04.身分を証明する難易度の高さは文明レベルに依存する
前回までのあらすじ
オッサンが見た目が童女でなければ、殺されても文句を言えない振る舞いをした。
「このカードがあれば何でも貰えるの?」
「貰う、じゃなくて買うんだ。いつでも相手の欲しいものを持っているわけじゃないからね」
少女は金属プレートで出来たカードを持ち上げ日に透かす。この村では珍しくない光沢をもつカード表面と、この村では珍しい発光するカードの紋様を不思議そうに眺めていた。
「ふぅん……。かう……、買う、かぁ」
少女が語感を確かめるように、僕が教えた新しい言葉を何度も口にする。
そして少女はカードを胸元に引き寄せると、大事そうに両手で抱いて僕の方に向き直る。
「しょーにんさん、わたしを買ってくれませんか?」
強い風が吹いて、草原が波のように揺れる。少女の金色の髪がなびき、太陽の光でキラキラと光った。
僕はそれと負けないくらい輝く少女の瞳に魅入られていた。生命力にあふれ、可能性を感じずにはいられない、つい肩入れしたくなるような不思議な魅力があった。
「ダメかしら?」
少女がきっとおかしな表情を浮かべている僕の顔を覗き込む。
「……君の期待には添えられそうにないや」
「そう……」
「そうさ。僕の財布じゃとても買えそうにないからね」
「そうね。わたしはとてもたかいおんなだもの。しょーにんさんが一生かけて買えるかどうかくらいの」
けらけらと笑う少女。
しかし、実際に値段を付けるならいくらだろうか。
相場――、この村での希少価値も含めて……。買った後も考えるとさらに……。
手持ちは? まだ現金化してない手形も含めればあるいは……。
ふと、我に返る。
少女はまだけらけらと笑っていて、風もまだ吹いている。
馬鹿らしいことだ。
僕も少女につられて笑った。
☆
初夏の日差しが注ぐ。申し訳程度のそよ風が頬を撫でるが何の慰めにもならない。じっとりと汗ばんだ肌が衣服を張りつかせて不快感を煽った。
「暑い。村はまだか」
「この丘を越えれば見えると思います。あとお水です」
カヤノがアゴを突き出してだらしなく口を開く。眼前に差し出された水筒をひったくると、躊躇なく頭からかぶる。太陽を反射する絹のような金髪がぺたりとしおれ、垂れた水滴が衣服を透けさせる。
「疲れたと座り込まれるよりは全然マシなんですが……。カヤノさん、一応外見は女の子ですよ」
「知るか、こんなロリボディに欲情する輩に配慮してまで自重するつもりはない」
カヤノが犬のようにぷるぷると頭を振って張り付いた水気を周囲にばらまく。
サイスは迷惑そうに顔を背けてため息をつく。次いで、カヤノから空っぽになった水筒を投げ渡され、それを慣れた手つきで浄化して中身を補充する。
「そんなことより、ほらサイスくん。頂上までもう少しだ、行くぞ!」
カヤノはすっかりリフレッシュしたのか、機嫌よさそうに声を上げて小走りに丘の頂上へ駆け上がる。
「……おお、みろよ。サイスくん、村だ。柵がぐるっと巡らされてる。すごくファンタジーだ」
カヤノが丘の先にある風景を見て、喜色を隠さず、上擦った声をあげる。遅れてきたサイスの腕をつかんで村のある方向に誘導しながら、その風景を珍しい物であるかのように嬉しそうに語る。
「どんな家が建ってるんだろうな。というかどんな狂った人種がいるか楽しみだ」
「うーん。普通の人がいる普通の村だったと思いますが」
「サイスくんの普通はオレにとっての変わってる、だからな。わくわくするな」
カヤノのテンションについていけずに、困ったようにサイスが眉じりをさげる。カヤノはそんなことお構いなしに笑うと、そのままのテンションで丘を駆け下る。
「……カヤノさん以上に変わってる人、いないと思うけどなぁ」
サイスが愚痴をこぼしながら、カヤノの後に続いた。
「門番だ」
「そりゃいるでしょう。柵で集落を囲うっていことはそういうことですから」
門番は既に二人を捕捉しているようで、ひそひそと内緒話をする姿をじっと見つめていた。
カヤノはとりわけ視線に敏感なのか、サイスを盾に視線を遮るように位置どって、やや緊張した面持ちで村の方を凝視していた。
「いやいや、そんな不安そうな顔しないで下さい。年がら年中、危険が一杯って事はないですよ」
「そうじゃない。なんかあの門番、オレのことを見てないか? やたら視線を感じるんだけど」
「……はいはい、可愛い可愛い」
「ちっげーよ。そうじゃない、そういう類のアレじゃない。別垢でネカマやってたときのガチトーンでチャットされたのに似てるんだが」
サイスは何一つ分からないという表情を浮かべて、不安げなカヤノから視線を一度切る。門番の方へ振り返って大きく手を振ると、相手が振り返すのを確認して村の方に歩き始める。
カヤノは苦虫を噛み潰したような表情をしてその場で佇んでいたが、やがて意を決するとサイスの背中にぴたりとくっついた。
「……なんかあったら暴れるからな」
「やめてほしいので、せめて宿までの道すがらはずっと黙っててください。トラブルは避ける努力をしましょう。こっちからアクションを仕掛けなければ大丈夫なはずですから」
低めの声で脅すカヤノ。サイスはやや涙目になってそれをなだめる。そうこうしているうちに村の入口が間近となって、門番がそこを封鎖するように立ちふさがる。
「身分証は?」
サイスは黙って金属プレートのカードを差し出す。
「そっちの子は?」
「えーっと、そのですね……」
サイスは答えに詰まってしどろもどろになる。カヤノが急かすように背中を打ち付け、それが仇となったのか、サイスは焦って余計に考えがまとまらない。
「なにか言えないような――」
「性奴隷でっす」
カヤノが機転を利かせて、異世界で身分を証明するのに一番手っ取り早いと信じている手段に出る。呆気にとられたように門番、それにサイスが間抜けな声を漏らす。
「お――、わたしはサイスく――、サイス様の性奴隷をやってまーす」
カヤノらしからぬ声で、奴隷というにはやや軽い口調で重ねて宣言する。そこには違和感しか存在しないが、吐いた言葉は戻らないし、過ぎた時間も返らない。
「……そういう感じです。所有物なので身分証、必要ないですよね?」
頭が痛そうにこめかみに指をあてながらサイスが言うと、門番もそれ以上は追求せずに引き下がる。一人だけ元気なカヤノがサイスの腕を引っ張ってそのまま村の中へと入った。
「まずは宿だな」
「そーですね」
ひとしきり歩いたところで立ち止まると、カヤノがキョロキョロで辺りを見渡す。サイスがぐったりした様子のまま先導し始めると、カヤノがそれに続く。
「調子、わるそうだな」
「ええ、入り口でのやりとりで何だかどっと疲れまして」
「なんだよ、オレのファインプレーだっただろ。素晴らしい機転だ」
「ふつーの奴隷でいいでしょう? 何故、性を頭に付けたし」
「そっちのほうがインパクトあるだろう?」
「ああ、この人はもう。もう」
サイスが額を押さえてうめく。その苦悩は肝心のカヤノにはまるで伝わっておらず、ただ得意そうににやにやと笑うだけだった。
サイスにとって去り際に感じた門番の気の毒そうな視線だけが救いだったかもしれない。




