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02-01.海に行くなんて言ったが

「失礼します」


 僕は腰を折って深く頭を下げて挨拶すると、相手の顔を見ることなくその家屋を出た。

 失意の念で胸をじくじくと痛む。


 塩撒いとけ、なんて声が出てきた家屋から聞こえた。家主があの調子なら、明日の朝には村中に僕のやらかしが知れ渡っていることだろう。


 既に時刻は夕方で、太陽も山の稜線に一部を隠している。今から村を出て山に入るのは自殺行為だ。明日の早朝にでも旅立つことにしよう。


「あれ、しょーにんさん?」


 とぼとぼと歩いていたら、見知った顔に出会った。この二日間、付きっ切りで村を案内してくれている少女だ。僕の姿を見つけて、こちらに小さく手を振っている。


「やあ。君は元気そうで何より。でも、もうすぐ陽が沈むから早く家に帰りな」


「べつに遊んでるわけじゃないの。お使いよ、お使い。昼間はしょーにんさんの相手をしていたから、たくさんしごとがたまっているの」


「へえ。それはすまないことをしたね」


 僕が邪険に振舞っても、少女は人懐っこい笑顔を浮かべ、子犬のように僕にまとわりついてくる。

 そして、それでも塩対応しようものなら、今度は実力行使にかかる。具体的に言うと、小さな拳がぺちりと僕の背中を打ち付けていた。


「ふふん。ねえ、しょーにんさん、明日はどこを案内してほしい?」


「明日? 明日。あしたかぁ」


 さっき、明日は村を出ると決めた。だとしても、明日も今日と同じ日が訪れると信じてやまない少女に打ち明けるのは辛い。


「どこだっていいよ。しょーにんさんと一緒にいるの楽しいし」


 照れくさそうに笑う少女を見て、僕は、


「そうだなあ。明日は昼間でもお仕事をしている君の姿を見てみたいな」


 なんて茶化したら、少女が僕のふくらはぎ辺りを蹴り飛ばした。

 痛いだなんていう暇もなく、少女はぴゅーっと走り去って遠くに行ってしまう。


「しょーにんさんのばーか」


 それもよくある捨て台詞を残して、だ。



  ☆



「昨日は海に行くなんて言ったが」


 カヤノが何気なくその言葉を口にすると、サイスは大袈裟に肩を震わせた。

 その様子を見て、カヤノがにんまりと目じりを緩ませる。


「ふふは、別に嫌だとかそういうことを言いたいわけじゃない。そうビビるなよ。確かに突拍子のない提案だったが、悪くない。そう、悪くないとは思った」


 カヤノは隣を歩く青年の背中を無遠慮にひっぱたいてけらけらと笑う。


「そうじゃなくてだな。この先、町に寄ることがあれば冒険者ギルドに顔を出してみたいと思ってな」


「冒険者ギルド」


「そう、そうだ。冒険者ギルド。さしたるコネが無くても、腕っぷしさえ強ければ、そこそこの地位は確保できるからな。まったく、手っ取り早い売名行為には最適だな。クエスト方式」


「クエスト」


「討伐系、採取系、運搬系、護衛。どれでもいいが、最初は採取系で肩慣らしだな。サイスくんの実力だって測りたいし」


 カヤノが将来の展望を希望に満ちた声色で口にする。そこだけ切り取ってみれば、咲き誇る花のように煌びやかでキラキラと輝いていた。


 それとは対照的にサイスの表情は浮かない。何か言いにくそうに口をもごもごしている。それでも、やがて意を決したように拳をぎゅっと握り、カヤノのほうへ向き直り姿勢を正す。


「ちょっといいですか?」


「なんだ。言っておくが、サイスくんはオレの暫定バディだぞ。可愛い女の子が現れたら、即解消するけど」


「うーん、この正直者め。じゃなくて、冒険者ギルドって何ですか?」


「知らんのか?」


「そこそこ歩き回ってますけど、聞いたことないですね。ギルドであれば骨細工や木工、裁縫とありますが、そういうのとは違いますよね?」


「違うぞー。そっかー。ないのかー」


 先ほどまでの機嫌の良さもどこへ行ったのか、カヤノは肩を落としてしょんぼりする。傍目からでも酷く落ち込んでいるのが手に取る様に分かる感情の発露だった。


「まあ、僕が知らないだけという可能性も」


「そ、そうだな。サイスくんはどっちかというと生産系ビルドっぽいもんな、見た目。戦闘系の情報には疎いだけだろう」


「ですね、きっと博識な方であれば知ってますよ」


 言外に、サイスは一般知識ではないと告げたつもりだが、カヤノはそんな意図など微塵も介さず、ただ元気づけられたと呑気に笑顔を浮かべる。


「なんか罪悪感が……。あ、そこは左に逸れてください」


「左、崖なんだが?」


「大丈夫、それほど高さはありませんから」


 カヤノは平坦に続くそれまでの進路、それにサイスが新たに指示した悪路へ交互に視線をやりながら、困惑して立ち尽くす。しかし、そんなの気にしないとサイスはどんどん悪路を進んでいく。


「おい。そっちは歩きにくい斜面だ。あっちの平らな方を進んだ方が楽だろ。どう考えたって」


「ああ、モンスターを避けてるんです。カヤノさんが指さした方はモンスターが生息できる場所だったので。この辺りがちょうど境界線なんですよね」


「サイスくんには何が見えてるんだ……」


 カヤノは熱心に旧進行方向と変更後を見比べるが、欠片も違いが分からない。気難し気に眉間に皺を寄せてうんうんと唸る。


「さっぱりわからん。けど、モンスターか。会ってみたいなー。ひょっとして、あっち行けば会えるってことか?」


「恐ろしいこと言わないでください。僕くらいだと逃げるので精一杯なんですけど」


「なんだ、サイスくんは弱虫だな。オレが退治してみせてやろう。付いてこい。ハリーハリー」


 ふふは、とカヤノがサイスのいうモンスターが生息できる場所へと進もうとする。これを慌ててサイスが腕を引き、引きずるようにして進行方向を正す。


「あのですね。モンスターが出ると基本的には兵士さんの出番です。ただでさえ、普通の人でも厳しいんです。カヤノさんは今一度、ご自身の姿を、見た目を思い出してください」


「むしろ子供だからこそワンチャンあると思うんだけどなー」


「そういう博打みたいな真似をやめましょう? 説得力の欠片もないですよねえ?」


 サイスが息を荒くしてカヤノに迫る。カヤノもこれには気圧されて、安全とされる方へ向き直った。


「今回だけだからな。しかし、モンスター如きで兵士案件とは……。この世界にゃ戦える連中いないんだな。魔法もあるし、戦闘力は高めだと予想していたんだが」


「別に勝てないとは言ってないですよ。ちょっと数が多くて、少人数で戦ったり、殲滅したりするのには手に余るというだけです」


「なんだ、一匹一匹なら雑魚か。よし、やろう」


「やーめーてーくーだーさーいー」


 サイスが再びモンスターの生息地へ向かおうとするカヤノの肩をひっつかむ。突然、肩にかかった重みにサマードレスの肩ひもがはだけて、カヤノの半身が露出しかける。


「わかった、わかったから、放せ。サイスくんの骨なしチキン野郎。ちょっとくらいモンスターと戦ってみたいという、異世界人特有のロマンを汲まぬヘタレ」


「あー、うん。きっとその意見が少数派なのだけは何となく察せます」


「うっせ、サイスくんのばーか」


 衣服の乱れを正しながら、カヤノは唇を尖らせてサイスを罵倒する。

 サイスが何とも言えぬ表情で受け答えを思案していると、何が気に障ったのか、カヤノがサイスのむこうずねを蹴り飛ばした。


「しけた面してないで行くぞー」


「うーん、いいのかな? いいか……」


 サイスは小さな背中を眺めながら、僅かに笑みをこぼした。


すみません、急遽エピソード追加です。

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