03.魔法こそが王道
前回までのあらすじ
異世界人が童女にマズ飯を振る舞ってガン泣きされた。
「魚があっさり取れたせいで、火を起こすのが最後になってしまった。アーズィ!」
パチパチと弾ける音がして、手の中の木片が赤熱する。かまどの中にそれを放り込んで、さらに木枝を乗せていけばあっという間に焚火が出来上がる。
「しょーにんさん、わたしも火を点けられるよ!」
「そっかー」
焚火の前にしゃがんだ僕の肩口から背中越しに少女が自慢気に顔を覗かせる。
僕の態度は期待する少女の声色に対して素っ気ない。別段驚くようなことでもないのだ。
音声魔術はとてもありふれたもので、一音であれば老若男女問わず、使えて当然。自慢するようなことではない。僕が少女くらいの時分でもそのくらいは当たり前だと、そう知っていた。
だから――、
「パパやママ、カエデ。向かいのリンドさんや隣のスードルさんは使えないの。だからわたしはみんなのお家に火を起こしてあげるの。えらいでしょ!」
「―――っ」
言葉に詰まる。
少女が口にする人物が、同年代の子供ではなく大人を指しているのだと理解して、さらに慌てた。思考は容易く結論へと至るが、望外な答えに心が受け入れられない。
「えらくないかな? あのね、火起こしできる子はみんな頑張ってるんだよ。でも、それを褒めてくれる大人たちはいないの。大人たちはみんな悔しそうな顔するの。わたしはそういうのあんまり好きじゃない」
少女は言葉を続ける。
僕が肯定しなかったせいで、言葉に自信を失ったのか、その内容はさっきに比べて随分弱気になっている。積み重なった村人たちへの不審がこぼれ、少女の抱えた本音が漏れたのかもしれなかった。
☆
「ディヴュ!」
カヤノが叫ぶと同時に、彼女の手の中にある木の棒が輪切りになって地面へと散らばった。
「おおう、これが魔法。種も仕掛けもない、ヤバい。ヤバい」
語彙力の欠けた感想をこぼしながら、カヤノは次なる獲物を探して視線をさ迷わせる。
カヤノとサイスが目的地を海と定めてから丸一日。一番近い村まで徒歩でかかる行程において、カヤノがサイスからこの世界の常識について教わる時間は十分にあった。
その中でも最もカヤノの興味を引いたのが魔法だった。
「掛け声だけで8種類も使えるとは、かなり親切な世界観だな。気に入った、褒めてやる」
「世の魔術師はそれらを組み合わせて魔術を行使するそうですが、あいにく僕はそっち方面がとても苦手でして……。もし、興味がごありでしたら魔術師ギルドに顔を出すのもいいかもですね」
「なるほど、面白そうだ。オレの異世界行脚リストに登録しておけ。そりゃ、フユ」
カヤノが拾ったこぶし大の石が掛け声とともに今度は砂粒よりもきめ細やかな塵となってサラサラと風にのって宙を舞う。そしてその光景を眺めていたカヤノの金色の瞳が何か思いついたように不気味に輝く。
「……フユ!」
唐突にカヤノの小さな手がサイスの二の腕をギュッとつかむ。そして叫ばれる破壊の掛け声。
「……何にも起きないな」
「残念そうに言わないでください。怖いな、この人」
「まあまあ。どこまでできるか試したくなるだろ。好奇心ってやつだ」
「直前に石ころを塵へ返した魔術を抵抗なく人間に使用するのは、この先付き合っていくに恐怖しかないのでやめてください。その振る舞いは世界共通で危ない人だと思うんです」
サイスは大きなため息をつきながら、足を止めて周囲を見渡した。
ずっと隣を歩いていたカヤノも少しだけ先に進んでから振り返り、サイスの様子を不思議そうに眺める。
「あ、いや。この辺りに水場があったはずなので探してるんです。この先は人里まで水場が無かったはずなので、今日はこの辺で野営にしようと……」
「でも、まだ明るいぞ? 無理すればたどり着けるんじゃないか? あと、オレは柔らかいベッドで眠りたい。固い地面はもう嫌だ」
「夜中になるので、たぶん入れてくれないと思います。それに昨日は僕のハンモック奪ったから地面には一切触れてないじゃないですかー」
胸の前で腕を組んで抗議するカヤノを横目に、サイスは焚火の跡を見つけ、その傍に荷物をおろした。まだ文句がある様にふくれっ面を晒すカヤノだが、サイスは構わず大きめの石でかまどを組み上げていく。
「では、火種おこしお願いします」
サイスが手に収まる程度の黒い塊をカヤノに放り投げる。慌てて受け取ったカヤノは手元のそれを見て相好を崩すが、すぐに咳払いをしてむっとした表情を作り上げた。
「僕は魔術があまり得意ではないので、昨日のようにパッとお願いします。カヤノさん」
追い打つようにサイスがおだてる。次第にカヤノの表情が緩み、わずかに口の端が上がった。
「サイスくんはまったく……、しょうがねーなー。アーズィ!」
「……」
カヤノの手元で黒い塊が赤熱する。お手玉をしながらカヤノがかまどの近くにかがむと、慎重に火種を枯れ木を組んだ中に下ろした。
やがて、小枝に火がともり、太目の枝に火が渡る。そうして大きく火が揺らぐのが目に取れるようになる頃には、カヤノはすっかり機嫌を取り戻してにまにまと焚火を眺めていた。
「ああ、火は落ち着くなぁ。文明の灯よ、偉大たれ」
「……はぁ。水を汲んだりしてきます。お腹が空いているようならカバンの中身を好きなように食べてください」
カヤノから機嫌のよさそうな生返事が返る。サイスは少しだけ遠い目をしてから、小さく声をこぼして気合を入れると、革袋を持って焚火の傍を離れた。
サイスが水汲みから戻ってくると、カヤノか焚火の傍で横になって小さな寝息を立てていた。カヤノの言動を思い出し、少しだけ呆れて、それから頭を振って胸の内に抱えた複雑な心境をリセットする。
サイスがいそいそと野営の準備を済ませる。そうして鍋を火にかけ、白い湯気が立ち上る頃にはすっかり日が傾き、夜が顔を覗かせていた。
「カヤノさーん。そろそろ起きてください。ご飯の準備するのでからだを清めてきてくださーい」
一度、二度、三度。サイスが声をかけるが反応はない。仕方ないと、サイスが立ち上がってカヤノの枕元まで足を忍ばせる――と、カヤノは突然ばちっと目を開き、同時に体を跳ね上げる。そして、後方へのステップと共に一息で大人二、三人分の距離をとった。
「か、カヤノさん?」
「ん……。なんだ、サイスくんか。驚かすな」
寝起きの超反応もどこ吹く風、といった様子で、よだれでもたれていたのか、呑気に口元を拭いながらカヤノが少しくぐもった声で不機嫌にサイスを睨む。サイスは不条理だと言いたげに文句のある表情を浮かべたが、カヤノに気圧され諦めたように嘆息した。
「で、なんだって?」
「食事の準備をするのでさっと身を清めてはどうかな、と。一日中歩きづくめですし。あっちに湧き水のわいている場所があるので、よかったら」
「ふむ、水浴び」
「そこまで水が自由に使えるとは言ってませんが」
「いや、水浴びはもっと日の高いうちにやるべきイベントだ」
「カヤノさんがお昼寝しなければご意向に添えましたのに」
「まぁ、そういうわけだから手軽に済ませる。シース」
カヤノが服の上に手を添えて魔術を行使する。しかし、何も起こらなかったようで、すっと顔を上げたカヤノがサイスと視線をからませ、こてんと首をかしげる。
「おい、サイスくん。ちょっと話がちがうぞ。しーすは汚れとか不浄をなくす魔法だろう?」
「人に向けて使う魔術じゃないですからねー。普通は飲み水で腹を下さないようにするために使います」
「ちっ、融通の利かない。垢とか埃とかを取っ払えて便利だと思ったのに」
「そういう魔術もありますよ。ただ、僕は使えないし、使い方も知らないですけど……。あっ、そうやって蹴らないでくださいよ。足癖わるいなぁ、もう」
「やかましい。メシだメシ。明日こそはちゃんとしたベッドで寝るぞ。野宿とかやってられるか。オレはもうちょっと繊細なトコで生きてたんだ」
カヤノは火の傍にどかっと腰を下ろすと、アゴで指図して配膳を促す。
「繊細なひとは能天気に魔術ではしゃげないと思うんだけどなぁ。特にカヤノさんの境遇を鑑みると」
サイスはぼそりと呟くが、さらにカヤノに催促されて、その思考も捨てる。おとなしく準備した食事をカヤノの前に差し出し、その後、自身の食い扶持も確保する。
「……何してるんですか?」
見ればカヤノが食事を手に取ったまま固まっていた。じっと皿の中身を凝視したまま身動き一つしない。
「昨日、ギャン泣きしたからな。特別な攻撃を受けている可能性を考慮して警戒している」
「ああ、それならもう大丈夫ですよ。ああいうのは、もう残っていませんから」
「なんだそれ? そうやって自信をもって言い切れる辺り、すっごい怪しいからな。サイスくん」
口ではそういいながら、カヤノは警戒を解いて食べ物を口に運ぶ。恐々と口を動かして、やがて旨味を舌に覚えると、目を輝かせて口いっぱいに食べ物を頬張る。
がっつくカヤノに世話を焼きながらサイス自身も食事を済ませると、食後のお茶を入れて一息入れる。
先に食事を済ませたカヤノは焚火から少し離れたところで、昼間のように音声魔術の試し打ちを繰り返していた。
「ふーむ。対人無効なのはアレだが、かなりの便利魔法だな。サイスくんはお気に入りの魔法はあるか? なに、8つもあれば得意な系統もあるだろう」
気が向いた、と言わんばかりにカヤノが突拍子もなくサイスに水を向ける。
サイスは気難しそうに眉間にしわを作りながら、ごく自然に近寄ってきたカヤノに奪われたカップを未練がましそうに視線を送る。
「ああ……。得意かどうかは微妙ですが、よく使うのはハスですね。僕だけじゃなくてみんながよく使う音声魔術でもありますが」
「ハスぅ? 一番使いどころ無さそうだろう。どう考えてもグータとかディヴュの方が使い道多そうだ」
ぐいっとお茶を飲み干したカヤノが馬鹿にしたように笑う。
サイスは特に気を害した様子もなく、カヤノの空いたカップにお茶を注ぎ、四つん這いのまま少し離れた場所に移動して、雑草の生い茂る地面に手を置いた。
「ハス」
一瞬で雑草が枯れ果て、サイスの手が地面にずぶりと埋まる。
「と、まぁ。旅人にとっては固い地面を柔らかいベッドにするための必須科目として重宝されてます。それ以外にも食べ物関連に――」
サイスの説明途中で、彼の脇を小さな影が跳ねた。
カヤノがサイスの話も聞かずに、先ほどサイスが耕した地面を面白がって踏んづけたのだ。くるぶしほどまで足が埋まり、その感触に好奇の目を輝かせる。
「サイスくん、これ楽しい」
そのまま地面に倒れこむ。カヤノのからだが半分ほど抵抗なく土の中に埋もれた。
サイスが止める暇もなく、カヤノはさらに寝返りをうって手つかずの場所も蹂躙していく。
「うう。せっかく寝床を作ったのに」
「オレの前で面白そうなものを用意したサイスくんが悪いのだ。フハハハハハ」
土で肌が汚れることを嫌うことなく、カヤノはごろごろと柔らかな地面の上を転がった。




