表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/167

117.悲劇の喜劇(前編)

 あくる日の執務室。


 執務室に入って、当主の席に着く俺。

 さあ執務開始、と思ったらいつもと様子が違うことに気がついた。


 家臣団じゃなくて、ミミスが一人で立っている。

 しかもそのミミスが、いつになく真剣な――いや深刻な表情をしている。


 いつもは渋い顔だがそれは真剣みが強いだけで、こんなに深刻って顔じゃない。

 それに……何ももってない。

 普段は大量に報告用の書類を持っているのに、今日は何も持ってない。

 他の家臣達も一人もいない。


 ……なにがあったんだ?


「どうしたミミス」

「緊急事態です、ご当主様」

「緊急事態?」


 頭がシャキッとした。

 どうやら、今日はのんびり構えて「よしなに」だけ言ってればいいって状況じゃなさそうだ。


 ミミスがここまで深刻で、かつ「緊急事態」ってストレートに口にするって事は。

 面倒臭い、っていってられるような事態も越えているのかもしれない。


 ……まさか。


「また隕石が落ちたのか?」


 真っ先に、俺はそれを思いついた。

 俺が当主になったきっかけ、その後もずっと俺に取り憑いている、謎の隕石落下。


 それがまたどこかで起きたのか? と思った。


「いいえ、そうではありません」


 ミミスはきっぱり否定した。


「もっと緊急事態です」

「どういうことだ?」

「アクリスの異常繁殖が確認されました」

「アクリス……? なんか聞いたことがあるな。なんだっけ」


 俺が聞くと、ミミスは手をあげて合図を送った。

 すると、一人のメイドがワゴンを押して執務室に入ってきた。

 普段は執務中にここには立ち入らないメイド。

 ミミスがあらかじめ待機させたんだろう。


 そのメイドが押してきたワゴンの上に、白い皿があって、皿の上にパラパラと黒い豆粒のようなものがあった。


「こちらです」

「それは?」

「これがアクリスでございます」

「ふむ」


 俺は立ち上がって、ワゴンに近づいた。

 近くよるとはっきり分かる。

 黒い豆粒のように見えたのは、ゴマくらいの大きさの虫だった。


 虫は皿の上でうごめいている。


「これがどうしたって?」

「異常繁殖でございます」

「異常繁殖って、どれくらいだ?」

「数カ所の被害が出ている村や町からの報告は全て同じものでした」

「ん?」


 ミミスの深刻さに、俺も引っ張られた。

 直後、更に驚かされることになる。


「空が消えた、と」

「空が消えた……まさか」


 俺はハッとした、ミミスは頷いた。


「はい、大量に発生して、空が見えなくなるほどの数になった、ということでございます」

「うわぁ……」


 それはまずい、と思った。


「まずいな、そんなに繁殖されると」

「はい。下手をすれば……国が滅びます」

「どういう事だ?」


 俺が何も知らないと分かると、ミミスは説明モードに入った。


「このアクリスの真の恐ろしさは数ではありません。いいえ、数も驚異なのですが」

「まさか、人間を食ったりするのか」

「いいえ、このアクリスは肉はおろか、野菜――草木も食べません」

「じゃあなにが恐ろしいんだ?」

「真に恐ろしいのは――これが水を摂取する事です」

「水を?」

「はい、水を摂取し、それだけで繁殖できます」

「水か」

「はい、水のみです」

「水のみか……って水?」

「はい」


 ミミスははっきりと頷いた。


「その数で」


 もう一度、はっきりと頷くミミス。


 俺は驚愕した。


 複数の村や町で報告されるほどの、「空が消えた」ほどの数。

 それが一斉に、水を摂取して繁殖する。


 それは……ヤバすぎる。


 川とか池とか、水が根こそぎ持ってかれるぞ。


「なんでまた……」

「わかりません」


 ミミスは静かに首を横に振った。


「アクリスは通常時から自然に存在していますが、蠅や蚊と大差ない数で、かつこの図体なのでなにも起きませんが、何かの拍子で異常繁殖します」

「……」

「そうなると大変です、これが通った後は水分が根こそぎ奪われます。既にいくつかの村は砂漠化しているとの報告も」

「砂漠化!?」


 俺の予想した物以上にヤバい感じだった。


「はい、土の中の水分も根こそぎ奪っていきますので。動植物からは奪えないので、それが逆に真綿で首をじわじわ絞めるような事に」

「それはヤバいな」

「如何いたしますかご当主様」


 前提となる報告が終わって、ミミスは俺に聞いた。


「どうすればいい?」


 俺はそのままミミスに投げ返した。


 今はこうするしかない。

 俺はアクリスについてほとんど何も知らない。

 説明を受けても、実態は俺の想像を遙か上を行っていた。


 この状態でなにか決断をするのはよくない。


 まずは情報を。

 徹底的に情報を、と思ってミミスに一旦投げ返した。


「まずは、アクリスの進路の見極め、しかる後にルート上の住民の避難、村や町の放棄」

「放棄?」


 ちょっと驚いた。


「はい、あれは紛れもなく天災。どうしようもありません」

「退治は?」

「これが『空が消えた』位繁殖し、それが更に複数箇所ともなると、数は少なく見積もっても数千億という域にあるかと……」


 ミミスはため息をついた。

 その先の言葉は口にはしなかったが、よく分かる。


 退治できるようなレベルじゃない、まずは逃げて、「嵐」が去るのをじっと待つしかないんだ、と。


 皿の上に乗っているごま粒のような虫を見た。

 たしかに、これが数千億ってレベルなら――ふつう(、、、)の方法じゃ退治は無理か。


「……わかった、すべて任せる。緊急事態だ、やれることは全部やっておけ」

「かしこまりました」


 ミミスは執務室から退出した。


「……しょうがないな」


 俺はやれやれとため息をついて、立ち上がった。


     ☆


 空から、地上を見下ろした。

 前にも来たことのある草原が、今は真っ黒だ。


 この高度、この距離。

 ここから見ると、もはや黒いじゅうたん、のような何かにしか見えない。


 時々元の草原のように、波打ってうねっているのが、それが黒に染まった大地じゃなく、アクリスの群れである事を主張している。


 黒い集団の最後尾を見た。


 通った後は、草が散乱している。

 草からは水を奪えなかった。

 しかし草原の土からは根こそぎ水分を奪っていった。


 その結果、草原の至る所が掘り返されたような形になって、掘り返した所は例外なく砂地に変わり果てている。


「ヤバいどころじゃないな」


 空の上で、俺は独りごちた。

 実際に自分の目で確認してよく分かる。


 これは――放っておいていい物じゃない。


 すぅ……と息を深く吸い込んで、俺は魔法を唱えた。

 詠唱つきの、広範囲を焼く大魔法だ。


 あのスライムロードすら焼き尽くした炎の魔法は、アクリスの集団を飲み込んで、完全に焼き尽くして消滅させた。


 黒いじゅうたんの上に、煙草を落としたかのように穴が空いた。


 しかし――。


「再生に見えるぞちくしょう」


 思わず悪態を吐いてしまうほどの事態がおきた。


 焼き尽くして穴を開けたアクリスの集団は、すぐさま再生をしたかのように、またびっしりとアクリスで埋め尽くされた。


 繁殖しているのか、それとも単に数が多くて「列を作り直した」だけなのか。


「……両方か」


 眼をこらすと、はっきりと増えているのが見えた。

 土の中から水を摂取しただけで繁殖しているようだ。


 これは、放っておけばおくほど、大事になってしまう。


「ちまちまやっててもしょうがない――いくぞ」


 カッと目を見開き、魔力を高める。


 スライムロードを焼き尽くした時の100倍に及ぶ範囲の炎の魔法で、アクリスを焼いた。


 炎の竜巻がアクリスの集団を飲み込んだ。

 飲み込んで、焼き尽くしたあと、黒いじゅうたんは再び再生したような光景をするが――。


「ふう、ちゃんと薄まっているな」


 空から見下ろしたら、真っ黒じゃなくて、少しは地面が見えるように、まばらになった。


 数は着実に減っている。


 俺は少しほっとした。

 これは要するに、増える以上に減らせばいいって事だ。


 「ことわり」が通じない集団だったら困ったが、そういうことならどうとでもなる。


「ちゃちゃっとやるか」


 俺は更に、魔力を練って炎の竜巻を放った。

 アクリスを次々と焼いていった。

 焼くごとにアクリスの集団は「薄く」なっていく。

 それだけじゃない。


 ある程度の薄さになると、今度は集団の範囲が縮小されていった。

 着実に数が減ってる。


 それでますますいけると思った俺は、更に数発の炎の竜巻を放った。

 合計十数発放って、スライムロードにかかった数百倍の魔力を使って、アクリスの集団を全滅させた。


「よし、ここは(、、、)これでいっか」


 空から見下ろしながら、額に浮かんだ豆粒大の汗を拭う。


 アクリスが見えなくなったから。


「つぎ」


 そうつぶやいて、俺は報告を受けた、次の場所に飛んでいった。


     ☆


 一通り焼き尽くした後、屋敷に戻ってくる俺。

 リビングの中、夕日の中でぐでっとなった。


 疲れた。

 久しぶりに疲れた。


 こんなに疲れたのは久しぶりだ。

 今日はもう……何もしたくない感じだ。


 だが。


「ここにおられましたか、ご当主様」


 リビングにミミスが飛び込んできた。

 彼が執務室じゃなくて、パーソナルなスペースにやってくるのはものすごく珍しいこと。


 俺はソファーの上でぐでっとなったまま、聞いた。


「んあ? どうした……」

「大変な事がおきました」

「また?」

「アクリスの件でございます」

「ああ……消えたんだろ、謎の現象で。それは――」

「いいえ、それから再発生したとの報告が」

「なんだと!?」


 俺は体を起こした。

 ソファーに倒れていたのが起き上がって、ミミスをじっと見つめた。


「状況を追いかけさせている物の報告によれば、原因不明の熱風に次々と飲み込まれましたが、数匹が残っていたようで、そこから倍々ゲームのごとく再生したとのことです」

「なに!?」

「しかも、今度は水を必要としないようです。見ていた者がいうには、まるで進化したようだ、と」

「……種の存亡危機に追い込まれて進化した、ってことか?」

「おそらくは」

「くっ」


     ☆


 夕暮れの中、俺はさっきの草原に飛んできた。


 見下ろした先は、アクリスの集団がある。

 びっしりと、まるで黒いじゅうたんのように再生している。


 夕暮れに照らし出されるそれは、真っ昼間とは違った不気味さを醸し出していた。


「本当に再生してる……」


 俺はげんなりした。

 空から見下ろしただけで、全滅だと思ったのがまずかったみたいだ。


 ちゃんと、全滅させないとダメだったんだ。


「これは疲れるからいやなんだが――しょうがないか」


 目を閉じて、詠唱する。


 昼間、集団を焼き尽くしたのと同じくらいの魔力を使って、一粒の黒い玉を産み出した。

 高い魔力を凝縮させてつくった弾を、アクリスに投げる。


 その弾は一匹のアクリスに当った。

 飲み込んで、弾が二つに増えた。


 二つのが弾がそれぞれまたアクリスに当って、飲み込んだ。

 そして、それぞれ分裂して、四つになった。


 それが次々とアクリスを飲み込んで、次々と増えていく。


 途中で爆発的に増えていき、瞬く間にアクリスを全滅させた。


 俺は地上におりた。

 増殖した黒い玉が、飲める物がなくなって次々に破裂していく中、目を皿のようにしてまわりを見回す。


 今度はちゃんと、アクリスが全滅したのを確認してから、次のポイントに飛んでいった。


 この日、あっちこっちに飛んで「ぶらっくほーる」を使って回った俺は。


 人生で、一番疲れる一日になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 誰かにとっては悲劇でも、別の誰かにとっては喜劇だったり、さらに別の誰かにとっては不条理劇カモシレナイ…(微笑)油断大敵、火がボーボー(苦笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ