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119.話が通じない男

 ある日の昼下がり。

 俺はいつものように、庭にビーチチェアを出して、くつろいでいた。


 のんびりくつろぎながら、庭に飼っている愛犬にエサをやりつつ、ボールを投げたりしながら遊んでやった。


 そうして、時間をつぶしていく。

 ちらっと空を見上げる。

 太陽の位置からして、まだ午前中か。


 今日は、なんだか時間が過ぎるのが遅く感じる――。


「ヘルメス」


 俺の頭の上に、にょきっと、顔を出してきた姉さん。


「うわっ!」


 俺は声を上げて、思わずビーチチェアから転げ落ちた。

 すぐさま犬がそばに駆け寄ってきて、ペロペロと顔を舐めてきた。


「あらあら、大丈夫ですかヘルメス」

「驚かさないでくれよ姉さん」

「それはごめんなさい。それよりもヘルメス、どうかしたのですか?」

「え? なにが?」


 俺は地べたに座ったまま、小首を傾げて姉さんを見あげた。


「普段と違って、やけにそわそわしているようですよ?」

「そわそわ?」

「はい。まるで彼女との初デートなのに、相手がいつまで立っても待ち合わせの場所に来なかった時の少年のような顔をしています」

「どんな顔だよ!」


 思わず声を張り上げて、突っ込んでしまった。


 そして、ちょっとぞっとした。

 姉さんの観察力に。


 例えがおかしいけど、本質的には同じことを姉さんは言い当ててた。


 そしてそれは、姉さんにかぎって当てずっぽうとかカマカケとか、そういう感じのことじゃあり得ない。

 しっかりと裏をとって、確信を持って言っているんだ、姉さんは。


 ……俺をからかっているとも言うが。


 ともかく、俺は観念して、話すことにした。


「エリカがまだ来ないんだよ」

「エリカ様が?」

「ああ。今日の午前中には来るって連絡があったんだが、未だに来てなくてな」

「あらあら、それで恋煩い?」


 姉さんは口に手を当てて、思いっきり嬉しそうな顔をした。

 まるで恋バナを聞いた瞬間の女学生みたいな顔だ。


 そこを突っつくと話が盛大に横に逸れるから、スルーした。


「そうじゃない。今まではこういうことがなかったんだ。エリカは来るって言えば来る――言わなくても来るけど。逆に来ると言って遅れたことはない」

「確かに。私が知ってる限り、エリカ様はヘルメスに会うために必死に時間を作っているようですしね」


 何を知っているのか、も、聞かないことにした。

 藪をつっついたら蛇どころかドラゴンが出てきそうな感じだからだ、姉さんのそれは。


「それが来ると連絡があれば、何があっても時間通りに来るでしょうね。何かあったのかしら」


 姉さんはそう言って、背後を振り向いた。

 方角的に、カランバ王国がある方角――エリカがやってくる方角だ。


「そうだ、ヘルメス」


 姉さんは俺に振り向き、手を合わせてまるでなにか妙案を思いついた、ような顔をした。

 悪い予感がする。


「迎えにいってあげたらどうですか?」

「迎えに?」

「ええ」

「迎えに、か」


 俺は考えた。

 迎えに、か。

 悪い予感はしたけど、そんなに悪い提案じゃなかった。


「ええ、そうですよ。この前ヘルメスがエリカ様のお世話になったのですから、それくらいのお返しはあってもいいのではありませんか?」

「それは……」


 そうかもしれない。

 かもしれないけど、それで俺がますます困った事態になってるんだが。

 と、そんな事をいっても、姉さんには通じないよな。


 それにまあ、普通はそこでお礼をするもんだってのもわかる。

 病気じゃないけど、看病とほとんど同じなんだから、そのお礼はするもんだ。


「……いや、いいよ」

「あら、そうなのですか?」

「ああ」


 俺は頷き、ビーチチェアに戻って、寝そべった。

 姉さんは俺の横に立ったまま、風に吹かれた髪を押さえつつ、青空を見あげた。


 同じように風に吹かれて、くつろごうとする俺。


 ……。

 …………。

 ………………。


 俺は、立ち上がった。


「あら、どうしたのですかヘルメス」


 姉さんがこっちを向いた。


「ちょっと――どらやき買ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」


 何もかも見透かしたような姉さんの笑顔にふくれっ面でかえして、俺は屋敷からでた。

 庭から出て、敷地を出た途端、パピューンって感じで空に飛び上がった。


 一瞬のうちにピンドスの街を出て、街道の真上を飛んでいった。


 飛んでる最中も、下にある道を、目を皿の様にみつめた。


 馬車はもとより、エリカが歩いてたり、変装してたりしても見逃さないくらいの勢いで、じっと見つめた。


 十分くらいとんで、完全にピンドスを離れて人気のない野外まで来たころ。


「――っ!」


 俺は息を飲んだ。

 見慣れた馬車が、モンスターに襲われているのを見つけたからだ。


 馬車のまわりを、モンスターがぐるっと包囲している。


 護衛がそのモンスターと戦っている。

 既に何人か護衛がやられてて、戦況はよろしくない。


 俺は速度をあげて飛んでいき、馬車の前、護衛とモンスターの間に着地した。


「ぞ、増援か」

「うろたえるな、俺が来た」

「あ、あなたは」

「ダーリン!」


 馬車の中からエリカがとびだしてきた。

 ものすごい勢いで、タックルかってくらいの勢いで俺に抱きつき、首筋にしがみついてきた。


 ああ良かった、全くの元気だ。

 ケガ一つない、無事な状態だ。


 俺はちょっとほっとした。

 それでも念の為に聞いてみた。


「大丈夫かエリカ」

「やっぱり来てくれたんだね! だからダーリン大好き!」


 質問には答えてないが、元気なのと怪我はどこにもなさそうだってことが分かったからとりあえずよしとした。


「カ、カノー様。どうか陛下だけでも連れてお逃げ下さい」


 エリカの護衛が、切羽詰まった声で言ってきた。

 こんな時でも、見あげた忠誠心だ。


 だからこそ、プライベート中のプライベートである、お忍びで俺に会いに来る時の護衛にえらばれたんだろうな。


「大丈夫だ」

「え?」


 俺はまわりを見た。


 遠巻きのモンスター、二十人いるうちの五人は倒された護衛。

 普通にやってたら、戦力差にじわじわと殲滅されるだけだが――まあ問題ない。


「エリカ、下がってろ」

「うん! ダーリンのかっこいいところ見てるね」


 エリカは素直に俺から離れた。

 護衛と違って、俺を信じ切っている。


 俺は腰のボロ剣――初代当主の剣を抜いた。

 そのまま、モンスターに斬りかかっていく。


 自分が無双してモンスターを殲滅するんじゃない。


 戦っている護衛とモンスター、やり合っている所を、横から隙を見て倒していく戦法をとった。


 目撃者が多すぎるのだ。

 これで普通に倒したら、また評価があがる。

 だから俺は、あえてハイエナの様にして、モンスターを倒すことにした。


 しばらくすると、モンスターが一掃される。

 それが終わって、護衛達は一息ついたり、倒れた仲間の手当てを始めたりしていた。


「やったー、ダーリンすっごーい」


 そんな中エリカが俺に抱きついてきた。

 ちらっと護衛達の方に目を向ける、半分くらい、不満げな表情だ。


 「横からかっさらっといて」って目をしている。


 よしよし、それでいい。

 そういう流れが欲しかった。

 倒したのは事実だけど、味方を利用したハイエナ行為だったからたいしたことない、むしろ卑怯だ。


 完璧な流れだ。


 後は向こうが勝手に不満を募らせてくれるから、俺はそっちを放っておいて、エリカの方を向いた。


「エリカは大丈夫か? どこかケガとかは?」

「まったくないよ。ダーリンのおかげ」

「そうか」


 エリカの「ダーリンのおかげ」も、いい感じに護衛の不満を集めてくれた。

 よしよしこれでいい――と思った次の瞬間。


 状況が更に一転した。


 ぽふっ、って音がした直後、白い煙が地面から爆発的に広がった。

 直前に見えたのは、モンスターの一体が破裂して、そこから煙が吹き出されたという光景。


「これは……催眠ガス!?」


 煙を少し吸って、そう(、、)だと理解した。

 少し遅れて、まわりはゲホゲホ咳き込んだり、次々と倒れていった。


 立っている護衛も、倒れてて手当てを受けてる護衛も。

 全員が等しく、ガスにやられて眠りに落ちる。


「だー、りん」


 エリカも例外ではなく、意識を手放した。


「おっと」


 地面に倒れ込む前に、エリカの体を抱きかかえる。

 様子を見ると――うん、寝てるだけだ。

 何か副次的な効果があるとかじゃなくて、本当に普通の催眠ガスってだけのようだ。

 ほっとして、エリカをそっと地面に下ろす。


「ほう、それは効かないのか」


 男の声がした。

 声の方に振り向くと、徐々に晴れていく煙の中から、一人の男が姿を見せた。


 男は――モンスターを率いていた。


「何者だお前は」

「ラスレス・ミール」

「知らん、初めて聞く名前だ」

「カランバ王国の公爵――の、嫡男さ」

「カランバ公爵?」


 俺はちらっとエリカを見た。

 カランバの公爵って事は、エリカの臣下か?


 いや待てそれはおかしい。


「カランバの貴族がなんだってモンスターを従えている。それになぜエリカを襲った」

「ヘルメス・カノー。お前が邪魔なのだよ」

「はあ?」


 なんじゃそれは。

 こいつも質問に答えてない。

 カランバの人間は全員質問に答えないクセでも持ってるのか? って一瞬思った。


 男は更に憎しみのこもった視線で俺を睨む。


「お前さえいなければ、エリカ様は俺のものだったのだ」

「……ああ、そういう」


 何となく納得した。

 そういうことだ。


 これ、横恋慕の逆恨みってヤツだ。


「俺は思ったよ、エリカ様はまだお若い、そしてお熱になっている。今何をいっても聞き入れてくださらないだろう。だったら」


 ラスレスはますます俺をにらんだ。


「その相手を排除すればいい、と」

「……」


 なんというか――うん。

 逆恨みのレベルが高いな。


 そこで相手の排除――モンスターを連れて来てるんだから、この世からの排除、つまり抹殺ってことだろう。

 恋のライバルを蹴落とすのはよくある話だが、そこで「抹殺」まで思考が飛躍するのはなかなかない。


「それでモンスターを連れてきたのか」

「そうだ、俺が手を下したとわかったら、エリカ様はますます意固地になるだろうからな。モンスターにやられるという不慮の事故。それなら俺もエリカ様も、みんなハッピーになる」


 えっと……俺は?

 というか普通にそこ、エリカはまず悲しむよな。


 とか、色々思ったけど何も言わなかった。

 こいつ、話通じないな、ってはっきり悟ったからだ。


「さあ、おしゃべりはここまでだ。エリカ様が目覚める前に死んでもらおう。なに、殺意の高いモンスターを選んできた、苦しまずに即死をくれてやる」

「そいつらで俺を倒すつもりなのか?」

「強がるな。さっきのこいつらとの戦いでみた。その程度の力、肉壁がなければいちころだ」


 自分でハイエナ行為やっといてなんだけど、肉壁と来たか。


「……あれもお前の仕業か」

「そうだ」

「俺を誘き出すために?」

「うむ」

「……そうか」


 腹の底から、静かな怒りがわき上がった。


「お仕置きしないといけないな」

「はっ、いきがるな」


 ラスレスは失笑した。


「エリカ様にいいところをみせれる場面で、その程度の力しか出せない男だ。こいつらで充分おつりがくる」

「……」

「さあ、やれ!」


 ラスレスの号令で、モンスターたちは一斉に襲いかかってきた。


 一閃。


 抜き放ったままの剣を横薙ぎ一閃。

 すると、十体くらいまとめて飛びかかってきたモンスターを、まとめて真ん中から上下に両断した。


「なっ……ば、ばかな」

「残念だったな」

「え?」

「俺はまだ、本気を出していなかったんだよ」

「……」


 ラスレスは絶句した。

 話が違うぞ、って顔で言葉を失っていた。

面白かった

続きも楽しみ


とか思いましたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!

何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1年以上前の話ですが一応…… 国王からもらったボロ剣は、闇の剣になったのでボロくはなくなったはずでは?
[一言] いつも通りおもしろいし、続きが気になります。 誤字脱字とかどーでもいい。
[一言] 誤字脱字が酷い
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