114.能ある鷹は爪を隠せない
青い空、白い雲の下。
俺は庭にビーチチェアを出して、その上に寝そべってだらだらしていた。
体を撫でる丁度いい風、ゆっくり流れる雲に交互にやってくる日向と日陰。
だらだらするのに最適な天気だ。
そんな風にくつろいでいる俺の横で、エリカがべたべたくっついてくる。
べたべたというより、ゴロゴロっていった方がいいかもしれない。
機嫌の良いときの猫のように、俺に触れながらゴロゴロしてる。
エリカの「これ」にもすっかり慣れてしまって、その上最高にだらけるのに適した天気だから、俺は突っ込むのも面倒臭くなって、彼女の好きな様にさせた。
しばらく無言で、スキンシップのみが存在する中でだらけていると、不意にエリカが口を開いた。
「ねえねえダーリン」
「んあ? なんだ?」
「ダーリンって、アイギナの国王との事、いつ公表するの?」
「国王との事?」
なんの話だ?
「義賊団の事」
「な、なんの話だ!?」
だらけきった空気から一変、俺は盛大に動揺した。
思わず体を起こしかけたが、エリカにゴロゴロされていて、実質体を押さえつけられているような形になっていた。
「あはは、隠さなくてもいいよー」
「い、いやいやいやいや」
俺は盛大に動揺した。
一度動揺してから、後悔する。
こんな反応をしてしまったら、答え合わせしているようなもんじゃないか、と。
俺はすっかり上がってしまった心拍数を、心臓のリズムを無理矢理戻して、エリカに聞き返した。
「何の事だ?」
「あはは、ダーリンってば、もう隠さなくていいよ」
エリカはケラケラと笑った。
「この世ってね、三人以上が知っている事はいくらでも調べがつくものなんだよ」
「むっ」
俺は眉をひそめた。
三人以上――っていうのがどういう理屈なのか分からないけど、そういう話がはっきりと存在する、というのがエリカの口調からわかった。
同時に、エリカがただのカマカケとかじゃなくて、はっきりと確信していて、その上で聞いてきてる事を理解した。
俺ははあ、とため息をついた。
「誰かに話したか? それ」
「ううん」
エリカは首を振った。
振った後に、ちょこんとあごを俺の胸板の上に載せてきた。
その仕草が可愛かった、この話をしている時じゃなかったら、好きにさせてのんびりと眺めているのも悪くない――って思えるような可愛らしい仕草だった。
だが、今はそうしてる場合じゃない。
エリカは首を振ったが、それでも俺はまだ落ち着かなかった。
「本当か?」
「本当だよ。だからいまダーリンに聞いてるじゃない。いつ公表するのかって」
「むむむ……」
なるほど、確かにそういう話なのか。
それを聞いて、俺はちょっとほっとした。
まだ話していないのなら――。
「あっでも、国王の師匠ってのはもうばらしちゃってるのかも」
「なんでさー!」
俺は悲鳴のような声を上げた。
いや、悲鳴そのものなのかもしれない。
「え? ダメだったの?」
「ダメだよ」
「どうして?」
「どうしてって……」
「だって、ダーリンの御先祖様も、その時の女王の師匠だったし。そういう話はよくあるし。普通の事だよ」
「むむむ」
本日二回目のむむむ。
確かに、エリカのいうとおりかもしれない。
カノー家は初代が当時の女王の剣の師匠だという事で、男爵位を授けられた。
それだけじゃない、国王と言えど人間だ。
その上、国を治めるためには高い能力を必要とするから、普通の人間よりも学ぶことが多くて、いわゆる「先生」や「師匠」となる存在が多い。
剣の師匠、ということならまったく隠す必要はない。
ないんだが。
「そういうことじゃなくてな」
俺はがっくりした。
例え普通の事でも、それは注目をされる。
俺は、注目されて、能力があるってバレるのがいやなんだ。
俺ははあ、と小さくため息をついて。
「そもそも、なんでばらしちゃうんだよ」
「ダーリンがすごいってみんなに教えたかったの。すごい人の上にいる、ってのは民にわかりやすい『すごい』でしょ」
「まったくもってそうだよ!」
俺はやけくそ気味にいった。
それはエリカの言うとおりだ。
大衆はわかりやすいのを「すごい」って思う傾向がある。
ものすごい業績を積んだ人でも、その業績を理解されないとすごいって思われない。
どうしても理解してもらうには、大衆がわかりやすい様にデチューンする必要がある。
そういう意味では、「すごい人の師匠」というのはものすごくわかりやすい典型例だ。
エリカがそうしたことで、たぶん、また俺の評価が上がってしまったんだろうな……とちょっとがっくりきた。
とはいえ今更どうしようもないことである。
俺は諦めて。
「これからはあまりそういうのやめてくれ。広げるとか、宣伝するとか」
「どうして?」
「のんびりしたいから」
「うーん、わかった。ダーリンがそう言うのならそうする」
エリカは素直に頷いた。
本当に分かってくれたのかちょっと怪しい所もあるが、信じることにした。
天気がいいから、それに、顔を乗せてくるエリカも可愛いのは可愛い。
俺は気分を切り替えて、再びくつろぎモードに入った。
しばらくして、メイドが一人やってくる。
「ご主人様。リナ様がおいでです」
やってきた若いメイドがそう言った。
「リナが?」
「はい。どういたしますか?」
「ふむ……ここであおう。悪いがエリカ」
俺は顔をエリカの方に向けた。
「ちょっとはずしてくれないか」
「ぷぅー」
顔が膨れるエリカ。それも可愛かった。
「分かった。でも、後でまた可愛がってねダーリン」
いや今までも可愛がった覚えはないけど……やめとこ、話がブレる。
「わかった」
俺が素直に応じると、エリカは立ち上がって、満足した表情と足取りで立ち去った。
「呼んでくれ」
メイドにいった。
メイドは立ち去って、しばらくしてリナがやってきた。
俺はビーチチェアから体を起こして、両足を地面につけて座って、リナの方を向いた。
リナは俺を見るなり、しずしずと一揖した。
「お久しぶりです、先生」
「ああ、久しぶり。なんかあったのか?」
「二つあります」
ふむ。
「まずは久しぶりに先生の指導を」
「そうか。じゃあ、こい」
俺はたちあがって、剣を抜いた。
もうひとつの事が気になるが、自分ならともかく、相手もいる事は一つ一つでしか解決できないんだ。
まずは一つ目を解決していくことにした。
リナは剣を抜き、一礼してから、俺に斬りかかってきた。
実践に近い形で、彼女の腕前の上達をチェックする。
……うん、よく練習している。
普段から真面目にやっているのがよく分かる。
いくつかしかけて様子をみた。
その対処も完璧だ。
人間、予想外のこととなる動きが崩れていく物だ。
どんな事でも、練習している時は決まった動きができるけど、予想外の事態になったときはなかなかそうは行かない。
それができるのは、反復の練習とか鍛錬とかで体に覚え込ませていることだけ。
それをリナはできた。
「うん」
一通りチェックが終わって、俺は頷き、一歩下がった。
リナも剣を納めて、聞いてきた。
「どうですか、先生」
「いい感じだ。今まで教えたの、全部マスターしてる感じだな」
「ありがとうございます」
「これも教えてやる」
俺は持ったままの剣を振るった。
ゆっくりと、わかりやすくして、新しい型をリナに教えてやった。
リナは目を皿の様にして、俺の動きを見つめた。
一通り型の実演が終わったところで、俺は剣を鞘に収めて、聞く。
「どうだ?」
「ありがとうございます! 頑張って覚えます!」
「うん。で、二つ目――」
「ダーリンのばか――」
「ぶほっ!」
まったく無防備な所に、横合いからエリカにタックルされた。
彼女が登場するときにいつもやる、タックル気味の抱きつき。
それにやられて、二人一緒に地面に倒れ込んだ。
「いててて……ど、どうしたんだ?」
タックルで俺を押し倒したエリカは、抱きついたまま、恨めしげな目を上目遣いでむけてくる。
「ダーリンのばか、エリカの前で他の女とイチャイチャしないで」
「いちゃいちゃって、今のは剣を教えてただけだろ?」
どこをどう見たらいちゃいちゃに見えるんだ?
「イチャイチャだよ! ダーリンすごく親身になって、この子をひいきしてた!」
「それは……まあ」
親身とかひいきとかっていわれるとそうなのかもしれない。
だって弟子だし。
真面目で、健気にも教えたものをちゃんと身につけている弟子がいれば、そりゃひいきもするってもんだ。
「エリカにもひいきして! じゃなきゃ泣いちゃうから!」
「分かった分かった。後でな」
「本当?」
「ああ、今は話の途中だから、一旦もどってくれ」
「じゃあ指切り」
「はいはい、指切りな」
エリカにせがまれて、小指を結び合わせた。
それで満足したのか、エリカは再び立ち去った。
またタックルで乱入されないように、気をつけようと思った。
「ふぅ……」
「先生、今のは?」
「え? ああ、うん」
リナに振り向く、案の定、彼女は戸惑っている顔をしている。
さて、どうしたもんか。
ふと、さっきのエリカの言葉を思い出した。
カランバ女王エリカ・リカ・カランバ。
そんな彼女と仲がいい――それどころか侍らしている、っていってもいいくらいの関係性。
それを知られると、わかりやすく評価が上がってしまう。
それは……よくない。
幸い、リナはまだ分かってないようだ。
だったら――。
「最近仲がいい子だ」
「そう、ですか」
リナは微かにうつむき、思案顔になった。
……うん?
なんで、今のでそんな深刻な思案顔になる?
気になって、素直に聞くことにした。
「どうしたんだリナ、そんな顔をして」
「能ある鷹は爪を隠すっていいます、先生」
「ん? ああ、最初に会った時もいってたなそれ」
よほどその言葉が好きなのか――と、見当外れな事を思ってしまった。
「カランバ女王にそこまでベタ惚れにされてるのにひけらかさないとは。さすがだ」
「……え?」
なん、だって?
今リナ、なんて言った
「し、知ってたのか彼女の正体を」
「はい、会ったことありますし」
「……あっ」
そりゃそうだ。
リナはアイギナの王族、エリカはカランバの女王。
面識があって当然だ。
「今日もそれが本当なのかを聞きにきましたから」
「……あっ」
そうだった、もう一つの用事があったんだった。
エリカの乱入で聞きそびれてしまったけど、リナは最初からそう言ってた。
って……事は。
「さすが先生です」
「おっふ」
やっぱりこうなった。
リナの中で、俺の評価が不必要に上がってしまったのだった。
面白かった
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