10.手加減できなかった
「隕石?」
謁見の広間。
家臣団の報告を適当に聞き流していると、普段の日常にはほとんど出てこない単語が引っかかって、気になって聞き返した。
俺が口を挟むのは珍しいこと、報告してたミミスもびっくりした顔で、俺の質問に答える。
「はっ。ピンドス郊外の街道に隕石が落ちました。街道は破損、また隕石が塞いでいるため、撤去と復旧の要請が」
「ただの隕石なのか?」
「ただの隕石でございます。魔力など人為的な何かはありませんでした」
「ふーん、隕石か……」
考え込む俺。
聞くだけ聞いて何も指示しない俺にミミスは眉をひそめたが、それでも政務の報告を再開した。
☆
午後になって、俺はピンドスを出た。
隕石が街道を塞いでる、ってのが気になった。
街道というのは言うまでもなく街と街を繋ぐ、整備された高速道路の事だ。
そこに隕石が落ちた。
人間なら回り道をすればいいが、それが出来ない馬車とか馬とかはてきめんに足止めを喰らう。
物流が止まって、街の人々がこまる。
それが実際どうなのか見に行くことにした。
「自力ではやらないぞ」
街道を歩きながら、俺は最低限は――と固く決意した。
最近いつもそうなんだ、何かをして裏目に出ることが多い。
だから見にはいく、必要なら当主として指示はだす、しかし自力ではやらない。
当主としての指示も当たり前の事だけをやろう。
これも最近の傾向だが、隠そうとすると裏目に出る。
「自力で隕石をどかさない、当主としてごくごく当たり前の事をする」
そうつぶやきつつ、街道をすすむ。
途中で旅人が大量に足止め喰らってる茶屋を見た。
ほぼ老人と女子供だ。
体力がありそうな男達は溢れて、茶屋から少し離れた所で休んでる。
こんなに足止め喰らってるって事は、かなりでっかい隕石なのかもしれないな。
どれほどのものかと思いつつ、更に進むと――
「あれ?」
現場に到着した俺は目の前の光景に驚いた。
隕石はあった、それもかなり大きい――かった。
過去形だ。
街道を完全に塞ぐ平屋一軒分はあろうかという隕石が、木っ端微塵になっている。
そのかけらを人夫――カノー家が雇ったらしき労働者が撤去作業をしている。
完全に撤去するのはまだ先の事だろうが、既に荷馬車一台分は通れる程度のスペースが作り出された。
気になってきてみたら肩すかしだった。
しかし、なんで粉々なんだ?
それも気になって、近づいて見る。
すると、
「すごい太刀筋だなあ……」
思わず、感嘆の言葉が口をついて出た。
近づいて見るとよく分かる。
隕石――つまり大岩は、打撃で砕かれたのではなく、無数の斬撃によってばらばらにされたのだ。
「よく分かるね」
俺のつぶやきを拾った労働者の一人が感心した顔で言ってきた。
げっ、やぶ蛇だ。
「これ、剣聖ペルセウス様がやってくれたんだ。運が良かったぜ、剣聖様が偶然ピンドスの近くにいてさ。じゃなかったらこれをどかすのに何日かかったことか」
労働者は見たものを自慢する口調で言ってきた。
どうやら俺の事を知らないようだが、これ以上関わるとどこかでボロが出そう。
俺は無言で身を翻し、来た道を引き返して行った。
「なんだよ、せっかく人が親切で教えてやってるのに」
労働者は不満そうにいって、岩の撤去作業に戻った。
引き返しながら、肩越しに振り返ってちらっと見る。
あの様子なら順次開通、明日にでも通常通りに戻るだろう。
ならばよし。
当主として当たり前の事もしなくていい。
何かをするとそれだけ裏目る可能性が高いからな。
必要がないのならそれに越したことはない。
「――♪」
気分が良くなって、鼻歌を歌い出した。
途中ですれ違った、道ばたで休んでる旅人がそんな俺を見て。
「おっ? もしかして道が開通したのか」
と、聞いてきて、俺は「ああ、もう通れるぜ」と答えてやった。
上機嫌のまま、さっき通り過ぎた茶屋が見えてきた。
まだ旅人があふれているそこで。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ」
「へっへっへ、ちょろっとだけ、ちょろっとだけで良いのじゃ」
茶屋の若い女店員を、杖のついたよぼよぼのじいさんがセクハラしていた。
震える手で尻を撫でる、女はそれを嫌がってる。
周りの人間はみんなものすごく困った顔で見てるが、止めようとする者は現われない。
「……」
さっきまでのいい気分が吹っ飛んだ。
俺はセクハラの現場に近づき。
「おいやめろよ」
「んん? なんじゃ男か。男に用はないのじゃ」
「じいさんセクハラするなら家で奥さんにやってくれ」
「へっへっへ、この尻安産型じゃのう、わしの息子の弟妹を産んでくれんか」
「おいやめろよ」
露骨なんだかまわりくどいんだか分からない口説き文句を吐くじいさんを止めようと手を伸ばした。
背筋が凍った。爆発的な殺気が肌に突き刺さった。
「――っ!」
次の瞬間、周りがシーン、となった。
じいさんが空中で縦に三回転して、顔から地面につっこんで泡を吹いていた。
「しまった! 強すぎたから手加減出来なかった! おい、大丈夫かじいさん」
しゃがんでじいさんの肩を揺する。
じいさんは俺のカウンターを、殺気に反応して本能的にだしたカウンターを喰らって、完璧に伸びている。
命に別状はないようだが……。
「おい……なんだいまのは」
「気がついたらジジイが地面に顔突っ込んでたぞ」
周りがざわざわしだした。
……はっ、これはまずい!?
まずいと思った次の瞬間、更にまずかった。
「あの男何者なんだ? 剣聖ペルセウス様を一撃で」
「剣聖!?」
驚く俺、伸びてるじいさんを凝視する。
そして、今更ながら気づく。
殺気が強すぎてそっちは気づかなかったが、じいさんの杖はちょっとだけ抜かれてて刃が見える。
仕込み杖だった。
「剣聖?」
「剣聖ってあの?」
「そう、あの」
ざわめきが広がる。
同時に、俺にいろんな視線が向けられてくる。
驚きと……尊敬。
しかも尊敬とかそういうのは水面の波紋のように広がっていく。
また……やっちまったのか?