24.水浴び
前回までのあらすじ
異世界の常識が牙を剥いた。カヤノ、敗北する。
「この辺で野宿と行きますか」
サクが大きく背伸びをした。ゆらゆら揺れる尻尾がリラックスしているのだとよく分かる。
サイスが無言で荷を地面へ降ろし、天を仰いで深く息を吐く。まだ陽は高く、日没まではいくらかの猶予があるのは素人目からも明らかだった。
「まだ行けるだろ?」
だから、カヤノが不満を漏らす。腰に手をやって胸を仰け反って憤然とした態度で周囲を威嚇する。
「水場と次の町までの距離、あとは治安の問題ですかね」
「この先はモンスターの生息域になっててね。不寝番を立てる必要があるから、この人数だと出来れば回避したい状況かなーって」
サイスは慣れた様子で鼻を鳴らしながら、サクは少し神経質に言葉を選びながら、二人はそれぞれにカヤノに野宿する理由を話す。
「そういうことか。サイスくんが寝不足じゃ可哀想だし、しょうがないな」
「何故、僕が不寝番する前提……」
「フフハ。それがオヤクソクというものだ。んじゃ、オレは川で石を拾ってくる」
カヤノはけらけらと笑いながら、近くに流れる川に向かって土手を駆け降りた。残された二人は互いに無言のまま見つめ合い、先に目を逸らしたサイスが肩をすくめて地べたに腰を下ろす。
「……。じゃ、私が付き添うね。サイスは野営の準備、ね」
サクは機嫌よさげに、荷物だけその場に下ろしてカヤノの後を追う。残されたサイスが手を軽く上げて見送るが、それが彼女の目に留まることは無かった。
サクが土手から川辺を見下ろすと、しゃがみこんだカヤノの姿が目に映った。宣言通り、石拾いでもしているのか、手元がせかせかと忙しく動いていた。
「カヤノちゃん、本当に石拾ってるんだ」
「まあな。川辺だとスズ石が拾える。話だけ聞いてると、精錬技術がそもそも無さそうだ。たぶん、いきなり鉄は無理だろうから、まずはブロンズだな」
「精錬……。鉄の武器をつくるって言ってた、さっきの?」
「うむ。もっとも、今は武器作るための材料を作るための材料を探してるトコロだ。そのうち、材料を作るための道具を作るための材料探しとか必要になるかもな」
カヤノがドヤ顔で語るのを、サクがしきりに頷いて称えた。
ストッパーがいないため、際限なく増長するカヤノだったが、やや単調な称賛に飽きたのだろう。サクをじろじろと見ながら、意地悪そうに微笑む。
「で、サクちゃんは水汲みか? 女の子に重労働をさせるとは見下げた奴だなぁ、サイスくんは」
「水汲み、違う違う。私手ぶら。水浴びでもしようかと思って」
水浴びという単語に、カヤノが天を仰いで陽の高さを確かめる。次に川へ視線をやって、緩やかで澄んだソレだと満足して頷く。
「水浴び、いいな」
しかし、一度、ゴーサインを出してから、片手を突き出して待ったをかける。
「いや、人が来る可能性があるだろう? オレが見る分には構わないが、誰かを喜ばせるのは腹が立つ。あ、全然関係ないけど、この世界の人間って殺人のハードルどんなもん?」
「覗いたくらいで人殺しはちょっと……。あと殺人はダメなことだから。私も……、たぶんサイスも経験ないよ。モンスターに比べたら、人間同士って全然少ないかなあ」
サクは苦笑いを浮かべ、カヤノを諫める。次いで視線をカヤノから外して、呆れたようにため息をつく。
「それに、この場所って普通の道じゃないから絶対に誰も来ないよ。サイスってば、相変わらずおかしな基準で行き先を選ぶよね。せっかく道を準備してくれた人に申し訳ないとか思わないのかな……」
「まあ、サイスくんだしな。あとは、人は来ない……か。来ないならいいか?」
カヤノがそうして悩んでいる間に、サクは服を脱いで下着姿になっていた。
それを見てぎょっとするカヤノの姿に、優位にたったと踏んでサクがにんまりと笑みを浮かべる。見せつけるように下着を剥がしながら、ぴくりとも動かないカヤノの眼にさらに上機嫌になった。
「さー、カヤノちゃんも朝からたっぷり歩いて汗をかいたでしょ。脱いで脱いで」
サクの裸体に魅せられていたカヤノが、不意打ちのようにフードをはぎ取られた。隠れていた金髪が陽光の元に晒されてたなびく。
「何を、っぷ!?」
抗議する暇もなく、次にサマードレスがはぎ取られた。引っ掛かるところのない平坦なからだが白日の下に曝け出される。
「ふふ。胸なんか隠して、大人ぶってるね」
「ん。いや。違う、違うぞ、そういうんじゃない」
カヤノが慌てて手を後ろに回した。
無意識のうちに胸を隠すという所作を行ったことを自覚して、カヤノの赤かった顔がそれ以上に赤くなる。
「んふふ。はいはい、分かってる分かってる」
カヤノが必死に言い訳するも、その意図がサクに伝わることは無い。ただ純粋に恥じらったことを否定するものだとしか思われなかった。
すっかり取り乱したカヤノを微笑ましく思いながら、サクはその小さな背中を押して一緒に川の中へと足を踏み入れる。夏ではあるが、水底は冷たく、足元から伝わる冷気は頭の芯にも届くほどだ。
それで平静に戻ったか、さっきまではされるがままだったカヤノがサクの手を払って、彼女に向き直った。そしてカヤノの真摯な視線に気圧されて、棒立ちになったサクのたわわに手をかける。
すぐさま嬌声があがり、カヤノがしてやったとしたり顔で笑う。しかも、抵抗されないことをいいことに、その揉み心地をたっぷり味わった。
十分に堪能したか、それとも反応が新鮮でなくなったか、カヤノはサクのたわわを解放すると、そのまま背中から川に倒れこむ。
「ふいー。まあ、それはそれ。湯につかるのも悪くはなかったが、こうやって冷水というのも悪くない。無論、夏場限定だが……」
ぷかぷかと浮かびながら、カヤノが視線を空から横に倒せば、サクが胸を隠すように、その身を水の中に沈めていた。顔半分まで水に浸かり、視線だけが文句ありげにカヤノの方をじっと睨んでいる。
「オレの前でおっぱいを晒すのが悪い。あったら揉むぞ」
カヤノはざぱりと、身を起こして、いまだに恨めしそうに睨んでいるサクを見下ろした。サクはしきりに獣耳を動かし、ぶくぶくと水泡を作るだけで、反撃する様子はない。
「なんだ? 言いたいことがあるならはっきりな。なんなら、オレのを揉むか? ないけど」
「そ、そんな畏れ多い!」
挑発されたサクが水の中から飛び出して、胸を突き出すカヤノを真顔で諭す。茶化すように笑っていたカヤノも呆気にとられて、頷くのがやっとだった。
そんなカヤノを尻目に、サクがじろじろと彼女の顔を嘗め回すように見て、小首をかしげた。もう一度、今度は逆方向に首をかしげると、さすがに落ち着きを取り戻したか、カヤノが不審がって目を細めた。
「ああ、いや。すこしね。気になることが見つかってね。それをどう言葉にしたものかと、頭を悩ませてたの」
「それは人の顔をじろじろ見てやることじゃないな」
「まあ、そうなんだけども……」
不機嫌そうにそっぽを向くカヤノに、気を落とすサクだったが、その獣耳は変わらずカヤノの姿を追っていた。ピンと耳を立て、時折ぴくぴくと細動を繰り返しながら、観察を進める。
「うーん、カヤノちゃんの髪から魔力が漏れてる?」
「サイスくん曰く、呪いの元凶らしいからな。何かかしらは垂れ流してるだろう。驚くことじゃない」
「いや、普通の人は魔力を体から垂れ流したりしないからね。たぶん、いまはコントロール出来てないだけで、練習すればそれも止まるんじゃ?」
カヤノがぴくりと耳を動かした。次いで、ぎぎぎと半身になっていたからだがサクの方へ向き直る。そこから、がっしとサクの肩を掴むのに時間は要らなかった。
「マジか? とまるのか? 止まったら呪いとかも任意でオンオフ出来たりするのか?」
「たたたたぶん。きっと。めいびー」
「やーりーかーたー!!」
顔がくっつくほどに接近したせいで、サクがブレイカーが落ちるように意識を失った。
当然、童女が気絶した成人女性を支えきれるわけなく、二人して水の中にどぼん。がぼがぼと不様に手足をばたつかせながら、カヤノはどうにかこうにか岸辺へとたどり着いた。
「サクちゃんの対応が下手な童貞より初心過ぎて、正直不安になるな」
未だ川半ばでぷかぷか浮かんでいるサクを横目に、カヤノは悩まし気に呟いた。
サイスが壊れた鍋と睨めっこをしていると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り返れば、パンツ一枚、衣服を肩に下げて歩いているカヤノの姿が目に映る。サイスはかまどに壊れた鍋を静かに置くと、頭痛でもするように片目を覆った。
「おっかしーなー。つかれてるのかなー、僕は!」
「夢じゃないぞー。パンイチの女の子だぞー。ほれサービスサービス」
「ああ、出来れば夢という形でお互い片づけましょうね。って暗に言ったつもりだったけど、通用しなかったんですね。どうもありがとうございます、こんちくしょう」
カヤノは鷹揚に笑って手を差し出せば、サイスは黙ってタオルを手渡す。カヤノが満足そうにうなずいて体を拭き始めた。
「で、サクはどこに?」
「どうだろうな? 川の流れはそれほどでもなかったから、流されてそのままってことは無いだろう」
「僕の幼馴染にいったい何が……!?」
カヤノの回答は頭を抱える内容だった。
その間に、カヤノはからだを拭き終わり、服を着直す。
「それは、さておき。朗報だ、朗報。オレの髪の呪いが制御できそうだぞ」
サイスが胡乱気な目を向ける。言葉にするなら、「また何か言い始めたぞ、こいつ」だろう。そこに感情は宿っておらず、得意げな表情のカヤノを咎める為だけの視線だ。
「信じてないな。サクちゃんがオレの髪から魔力が漏れてるって言ってたんだぞ。これを制御出来れば、例のヤンデレ量産の呪いともおさらばって寸法よ」
「はー、サクが言うならそうなんでしょうね。やり方はさっぱり……、痛い。何するんですか?」
「いや、あからさまに態度が変わったんでムカついただけだ」
カヤノはサイスを足蹴にして満足すると、彼に背を向けて腰を下ろす。ん、と頭を突き出して、催促すると、サイスが川の方を一瞥し、確認を済ませるとカバンから櫛を取り出した。
「いい加減、自分でも覚えようと思ったりは?」
「どうも借り物な意識が抜けきらなくてな。女の子の髪の手入れをやるっていうのはハードルが高く感じるんだ。それに、サイスくんが上手なのがいけない」
「……褒め言葉として受け取っておきますね」
サイスが櫛を入れると、カヤノは気持ちよさげに目を閉じる。
お互いに無言のまま、時間だけが流れていった。
「っと、終わりです」
サイスがとんと背中を押すと、大袈裟にカヤノの肩が跳ねた。半分くらい夢の世界に旅立っていたらしく、その後の動きがどうにも緩慢だ。
「……くぁ。さんきゅーな。髪もキューティクルだし。その櫛に秘密が?」
大きく伸びをして、あくびをこぼしながらカヤノが振り返った。そしてサイスが片づけようとしていた櫛を取り上げると、太陽に透かして首をひねる。
「魔道具の一種らしいですよ。商売道具だったんですが……、まあ有効活用ということで」
「オレの髪を見本に出来れば売り上げは約束されたも同然だったんだがな」
自信ありげに笑うカヤノを見上げながら、サイスがつられて笑う。遠くにはこちらに手を振るサクの姿が映っていた。




