05.異世界の宿は普通
前回までのあらすじ
職質を受けてたら、世話している童女(オッサン)が平然と性奴隷やってます。と背中から刺してきた。
村の中にあるひと際立派な建物。その前で金髪金眼の少女が物珍しそうに周囲を見渡していた。
「なんというか、和風だな。煉瓦とか石を積み上げて家を作ってると思ってたんだが、ワラの屋根に土塀とかファンタジー要素が薄い」
「……この辺はそういう建物が多いですね。湿気が多いとこっちの方が便利だそうで」
「そして、この建物はどの村のモノよりも立派だな。オレを泊める宿に相応しい」
胸の前で腕を組み、深く頷くカヤノの後姿をぼんやり眺めながら、サイスは人知れずため息をついた。先ほどあった村の入り口での一件が尾を引いているのか、その顔色は優れない。
「はぁ。えーと、宿は二部屋取りますね。前来た時もスカスカだったし、特に問題ないはず」
「そうか。ついに一人きりになれるか……」
カヤノが感慨深そうに頷くので、つい気になってサイスが小首をかしげる。邪気こそないが問いただすようなサイスの視線に、カヤノは後ろめたい気持ちを覚え、慌てて取り繕うように何度も咳払いをする。
「や、や、や。えーと、アレだ。なにか気を付けなきゃならんことはあるか? ほら、さっきみたいなことになっても困るだろう? サイスくんが」
カヤノがことさら「サイスくん」と強調するので、サイスも思考を切り替えて思い当たることがないか考える。宿に泊まる上で詰問されそうな内容を想像する。
「大丈夫です。整いました。理論武装もバッチリです」
「自分でいうのもアレだが、未成年を別の部屋に泊まらせるって結構難易度高いと思うぞ?」
「大丈夫です、ここはそういう宿でもあるので」
「……そっかー」
サイスがやたら自信をもって宣言するので、カヤノはどう大丈夫なのかは深く理解することを放棄した。その代わり、可哀想なものをみるような視線だけ残して先に建物に入る。
建物の中は窓からの採光以外に天井からの照明で明々と照らされていた。火のような原始的な揺らめきもなく、一定の明かりが天井から供給され続けている。
「おい、サイスくん。ここ、天井が明るい!」
「ああ、魔力灯ですね。大がかりな魔道具なので携行してませんでしたが、わりとポピュラーですよ」
「ふむ、……ふむ? 後で聞くことにする」
「そうしてください」
カヤノの第一声が効いたのか、建物内の人々からは注目の的だった。
「かわいらしいお嬢さんですね」
くすりと微笑を浮かべ、一人の若い女性が二人に声をかける。彼女もカヤノに注目した一人だった。どうやらここの店員のようで、周囲を見渡せば似たような服装の男女が佇んでいる。
「見ない顔のようだけど、ひょっとして旅人さん?」
「ええ、まあ。それで二部屋お願いしたいんですけど」
「ご宿泊ですね。こちらで手続きしますので、どうぞ」
そういって女が奥の受付カウンターに案内する。
受付では手のひら大の石板と宿帳がカウンターの上においてあり、先ほどの女性がサイスに色々と指図していた。
カヤノは胸の高さほどカウンターに、背伸びしてへばりつくように両手をかけ、ひょっこり頭を覗かせる。そしてサイスの脇から彼の手元を覗き見る。ちょうど宿帳への記入を促されているところで、そこにはカヤノには見慣れない文字が並んでいた。
「何を書いてあるんだ?」
「お部屋を優しく使います、って約束してもらってるのよ。あ、えーと……カヤノちゃん」
受付嬢がカヤノににこりと笑う。カヤノは怪訝そうに顔をしかめ、それから目線を一度、宿帳に逸らしてから、納得したように表情を緩めた。
「あれが俺の名前……。そして自動翻訳は読み書きまでフォローしてくれない、か」
カヤノは疲れたのか、カウンターから手を放す。そのまま反転、カウンターを背もたれ代わりにしながら、天井を見上げ一人ごちる。
「……あら、お部屋は別々になさるんですか?」
受付嬢が声をあげる。カヤノの危惧した通り、子供に別の部屋を割り当てることに違和感を抱いたようだ。事前にサイスは問題ないと自信を持っていたが、どのような返答をするのだろうとカヤノが耳を澄ませる。
「はい、同じ部屋だと連れ込めないんで」
「!!」
きっぱりとサイスが言う。しかもなぜか誇らしげだ。もちろん、それが女性の問いかけに対する答えなのだが、目的語をぼかしてある。
すぐさま、サイスが伏せた言葉の意味も含めて正確に理解したカヤノが驚いて振り返る。そして一呼吸おいて、納得したような表情を浮かべ、ぽかんと口を開いたまま小さく頷いた。
一方、受付嬢は「なにを」と口にしそうになって自制する。その代わり、納得した表情のカヤノを一瞥して気付かないくらい小さくため息をついた。
「なるほど。なるほど……」
「それより、支払い済ませたいんですが……」
「ええ、はい。大丈夫です。では、こちらにカードを」
なんとか調子を取り戻した受付嬢がカウンター裏で操作すると、石板が淡く輝いた。
サイスも言われるままに、村の入り口でも取り出した金属プレートを懐から取り出す。
「これで手続きは以上です。支払いも……大丈夫そうですね」
石板にカードを重ねるサイスを確認して、女性が頷く。
「それではお世話になります」
「おお、やっとか。さっさと部屋に行こうぜ」
カヤノがカウンターからパッと離れてきょろきょろと建物の中を見渡す。
サイスが無言で靴箱のある棚と一段高く作られた床を指さすと、カヤノはてってかとそちらに向かって歩き出した。
「ちょっと待ってください。サイス……さん。えーと、ひょっとしてルッカ商会所属の?」
「そうですけども?」
同じく部屋に向かおうと背を向けたサイスが訝し気に首をひねる。受付嬢は手元にある書類の束を慌ただしくめくって何か探しているようだった。
「どうした、サイスくん。トラブルか?」
「大したことじゃないと思います。先に部屋に行ってて下さい。カヤノさんはイチョウの部屋です」
「なんとも和風だな。番号でいいだろうに」
カヤノは木札をサイスから受け取ると、履いていたサンダル無遠慮に脱ぎ捨て、廊下にあがる。両脇にある部屋と木札を見比べながら、そのまま行き止まりの階段を上がる。
「イチョウ……。文字読めないし」
二階に上がると狭い廊下とびっしりと部屋が並んでいた。カヤノはややげんなりしながら、一つずつ引き戸に下げられたプレートと木札の文字を見比べて進む。
「ここ、か……」
改めて確認する必要はなかった。カヤノの手元で木札が震えている。プレートの方も呼応するように黄色の光を放っていた。
カヤノが引き戸に手をかけると、抵抗なく開いた。
部屋の中は簡素で、カーテンの閉じられた窓とその傍にベッド。それに小さなテーブルと二脚の丸椅子が置いてあるだけだった。
「ビジネスホテルみてーだ。世知辛いねぇ」
カヤノが部屋の入口にある突起に触れると、備え付けられていた灯りがともる。確認するようにその突起を何度か触れて、照明のオンオフを試すと満足そうにうなずき、後ろ手で引き戸を閉めた。
「人間工学的にオートロックだろーな」
振り返り引き戸を開け閉めして、首をかしげながら自分に言い聞かせる。
「さて」
カヤノは最後に引き戸を閉めて部屋の中央に陣取る。
「ひゃっはー、ひとりだー!」
歓喜の声と共に、カヤノはすぽぽぽーんとサマードレスを脱ぎ捨てる。ドロワーズのような下着も脱ぎ捨てる。つまりマッパになった。
「童女の裸に興味はない。興味はないが、一度、おんなのからだを手に入れた以上、やっておかねばならん。そう、これはオヤクソクであり、裏切ってはいけない確定事項。やましい気持ちはひとつもない。慣れないからだ、慣れない世界、ちゃんと確認しておかないと痛い目に合うのは自分自身だからな。つまり、これは生きるため。故人も言っている、彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず。そう、限界を」
「カヤノさーん」
引き戸の向こうでサイスの声がする。
カヤノは足音も立てずに脱ぎ捨てた衣服をひっつかんでベッドにダイブする。
「焦るな、オレ。よく考えれば、オートロック。つまりサイスくんは部屋に入ってはこれ……」
「防音の魔道具発動してるのかな? 仕方ない、入りますよー」
引き戸が揺れる。
わずかに開いて光が漏れる。
ヤバいと判断してカヤノが毛布をかぶる。
「あれ、カヤノさん。寝てるのか……」
(圧倒的セーフっ。ばれてない、間に合った……っ!)
「困ったな。色々、説明しないとダメなのに」
木のきしむ音がする。
サイスが部屋の中央にある丸椅子に座ったようだ。
(ていうか、鍵。鍵、かぎーっ。オートロックじゃないのかよ。サイスくん、普通に入ってきてるし!)
「書置き……、ダメだな。文字読めない気がする」
ぎしりと椅子がきしむ。
(つーか、早く出てけ。寝てる童女の部屋でくつろいでるんじゃねー。こちとら裸だぞ!)
だらだらと、冷や汗をたらしながらカヤノが心の中で毒づく。
「起こす……か?」
床を蹴る音がする。
(来るな、来るな、来るな。無理だ、裸を隠したまま自然に乗り切れる自信がない)
足音が間近に聞こえる。
(むーりーだー。このままでは変態ロリコニストと呼ばれてしまう)
衣擦れの音がする。毛布越しに近づく気配がする。
(そうだ、何か言い訳。今すぐ、誰もが、納得する、言い訳。ただし、オッサンが無抵抗の童女を裸に剥いたものとする。って、無理に決まってんだるぉお! 即ギルティだっつーの)
カヤノは頭からかぶった毛布の暑さでおかしくなっていた。
「後でいいか。矢印かなんかで伝わるだろう。スペアキーだけ置いておこう」
カヤノに触れる寸前で、サイスは思いなおす。そうして、サイスはベッドから離れて書置きと木札をテーブルに置くと、そのまま部屋を出ていった。
カタンと引き戸が閉じられる。再び部屋は静寂を取り戻し、カヤノひとりになった。
部屋には少女の寝息だけが聞こえた。
カヤノはプレッシャーと興奮、そして暑さから気を失っていた。




