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07.武器は装備しないと意味がないわけではない

前回までのあらすじ

カヤノは悪夢を見た。さらに部屋を襲撃されそうになって逃走。

最終的に異性の部屋に転がり込んだ挙句、無警戒にベッドに腰かけた。

 金髪金眼の少女が緑色の海をかき分けていく。


「しょーにんさん、おそーい」


 膝の高さほどある雑草が群生する平原、そこを踏みしめながら先導するのが少女だった。

 少女は村の案内役を買って出てくれた、いわゆるお人好しのいい子だ。


「そんなに張り切ったって何も出ないよ」


 やれやれ、と僕は無邪気にはしゃぐ少女の後を追う。今は少女に村の外縁を案内してもらっている最中だ。この村は一般のそれに比べてはっきりとした境界を持たないので、地元の人間に頼る必要があった。


 僕が周囲を見渡しながら少女の背を追いかけていると、その背が徐々に大きくなる。ちがう、単純に少女との距離が縮まっているだけだ。

 少女は少しずつ歩くスピードを落とし、やがて僕の隣に並ぶ。僕が横に並んだ少女へ疑問を含んだ視線を投げかける。少女は僕の視線に気づくと歯を見せて笑った。


 ……特に意味ある行動ではないのだろう。


「ねえ、随分歩くけれど、村の端っこまではまだ距離があるの?」


 振り返れば、遠くに建物の陰、それに炊煙が立ち上っている。村の規模がアレを中心に同心円状に広がっているのなら、それこそ両端を行き来するだけで一日仕事になってしまう計算になる。


「んー?」


「ねえ、僕の話、ちゃんと聞こえてる?」


「んー」


 少女の生返事。

 僕は苛立ちを覚え、少女に向き直ってその姿を視界にとらえる。少女は僕の顔なんか見ずに、僕の腰の後ろを興味深そうに上半身ごと覗き込んでいた。だらしなく口を半開きにして、じっと何かを見つめている。


「僕の話に答えてくれないかな?」


「しょーにんさん、それはなあに?」


 少女が僕の腰の後ろにぶら下げたモノを指さす。

 それは針葉樹から削りだされた幅広の刀剣で鉈のような見た目を持ち、持ち手を髪の色と同じ紫に染色したパスファインダーと呼称される魔道具だった。


「ゆかり号のこと?」


「しょーにんさんは大人なのに、どうしてそんなオモチャを持ってるの?」


 すーっと手を伸ばしてパスファインダーを触ろうとする少女の手を、僕は腰をよじって避ける。少女が文句でもありそうな不満顔で僕を見上げる。


 安全装置がついていても、迂闊に子どもに触らせるものでもないのだけれど……。それにしても、オモチャ呼ばわりとは、よくよくこの村の住人は変わり者ばかりだ。


「大人は木のオモチャじゃなくて、黒くて硬くて変な匂いのするのを使うんだよ? しょーにんさんは変わってるね」


「そっかー」


 未だパスファインダーへの興味が尽きず、そして上から目線で諭してくる少女。僕は少女のどや顔を正面から受け止めると、少女とのやり取りで使う機会の増えた塩対応な言葉を口にして、乱暴に少女の頭を撫で回した。



 ☆



 金髪金眼の少女がベッドでけだるげに寝返りをうつ。


「……ちょっと汗っぽいな」


 カヤノが二の腕に鼻をこすりつけてすんすんと鳴らす。部屋の主たるサイスは頬杖をついて不満げにカヤノに半眼を向けた。


「風呂に」


「付いてかないですよ」


「んなっ、童女のお誘いだぞ?」


「ばーか、ばーか」


 信じられないものを見た、という風に跳ね起きて驚愕するカヤノをサイスが雑にあしらう。


「そういえば、ごはん」


「もう食堂は閉まってますよ。携帯食なら少し残ってます」


「ならいらん」


 ぼふん、とカヤノがベッドに倒れこむ。


「しかし……。部屋まで押しかけられるような奴に心当たりがない。本当に何なんだ、あれは」


 じい、とサイスがカヤノの髪に視線を向ける。カヤノはベッドの上に寝転がったまま、あーとか、うーとか言葉にならない声を垂れ流している。


「受付の人が入浴時間でも教えに来てくれただけじゃないですかね。ああ見えて世話好きな感じだったし、すこしばかり強引な誘い方だってありえなくはないですよ」


「いや、それは……」


 寝返りをうって、サイスのいる方へ顔を倒し、そして不自然に会話を中断する。


「サイスくん、入り口の戸、何か動いてなーい?」


 言葉に釣られてサイスも入り口へと視線を向ける。たしかにカヤノの言う通り、戸がガタガタと揺れている。まるで外側から強引に戸を開こうと躍起になっているようだった。


「音がしそうなもんだけどな」


 からだを起こし、臨戦態勢に入るカヤノ。


「防音してますので……。誰だろう」


「出るのか?」


 戸口に手をかけるサイスの背中にカヤノの上擦って震えた声が届く。サイスは振り返り、真剣なまなざしでこちらを見つめるカヤノに応えるように大きく頷く。


 サイスが緊張した面持ちで引き戸を開ける。


「あれ、どこかで……」


 戸を開けた先に立っていたのは、サイスにも見覚えのある男だった。


「そうだ、村の入口で会った門番の人。こんな夜更けに何かありましたか?」


 息を荒くした門番はサイスを一瞥する様子もない。彼はサイスよりも一回り大きな体格をもって、頭越しに部屋の中へ視線を送っていた。


「えーと、あ、これ、やば」


「サイスくん」


 いよいよもっておかしな雰囲気の門番に、サイスが違和感を覚える。しかし、わずかに遅く、次の瞬間には部屋の壁に突き飛ばされ、それを見ていたカヤノの悲鳴が上がる。


 ぐもう、と唸り声をあげて門番がベッドに向かって突進する。狙いはカヤノ、ぺたりとおしりをつけたままの女の子座りの体勢ですぐさま機敏な行動をとれない。


「あぶねぇ」


 けれど、間一髪。ベッドから転がり落ちて、カヤノが門番の突進をかわした。更なる追撃をかわそうと、カヤノが相手の脇を潜る様に四つん這いのまま駆けだす。


 門番の右手がとっさにカヤノの衣服を掴むが、転がる様に駆け出すカヤノとの綱引きに衣服の方が耐えきれなかった。ビリリと音を立て、カヤノの着ていた服が引き裂かれる。


「カヤノさん!」


 体勢を立て直したサイスが門番に飛びかかる。門番をベッドの上に押し倒すが、体格は圧倒的に相手が上。必死の抵抗もむなしく、すぐに上下が入れ替わり、門番がサイスに対してマウントを取った。


 門番が吠える。サイスの掴んだ手を振り払う。放すものかとサイスが踏ん張るが、体勢による有利を覆すことは出来ず、あっさり振り払われる。


 カヤノはベッドの上でもみ合う二人、サイス側に加勢すべく立ち上がる。けれど握りしめた小さな拳、枯れ木のように頼りない手足、それらが自身の短慮を諫める。次いで周囲を視線が駆け巡った。


 カヤノの視界が捉えたのは壁にかけてあるのは外套、それに鉈のようなもの。


(武器っ)


 カヤノの脳を駆け巡るひらめき。僅かな逡巡もなく、本能のままに行動に移る。

 ハタハタと足に纏わりつく布切れにイラつきながら走り寄って、持ち手が紫色の鉈を手に取った。


「うらーっ。死ねー、モブ男!」


 門番が自由になった拳をサイス目がけて振り上げる。

 ちょうどその瞬間、カヤノが加減なしの全力をもって、手に持った鉈で門番の頭を振りぬく。


「が、あっ」


 門番がたまらずくぐもった悲鳴をあげ、殴られた姿勢のままピタリと固まる。そして門番は半呼吸おいて、ぐらりと体勢を崩しそのまま床に突っ伏した。


「……死んだか」


 カヤノは神妙な面持ちのまま、ベッドに突っ伏した門番の背中を見下ろす。もちろん、鉈をいつでも振れるように肩口に担いだままだ。


 そしてたっぷり十数秒、ぴくりともしない門番の姿を見届け、ようやく鉈を肩から下ろす。そのカヤノがわずかに気を抜いた瞬間、門番のからだが左右に揺れた。


「はー重い」


 愚痴を漏らしながら門番のからだの下から這い出るサイスの頭をカヤノが鉈の腹でひっぱたく。


「無事だったか」


「無事じゃないですよ。痛いなぁ。とりあえず、縄で縛ります。あと危ないのでそれはこちらに預けてくれませんかねぇ」


「こんなオモチャ、危ないも無いだろ。修学旅行の土産のほうが攻撃力あるぞ」


 ぺいっと鉈をベッドに放り投げると、カヤノは近くの椅子に座った。


「オモチャじゃないですよ。この世界では一般的な武器です。カヤノさんが峰打ちしてくれて助かりました。正しく使っていればこの人の首から上は無かったはずです」


 カヤノが鉈の扱いに憤慨しながら、手慣れた様子で門番に縄を巻き付ける。


 実際、鉈を刀と見間違えたカヤノは刀身が反った方を相手に向けて振りぬいた。鉈は反った刀身の内向きに刃が設定されており、結果的にカヤノが門番を殴ったのは峰の部分で危険度は数段落ちるものだった。カヤノ自身は殺意満々だっただけに、サイスの説明を受けて苦い表情を浮かべた。


「え、知らずに……? よく生き残ったな、この門番さん。……んしょ、エーヴィ(結合)


 カヤノの反応にサイスが驚愕する。が、すぐに気を取り直し、手に持った縄の両端を片手に握ったまま調整し始める。

 何気なくその様子を見ていたカヤノだったが、最終的に縄の両端を結ばず、魔法で接合して結び目を作らずに捕縛する様子に文化が違うと呟いた。


「それにしても、この人は一体何だったんで……」


「おい、なんかわかった風な表情浮かべて納得するな。ちゃんと口にしろ。オレが気になるだろうが」


「うーん……。とりあえず、先にカヤノさんの服を直しますよ。脱いでください。あと戸閉めます。もう遅いかもですが、騒いでたら人が来ますし」


 サイスがそそくさと開けっ放しのままの引き戸を閉めに行く。その間にカヤノは己の姿を改めて見下ろし、背中の中ほどから大きく裂けたサマードレスを確認した。そして尻に直に感じる椅子の感触に違和感を覚えた。


「ほら、脱いでください。さくっと直しますんで」


「まじか」


「不都合でも? 風呂に誘うような人なんですから、裸を見られることが嫌ってわけじゃないでしょう?」


 つーっと、カヤノの視線が逸らされる。


「……着たままだと無理なのか?」


「前に自分でやって失敗したじゃないですか。着ている間は無効ですよ。きちんと脱いでしまわないと魔術で再生できません」


 サイスが催促するように手を突き出す。その勢いにカヤノが小さく声を漏らす。


「ほら、はーやーくー」


「ええい」


 強く急かされ、追い詰められたカヤノは気合一閃。すぽーんとサマードレスを脱ぎ捨ててまっぱになった。


「はいどーも……。カヤノさんパンツは?」


「はいてない」


「そっかー」


 サイスは右手にサマードレスを抱えたまま、何も隠さないカヤノの態度に呆れてしまう。

 そして、どうしてカヤノがはいてないのか確認しようと思ったが、これ以上藪をつついてもしょうがないと考えなおし、これ見よがしに大きくため息をついた。


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