23.ある日の出来事
前回までのあらすじ
男親の気持ちを深く理解する童女に、その娘を掻っ攫われた。
「おーじーさん」
少女が掛け声とともに戸を押し開く。同時に信じられないほどの熱気が僕の顔を襲う。外は立っているだけでも汗が浮かぶほどなのに、この中はそれすら涼しいと思わせるほどだった。
「〇〇〇か。また、家の手伝いをさぼったな」
「ちがうよ。今日はちゃんとお仕事」
少女は唇を尖らせて怒りをあらわにする。
男が困ったようにまなじりを下げて、僕の方へ視線を向けた。
こういう時、愛想笑いを浮かべてしまうのは僕の悪い癖だ。証拠に少女がドヤ顔で僕らを見返していた。
「すみません。面白いものを見せてもらえるというので」
「外の人か……」
男が不機嫌そうに口をへの字に曲げる。けれど、それも一瞬の事で、鼠のようにちょこまかと動き回る少女の方へ、すぐに気を取られて大声を張り上げていた。
「まったく、こっちは大物を仕入れて忙しいっていうのに」
「ごめんなさい……」
気持ち二回りくらい小さくなった少女がシュンとなって謝っていた。
気にせず、僕が作業場の方に目をやっていると、それに気づいた男が悪巧みでも思いついたかのようににひりと笑う。
「凄いだろ? あれが全部、鉄だ。これだけデカけりゃ、刃先くらいしか作れなかった鍬を、刃床部まで全部鉄で出来た丈夫な奴が作れる」
「鉄で……つくる?」
思わず僕は聞き返してしまった。
何故なら、鉄は火入れすると、元の形へ戻るのだ。木や骨のように自在に形を変えることは出来ない。そんな当たり前のことを、この灰は知らないのだろうか。
「そうだ。偽物じゃない、本物の鉄だ。まあ、もう少し小さく分ける必要はあるが……。薪はもつかねえ」
それでも男は自信たっぷりにのたまう。鉄が姿を変えるのが当然だと素面で言い切る。
僕はその男の言葉に少しだけ興味がわいた。
どうせ、予定など無い旅だ。今日一日くらい潰れたところで痛くもかゆくもない。
そう考えて、一歩踏み出そうとしたら、ぐいっと手を明後日の方へ引っ張られた。
「もうだめー。あつーい。しょーにんさん、ここはもうおしまい!」
少女が真っ赤な顔で目を回しながら建物の外へと僕を引っ張った。例え子供の力と言えど、体全体を使われては敵わない。
男は知っていたとでもいうように、にこにこと笑って手を振った。
これは敵わない。
僕は少女と男、どちらへ文句を言えばいいのか迷ってるうちに建物の外へと連れ出されてしまった。
僕が外へ出てしまえば、戸はまたぴたりと閉じる。中はまた、肌を焼くような熱が蔓延した場所へと変わるのだろう。
「暑かったねー」
手団扇で仰ぐ少女が無邪気に笑う。
未練がましく閉じた戸を見つめていた僕だが、その表情にすっかり毒気を抜かれてしまった。
「そうだね。少し熱かった。冷えた水が欲しいね。ビウィ」
水筒の水を冷やす。
そうやって少女と分け合って飲んだ水は、なぜだかとっても温かった。
☆
サイスは視線を感じて振り返った。
振り返った先では、カヤノが何か考え事をしているように、顎に手を添えたまま低い声を漏らしていた。
サイスが訝し気に目を細めていると、深刻そうな眼差しをカヤノが向ける。
「なあ、オレの武器は?」
カヤノが見据えていたのはサイスが腰から下げているパスファインダーという木製の鉈だった。以前、暴漢を撃退した時に活躍したことがあるが、主な使い道は草木の伐採だ。
「サクちゃんも持ってたよな。骨の奴」
サクが太ももに巻いたベルトに差した骨製のナイフを指さすと、カヤノがこくりと頷く。サクは困ったようにサイスの顔色を窺うが、彼はすぐさま顔を横に振る。
「えーと、ごめんね。渡しちゃダメらしくて」
「なんでだよー。サイスくんの差し金だな。オレだって武器が欲しい」
駄々っ子のように、ぐいぐいとサクの手を引っ張る。とろんとサクの瞳が蕩けるが、耳元でサイスの柏手の音が炸裂すると、我に返ったように口元を引き締める。
「僕もね。意地悪で武器を渡さない訳じゃないです」
むう、とカヤノが口をへの字にしたままサイスを睨む。
「もしカヤノさんが武器を持っていて、モンスターが現れたらどうします?」
「先陣切って殴り掛かる」
「ですよね」
サイスが額に手をあてて、かくりとうなだれた。
「いつもは後方で大人しくしてくれてるのって……?」
サクははらはらと声を震わせて、サイスの肩に手を乗せる。彼は声もなく、ただ頷いた。
「オレも武器が欲しい」
「お願い、カヤノちゃん。私の心の平穏のためにも武器は持たないで」
「サクちゃんが敵に回るだと!?」
カヤノが白目をむいた。
いつもであれば、絶対の賛同者であるはずのサクの裏切りに、カヤノが驚いて変な声が出る。
「まあ、そういう訳ですから諦めてくれません?」
「へーん、いいさ。そんな骨とか木とか、原始的な武器なんかオレには似つかわしくない。せめて鉄製じゃないとな。でかい町の武器屋で絶対買うからな」
「鉄」
「鉄」
二人の奇妙な反応にカヤノが首を傾げた。そして眉根を寄せて、さっきの発言におかしな点があったかな、と別の意味で首を傾げ始める。
「カヤノちゃん、その、鉄で出来た武器は見つかったことがないよ?」
見かねてサクがたどたどしく指摘らしき言葉を口にする。
「鉄でなんにでも作れるだろう? 見つけるとか、どうしてそんなワードが……」
「鉄は加工出来ないでしょ。……でも、カヤノちゃんが言うならそうなの?」
「サク、そこは自信もって。全肯定するだけが愛じゃないよ」
サイスがぽふりとサクの後頭部をはたく。そして、じいと見つめるカヤノの視線から目を逸らしながら、仕切りなおすように咳払いをする。
「カヤノさん、鉄製品は発掘品が一般的です。その種類も金具や留め具、小物が中心で、カヤノさんがお求めになっている武器らしきものは存在しませんよ」
「はあ!?」
カヤノが問い詰めるようにサイスの服を掴む。
サイスは結果が分かっていたかのように、落ち着いて彼女の憤りを抑え込もうとするが止まらない。
「発掘? 武器がない? まてまて、そんな文明レベルじゃないだろう? 釘がなきゃ家もロクに作れそうになさそうなくらい木造家屋のオンパレードじゃないか。いくら、オレに武器を持たせたくないって言っても限度があるだろう?」
「まって、落ち着いて。カヤノさんの頭の中で、この世界がどんな風な位置づけなのかは計りかねますが、僕は嘘を言っていません。この世界では鉄で何かを作ってたりはしません」
ひんひんと泣き出しそうな勢いで、サイスが早口で答えるが、カヤノは少しも信用してないようで、疑念のこもった鋭い視線を向けるのをやめない。
「えーと、サイスの言うことはホントだよ? 私もカヤノちゃんが言いだすまで鉄製品を武器にするっていう発想がなかったもの。せいぜい燃えないのが特徴みたいな……」
カヤノに攻め立てられる様を羨ましそうに指をくわえていたサクだが、サイスの助けを請うような視線が無視できなくなるほどになったので、彼らの間に入って仲裁した。
カヤノも不承不承と言った様子で、サイスから手を放すと、そっぽを向きながら軽くため息を一つ。
「むう。サクちゃんが言うのなら本当か」
「僕の信用!?」
「サイスくんは、なんていうか……腹に一物抱えててそうな感があるんだよな。今も嘘ついてる気がするし」
カヤノは目を合わせようとはせずに、明後日の方向を向いたままぼやく。
「……嘘じゃないですよ。僕らが広く知る鉄の話です」
「ああ、もういい。分かったから。でも、鉄製品だってそこそこのサイズのものがあるだろう? それを切り崩して武器にしたり出来んかな?」
「おー、その考えはなかった。鉄製品を意図的に壊すとか思いつかないよ」
そうして二人の視線がサイスのさげるカバンに集まる。
「何ですか!?」
「たしかサイスくんは鉄っぽい鍋持ってたよな?」
言うが早いか、直後に視線を送ったサクが身構えたサイスを後ろ手に押さえつけた。そして、サイスが無抵抗になったところで、カヤノが悠々とカバンの中を漁る。
「さて、これか。他は……コップとかも鉄?かな。これも」
雪平鍋と取っ手付きのコップ。いずれも鉄製と思わしき黒ずんだ色で、金属特有のてかりもある。
「すぱっとやれるか……?」
カヤノが試しにコップの取っ手を力任せに引っ張るが、びくともしない。どこかに打ち付けようと周囲を見渡すが、手ごろな岩も転がってはいなかった。
「サクちゃん、パス」
コップを投げられ、サクがサイスの拘束を解いて受け取る。
サイスも既に抵抗を諦めたようで、二人から鉄製品を奪い返すような素振りはない。地べたに座り込むと、片肘をついて傍観を決め込んだ。
「骨跳」
サクが受け取ったコップの取っ手を腿に差したナイフで切り落とす。
鋭い切り口を残して取っ手がコップから離れ、消失した。
好奇心のこもった視線を向けていたカヤノはもちろん、切り落とした本人のサクでさえ、その事実に驚いて目を丸くする。
サクがコップの切り口を検めるが、鋭い切り口が残っているだけでその先に繋がる取っ手は無い。
「なんか消えたー!?」
「いや、きっと見失っただけだ。こっちの鍋なら、持ち手部分も大きいし見失ったりしない」
カヤノが混乱するサクに声をかけ、自分自身に言い聞かせるように手元に残った雪平鍋を放り投げる。
「見失う……? うーん、そうかなあ。あ、これ邪魔だ」
懐疑的な声音でサクがそれを受け取る。余ったコップはサイスの手元へと収まる。
近くで幼馴染が悲嘆の表情を浮かべているが、カヤノの期待を込めた視線の前では些末なことだった。サクは鍋の持ち手をしっかりと握ると、深呼吸して心を落ち着ける。
「じゃ、今度こそ行くね」
「出来ればやめてほしいんだけどなあ。修繕費……」
サイスのぼやきに耳を貸すことなく、サクがナイフを振り下ろす。鍋部分が支えを失って地面に甲高い金属音をたてて転がる。
そして、サクが持っていた鍋の持ち手が消失していた。
サクは確かめるように何度も自分の手を握り締めるが、そこに持ちての感覚は存在しなかった。
「消えたのか……!? 加工すら出来ないというか、どういう原理なんだ、これ」
「こんな風に鉄製品が壊れたのを見たの初めてだし、私も何が何やら」
サクは転がる鍋を拾い上げて、お手上げというように肩をすくめた。
カヤノの視線が残った現地人のほうへと向くと、サイスがぎょっとして肩を強張らせる。
「サイスくん、これどうなってるんだ? しかも修繕費がどうこう言ってたな。あの状態から直るなら他に材料があるって事だろ?」
「えーと、一つずつ。この現象は僕だって知りません。耐久値がごっそり減ってベツモノになったな、とは思いますけど……」
やれやれと立ち上がりながら、サイスがサクから鍋を取り上げる。取っ手をなくしたコップと持ち手をなくした雪平鍋。どちらもサイスの手の中で弄ばれるようにしてガラガラと音をたてていた。
「そして修繕に関しては、この状態からでもたぶん元通りになります。なりますが、カヤノさんが思い浮かべてるようなものじゃないって事だけは断言します。……生えてきますし」
「生える!?」
無機物に対するコメントとは思えない内容に、カヤノが目を剥いた。
少なくとも、カヤノの常識の範囲内に鉄製品の修理で生えるなんて表現は存在しない。仮に異世界であることを加味しても、そこまでの変質はカヤノの許容を完全に超えていた。
「はあ。満足しましたか? 途中から鉄製品壊すのが目的みたいになってましたけど、元はと言えば、カヤノさんが鉄で武器作るみたいなこと言い始めたからだし。鉄の武器なんて無いんですよ」
「カヤノちゃん……」
俯いて肩を落とすカヤノの姿に、サクが心配げに声をかける。
しかし、反応はなく、カヤノは悔しそうに握りこぶしを作って、その手を震わせていた。
震える手はやがて肩へと波及し、喉から不気味な声が漏れ始める。
「カヤノちゃん?」
「こんな結果、受け入れられるか! オレは本物の鉄を探すからな。サイスくんの持ってたやつは鉄のパチモン、偽物だー!」
感情を爆発させたように、顔を跳ね上げたカヤノが大声で怒鳴り散らす。
サクが闇雲に彼女をよいしょし始めた、その脇で――、
「本物の、鉄ですか……」
サイスが呟いた。
それは、かつて少女と聞いた言葉。特別な言い回しで、彼女は知らないはずの言葉だった。




