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09.温泉でおしごと

 ある日、屋敷でくつろいでると姉さんがやってきた。


「ヘルメス、ちょっと仕事をして欲しいのだけど」

「仕事?」


 俺は安楽椅子の上で身構えた。

 姉さんが持ち込んで来る仕事、ろくなもんじゃない匂いがする。


 それを見抜いたのか、姉さんはまるで警戒を解くかのようににこりと笑って。


「カノー家当主の仕事、定例的なものよ。心配ならミミスに聞いてもいいわ」

「そうなのか」


 警戒が少し下がった。

 当主の定例的な仕事か。


 その程度の話ならやってもいいかもな。

 というか延々と断るのもなんだし。


     ☆


「これの何処が当主の仕事なんだ」


 青空の下、湯気が立ちこめる中。

 俺は山奥の露天温泉に浸かっていた。


 温泉は柵で囲ってるが、その向こうの木にはスズメとかリスとか、森の小動物がちらほら見える。


「いいお湯でしょ」


 背中から姉さんの声が聞こえる。


 俺は振り向いた。


 露天温泉は一つの巨大な湯船に、まん中に大きな岩が置いてある。


 真上から見たら目玉焼きの形だ。


 その岩の向こうに姉さんがいる。

 


「いい湯って、これの何処が仕事なんだ?」

「カノー家が男爵になったのは二つの理由があるの。一つは初代様が国王陛下の剣の師匠だったから」

「へえ。剣術指南役から貴族か。黄金パターンだな」


 そう言いながら、俺は立ち上がった。

 結構な温度で、ずっと入ってたらのぼせそうだから少し冷まそうと思った。


 もちろん、意識はがっつり岩の向こうに。

 姉さんがこっちに出てこない事を確認してから、温泉の中に立った。


 冷ますが冷ましすぎず。

 足湯状態で温泉に足だけ浸かった。


「もう一つはね。ここ、初代様の大事な人が掘った温泉なのよ」

「へえ」

「話によると剣一本で掘ったらしいわ」

「どんな剣だよそりゃ」


 俺は半あきれで笑い飛ばした。

 昔の人の逸話はとんでもないものが多いから、話半分に聞いとくことにした。


「それもあって、カノー家はここをもらって、代々定期的にここに来ては――」

「お背中を流しに――」


 一人の若い女が入って来た。

 ここの管理人っぽい事をしてる、カノー家が雇ってる使用人だ。


 彼女は入って来て、湯船から上がった俺とバッチリ目があって。


「……」


 その視線が流れる様に下に向けられて


「きゃああああ!」


 顔が茹でタコのように真っ赤になって、悲鳴を上げて逃げ出した。


     ☆


 温泉から上がって、旅館チックに作られている建物の中。


 そのリビングで、俺と姉さん、そしてエフィと名乗ったさっきの使用人の三人がいた。


 エフィは半べそをかいたまま。


「あの、勘弁して下さい!」

「いや勘弁って」

「お貴族様の使用人に雇われたのだから、お手つきは覚悟の上だしむしろ光栄なのですが、だめです! あんなすごいの死んでしまいます!」


 露天風呂でのハプニング、湯船で立っている俺の裸をガッツリ見たエフィは半べそかいて、ガクガクと震えている。


 あれ、平常時の状態なんだけどなあ……ってまあ、別にお手つきにするわけでもないし、適当にスルーしとくか。


「怖かったのね、大丈夫よ」

「ごめんなさいお嬢様……」

「いいのよ。それよりも」

「ん?」


 エフィをあやしてた姉さんが、何故かジト目で俺を見た。


弟父様(おとーとうさま)

「その呼び方ややこしいからやめてくれ姉さん」

「私と温泉で話しながら、あんな状態(・・・・・)になっていたというのですか? 湯船が一つながりなので妄想がはかどるのは理解できるつもりなのですがあまりそういうのは」

「……へっ?」


 姉さんと話しながらあんな(凶悪な)状態……。


「ち、ちがう! あれは普通! 通常バージョンだ」

「あれが通常……あんなすごいのが……普通……きゅううう」


 エフィは目を回して、失神してしまった。

 それを見た姉さんがクスクスと笑って。


「謀ったな姉さん!」

「くすくす、まるで伝説の魔剣ではありませんか」

「うがー!」


 完璧に姉さんの術中にはまってて、いじられてる気がしたから、俺は建物を飛び出した。


 人里から離れた山奥の温泉地、ちょっとでも建物から離れると完全にただの山奥だった。


「まったくもう」


 いやまあ男の沽券に関わる話だからそこまで悪い気はしない。

 相手が姉さん――姉であり娘でもある姉さんじゃなきゃ悪い気はしなかった。


 とりあえずしばらくぶらついて、ほとぼりが冷めたあたりで戻ろう。

 俺は適当にぶらついた。


 道のない、草むらをかき分けて出ると。


「うわ、これ絶好ののぞきスポットだ」


 そこは少し高い所で、温泉の広い湯船がガッツリ見られる場所だった。

 しかも角度的な関係で、そこにある岩の上で身を低くすれば多分向こうからは見えない。


 周りを見る、人為的にこれが作られた気がする。


 たしかここ、始祖の大事な人が作った温泉っていってたな。


「男だな、しかもかなりエロイ」


 何となく親近感を持った。


 しばらくそこにとどまっていると、誰も入ってない温泉に猿がやってきて、湯船の中に入った。


 女の子(姉さん以外)ならともかく、猿の入浴シーンなんて見てもむなしいだけなので、俺は立ち去ろうとした――が。


「……なんだ、あれは」


 温泉に入った猿がなんかおかしい。

 目を手の甲で擦った、もう一度よく見た。


 錯覚では無かった、湯船に浸かった猿の体が大きくなっていた。


 それだけじゃない、濡れてる体毛が黒くなっている。

 それが滲み出ているのか、温泉の湯まで黒く染まっていく。


「ちっ」


 舌打ちした。

 始祖様が国王からもらった温泉だっけ?


 国王からもらった――つまり下賜されたものはぞんざいに扱ったらいけない。

 御下賜の皿を割っただけで、国王によってはそれだけでお家取り潰しなんて事になる場合もある。


 俺は岩から温泉に跳び降りた。

 猿の変貌が更に続く。


 もはや動物の域を超えてる、モンスターになりつつある。


 パシャーン! 湯船の中に飛び込んで、猿の首を掴んだ。


 真っ赤に、爛々と燃えるような瞳になった猿。

 真っ黒になった爪でひっかいてくる。


 首を掴んだまま空中に投げ飛ばした。


「ちぃ!」


 手のひらがチクッとした。

 見ると、黒い体毛――鋼のように堅く鋭くなった体毛が手の平に突き刺さっている。


 このままだと完全にモンスター化する、殺らないと。


 手を突き出し、投げられていく猿に伸ばす。

 少し迷った、ちらっと背後の建物を見た。


 姉さんにばれたらまた持ち上げられる、証拠は隠滅しよう。


『開門せよ! 天と地、その狭間に住まうものよ。我の求めに応じ、我が敵を追放せよ!』


 飛んでいく猿、その先の空間、何もないところから黒い裂け目が出来た。

 空間の裂け目を開き、猿を放り込む。


 すぐに閉じる。

 放り込まれた猿がすりつぶされた、という手応えをはっきりと感じた。


 よし、これなら証拠も残ってない。

 そうだ温泉は――うん、早めに処理したから変色した分は新しい湯に流されてほとんど分からない。


 これなら大丈夫だな。


     ☆


 翌日、何事もなく、来た時と同じカノー家の馬車で帰途についた。

 あれ以降猿が現われることもなく、俺がエフィに怯えられる事をのぞけば、そこそこにのんびり出来た温泉旅行だった。


 ……温泉旅行?


「さすがねヘルメス」

「うん?」


 同じ馬車に乗ってる姉さんがいきなりそんなことを言いだした。


「何も起こらなかった。こんなのここ百年で初めてのことなのですよ」

「……どういう事だ」

「あら? そうか、昨日説明してる途中でハプニングが起きたのでしたね」

「説明の途中……ああ」


 そういえば、二つ理由があって、二つ目の途中だったな。

 俺の凶悪さ(・・・)にエフィが怯えたあのハプニングですっかり忘れてた。


「始祖様の大事な人が温泉を掘るのに使ったのは魔剣だったの。その魔剣の影響で、周期的に瘴気に当てられて、動物が凶悪なモンスターに変わるという副作用があるのですよ」

「……」

「それを定期的に退治して、ここを維持するのがカノー家当主の大事な仕事。すごく凶悪なモンスターだけど、被害が何もなかったって事はヘルメスがやってくれたのね」

「は、謀ったな姉さん!」


 あの猿か! あの猿がそうか!


「説明する途中だったじゃありませんか」

「うっ!」


 確かにそうだ。


 それに来る時も言われた、仕事だって。

 それを俺が忘れて、温泉旅行みたいな気分になってた。


「なんてことを……」

「普通は兵をだして討伐するほどの魔物だけど」

「え?」

「ヘルメスが一人でなんとかしたから、みんなヘルメスのすごさにそろそろ気づくでしょうね」

「やっぱり謀ったな姉さん!」


 絶叫する俺に、姉さんはクスクスと笑ったのだった。

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