106.女王のスパムメール
「陛下の代行である、ヘルメス・カノー、包み隠さず正直に答えよ」
「はっ」
屋敷の広間、俺はやってきたリナの前でひざまづいていた。
リナは監察官の服装をしていて、その背後には何人もの貴族の服飾を纏った、おそらくは目付役の人間がくっついている。
これが正式の場で、リナの口調はいつになく真剣だった。
「カランバの女王と魔王が手を組み、カノー領のみを攻撃すると伝達がきた。何が起きたのか答えよ」
「陛下に申し上げます」
俺は跪き、頭を下げたまま答えた。
今のリナは国王陛下の代行だ。
つまり目の前にいる彼女は国王も同然で、ちゃんと応対をしなければならない。
ちなみに、広間の中には、リナと一緒に来た者達や、こっち側の人間、ミミスら家臣団もいるが、リナが国王代行として俺に質問している間は、他の誰も口を挟んではいけない、それをやってしまうと不敬罪になってしまう。
だからか、全員が真剣な顔で俺の答えを聞いていた。
「カランバ女王とひょんなことから親交ができました。先だっての魔王と、似たようないきさつでございます。私を手に入れたいという一点で、カランバ女王と魔王は意気投合してしまい、手を結んだのだと思われます」
「魔王に接触したのはどっちからだ」
「どっちからでもなく、魔王がカノー領に進入したときに遭遇し、その場で意気投合しました」
俺の答えに、リナは微かに頷いた。
「各々方、今の話を聞かれたか」
「ええ、まあ、あの魔王らしいというか」
「カランバ殿下もですな。目的のためには手段を選ばない。即位したときと一緒です」
目付役の貴族達は納得したようだ。
今ので納得していいのか、と思ったのだが。
「魔王が絡んでいる以上、そっとしておくほかありますまい」
「そうですな、幸い、あの魔王は他の人間に手をだしませぬ。それはここ数百年破られてこなかった絶対的な取り決め」
「此度も、カノー卿になんとかして頂くよう、陛下に進言しようではありませんか」
「「「異議無し」」」
俺とリナのもそうだが、目付役の貴族達も、なんだか芝居がかった言い方だった。
それで話がまとまって、貴族達が広間から退出した。
カノー家よりも格式の高い貴族がごろごろいたから、ミミスは慌てて追いかけて外にでて、メイド達を指揮して接待をさせた。
そうして、部屋の中には俺とリナの二人だけが残った。
俺は「ふぅ」と立ち上がって、膝を軽く払った。
「お疲れ様です、師匠」
リナは口調を変えて、ねぎらってきた。
「ありがとう」
「それで、ここからが陛下からの伝言です」
伝言。
さっきの代行としての言葉じゃなく、同じ弟子同士の伝言、というニュアンスでリナが続けた。
「魔王の事はしょうがない、あれとは如何なる条約も約束事もできない、気ままに生きる世界最強の生物。先生はあまり気になさらず――と」
「ありがとう、助かるよ」
「先生はどう思っていらっしゃるか? 必要ならピンドスに親衛軍を送るが――」
「それはやめてくれ、話が大きくなりすぎる」
俺はリナの言葉を遮るような形で断った。
それに対して、リナはふっと笑った。
「陛下は、先生はきっとそうおっしゃる、とおっしゃってました」
「読まれてるな、ありがたいけど」
そういう伝言なら、国王陛下は納得して、この一件には傍観の立場を取ってくれるだろう。
アイギナ軍が正式に援軍をよこしてくるのが一番怖かった。
エリカとカオリだけなら脳みそを振り絞って秘密裏に話をまとめることは可能だが、アイギナの正規軍が援軍として来てしまうと、それは途端にカランバ・コモトリア対アイギナの「戦争」になってしまう。
それを引き起こしたのは俺だ――と、間違いなく歴史にも名前が残ってしまう。
そんな目立ち方はいやだ。
「しかし師匠、大変でしたね。あのカランバ女王に目をつけられるなんて」
「知っているのか? 彼女の事を」
「有名人ですから」
「まあ、女王だしな」
「そうですが、それだけではありません」
「うん?」
どういう事だ? と小首を傾げてリナに聞き返す。
「師匠こそ? あの方のことをどこまでご存じか?」
「えっと……」
「即位前後の出来事などは?」
「知らないな、それは」
リナは「なるほど」と頷いた。
「エリカ・リカ・カランバ。一言でいえばリカマニアです」
「リカマニア? このリカって、大昔の女王の方のリカか?」
「はい。あまりにもそのリカ一世に心酔しすぎて、王女時代は『聖女王派』なる派閥を作りました」
「へえ、可愛いことをするな」
「その聖女王派として、敵対の派閥全てに踏み絵を強いて、最終的には兄弟姉妹を全て処断して、王位に就きました」
「全然可愛くなかった!! 怖いよ何してんの!?」
「ちなみに、その時の彼女はわずか12歳」
「何してんの子供!?」
リナの口から聞かされた、エリカの過去はものすごかった。
「彼女を知れば知るほど、行動原理が一貫していることに驚きつつも納得します。全てが崇拝するリカ一世を真似てそれに近づくため、です。そのためには手段を選びません、ありとあらゆる事をしてきます」
「なるほどなあ、だからリカマニアか」
確かに、俺と一緒にいたときも、ことあるごとにリカ女王の話をしてたっけ。
薔薇の園とか、その辺の話を嬉々として話してた。
「そのカランバ女王が、これほど一人の男に入れ込むなんて……師匠はすごいです」
「やめてくれ、こっちは困ってるんだ」
「でも、良いのですか?」
「なにが?」
「今こうしているの。師匠はカランバ女王と魔王の同盟に対して何も動いていないようですが」
「ああ、それか」
俺は小さく頷いた。
「何もしない方がいいって思ったんだ。下手にこっちから何かしようとしたら話が大きくなる……これまでの経験で間違いなくそうだ」
「はあ……」
「向こうからきたら粛々と対処する。例えばカオリとは一騎打ちでもすればなんとか誤魔化せる。エリカは……まあその時その時だ。そのほうが、一番被害というか、話を小さく抑えられそうなんだ」
「そうですが……」
俺の答えに、てっきりリナは納得するものだと思っていたが、彼女は渋い……いや、何か思い悩んでいるような、そんな顔をした。
「どうした?」
「いえ、先ほどもいいましたけど、カランバ女王は目的のために手段を選ばない女――」
言いかけのリナ、その彼女の前に光が溢れた。
何もない空中が急に光り出して、その後に一通の手紙が、封筒ごと彼女の前でぐるぐると回っていた。
「これは……」
「転送魔法……? この魔力、カオリ!?」
「魔王ですか?」
リナも驚く。
俺は目の前でぐるぐるしている封筒を見つめた。
やっぱりそうだ、カオリの魔力を強く帯びている。
「魔王が師匠に手紙を、ですか?」
「いや、これはリナにだ」
「え? 私に?」
「ああ、そういう魔法だ」
普通の手紙に宛名と差出人が書いてるのと同じように、目の前の封筒も、魔力からカオリがリナ宛に送ってきたものなのが分かる。
「なぜ、私に……どうしましょう師匠」
「とりあえず手紙自体に害はない。というか、カオリは人間に害を及ぼすことは出来ない」
「あっ、そうでしたね」
カオリの母親、先代魔王が課したルールの事は結構有名で、リナは俺にいわれてすぐにその事を思い出した。
「では、見てみます」
リナは封筒を手に取って、危険は無いと分かってても慎重に開けて、中身を取り出して開いた。
そして、ゆっくりと文面に目を通す。
最後まで読みきったのを待ってから、彼女に聞く。
「どんなんだ?」
「師匠……」
「どうした」
「これは……カランバ女王からのものです」
「へ?」
「おそらく、カランバ女王が魔王にさせたのだと思います」
「はあ……で、内容は?」
「はい、簡単にいうと、審査の結果お前は選ばれた、栄えある薔薇の園にはいり、一緒にダーリンに尽くしなさい――とのことです」
「何やってんだあいつは」
俺は苦笑いした。
薔薇の園、カランバ女王が好きな男に丸ごと献上するための、女王のハーレム。
その女王のハーレムに、エリカはリナを勧誘していた。
カオリの魔力を感じた瞬間、魔王の力をつかって何をされるんだ? って身構えたけど、想像より遙かに慎ましくてちょっと笑えてきた。
「いいのですか? 師匠」
「へ? なにが?」
「いえ、この手紙ですが……」
リナはいいにくそうにした。
どういう事だ?
「文面からしておそらく……全世界の、基準に達した女に送られてます」
「……へ?」
「カランバ女王は、全世界に向かって、師匠のハーレムを募ってます」
「なにやってんのおおおおお!?」
声が裏返った、絶叫が響いた。
事態を大きくさせないためにエリカを野放しにしていたら、世界規模の話に発展してしまっていた。