだ、痛みを抑える様なものはないのか?」
「それは、マナストーンですから、体内にできた石のような淀みを砕けばすぐにでも収まります」
「それでいいんだな?」
「はい、しかし他人の体内の魔力を把握するなんて不可能――」
それだけ聞ければ十分だ。
俺は姉さんに近づいた。
姉さんの額に手を当てた。
魔力だなーーならば、と神経を研ぎ澄まして感じる。
ちょっとだけ難しいな。
下手やらかすとまずいし、視覚も使うか。
姉さんの体内の魔力路を引き出して、彼女の真上の何もない空間に投影させる。
寝そべっている姉さんの上に、人体に近い、蜘蛛の巣のような網張ったものが現われた。
網は光っている、流れている。
その中で、下腹部のあたりにでっかいものがあって、それが流れをせき止めているのがわかった。
「これか!!」
俺は姉さんの下腹部――へそのあたりに手をそっと触れた。
そこに、魔力をそそぐ。
あった。
淀み――マナストーンをピンポイントで砕いた。
「……」
「……」
「……ヘル、メス?」
「大丈夫か姉さん!!」
「ええ……私、なにを……?」
まわりを見回す。
自分がどうなっていたのか、まるで分かっていない様子だ。
「いいから、今日はもう休んでろ。疲れてるんだろ?」
痛みが引いても、それまで消耗した体力が戻ってくる訳ではない。
「ええ……ありがとう、ヘルメス」
姉さんは何かを感じたのか、お礼を言ってきた。
「いいから」
俺は姉さんを無理矢理寝かせた。
姉さんが無事で、ちょっとほっとした。
そんな俺は、気づかなかった。
「今の……外部から把握してマナストーンを砕いた? 馬鹿な……」
医者経由で、目撃者のメイド達が広めていって。
俺の評価が上がってしまうことは、姉さんの事で頭がいっぱいで、気づいていなかったのだった。
皆様のおかげで、夢の15万ポイントまで後100ポイント切りました。
これからも頑張って更新します!
「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新頑張れ!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。