11.俺はまだ、本気を出していない
周りの野次馬がざわざわする。
剣聖のじいさんをはっ倒してしまったのが良くなかった。
だが。
「一体何者なんだ?」
「あの強さならすっごい有名な格闘家かなんかだろ」
野次馬のざわつきを拾っていくと、どうやら俺の正体はばれてないみたいだ。
そりゃそうだ、カノー家を継いでまだそんなに日が経ってない。
その前は部屋住みの四男坊だから、知られなくて当然。
だったら……まだごまかしが効く!
ここは完全に別人のフリをして――と思ったその時。
「きゃあああ!!」
「た、助けてくれー!!!」
集団の悲鳴と逃げ惑う音が聞こえてきた。
俺と野次馬含めた全員が悲鳴の方向にパッと向いた。
街道の先、隕石が落ちた方向から、旅人らしき集団が必死な形相で逃げてきた。
一番先頭の、一番足の速い男が茶屋の前に辿り着くなり。
「お前ら早く逃げろ!」
と叫んだ。
俺は眉をひそめて、男に聞き返した。
「何があった」
「隕石だ! 隕石の中から魔物が出てきたんだ!」
「なんだって?」
眉をひそめる。
周りのざわつきが大きくなる。
足の速い男が更に答える。
「魔物が言ってた、『解放してくれて助かったぞ』って。あの隕石は壊しちゃいけなかったんだ!」
その場にいる全員――後から来た足の速い男をのぞいた全員が、伸びているじいさんに視線が集まった。
剣聖と呼ばれるじいさんが隕石を砕いたのだが。
「罠だったのか」
「くっ! 魔物汚い!」
「それよりも逃げようぜ!」
さっきとは違う質の、しかしより大きいパニックになった。
次々と街道の先から旅人が逃げてきた。
同時に、魔物とやらが見えた。
人間の倍くらいのサイズ。
形はやたらとのっぺりしてて、影が地面から起き上がった、そんな感じの見た目。
そいつはゆっくり旅人を追い立てている。
たまにちょっかい出して、悲鳴を挙げさせて楽しんでいるのがありありと分かる。
「本気出したらここにいる全員皆殺しに出来るのに」
一目見ただけで力量が分かる、かなりの強さのモンスターだ。
さすがに放ってはおけないな。
俺はじいさんの仕込み杖を抜いて、魔物を待ち構えた。
近づきつつ、更に力量をちゃんと量る。
強いが、倒せる。
が、サクッと倒してしまうとまずい。
じいさんの時は手加減出来なかった、今度はちゃんとする。
手加減して、足止めして、そこそこ苦戦を演出して。
その間に旅人が次々と逃げるから、目撃者が少なくなったところで倒す。
よし、これで行こう。
追い立てられてきた旅人の集団が俺を追い抜いた。
元から茶屋にいた他の旅人も次々と逃げ出している。
残ってるのは逃げ遅れてるのと、伸びてるじいさんだけ。
人数で言えば全体の一割程度、よしこれなら。
仕込み杖を振るって、魔物に斬りかかった。
影に見えるボディを打ち合って、予想通りの金属音が響く。
「なんだあお前は」
「悪いが通さん」
「ハハッ! 人間がいきがるか!」
魔物と切り結ぶ。
押し返して距離を取ったら魔法を撃たれた。
闇の波動――という感じのもやもやした黒いのが飛んで来た。
ちらっと周りを見る、まだ人が多い。
仕込み杖を立てて、わざと受ける。
ガードしてるから痛くはない――が演技をして片膝ついた。
「ハハッ、死ねぃ人間」
魔物が追撃してきた。
ギリギリを演出して、皮一枚で鋭い影の斬撃を避けて、地面を転がって距離をとる。
「避けたか、運がいいなお前」
魔物は半分感心、半分楽しそうに笑った。
よし、演技が通じてる。
そんな風に立ち回ったが、周りの野次馬は減らなかった。
残り一割まで減ったが、それ以上は減らなかった。
俺が戦ってる事で、野次馬化してるのか。
それ以上減る気配はまったくしなくなった。
しょうがない、目撃者がちょっと多いけど……倒すか。
イメージ……イメージ。
この後実力がばれて、持ち上げられてやっかいな事にならないように。
ぎりぎりで倒すのをイメージした。
「今度こそ死ねえ!」
「――」
魔物が影を伸ばして来た。
それを皮一枚でかわす、演出のためにほっぺもわざとかすり傷を受けてやる。
そうやって躱しつつ懐に潜り込んで――一閃。
ちゃんと手加減した。
ギリギリの渾身の一撃――そう演出した斬撃が魔物を真っ二つにする。
影が真っ二つにされて、ひらひらと地面におちる。
「おおおおお!!」
「魔物を倒したぞ」
歓声があがる、様子をうかがう。
人数は少ないし、こっちは苦戦をちゃんと演出している。
これなら必要以上に持ち上げられることはないだろう。
それに――街道の先を見る。
魔物が遊んでたせいで、被害が少なかったのも良かった。
たいした被害も出せない魔物、それをぎりぎりで倒した俺。
これなら――。
「ま、魔物が!」
「えっ?」
終わりだと思って油断した俺の一瞬の隙を突かれた。
真っ二つに斬られた魔物は、二つの影共に地面から飛び上がって、ものすごい勢いで飛んで来た。
手加減しすぎたか、仕方ないもうちょっと力を――と思ったら、魔物は途中で飛ぶ軌道を変えた。
俺の目の前で直角に曲がって落ちた。
何のつもりだ――と思った瞬間、ずっと俺の足元で気絶し続けたじいさんがゴムボールかって勢いで飛び上がった。
影が取り憑いて変化した。
じいさんは俺から距離を取って、魔物が来た方向に少し距離を取った。
よく見ると――
「憑依したのか」
「油断したぞ人間。だが、これで俺にはもう隙はない!」
じいさんに取り憑いた黒い影が、じいさんの口を使って言葉を発した。
次の瞬間、痩せぎすのじいさんの肉体が膨らみ上がった。
一瞬でムキムキの、常人の倍はあるマッチョマンに変身した。
力が上がっている、人間に取り憑くと強くなるたちか。
「う、うぅ……」
「力が……抜ける」
あっちこっちから弱った声が漏れ聞こえてきた。
見ると、残った野次馬達が次々と地面に膝をつき、倒れている。
その周りには黒いもやがある。
魔物に当てられたか。
「もうダメだ……あんなに強かったのに……その上剣聖様に取り憑くなんて……」
野次馬の一人がそう言って、意識を手放した。
他の野次馬達も次々と倒れた。
一人また一人と倒れていき、やがて最後の一人が。
「逃げ――助けを――」
呼んでくれ。
そう言いたいのか、最後まで言えずに魔物に当てられて気絶した。
長いこと当てられているとまずいだろうが、すぐにどうにかなる様子じゃない。
なら、大丈夫だ。
それに、全員が気絶したのも助かった。
目撃者がいなくなったって事だ。
俺は魔物に振り向いた。
「くくく、いいぞ、この肉体。ジジイだと思って使い捨てにしようと思ったが、これならしばらく使っててもいいぞ」
魔物はそんな事を言っていた。
じいさん――剣聖だってのは本当だったか。
「さあて、観念しろ人間。いっとくが今の俺は、さっきよりも遥かに強いぞ」
「ああ、分かってる」
力が跳ね上がってるのが分かる。
ここにいる全員――どころかなだれ込んだらピンドスの住民皆殺しも不可能じゃない程の力だ。
だが。
「問題ない」
「なんだと?」
強いが、まだまだ「この程度」ってレベルだ。
俺は仕込み杖を構えて、切っ先を向ける。
「はったりか。さっきの俺にあんなに苦戦したのが」
「いいや、大丈夫だ」
「はあ?」
仕込み杖を振り抜く。
斬撃がじいさんの体をすり抜け、魔物の本体だけを斬った。
「強がるのも大概に――えっ」
驚愕する魔物。
そいつが気づいた瞬間にはもう斬られて、
「俺はまだ、本気を出していないからだ」
この地上から、完全に消滅した。
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