104.二国同盟
「甥っ子ちゃーん、あーそーぶーのーだー」
大地が揺れ、空が割れた。
声が届く前からものすごいプレッシャーが迫ってきて、庭でくつろいでいた俺はパッと剣を抜いて受け止めた。
黒い剣と、カオリの細い腕がぶつかり合って、大地が揺れ空が割れるほどの衝撃波をまきちらした。
そのままつばぜり合いをするーが。
カオリは黒い剣を見て驚いた。
「おいっこちゃんそれはなんなのだ?」
「え? ああ……これか」
疑問を呈しててもまったく手は抜いていない。
少しでも気を抜けば俺ごと屋敷を消し飛ばすほどの力と競り合いながら、答える。
「この前ちょっと。えっと、先祖の魂? からもらった」
「あの人からなのだ? なるほどなのだ」
「しってるのか?」
「お父様が認めた、『人類最強の女』なのだ」
「すごいな初代!」
そんな風に言われてたのか。
つばぜり合いでカオリを一旦押し戻す、するとゴム紐のついたボールの様に、勢いが伸びきってから、カオリはそれ以上の速度でまたとんできた。
ガキーン、ガキーン、と、何度も何度もぶつかり合いながら、俺はちょっとため息をついた。
「しかし、人類最強の女って言い過ぎだろ。普通に考えてそれはカオリの母親なんじゃないのか? 魔王だし」
「魔王は人類じゃないのだ」
「そういうことかよ! ってすごいなあ!!」
人類最強の意味と、その本気さを理解して、ますます大声で突っ込んだ。
カオリの母親、前代魔王も含めた最強とかだったら「はいはいそうだね」ってレベルの感想だったけど、魔王は人類じゃない、それを除外した人類最強という話なら、重みが一気に増してくる。
本当に、「人類」の「女」で最強だって事か。
これまでも色々初代の武勇伝を聞いてきたけど、今のが一番すごいって思った。
「それよりも、この剣の事を知ってるみたいだけど」
「うん、お姉様にそっくりなのだ。もちろん違うのだ、お姉様はお父様にしか使えないのだ」
「待て待て待て、話が分からない」
こめかみを押さえたいほどの衝動に駆られる中、カオリの細腕と切り結ぶ。
放ってきた黒炎の弾を切り払う。
「お姉さんにそっくりってどういう事だ?」
「お姉様は魔剣なのだ」
「どういう姉妹なの!?」
いやまあ……そんなにおかしくもないのか。
姉:魔剣
妹:魔王
……うーん、まあ、あり……なのかな。
「とんでもない姉妹だな」
「甥っ子ちゃんの御先祖の子供も兄弟なのだ。同じ血を受け継いでるのだ」
「うーわー……なんかコメントしづらい」
一通りバトって、半径二十メートルを軽く焦土にしたあと、カオリは満足げに矛を収めてくれた。
「ありがとうなのだ。やっぱり甥っ子ちゃんと戦うのは気持ちいいのだ」
「それはもう諦めたけど、今度からはやるとき先に言ってからにしてくれ」
「いったのだ。甥っ子ちゃん遊ぶのだっていったのだ」
「せめて一発目音速を超えないで!?」
確かにカオリはそれを言った。
しかし自分の声を追い抜くほどの超速度で襲撃してきたから意味がなかった。
「甥っ子ちゃん困る?」
「困る」
「甥っ子ちゃんを困らせるのはよくないのだ」
「ああ、だから」
「だが断るのだ」
「希望を持たせる言い回しはやめて!?」
盛大に突っ込んだ俺。
このツッコミも意味ないんだろうな、と思いつつ、諦めることにした。
今の戦いで焦土にした庭は、カオリが呼び出した下僕達によって、あっという間に修復された。
魔王の下僕、1000番台まで番号が振り分けられている者達。
今のところ五人くらい? としか会っていないが、どれもこれもその道のエキスパートたちだ。
向こう十年は不毛の大地になるであろう戦いの跡も、瞬く間に修復されていった。
「にしても魔剣でお姉様とか、子供の頃修行をつけてくれたあの子のことを思い出す――」
「ダーリン!!!」
「うおっ!」
後ろから、タックル気味で腰に抱きつかれた。
カオリとちがってか弱いから察知しにくいそれに抱きつかれて、俺は前のめりで倒れてしまった。
そのまま、カオリを地面に押し倒してしまう。
「おいっこちゃん、大胆なのだ……」
「いやいや違うだろ見えてるだろ?」
「私は……構わないのだ……」
「目を閉じるな唇をすぼめるな!」
突っ込みつつ立ち上がる。
腰にしがみついたエリカごと立ち上がった。
「しないのだ? 甥っ子ちゃんはシャイなのだ」
「いやいやいや……っていうか、どうしたんだエリカ」
カオリのそれは一旦スルーした方がいいだろうと思い、俺はエリカに水を向けた。
彼女をそっと引き剥がして、距離を取って向き合う。
「聞いてダーリン、アイギナ王にダーリンの領地をレンタルしたいって親書を送ったら断られたの」
「当たり前だろそれ……っていうか本当に打診したのかよ」
「当然だよ! エリカ、ダーリンの事ならなんでもできるんだから」
「なんでも出来るとかいわない方がいい、それに食いつくヤバイ連中が――」
「金山三つを交換条件に出したけど、鼻で笑われたのよ!」
「本当になんでもしかねない勢いだった!?」
声が上ずって、思いっきり突っ込んでしまう。
金山三つって……。
カノー家の領地、大きく金になるのは元トリカラ鋼がとれて今は銀鉱石がメインの銀鉱山一個だ。
それの対価に金山三つなんて正気を疑われかねない提案だ。
だが、国王陛下はそういう意味で鼻で笑ったんじゃないのは、さすがに俺は知ってる。
俺は剣の師匠であり、王立義賊団の団長でもある。
多分鼻で笑ったのは「安すぎる」って意味なんだろうなあ……。
「うー、エリカ悔しい。ダメかもって思ってたけど、ここまでダメだと悔しいよ」
「悔しいのは分かったから、その話はもうやめないか?」
「やめない、エリカ、ダーリンと一緒にいるためならなんでもしちゃう」
「だからなんでもはやめてってば……」
さっきと違って、今度は俺がそれに反応してしまう。
交渉で初手から金鉱山三つを出したエリカなら、本当にそれ以上の条件を出してくる可能性が非常に高い。
この辺で止めておかないと、話が更にややっこしくなる。
「甥っ子ちゃん、なんの話をしているのだ?」
俺とエリカの会話に、カオリが割り込んできた。
「魔王? どうしてここにいるのよ」
初めてカオリに気づいた様子で、ちょっと不機嫌な感じで問い質すエリカ。
「甥っ子ちゃんと遊びにきたのだ。そっちこそなんなのだ?」
「ダーリンに会いに来たの。ダーリン、エリカを慰めて」
エリカはそう言って、俺に抱きついて、胸の辺りに顔をすりすりさせて甘えてきた。
「それはズルイのだ、私もするのだ」
「ちょっと魔王は離れなさいよ。ダーリンはエリカのものなんだから」
俺を挟んで、軽めにいがみ合う二人。
俺は割と適当に宥めた。
というのも、カオリの事を結構分かってきたからだ。
カオリは、前魔王である母親の言いつけを守っている。
力が同じレベルじゃない人間には何があっても手を出さない。
エリカは賢女王の資質をもった聡い女の子だが、身体面はか弱い普通の女の子だ。
だから、カオリとエリカのそれは口ケンカ以上のものに悪化する事は絶対にない。
俺はそれを確信していたから、最低限宥めるだけにして、二人の好きなようにさせた。
「もうそろそろ諦めたほうがいいんじゃないのか? ここをレンタルしようとするとカオリが黙ってないぞ」
「黙ってない?」
「レンタル?」
俺はざっくりと、エリカが俺に会いたいために、ここをアイギナからレンタルしようとしている事をカオリに説明した。
カオリはこの程度の事をなんとも思わない。
今でも、アイギナ領なのに普通にとんできて普通にバトっている。
だから話しても大丈夫だと思った。
「へー、人間の考える事はよく分からないのだ」
想像通り、カオリの反応は薄かった。
「……」
「エリカ?」
一方で、エリカの反応は予想してたものと違っていた。
彼女はカオリを見て、俺を見て、まわりで急速に庭を修復している下僕達を見る。
「もしかして、ダーリンと魔王、また戦った?」
「ああ。前と同じな」
エリカと出会った日と同じ流れの襲撃だったから、俺はふつうに認めた。
「そっか……あっ」
エリカは何か思いついた様子だ。
ピコーンっていう効果音が聞こえてくるくらいのひらめき。
俺は……なんでか分からないけど、ものすごく悪い予感がした。
「ねえ魔王、ちょっと相談があるんだけど」
「なんなのだ姪っ子二号」
「エリカと一緒に、ダーリンの領地をせめない?」
「はいぃぃぃ!?」
あまりにも予想外すぎた話に、声が盛大に裏返ってしまった。
「甥っ子をせめる?」
「そっ、ここを攻め落として――そうね、カランバとコモトリアで共同で管理するの」
「……つまり?」
「ダーリンと本気で戦って良いよってこと。エリカがまわりの邪魔を全部とっぱらうから」
「のったのだ」
「のらないで!?」
「じゃあ詳しい話をしよ? どこか人気の無いところにいこ?」
「わかったのだ」
カオリはエリカを連れて、音速を超えた飛行でどこかにとんでいった。
止める間もなく、一瞬でいなくなってしまった。
「……なんで?」
手を伸ばして、空をつかんでしまった俺は、下僕達の修復する庭で呆けてしまう。
数日後、数百年ぶりにコモトリアと他の国が同盟を組んだニュースが、目的は俺ヘルメス・カノーであるという事実と一緒に、世界中に激震を走らせたのだった。