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118.悲劇の喜劇(後編)

 次の日、俺は朝から寝室にいた。


 庭じゃない、リビングでもない、執務室とか論外。

 自分の寝室にいて、ベッドの上に寝っ転がったままだった。


 射しこむ朝日がまぶしくて目を覚ましても、起き上がってカーテンをひくとか、メイドを呼んでそうさせるとか。

 そういう元気がまったくなくて、ただただ、ベッドの上でぐったりしていた。


 原因は、昨日のアクリス。


 各地に発生したアクリスを殲滅して回ったら、人生で一番疲れる一日になった。

 それで屋敷に戻ってからベッドに直行して、泥のようにねた。

 一晩寝ても疲れがまったく取れなくて、目覚めても何もする気力がおきなかった。


 こうして、ただただぐでっとしてしたい。

 すくなくとも今日一日はこうしていたい。


 幸い、誰も訪ねて来な――。


「ダーリン!」

「……」

「だーりん? 大丈夫、なんかすごく疲れてるっぽいけど」

「あぅあぅ……」


 と思ったら、誰かが来たみたいだ。

 聞き覚えのある声だが、頭が働かない。

 眼を動かして、見て確認する気力もない。


 当然返事するのもおっくうだ。

 もう……面倒臭いから、このままぐでっとしとこう。


「ダーリン本当に大丈夫? こんなに疲れてるダーリン初めて」

「……」

「なんか心配。どうしよう、典医を全員呼んだ方がいいかな。時間かけるけど……うん」

「……」


 ぎゅるるるる、となんかの音がなった。


 ……。

 …………。


 ああ、俺の腹の音か。


 思考能力が死に絶えてて、それを理解するのも時間がかかった。


 うん、腹が減った。

 どうしようか……。


 こんなにだるいんじゃなかったら、空気中から魔力を喰って(、、、、、、)やり過ごせばいいんだけど、それは疲れるからなあ……。


 しょうがない、放っとくかあ……。


「そっか! お腹が空いたんだねダーリン! まかせて、エリカがご飯作ってきてあげる」


 パタパタパタと、足音が去っていくのが聞こえた。

 ……。

 ああ、さっきの声の主が立ち去ったのか。


 それは助かる。

 今は放っておいて欲しい。

 声も聞こえないのが一番楽だ。


 次第に窓からの直射日光が止んだ。

 貴族の寝室は、朝一番に直射日光を受けて、その後は「くらくない程度の日陰」になるように方角と窓の位置と大きさが設計されている。


 起きた直後はまぶしかったが、ぐでっと(我慢)した甲斐があった。


 空が青い。

 見ていて心が洗われるようだ。


 窓を開けば風がきもちいいんだろうなあ……動くのおっくうだからこのままでいいけど。

 俺は、ぼんやりと窓の外の青空を眺めてながら、ぐでっとしていた。


 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。


 パタパタパタ。

 と、誰かの足音が聞こえた。


「お待たせダーリン!」

「……」

「ダーリン、全然動いてない……。そんなに疲れてるんだね」

「……」

「でも大丈夫! エリカがすっごい精のつく物を作ってきたから。死にかけの人も飛び上がって鼻血をふくくらいのすっごい伝説的な料理だから」

「……」

「エリカの腕じゃ完全再現はできなかったかも知れないけど、その分愛情を込めたから!」


 やってきた人が、何か色々言ってる。

 何を言ってるのか頭に入ってこない。

 やけに必死なだけは分かった。


 分かったけど、今はそれも、どうでもいい感じだ。


「はいダーリン、あーんして」

「……」

「ええっ!? 口も開かないの? どうしよう……あっそうだ」

「……」

「ダーリンに口移ししちゃおうっと」


 誰かが顔に近づく。

 唇に何か柔らかく、温かく、いいにおいのする物が触れてきた。


 なんだこれは――と思うよりも先に、何かが口の中に入ってきた。

 舌が反応した。


 これは――料理だ。

 美味しい料理だ。


 頭が働かなくても――いや、いまこういう状態だからこそ。

 体が、ストレートに「美味しいもの=栄養のあるもの」って感じて、受け入れ態勢になった。


 俺はそれを飲み込んだ。


 味が――エネルギーが。

 五臓六腑に染み渡った。


 うん……美味しい。

 美味しいってのが、分かる様になってきた。


「どうかなダーリン、もっと食べる?」

「……」


 またなんか言われた。

 なんだ―――もっと食べる、か?


 美味しいものでちょっとエネルギーが入ってきたから、頭が少し回るようになった。

 何かを食べさせられて、それが美味しくて。

 食べさせてくれた相手が「もっと食べる?」って聞いた。


 そういうことなら――もちろん。


 俺は頷いた。

 するとまた柔らかい物が当って、美味しい物が口の中に入ってきた。

 さっきの様に丸呑みじゃなくて、何回か咀嚼して、飲み込む。


 うん、美味しい。


 今のはなんかの肉だな。

 分かるようになったぞ。


「薬膳酒も用意したから、飲んでみて」


 また柔らかい物が当る、今度は何か液体が入ってきた。

 液体? って思ったけど、まあ大丈夫だろう。

 それを飲み干す。


 すると体がほてっとなった。

 またちょっと、元気が湧いてきた。


「あっ、顔色よくなった。えへへ、ダーリンが元気になると嬉しいな」

「……ぅぁ」


 ちょっとだけ元気が戻ってきたから、食べさせてくれたのは誰なのかを見るために、首を回した――その時。


 パリーン!

 なんかの音がして、人の気配が一つ増えた。


「甥っ子ちゃーん、あーそーぼー、なのだ!」

「ちょっと、大声出さないでカオリ様」

「ほえ? 姪っ子ちゃんなのだ。あれ? 甥っ子ちゃんどうしたのだ? もしかして死んでるのだ? 死んでから三秒までなら私が復活させられるのだ。お父様直伝三秒ルールなのだ」

「だから大声を出さないで!!」


 最初の人と、後から入ってきた人。

 二人が、大声で(、、、)なんか言い争っていた。


「それに死んでなんかないもん! ダーリンが死ぬわけないもん。なんか分からないけど疲れてるだけだから」

「そうなのだ? ――ホントだ、生命力が大分落ちてるのだ。いつもの甥っ子ちゃんじゃないのだ」

「でしょう、だから大声出さないでください」

「ふむふむ……分かったのだ、ちょっと待つのだ!」


 パリーン!

 また音がして、気配が一つ消えた。


「ああもう! なんで割った窓からじゃなくてわざわざもうひとつ窓を割って出て行くのよ! うるさくてダーリンが困るじゃない!」

「……」

「もうさいってい! あっ、ごめんダーリン。また食べる? あーんできる?」

「……んぁ」


 なんかうっすらと、「あーん」っていうのが聞こえた気がした。

 俺は口を開いた。

 すると柔らかい感触をすっ飛ばして、直接料理が口の中に入ってきた。


 次々と料理が口の中に入ってきた。

 俺が咀嚼して、飲み込むのを待って、いいタイミングでまた次の料理が口の中に入ってきた。


 誰なのかは知らないけど、俺は感謝した。

 体力が回復したら、ちゃんとお礼を言っとかないとな。


 パリーン!


「戻ったのだ!」

「三枚目! どうしてわざわざ割るのよ」

「私が通る道にあるのがいけないのだ。人間は壊さないけどものは関係ないのだ」

「もう! そういうとこ本当に魔王ね!」

「それよりもクリスタルドラゴンの仔をさらってきたのだ、こいつの肝っ玉をとってきたのだ。疲労回復によく効くのだ」

「クリスタルドラゴンって、あの特Sクラスの危険度の?」

「人間が決めた基準なんて知らないのだ」


 ズパッ!


「あっ、首が落ちた」

「ここからこうして――はい、肝っ玉なのだ」

「小さい、肝って、こんなに豆粒くらいの大きさなの?」

「そうらしいのだ。これを甥っ子ちゃんに飲ませるのだ」

「大丈夫なんでしょうねそれ」

「甥っ子ちゃんは大事な人なのだ」

「……わかった」


 また、何かが口の中に入ってきた。

 これは……豆か?


 今までの物とまったく毛色が違う、ちっとも美味い感じがしない。

 むしろ――生臭くてまずい?


 だけど、エネルギーを感じた。

 俺はそれを飲み込んだ。


 ごくり、と喉を通って、腹の中に収まった。

 直後、みるみると力が体に染みこんできた。


 純粋な力、失った体力を補ってくれる力だ。


「……カオリ、と、エリカ?」

「ダーリン!」

「おー、甥っ子ちゃん元気になったのだ?」


 なんでカオリとエリカが?

 いや、さっきから気配が二つあったっけ。


「って! 窓ガラス!? それになにその水晶っぽいトカゲみたいなの」

「よかった! ダーリンが元気になったのだ」

「え? ああ、まあ……まだちょっとだるいけど」

「なるほど、まだまだ元気じゃないのだ? さすが甥っ子ちゃん、クリスタルドラゴン一頭分じゃ足りなかったのだ。体力のタンクが底なしなのだ」

「当たり前じゃない、ダーリンなんだから」

「それもそうなのだ」

「ダーリンにもっともっと元気になってもらわなきゃ。はいダーリン、あーんして」

「私も色々持ってくるのだ」


 エリカが料理を俺に差し出し、カオリは四枚目のガラスを割って外に飛び出した。


 なにがなんだかよく分からない、頭がまだ回っていない。

 いない、が。


 回ってない分、考えるのも面倒臭くなった。


 状況は把握した。

 何もしなくても、至れり尽くせりの、上げ膳据え膳状態だ。


 だったら、何も問題はない。

 俺は考えることをやめて、この日、ずっと二人の好きにさせたのだった。


     ☆


 次の日。

 エリカとカオリのおかげで、前の日に盛大に使った魔力の反動が抜けて、俺はすっかり元気になった。


 朝起きて、さて今日は庭にでてゴロゴロしようか、なんて思ったその時。


 仕事の休憩中っぽい、メイド達の世間話の現場に遭遇した。


「ねえねえ、昨日のあれ見た?」

「みたみた、すごいよね」

「魔王様とカランバの女王様だよね」

「あの二人がかいがいしくヘルメス様に仕えててさ。まるでメイドの様に」

「それを普通にうけるヘルメス様、やっぱりすごいよね」

「うん、本職の私達の出番無かったけど、しょうがないよねあの二人じゃ」

「……」


 えっ……あっ。

 そう……なっちゃうわけ?


 俺はがっくりきた。

 何もしてないのに、本当に本当に何もしてないのに。


 俺の評価が、またしてもあがっちゃったのだった。

面白かった

続きも楽しみ


とか思いましたら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!

何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 仔を狩るのは外道
[一言] >出張んなかった そりゃあんな連中相手に出張れる訳ねえわなw
[一言] 地球だと人魚の生の肝が不老になったりする伝承あるけどドラゴンの生の肝とか大丈夫なのかな?
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