25.結界魔法って、要するにさ
前回までのあらすじ
とっさに女性っぽいしぐさが出てしまって、照れ隠しに男っぽく振舞うカヤノちゃんくんの図。
僕は干し草のベッドに倒れこむと、その感触にたまらず蕩けた声を漏らしてしまった。
「そんなのがいいの? しょーにんさんは変わってるね」
部屋の隅に三角座りで佇んでいた少女がアンニュイな表情を浮かべた。
僕はごろりと寝返りをうって少女の方へ向いた。少女はどこか落ち着かない様子で、視線をさ迷わせている。ひょっとすると、緊張をしているのかもしれない。
僕はこみ上げる衝動を抑えきれずに噴き出す。
あの少女が、緊張? ない、絶対にない。
「なんだか馬鹿にされた気がするよ」
「悪気は無いんだ。ああ、そうだ。おまじないを忘れていた」
僕は干し草のベッドから身を起こすと、四つん這いのまま、ずるずると体を引きずって、部屋の中央へと向かう。
「どうか、一晩の安眠の加護を。シース、フユ、ディヴュ、ハス」
唯一、僕の使える4節魔術。
毎日、毎日、ずっと使い続けたそれは、それなりに形になっていると自負する。
「しょーにんさん、魔法?」
「これは建物におかしな人が入って来れなくする為の特別な魔術だよ」
少女は説明されてもピンと来ないようで、眉間に皺を寄せたまま難しい顔をしていた。
少女はまだ幼い。純然な悪意を知らないから、安全を確保する難しさを理解できないのかもしれない。つまり、この魔術自体の価値にそもそも懐疑的なのだ。
「そうだなあ。例え、この場で君を襲ったとしても誰一人助けが来ないようになる、みたいな」
「……ほんとに?」
少女は唇を尖らせ、探るような目を僕に向ける。
「信じてないな? じゃあ、やってみせようか?」
僕が中腰になる。
少女が小さく悲鳴を漏らして後ずさる。背を壁に貼り付け、限界まで目を見開き、僕を凝視する。
「いや、冗談だよ」
「じょ、冗談でも言っていいことくらいあるのよ。しょーにんさんのばーか」
まだ気持ちが落ち着かないのだろう。目の端に涙をためて強がる少女の罵倒はひどく頼りない。
「まあ、どうしたところで、君のお父さんとお母さんは助けに来るさ」
「それって、やっぱりさっきの魔法が嘘だったってこと?」
「違う、そうじゃない……」
結局、似たようなやり取りを3回繰り返して、ようやく少女に魔術のことを理解して貰った。
☆
既に日は沈み、空には夜の帳が降りていた。
闇夜において、月明かりは心もとなく、かまどで揺らめく焚火だけが頼りだ。
そんな焚火を悪戯に木の棒でつついて、無駄に火をくゆらせていたのがカヤノだった。
円錐形の巨大なウロコを懐かしむように見つめていたサイスは、大きく揺らめいて明滅する炎を煩わしく感じ、顔を上げてカヤノの手元をじっと睨んだ。
「眠いなら寝ればいいのに……」
「何度も言うが、オレは繊細だから地べたで寝るような真似は出来ん」
サクが己の太ももを手で叩いて、カヤノの注意を引くが効果は薄い。カヤノはそれを一瞥するだけで、すぐに焚火へと視線を戻す。
「だいたい、いつ野生動物が襲ってくるかも分からん状況で、安穏と寝ていられる訳がないだろう」
ないない、と無言で否定するサイスの頭に薪がクリーンヒットして地面に転がり落ちた。
「それに前はモンスターとか知らなかったが、実在することも、どんな攻撃をしてくるかも、今は知っている。想像力豊かなオレの場合、それだけで心が圧し潰されそうだ」
サクが両手を開いてカヤノを迎え入れるアピールを行うが、またも一瞥するだけでそっぽを向かれた。
「そういう訳だから、不寝番のお時間だ!」
「どうぞ。僕は寝ます」
「明日、辛かったらおんぶするからね。遠慮しなくてもいいよ」
がっと立ち上がって、こぶしを握ったカヤノだったが、それに追従するものはいない。
サイスは横になろうとするし、サクも四つん這いのまま、のそのそと外套を敷いただけの寝床に移動する。
「二人とも変じゃないか? 野宿するなら、もうちょっとこう……、あるだろ?」
「あれ? サイスはカヤノちゃんにクレイドルの魔術の事、教えてない?」
「クレイドル」
「説明するよりは実践だよ。今日はまだだったし、サイス」
サイスはやれやれと言った様子でカヤノの隣に腰を下ろすと、そのまま説明も何もなく、地面に手をついて、大きく深呼吸をした。
「どうか、一晩の安眠の加護を。シース、フユ、ディヴュ、ハス」
サイスが大地に添えた手をそっと放す。
カヤノが物珍しそうに周囲をキョロキョロと見渡すが、期待したほどの変化は見つからなかったらしい。すぐに興味をなくして、憮然とした表情でサイスのことを睨んだ。
「地味な魔法だ。いったい何の魔法だったんだ?」
「外敵が来なくなる魔術です。一人旅の野宿で不寝番をやるわけにもいかないでしょう? そういう時に役立つ魔術で、必死に覚えました」
「サイスってば、その魔術だけは得意だよね。他のはからっきしなのに」
けけけ、とサクがからかう。
罰が悪そうにサイスも頭をかくと、物足りなさそうに首を傾げた。からかいの場で追撃をしない訳がない人物が静かだった。その異様に大人しいカヤノは何かを考え込んでるようで、視線が集まっているのも気にせず、うんうんと唸っていた。
「カヤノさんは何か気になることでも?」
「いや、外敵の定義がな。サイスくんが使った魔法の効果がふわふわしてたからな。どのくらいの塩梅なのかと考えていたんだ」
「塩梅」
「もし、サイスくんが本心からではないにせよ、苦手だなとか感じる相手はどうなんだろうってな。外敵に定義されるのかどうか……。ビジネスライクな付き合いに準拠しますってのが一番なんだろうが、その辺の細かい部分って、研究されてたりする?」
ぶんぶんと、現地人が首を横に振る。カヤノも期待してなかったのか、失望した様子はなく、当然のようにその答えを受け取った。
「つまり、逢引きなんぞでこの魔法を使われた日にゃ、ご両親は娘の貞操を諦めるほか無い可能性もあるわけだ。やるな、サイスくん。年頃の君には最適のエロ魔法だぞ」
「サイス、あんた……」
今度はサイスだけが首を横に振ったが、一度貼られたレッテルを剥がすのは難しい。サクの警戒度が如実に露になって、サイスから数歩分遠ざかった。
「はあ。でも、そうか……。頭の中で定義した外敵じゃないかもしれないのか」
サイスは意味ありげに呟くと、過去の光景を幻視した。




