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06.主人公に安息はない

前回までのあらすじ

童女オ○ニーしようとしたけど、突然家族が部屋に入ってきて断念した。

 月が――、二つの月が見えた。

 赤、それに青。片っ方は欠けていて、もう一方はまんまるで――。

 それにたくさんの星が見えた。こんな風に夜空を見上げることなんていつ以来だろうか。


 ――否。


 これは本物の夜空ではない。

 世界に月は一つしかない。それにリアルの夜空はこんな風にたくさん星は見えない。


 声をあげる。

 けれど、何も聞こえない。確かに声を出したはずなのに、喉を震わせた実感がない。

 しばらく使わなかったから、声の出し方すら忘れてしまったのだろうか。


 ざっざっと、ラジオのチューニングをするようにノイズが流れた。

 まるでスイッチを切り替えたように風が草木を揺らす音が聞こえた。


 もう一度声を出す、出そうとして喉に何か詰まってるような違和感を覚えた。

 咳き込む。

 ゴホゴホと喉を鳴らし、違和感を取り除こうとする。


 視界が揺らぐ。

 勝手にからだが動いた。予備動作のない視界移動がゲームでいう画面酔いのようなものを想起させた。


 気づけば自分のからだを見下ろしていた。

 衣服は赤黒く汚れ、ゴホゴホと咳き込んで吐き出すのは赤い何かだ。


 酷い、酷い絵面だった。ぜーぜーと息を荒げながら平静を取り戻そうと努力する。

 先ほどまで夜空を見上げていた平穏はなんだったのだろう。これじゃ、まるでいままで呼吸していなかったようじゃないか。


 不意に、獣の唸り声が風に乗って耳に届く。

 声の方へ顔を向けたいが、からだは自由にならない。ずっと地面を見下ろしたまま呼吸を整えている。


 ちゃっちゃと地面を蹴る音がした。

 うぉん、うぉん、と獣の咆哮が間近に迫っている。


 突然、酷い衝撃と共に地面に押し倒されていた。視界一杯に鋭い牙が並んだアギトが広がる。目をつぶることすら許されず、ただひたすらに倒さなければという意思が頭の中を埋め尽くす。


 指先が温かくぬめっとした感触に染まる。アギトは眼前でその勢いを失っており、覆いかぶさっていた獣は光の粒子に姿を変えて蒸発し始めていた。


 立ち上がる。

 手元には鶏卵ほどの大きさの光を帯びた石が残っていた。


 相変わらずからだの自由はなかった。けれど、先ほどに比べると視界に融通が効く。どうやら首から上を自由に動かせるようになったみたいだ。


「■□☆※○△」


 まともに声が出せない。血を吐き出すような状態だ。どこかおかしくしているのかもしれない。そうでなくとも、現在進行形で触感は生きていない。全身がしびれているような感じでからだ全体がふわふわしている。


 からだが勝手に動く。どこへ行こうというのか、行き先に視線を向ければ、とても明るい。

 月が出て、夜空に星が彩られていた、はずだ。だったら、何に照らされて?

 目を凝らす。明るく照らされたそこは揺らめいている。火だ。燃えている。火事だ、建物が燃えている。


 突如、からだが走り出す。前傾姿勢になって風を切る。いつの間にか首から上の自由も奪われて、再び自由にならない視界を強制されていた。


 ぶおん、とからだが独楽のように回る。視界の端に金糸がたなびく。続けて黒い影がかすめる。

 それを確認する暇もなく、再びからだが全力疾走する。

 背後から迫る地面を駆ける足音。不意に視界が低くなり、一瞬視界が暗くなる。何かが地面に降り立つ音がして、視線が向けば大型犬サイズの獣が大きな口を開いたままこちらを睨んでいる。


 倒さなきゃ、と焦燥感に襲われる。

 その瞬間、視界がぶれる。気づいた時には犬の化物の頭蓋に指を突き立てた状態で見下ろしていた。


 光の粒子となって蒸発する化物。そして先ほど同様に手元にのこる鶏卵サイズの石ころ。

 まるでゲームのようだった。


 そして顔を上げれば犬の化物にすっかり囲まれていて……。



 ☆



 カヤノは跳ね起きて大きく息を吐いた。


「んあー、酷い夢みた」


 頬に張り付いた髪を手ぐしで整える。かなり汗をかいていたようでじっとりと肌が湿っていた。


「サイスくんが出ていくのを待ってる間に寝ちまったのか。ぬかった……」


 からだを見下ろす。ふくらみの兆しが微かに見て取れる胸だった。

 じっと見つめる瞳が熱を帯びる。途端、鼓動が早鐘のように耳朶を打った。

 嗅ぎなれない甘い香りが鼻の奥を刺激し、からだの火照りを自覚させるように吐息が熱った。

 ひりついた喉奥を慰めるようにごくりと生唾を飲み込み、カヤノは熱に浮かされたように視線の先へ――、己の胸へそっと手を伸ば――。


 どん、と扉の前で大きな音がした。

 カヤノはとっさに毛布を胸元に引き寄せ、音がする扉の方へ視線を向ける。


「サイスくん……か?」


 カヤノは毛布ごとベッドから降りる。ゆっくりと入り口に近づき声をかける。反応は無く、扉の向こう側はシンとと静まり返っているように思えた。


 気のせいか、とカヤノが気を抜いたタイミングを図ったように再び引き戸が大きな音を立てる。しかも今度は単発ではなく、連続で音を鳴らす。何度も何度も戸を打ち付ける音が部屋に響く。


「ひえっ。なんだ、これ」


 すっかり弱気になったカヤノがその場に蹲る。大きな音が鳴るたびに毛布で視界を覆う。


「これは……、ダメな奴だ。一か八か飛び出して助けを求めるしか」


 追い詰められたカヤノが出した結論だった。カヤノは覚悟を決めると、毛布をその場に捨てて立ち上がる。そして、すーすーする感触に思わずからだを見下ろす。裸だった。


 慌ててベッドをまさぐり、見つけたサマードレスを頭からかぶる。多少、皺が目立つが気にするほどではない。


「服を着たらなんか落ち着いてきたぞ。あてもなく飛び出しても仕方ない」


 カヤノはテーブルを一瞥し、紙と木札が置いてあるのを確認する。紙には長方形をいくつも連結したような図があり、そのうちの一か所が塗りつぶされ、さらにそこから3つ隣の部屋に置いてあった木札と同じ文字が書かれている。


「はーはん。なるほど、だいたい分かった」


 カヤノは紙をくしゃっと丸めてその場に捨てると、木札を片手に引き戸の前に立つ。

 引き戸を叩いていた音は鳴りをひそめ、いまは静かになっている。


「引き戸を開いて蹴り上げ、体当たり、逃走。引き戸を開いて蹴り上げ、体当たり、逃走」


 取るべき行動を繰り返し口にする。脳内ではそれ以上に反芻する。


「……よしっ」


 意を決して、カヤノが引き戸を開く。

 怪しい物影を視界にとらえて、躊躇することなく蹴り上げる。突進しようと振り上げた足で地面で踏みしめる。相手の身構える予兆が見えた。


「てったーい!」


 カヤノは体当たりをとっさに中断すると、髪をたなびかせ、そのまま狭い廊下を飛び出す。あとは木札が震える感覚を頼りにサイスのいる部屋を見つけるだけだった。


「プレート、光る、ここ」


 だんっ、だんっ、と二拍の間にカヤノはサイスの部屋にその身を滑り込ませていた。


 たどり着いた先で、サイスは鳩が豆鉄砲をくらったような顔でカヤノを見ていた。ベッドに腰かけたまま何事かと目をぱちくりさせている。


「部屋、外、暴漢、見れ」


 サイス、引き戻して背後、振り向いて引き戸、さらに引き戸、と計4回の指さしに合わせて言葉をしゃべる。呆気にとられたままのサイスも、のっぴきならない単語に眉をひそめて腰を浮かす。


「マジですか……」


「さっきからオレの部屋がうるさかっただろう、そもそも気づけ!」


「防音の魔道具を作動していたのでまったく気づきませんでした」


「変なトコロで便利だな、ファンタジー!」


 カヤノは手に持った木札を床に叩きつける。そして恐る恐るといった様子で入り口に歩み寄ってきたサイスの腕をつかむと、そのまま引きずり回すように引き戸の前に無理やり立たせた。


「いけ、ごー」


「ええ、なんか怖いな、もう」


 ぶつくさと文句を言いながら、ゆっくりと引き戸を開く。半身を乗り出し、左右をゆっくりと確認する。


「誰もいないみたいですけど?」


「逃げられたか」


「夢でも見てたんじゃ」


「夢じゃない、蹴った感触は確かにあった」


 サイスが完全に廊下にからだを出して周囲を見渡す。カヤノは蹴った足をぷらぷらと揺らして、不満そうに口をとがらせた。


 カヤノの不機嫌オーラに気圧され、サイスはもう一度カヤノの部屋の方を見やる。やはり、怪しそうな人影は見当たらず、カヤノの言葉を疑う方が妥当そうだった。


「とりあえず、原因が分かるまでオレはこっちにいる」


「えぇ……」


 ベッドを我が物顔で占領するカヤノを見ながら、サイスは困惑したように呻いた。


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