109.想定内の戦い
ピンドス郊外、俺は連合軍と向き合っていた。
向こうは魔王カオリ、それにカランバ王国軍約三千人。
こっちは……俺一人だ。
向こうが先にここに陣取っているところに、俺が単身でやってきた。
俺がついた途端に、カオリがビューン! ととんできた。
「待ってたのだ。甥っ子ちゃん待たせすぎなのだ」
「そうか?」
「でもかまわないのだ。こういうのはミヤモトムサシ戦法だって、お父様が昔に言っていたのだ」
「ミヤモトムサシってどういう意味だ?」
「さあ、わからないのだ」
カオリはいつも通りのカオリだった。
その行動で明らかにちょっと混乱するカランバ軍を放っておいて、俺とこうやって話しているのもいつものカオリ。
訳の分からない、父親とか母親が言ってた事を話してくるのもいつも通りだ。
まあ、でも。
カオリのいう「お父様」って、いつも話に出てくるあの人の事なんだろ?
その男が言ってた戦法ならきっと何かあるんだろう。
それを偶然俺がやってのけた……ということは。
「一つ頼みを聞いてくれ。じゃないとこのまま逃げちゃうからな」
「それは困るのだ! なんなのだ? コモトリアの全部の女を差し出せば良いのだ?」
「いらないよそんなの!」
「いらないのだ? カランバの女王が、男ならみんな大好き、税金の代わりに初夜権の結婚税を取ると甥っ子ちゃん喜ぶっていってたのだ」
「絶対にいらないからそれ!」
いや喜ぶ男もいるだろうけど。
「わかったのだ、コモトリアではしないのだ」
「そうしてくれ」
エリカはまた後で言い聞かせる必要があるな。
「それよりも頼みごとってなんなのだ?」
「そのミナモトムサシ戦法? を、俺がやったことを誰にも言わないでくれ」
「言わない方がいいのだ?」
「ああ。えっと……そう、俺とカオリだけの秘密だ」
「甥っ子ちゃんとの秘密……」
「どうだ?」
「わかったのだ!」
少し考えたあと、カオリはパアァ――と瞳を輝かせた。
よし……ちょろい。
カオリは基本、遊び友達として付き合ってやればこれくらいチョロくなってくれる。
まあ……ガチった場合全然チョロくないけどな。
魔王だし、ン百年の鬱憤を晴らしてる一面もあるし、常に全力でかかってくる。
こっちもかなり真剣にやらないと跡形もなく消し飛びかねない。
「ダーリン!」
カオリとの話が一段落した所に、今度はエリカがやってきた。
姫ドレス姿のエリカも、三千人の兵士を置いて単身でやってきた。
「手加減しないからね、絶対ここを落として、ダーリンとの愛の巣を作るんだから」
「できれば今すぐ撤退してくれると嬉しいんだが」
「それだとエリカ、ダーリンの所にくる正当性がなくなっちゃうからだめ」
「いやこの戦いにも正当性はないでしょうよ……」
俺はそう言ったが、エリカは悪びれなかった。
「でもいいのダーリン? 一人で」
「甥っ子ちゃんは私と戦える位強いのだ、一人でもへっちゃらなのだ」
お前はどっちの味方なんだ、って苦笑いしたくなるくらい、カオリは俺の肩を持ってくれた。
「でもでも、カオリンと戦ってる時に三千の兵を相手にするのは無理なんでしょ?」
カオリン?
「もちろんなのだ。邪魔をしたらエリリンの奴隷もろとも吹っ飛ばすのだ」
エリリン?
えっとキミたち……そんなに仲良くなっちゃったわけ?
「吹っ飛ばさないでよ、邪魔しないから」
「それなら良いのだ」
「あー、えっと。じゃあそろそろ始めよっか」
「うん!」
「わかったのだ!」
二人は応じて、エリカは身を翻して、引き連れてきた兵の元に引き返していった。
それを見たカオリも、「バイバイなのだ」といって、とんで元の場所に戻っていった。
そんな事はないが、二人とも示し合わせたかのように、一旦「スタートライン」に戻った。
俺は空を見上げた。
太陽がやけにまぶしいぜ――と、ちょっとだけやけになった。
直後、ドラがなった。
エリカのカランバ軍から聞こえてきたものだ。
それを合図にカランバ軍が前進を始め、カオリもちょっと遅れて微速前進を始めた。
俺の取り合いにならないように、カオリが初っぱなから控えてくれた。
それがありがたかった。
その「間」を利用して、俺は足元に魔法をぶつけた。
爆発の魔法を大規模で地面にぶつけた。
次の瞬間、俺を中心にした半径100メートルの空間に大規模な砂塵が巻き起こった。
俺の視界もゼロだが――感じる。
カランバ軍の軍気――全軍が前進を停止しているのを感じた。
「カオリは止まらないか」
苦笑いしつつつぶやく。
まあ、カオリにとってこんなの関係ないもんな。
だが、問題ない。
俺はカモフラージュの中で、次のステップに進めた。
前もって用意してきた複数の魔法を同時に発動させた。
そして、砂煙が徐々に晴れる。
それとともに向こうからどよめきが聞こえてきて、砂煙が完全に晴れた頃には、動揺が最高潮に達した。
耳を澄ませて向こうの声を拾ってみると。
「ど、どこから現われたんだあれは?」
「三千人はいるぞ」
「伏兵だったんだ!」
と、カランバ軍は、俺のまわりに作り出したデコイに引っかかってくれた。
それに。
「あの女はだれだ?」
「男がいなくなったぞ?」
「兵士の中に紛れたのか?」
俺の姿にも気づいたらしい。
「あれは……魔王アウラ!?」
もっと気づいたのはやはりというか、エリカだった。
彼女は俺を見て驚愕している。
これが俺のしかけたカモフラージュ。
エリカの変装魔法を応用したものだ。
今の俺のまわりには、触ったら催眠効果が爆発する、魔力の塊を三千人分作った。
その魔力の塊に変装魔法をかけて、人間の兵士に見えるようにした。
そうすることで、兵士達を無力化する算段だ。
そして、俺自身にも変装魔法をかけた。
このために調べてきた、前魔王アウラの格好に変装した。
「何をいっているのだ?」
カオリはエリカ、そしてカランバ軍の動揺に首をかしげた。
エリカが使ってるのをみて覚えたこの魔法は、自分より力が強い人間じゃないと見破れない魔法。
もっと正しく言えば、使った魔力の量より高くなければ見破れない魔法だ。
それを俺は、「人間をちょっと超えたレベル」で自分にかけた。
すると、普通の人間には俺の姿は前魔王アウラに見える、でもカオリには普通に俺に見える。
「一番槍もーらい、なのだ!」
カオリは突進してきて、パンチを放ってきた。
それをガードした俺、衝撃波が巻き起こった。
案の定、騙さなかったカオリは何も考えないで、俺に殴り掛かってきた。
しかし、それを騙したカランバ軍――エリカの目には。
「魔王アウラとカオリンが……ダーリン、前の魔王を召喚したのね」
と勘違いしてくれた。
もともと、俺一人でカオリとカランバ軍を相手にするのは難しいと思っていたエリカだ。
賢い彼女は、俺が前魔王を召喚してカオリ対策にした、と思ってくれた。
そして、三千人の兵士が目撃者になる。
今は「魔王と知らない女」が戦っている様にみえるが。
ドゴーン!
「あはははは、久しぶりのフルパワーなのだ!」
カオリとは真面目に戦った。
ぶつかり合ったエネルギーの余波がカランバ軍の兵士を、まるで嵐の様に揺らがせ、なぎ倒した。
この光景を目撃したカランバ軍の兵士3000人は、最終的に「魔王母娘のケンカ」として証言してくれるはずだ。
俺はカオリと戦った。
エリカは俺を探して捕縛するようにと命じて、カランバ軍を再前進させた。
俺の「兵士」と交戦したカランバ軍は、次々と眠りの魔法にかかった、無力化されていった。
「たーのしー、なのだ!」
このまま行けば、俺は「勝てないから魔王を引っ張ってきた」程度の人間で終わる。
それはそれで大それた所業だが、カオリと3000の兵を単身撃退して上がる名声に比べればずっといい。
だから俺は、慎重にカオリと戦って、この流れを保つように集中した。
そして――空が黒めく。
何かがこの場にいる全員を覆った。
俺は顔を上げた。
空から――隕石が降ってきた。
「想定内!」
俺は剣を抜き放ちながら。
「カオリ! アレは俺達を邪魔するものだ!」
「確かに邪魔なのだ!」
俺はカオリを誘って、「やっぱり」現われた隕石を粉々にした。
そして――