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22,サク

前回までのあらすじ

お風呂シーンは全カットです。

 翌日――。


「昨日は大変だった……」


「ほんと、これに懲りたら自重してくださいね」


「自重するほど、何かした覚えもないんだが」


 【院】の1階へと降りてきたカヤノとサイスは、出立の準備をしながら軽口を叩きあう。

 準備と言っても、荷物のほとんどはサイスが背負っていた。カヤノの準備と言えば衣服を確認するぐらいなので、すぐに手隙になって一方的に愚痴り始める。


「いや、ほんと褒めただけだからな。髪の手入れとか、そういう男だと知らない世界とかさ。そういうのを教えてもらって、素直に感謝しただけだ。そもそも、性的な悪戯しようにも相手が若すぎてここちんが反応しないんだよ。でもセクハラはメッチャしたい」


 カヤノは胸の前で腕を組んだまま唸った。思考がそのまま漏れているようで、その言葉にはとりとめがないどころか、節度とかいろいろなものが足りていない。


「まあ、いると便利なんだよな。呪いで動きが制限されない女。サイスくんだと体の性別が違うせいで、使えないことあるし」


「人の幼馴染を魅了した挙句、便利扱いするのは止めてくれませんかね。昨日のサクの姿を思い出すだけで、色々悲しくなってくるので。しかも、本人がやたら幸せそうなのが始末に悪い」


 カヤノの言動が目に余ったのか、サイスが辛辣な言葉を連ねる。しかし、後半はほとんど愚痴で、悩まし気に額に手をあてた。


「ちょっと湯あたりしただけだろう? そりゃ、急に倒れられて、思わずサイスくんを呼びつけたオレも悪かった。でも、サクちゃんの事をそこまで悪く言う必要はなかろう」


 カヤノが理解できないと首をひねる。すると、何が悪かったのか、サイスはさらに落ち込むように深くため息をつく。


「問題はその倒れた理由の方なんだよなあ。だいたいサクが――」


「おい、サイスくん。ちょっと外見てみろ。賑やかだぞ」


 愚痴は聞いていない。体現するようにカヤノが建物の入口から半身を乗り出して騒いでいた。サイスは観念したように、彼女の後に続くと、村の中の光景が一変していた。

 具体的には行き交う人の姿がちらほら見えた。


「昨日の今日で、人が戻ってきてたんですね。村長さんも仕事が早いなあ」


「ん? それって、オレが村を救ってやった事が避難してた連中に伝わったってことか? 電話か何か……。いや、ないな。特別な手段?」


「特別というか、【院】に備え付けられてる魔道具で、登録したメッセージのやり取りを行うことが出来るんですよ。夕方にはその作業やってましたけど、カヤノさんは風呂いってましたねえ」


「はー、夕方で今朝には人が戻ってたんだな。行動力のある連中だな」


「いえ、登録したのは夕方ですけど、メッセージのやりとりが行われるのは深夜です。青い月が天辺に来る頃だとは言われてますが……。だから、この人たちが僕らのやった事に気付いたのは今朝ですよ。今が昼前なので、カヤノさんが想像している以上に忙しく動いてます」


 サイスの言葉を受けて、カヤノは改めて村を行きかう人の表情を見た。疲労は見えるが、その表情は明るい。きっと、不安が取り除かれて、遅れていた時間を取り戻せることが嬉しいのだ。


「まあ、いいんじゃないか。一般人は一般人なりで。それにしても、サイスくん。あのじーさんがそんなことやってたなんて、よく気付いたな? メッセージを送るなんて作業、こっそりやれそうなもんだが……」


 カヤノが首をひねる。ひとりで出来るような作業の中身を、何故サイスが知っているのか、そういう風な疑問が体を為さないまま口から飛び出ていた。


 一方で、サイスは質問の意図がすぐには読めずに、いったん胸の内で受け止める。咀嚼して、理解して、と頭を回転させる。だが、突然肩を叩かれ、思考を中断させられた。驚いて思わず振り返る。


「え、あ。おじさん。無事だったのか」


「よお。久しぶりだな、サイス。こっちはまともに喜んでくれておっさんは嬉しいぞ」


 日に焼けた壮年の男がサイスの背後に立っていた。陽気に笑う姿はサクに似ていた。


「ん、おっさん。あー……。サクちゃんの」


「おや、可愛らしいお嬢さんだ。そうか、娘は俺に似ているか」


「雰囲気がな。ああ、顔は似てない。よかったな、男親として褒め言葉だろ」


 ひひ、と笑うカヤノにサクの父親が困惑したようにサイスの顔を見返した。童女に男親の心境を語られても、同意以前に理解が追い付かない。


「あー。旅の途中で保護した子です。カヤノさんと呼んでます」


「さん」


「付けざる得ない、っていう感じです」


 サクの父親が納得いかないという表情で首捻る。見るからに年下の子供相手に敬称付けする娘の幼馴染という構図だ。しかも、その子供もフードで顔を隠しており、普通の子供と呼ぶのは難しい。


「それでいったい何の用だ? オレの記憶が確かなら、1週間くらい行方不明してたマヌケだろ? 今更戻ってきたところで、アンタに出番はないぞ」


 サクの父親から滲み出る不信感を察知したからか、カヤノが攻撃的に対応する。指先を突きつけ、強い口調で彼の行動を罵倒する。


「そう邪険にしないでおくれ。お嬢ちゃんを疑ったのも、単に親心のようなものだからさ」


 敵対心を隠さず威嚇していたカヤノが、改めてサクの父親を見る。彼はサイスを庇うように立ちはだかるカヤノを微笑ましそうに見ており、さっきまでの懐疑的な眼差しは無かった。


「親……? そういえば、サイスくんはサクちゃんと幼馴染だったか」


「そうそう。俺はキャラバンの護衛、こいつは商人見習い。ある日、娘がこいつを連れてきてな。言うに事欠いて戦利品なんてほざきやがる。あの時は教育間違えたって心底なあ」


 サクの父親が目を細めて懐かしそうにする。しかし、まだまだ昔話が続きそうな雰囲気を察し、サイスがすかさずインターセプトする。


「えーと、昔話はそのくらいで。そういえば、サクはどうしたの? 1週間ぶりなら、サクがおじさんを離さなかったんじゃ、とか思うんだけど」


「う……俺は昨日の夜に戻ったんだが、どうにも塩対応でな。遅れてきた反抗期か何かかねぇ」


 ばりばりと頭をかきながら、サクの父親が遠い目で明後日の方を見た。その寂寥感あふれる横顔に、カヤノがその気持ちを分かち合うように何度も深く頷く。


「そんなもんだから、昨日までは一緒にいたっていうサイスにも話を聞こうとだな。まあ、理由はだいたい分かったしもういいが。あいつも拗らせたなあ」


「あー……」


 サクの父親にサイスが釣られて見た視線の先にいたのはカヤノだった。彼は娘の、サクの事を深く理解しているようで、この童女が原因だと察したらしい。


「それで、もう行くのか?」


「はい。元は通過するだけの予定でしたし」


「そうか、元気でな。偶然とはいえ、村を救ってくれてありがとうな」


「あー、いえ、うん。はい、どういたしまして」


 サクの父親はサイスと握手を交わすと、村長に用があると言って、そのまま立ち去る。サイスはその背中を見送りながら、いまさらながらに今回成し遂げた偉業の実感を得ていた。小さな村を一つ、救ったという英雄みたいな偉業の実感だ。


「なんだ、サイスくん震えているのか?」


「恥ずかしながら、今になってようやく自分が何やったか理解したというか……。頭の中では分かったつもりだったんですけど、なんかこう……違いますね」


「そら、な。これだけは理解できんだろうよ。なんだかんだ、現場で聞く生の声っていうのは記号にすると随分データが抜け落ちるしな。サイスくんも初々しいな」


 最後は相変わらず茶化すように笑うカヤノだった。


「じゃー、行くか。本音を言えばサクちゃんも連れて行きたかったんだがな。肉体同性ってのは、やはり心強いんだよな。あと、何故か超甘やかしてくれるし」


「……、それじゃ最後に村長のところに顔を出しますか。しまった、おじさんと一緒に行けばよかった」


 サイスは遠くを見るように目を細め、脱力したように肩を落とす。


「じーさんはオレの顔見たら血の気引くだけだと思うがな。このまま黙って出て行った方が寿命減らなくて済むだろうに。サイスくんは鬼畜だな」


 にこやかに笑うカヤノの姿に、サイスは何とも言えない表情のまま、ある場所を一瞥しため息をつく。そしてカヤノを適当に言い包めると、まっすぐ村長の家を目指した。


 家に入ると、中には老人とサクの父親が二人で話し込んでいた。サイスが声をかけると、二人は何事もなかったかのように顔を上げて対応する。


「旅に戻ろうと思いまして、この村を出る前にご挨拶に来ました」


「おお、それはわざわざ。本来ならば村総出で見送りする案件ですが、何分忙しく……」


 へこへこと老人が頭を下げた。サイスが慣れない感謝に怯んでいると、それまで彼の陰に隠れていたカヤノが面倒くさそうに前に出る。


「じーさんも元気でな」


「本当にお世話になりました……、おや?」


 老人の表情がかげる。


「カヤノちゃんが村を出ていくなら私も一緒に行くね。お父さんも村長もそういう訳だから!」


 颯爽と背後から突然現れたサクが宣言した。

 老人とカヤノは乱入者の登場に呆気にとられて口をぽかんと開いたままだ。一方、サイスとサクの父親はまるで分っていたかのように、何とも言えない表情のまま、彼女の大立ち回りを見物している。


「サイスもいいよね!?」


「あ、うん……」


 その勢いに気圧されて、サイスが反射的に頷く。そして頷いた後に、失敗したという表情を浮かべたまま、その機嫌を窺うようにサクの父親の方をちらりと盗み見た。


 それは視線誘導というカタチでサクの注意を引く。結果、次なる標的を見定めたサクが彼女の父親に向き直った。


「お父さん、止めたって無駄だからね。もう決めたから」


「いや、反対はしないから行ってきな。この村に住むのは父さんの夢で、サクのやりたいことじゃないしな。まあ、半年に一度くらい顔を見せてくれれば、それでいい」


 サクの父親は、取り乱す様子もなく、逆に少し荒ぶる娘を気遣うような態度すらとった。


「……意外と親離れ出来てる親父さんだったんだな。絶対怒鳴り散らすと思ってた」


「あれで護衛部隊の隊長してましたからね。後進の教育とかも手慣れてましたし」


「部下と娘じゃ、扱い方違うけどなあ。内心、血の涙流してるぜ、アレ」 


 その背後で、カヤノとサイスがサクの父親を揶揄するような会話を、相手に聞こえる程度の声量で繰り広げる。都度、ぴくりぴくりとサクの父親の肩が跳ねるが、逆に言えばその程度の反応だった。


「ごほん。まあ、多くは語らない。サイスも付いている、元気でおやりなさい」


 わざとらしく咳払いを一つ。サクの父親が迎えるように手を広げると、サクがそこに迷わず飛び込む。


「わー、ありがとう。お父さん、世界で二番目に好き」


「二番目」


「二番目」


 その一言に、サクの父親の威厳が轟沈した。

 こうして、サクの父親の機嫌を直すためにひと悶着があったものの、旅の仲間にサクが加わった。




 村を出てしばらくたった後、機嫌よさげに鼻歌を歌うサクの隣で、カヤノはふと思いだしたように、小さく疑問の声を漏らし、首を傾げた。その様子に気付いたサイスとカヤノの視線がかち合う。


「そういえば、サイスくんはエチゴヤに報告することがあるとか言ってたよな? 別に今回の件を報告するわけじゃないだろう? あの男がそんな詰まらない情報を欲しがったりしないだろうし」


 カヤノは口にすれば、するすると出てくる疑問に自分でも驚きながら、じっと黙ったまま聞き役に徹するサイスの反応を待った。


 その反応が返ってくるのは、少しだけ時間を要した。サイスは熟考するようにあごに手を添えて、瞑目した後、自信なさげに口を開く。


「今回の件、そんなに詰まらない訳じゃないと思うんですが……。まあ、カヤノさんの読み通り、今回の騒動は報告してません。報告したのはもっと別の事です」


「別の?」


「はい、この村の近くにダンジョンがあることを報告しました。ダンジョンは魔石がたくさん取れるので、いい商売になるんじゃないかなーと」


「魔石」


「こういうのです」


 サイスがカバンから取り出したのは、半透明のちいさな石だった。陽の光を反射してキラキラ光るそれは、未加工の宝石のようにも見て取れた。


「美術的な価値はほぼないです。ただ、魔石は自動的に動き続ける魔道具の動力源になるんです。これは人間で代替できるものではないらしく、需要は途切れることを知りません」


「電気、つまり石油とかそういうのか。……待てよ、マギカっていうのは」


 カヤノは首にぶら下げたマギカポケットを手に取った。サイスの雇い主でもある商人ジェリオンから貰った、この世界における財布兼身分証明書のようなもので、現にこの中にも100万マギカという額のお金が振り込まれている。


 そして、カヤノがいま注目したのは、このマギカという単位についてだった。


「はい、実態は魔石に含まれる魔力の単位らしいですよ。この一粒が何マギカになるのかは知りませんけど、然るべきところに出れば、きちんとした値が付くでしょう。」


 サイスの解説に相槌を打ちながら、カヤノがまじまじと魔石を見た。一見、ただの石ころだが、電気の代替となる便利エネルギーにもなると同時に、普遍の価値を持つ金のような役割も持つらしい。


 そして、ダンジョンとはそのような価値あるものが産出される場所だという。既にカヤノの中で、ダンジョンの定義は完全にあるものに置き換わっていた。


「ほう、油田掘りあてたようなもんか。あの村」


「例えは分かりませんが……。若旦那がこのまま放置するとは思えませんし、近いうちにダンジョン目当ての人が大挙してあの村に押しかけるでしょう。この冬を越す段取りに頭を悩ますのも今の内でしょうね」


 からからとサイスが笑った。カヤノが感慨深げに遠くなった村を振り返る。そしてサクは、じっと黙って話を聞いていた彼女は、何事もなかったようににこにこと笑っていた。


「あれ、サクは何か感想とかない? ひょっとしたら半年後、サクが村に顔を出す頃には、今の面影はなくなっちゃってて、町か都市に発展してると思うんだけどさ」


「村……。そう、悪いことじゃないと思う」


「それだけ? 1年は暮らしてたんでしょ」


「いまは他に大事なことがあるもの」


 サクはにこりと笑うと、その視線を隣にいるカヤノへと向ける。その表情は穏やかで満ち足りたものであり、事情さえ知らなければサイスも手放しで祝福するほどだった。


 ただ残念ながら、サイスは裏事情を知っているし、カヤノに向けられる視線の意味も正しく理解している。ゆえに、彼は腑に落ちない表情のまま肩を落とすのだった。


 そして、それにシンクロするように肩を落としたのはカヤノだった。彼女は二人の会話など、耳にも届いておらず鬱々として、ただ愚痴をこぼす。


「この世界のダンジョンってそういう扱いなんだな。モンスター住んでようが、もう油田にしか見えん。異世界でやりたい事の一つが消えた気分だ。ダンジョンアタック……」


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