08.やっぱり呪われているじゃないか
前回までのあらすじ
悪漢を撃退し、童女(おっさん)はぜんらになった。
金髪金眼の少女は機嫌よさげににこにこと笑みを浮かべていた。
「すごいな。この世界にもちゃんとしたパンツはあったんだな。正直ドロワーズみて、そっち方面で昂ることは無理だと諦めていた。信じてみるもんだな、人間の可能性」
カヤノは服の上から下腹部をさすりながら満足そうにうなずく。サイスはどう意見を述べればいいのか戸惑った様子で、ただ無言を貫いていた。
「ゴムが無いという苦境を布きれを肌に直接魔法で貼り付けるというウルトラCな解決策! 異世界は度し難いな。それだけにブラジャーとかも物理的な法則に縛られない自由な発想の形状があるんだろうな。いまから楽しみだ」
サマードレスの上から脇下の胸部をさすりながら、カヤノがホクホク顔で言う。まっぱだったカヤノにサイスが渡したこの世界ではメジャーな形の下着類だったが、カヤノは思いの外、感銘を受けたようだった。
「で、そろそろ僕が話を進めてもいいでしょうか?」
「ああ。そのモブ男を見てサイスくんが意味ありげなリアクションしてた、その理由だったな。下着論についてはおいおい話すことにする。サイスくんだって一家言あるだろうし」
「このエロおやじはもう……」
へらへら笑うカヤノに思わず毒づく。ちなみに、場所は変わらず宿のサイスの部屋で、カヤノはベッドの上を陣取り、サイスは備え付けの椅子に腰かけ、気絶し縛られた門番は入り口のところに転がされている。
「えと、あの門番さんのことは覚えてますか?」
「男だろ? 覚える気はない」
「ですよね。面識があったという事実だけ理解してください」
カヤノの態度は一貫しており、サイスも多少慣れた様子でその対応をこなす。
「重要なのは門番さんが『魅了』の状態異常になってることです。発言の端々から鑑みるにカヤノさんに魅了されたとみて間違いないでしょう」
「男に好かれる趣味は無いぞ」
「ですよね。なので、カヤノさんが持ってる特殊能力、『束縛と略奪を焚きつける艶髪』が原因です」
サイスが一息で言い切ると、カヤノは驚かず、可哀想なものをみるような目でサイスを見た。
「どの世界でもあるんだな。麻疹のようなもんだし、しゃーないか」
「んんっ!? ちょっと理解されたくない方向に理解された気がしたけど事実ですよ? 実際に門番さんは魅了されてカヤノさんを襲ったでしょう?」
「確かにそうかもしれないが、仮にその能力がオレのものだとして、あのままだとシャレにならないことになってたと思う。もっと魅了した側に益があるのが普通だろ」
「あ、失礼。言葉選びを間違えました。能力って言葉は訂正します。無差別に振りまいてる時点で呪いに近いナニカです」
呪いという言葉を聞いてカヤノから表情消えた。門番の方へ視線を向け、何か考え事でもするようにあごに手を添えて押し黙る。
「『束縛と略奪を焚きつける艶髪』の説明がいまいち要領を得なくて後回しにしてたんですよね。確か……対象から逃走不可能になる。また、継続効果として対象を超々重度のヤンデレストーカーに――」
「なるほど、殺そう」
サイスの言葉を遮り、唐突に立ち上がったカヤノが近くにかけてあった持ち手が紫色をした木製の鉈を手にする。視線は入り口に転がされた門番に定められ、口から怒気が漏れ出ていた。
「わー、まずい。まずいですよ、カヤノさん」
「放せ、サイスくん。ヤンデレストーカーとか生かしておいてもロクなことになりゃしねぇ。犯られる前に殺ってやる」
サイスはカヤノに縋りつくようにして、その行動をなんとか封じるが、殺意をはらんだ瞳と怒りに震える両腕が萎える兆候は微塵もない。
カヤノのその様子を認識したサイスも全力で止めには入るものの、内心では半ばあきらめていた。門番はこのまま殺されてしまうから、事後処理をどうするかなんてネガティブな思考に切り替えようとしていた。けれど、カヤノの行動は意外な方向に転がった。
「ヤンデレは、メンヘラは危ないんだよ。気を抜くと背中から急に抱き着いてきて、何だ可愛いなぁとか思ってたら、わき腹の間にすーって異物が差し込まれる感覚がだな」
「え、カヤノさん!?」
「刺されると痛いとか思わないんだよな。熱いとか冷たいとか、痛みを想起させるのとは違う感想が飛び出てくる。それで分かるんだよ。目に見えなくても自分のモツが荒らされるのが……」
「なんか怖い。カヤノさん怖いです。やめて、とめて。思いのままに振舞っていいので、その体験談やめてください」
ぶつぶつと思考を垂れ流すカヤノの姿に先ほどまでの殺意や怒気は見当たらない。ただ、ちょっとした狂気が周囲を塗りつぶし、サイスを困惑させた。
「カヤノさん……?」
すうと瞳を細めてカヤノがサイスを見下ろす。無機質な視線は普段の、よく言えば感情にあふれたソレと違い、冷徹で酷く冷たい。
カヤノに縋りついたままで、気付けば超至近距離にあった顔は前髪同士が触れ合うほどだ。カヤノの冷たい視線を浴びせられ、平静になりつつあるサイスもその現状を把握し、何とも言えない心持ちになる。
「……なんか萎えてきた。あいつ殺したところでスッとするわけでもないし、やっぱ放置。それより、サイスくんも離れろ。邪魔」
「えぇ……?」
カヤノがサイスを手で乱暴に顔を押しのけ引きはがす。サイスも困惑しつつ、されるままにカヤノから手を放し、そのまま床に尻を預ける。
「しかし、隣人を魅了か。捉え方次第ではハーレムスキルのような気もするが、制御がなぁ」
「今のところは無差別ですからね。誰にでも過ぎた好意を寄せられるというのも大変なんじゃ――」
「いや、待て。無差別に呪いをばらまくってのが本当なら、サイスくんもその呪いに?」
「かかってない、かかってないです。本当ですってば」
はたと、気づいてしまったという表情でカヤノが疑いのまなざしをサイスに向けた。
サイスは床に腰を落としたまま一息ついていたのだが、突如投げかけられた疑惑に大慌てで否定する。大袈裟に手振り身振りを混ぜ合わせ、潔白の身であることを訴えかける。
カヤノは値踏みするようにサイスの言動を観察する。ややあって、カヤノは突然ふいーと視線をサイスから逸らした。
「まあ、呪われてたら、サイスくんは今頃大地の肥やしにしてただろうし。……信じよう。しっかしヤンデレを量産する呪いか。字面的に髪がトリガー……」
カヤノは長く伸びた金髪、もみあげをすくい視線の高さまで持ち上げる。ぼんやりとそれを眺めるが、別段変わった様子も見受けられない。
「んー、もっと全体像を確認してみたいな。サイスくん、かがみー」
「手持ちは無いですが、備え付けのであればこちらに」
サイスがベッド近くにある壁に手を触れると、木板があっというまにつるつるした表面に変質、さらに変色して気づけばカヤノのよく知る姿見のようなものが現れた。
「ファンタジーというか、近未来チックな感じだな。まあいいか。どれどれ、けっこう可愛い感じだな。小顔だし目も大きい。それにこうやって見るとかなり綺麗な金髪だな」
カヤノがベッドから飛び降りて、その姿見の前に立った。転移後、初となる己の姿に寸評しつつ、件の髪も確認する。きめ細かく艶のある綺麗な髪だが、呪いのような不気味さは感じられなかった。
「しかし、姿見か。これを知っていればもっと捗った気がするんだがな。っと……」
ぼそりと欲望の声が漏れ、カヤノの瞳が濁る。とろんとして焦点の合わないそれがカヤノのからだを張り付くように姿見へと引っ張る。
「カヤノさん?」
異変に気付いたサイスが声をあげる。
カヤノが姿見に顔を近づける。熱に浮かされたように吐息を漏らし、まるで鏡の中にいる己に触れるようにおずおずと左手を伸ばす。
「ぅ、ぁ……」
左手が鏡の表面に触れるかどうか、その寸前で方向転換し、カヤノの鼻先にある見えない何か、それを握りつぶすように左手がぎゅっと拳を形作る。
「っと、悪い。なんか魅入ってた。そこそこ可愛かったし、将来が楽しみなんだが……、オレなんだよな」
先ほどまでの変貌など、微塵も感じさせないひょうひょうとした態度のまま、カヤノは未練がましく姿見に映る自分の姿を凝視し、複雑な思いを吐露する。
「まー、これだけオレが可愛いんだ。遅かれ早かれ、呪いなんかなくてもストーカー問題にはぶち当たってただろうな。ともあれ、あんなのが所かまわず襲ってくるのは簡便してもらいたい。サイスくん、何とかしろ」
「えぇ……」
「他に何か隠してるものがあるだろ。それを使って何とかするんだよ。このままだと旅を続けるのはもちろん、この村から脱出できるかも怪しい」
無茶ぶりにサイスがげんなりしていると、カヤノが神妙な口調で直近の障害を口にする。サイス自身、うっすらと理解していたが、他人にはっきり言葉にされると受け取り方もだいぶ重たいものに変わる。
「うう。そういわれると弱いですね。一応、『魅了』状態まで症状が重くなった人は他に見かけてないですし、これ以上呪いが悪化しないという確約さえあれば……」
サイスは腕を組んで唸りながら自分だけが知っていることを口にする。そして自分の言葉を反芻するように右へ左へくねくねと頭を揺らして、さらにうんうんと唸る。
「髪が条件なら刈ってしまえば解決しそうなもんだけどな。見られなきゃいいわけだろ? いっそバッサリ行ってしまうのも」
「それは止めた方がいいと思います。呪い自体が髪を媒体にしているだけなので。それが無くなった時、何を媒体に発現するか見当もつきません。吐息とか視線が媒体になったら収拾つかないですよ」
「いい案だと思ったんだけどな、丸坊主」
「腐ってもガワが女の子なんだから。そんな可哀想な真似は避けてください。丸坊主とか……。ああ、そうか。顔を隠してしまえば問題ないかも」
はっとして、ポンと手を打つ。すぐさまサイスはカバンから布きれを取り出し、カヤノの前に広げて見せた。地味な色合いのケープのようで、それにフードがくっついている。
「これつけて外に出れば問題ないかと」
「頭部の全体像を誤魔化せば呪いも無力化とか胡散臭いにも程があるだろ……」
「いける、いけますって。かの英雄ヲルランドゥも見るものすべてを狂気に陥らせる魔物を退治する際に、鏡に映したと言われています。正当な手段でなければ、呪いなんて発動しないものです」
サイスがすこし早口で言葉を連ねていく。一方のカヤノはどうにも乗り気ではないようでベッドに腰かけて、無言でサイスのことをじいと睨んでいる。
「「…………」」
フード付きケープを挟んでカヤノとサイスの視線が交錯する。二人の間に言葉はなく、互いに浮かべた表情から読み取れる感情だけをぶつけあう。
「それに、アレです。き、きっと似合います。たぶん可愛い」
無言の重圧に先に屈したのはサイスで、少々テンパった様子で投げやりにカヤノを褒めたたえて、手に持ったフード付きケープを押し付ける。
「……なんか蒸れそうだな」
手元のフード付きケープへ視線を落としながら、カヤノが呟く。ちょうど髪が顔を覆い、サイスからは表情をうかがうことが出来なかったが、カヤノは口元にはにやけていて、目じりも緩んでいた。
「魔術で風通し抜群、気分の問題であれば髪を結いますから。きっと似合います」
「ふむ」
「やってみませんか。きっと可愛いですよ」
「……しょうがないな」
カヤノは上機嫌で答えた。




