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19.ヤンデレイト4回目

前回までのあらすじ

カヤノの魔術で山が3割削れて、ダンジョンが掘り起こされた。撤退。

「一時はどうなることかと思いましたが、終わってみれば大成功でしたね」


「当たり前だろ。オレがいるのに失敗などありえん」


 カヤノはそう言って、機嫌よくぐいっと水筒の中身を飲み干した。


 場所は森に入って、最初に休憩をとった高台の頂上。サクの父親の件もあり、様子を見に訪れたが、残念ながら都合よく本人と出会えたりはしなかった。


「で、そろそろ……」


「それな」


 サイスがちらり。カヤノがちらり。焚火の横ですやすやと眠っている獣耳の少女、サクを一瞥した。

 サクは胴体、両手、両足をロープで縛られ、身動きができない状態だった。


「おーい、サクちゃん。起きろー」


 カヤノが近づいて、サクの頬をぺしぺしと叩く。

 くすぐったそうに口元を緩めるだけで、サクが起きる気配はない。起きないのならと、しつこく頬を叩くが、反応は薄い。ならば、とカヤノが頬をぎゅっと引っ張る。


「サイスくんは幼馴染だろ? なんか、こう……コツとかないのか?」


「どっちかというと、起こされる側でしたから……。あ、痛い。やめて、なんで蹴るんですか」


 サイスが昔を懐かしむようにしみじみと語るので、カヤノは蹴らねば、という世界の意志に押されて蹴った。サイスが体勢を崩して地面とキスをするが、フォローはない。


「うーん、ケモミミにでも触るか? でも変なスイッチ入りそうだしなあ」


 カヤノがサクの頬をぐにぐにと引っ張ったまま、時折揺れる獣耳のほうへ視線を寄せる。迂闊に触れれば、前回のようなトランスサクが出来上がる可能性がある。カヤノもそれだけ回避したかった。


 どうしたものかと、考えあぐねていると、サクのまつげがぴくぴくと顫動した。サクが小さく寝息を漏らして、うっすらと瞼が開かれる。


「お、起きたな。サクちゃん。寝るなー」


 もう一度、ぺちぺちとサクの頬を叩く。

 サクは幸せそうに口元を緩めながら、やがて覚醒。はっきりと開かれた眼は、自分の頬にかかる小さな手、それから超至近距離に寄ったカヤノの顔の順に視線を動かし、とろんと瞳を蕩けさせた。


「ん、これ」


 サクの瞳に嫌な既視感を覚え、カヤノの心臓がドキリと跳ねる。


「ああ、おはようございます。カヤノ……様」


「様」


「様」


 サクの熱視線を受ける。それ以上に呼んだ名前に付加された敬称に衝撃があった。

 カヤノはもちろん、傍で眺めていたサイスですら、思わず思考停止してしまう。


「あ、え、違う。変な夢見てて、寝ぼけてたの。信じて」


「うん、よし、分かった。少し黙ろうか」


 カヤノは語気を強くしてサクを黙らせると、頭痛でもするかのように額に手を当てる。


 そうして、少しだけ冷静になると、セカンドオピニオンの確認だ、と言わんばかりに、呆然としていたサイスの肩を抱いて、そのままサクから遠ざかる。


「魅了?」


「です。ばっちり、呪い。キマってる感じですね」


 カヤノはサイスから離れると、天を仰いでありったけの息を吐き出した。


「よし、受け止めた。ケモミミ少女がヤンデレでオレを死ぬほど愛してる。やった、ラッキー」


「それ、ぜんぜん、受け止められてないです」


 嬉しそうに振舞うカヤノの姿が痛々しかった。サイスが呆れたように指摘すると、カヤノはぴたりと動きを止めて、がっくりと肩を落とす。ちいさく、だよなあ、と呟いた。


「あのさ。そろそろ縄を解いて欲しいんだけど、ダメ?」


 二人して難しい顔を突き合わせていると、背後で申し訳なさそうな声がする。

 サクだった。す巻きにされた状態でも、器用に体を起こしてこちらへ顔を向けている。


「え……、と。とりあえず、もう少し様子を見てからかな。カヤノさんもそれでいいですか?」


 肩を落とし、俯いたままのカヤノの手が震える。返答はない。その不気味な静寂にサイスが思わず後ずさった。様子を見ていたサクも不安そうに固唾をのんで見守る。


「ダメだ、ダメダメ。ズバッといくぞー。精神鑑定のお時間だー」


「え、精神? なに? 私が協力できることなら、何でもするけど」


 カヤノが両手を挙げて荒ぶる。サイスは何を言ってもう無駄だと諦めているし、サクは火に油を注ぐ所業を無意識に行っている。


「よーし、いい覚悟だ。ならば、問う。サクちゃんはオレに何したい?」


「へ……?」


 サクがきょとんとしたまま声を失う。


「手を繋ぎたいとか、キスしたいとか、セックスしたいとかあるだろー」


「セッ……!? あー、いやいや。ないない。私はカヤノちゃん(・・・)に何かしてあげたいなーって思ったりはするけど、その見返りとかはないよ。カヤノちゃんはまだ子供でしょ?」


 がー、と勢いのままに迫るカヤノを、サクが笑って諫める。彼女の声が無事届いたか、荒ぶっていたカヤノの動きも静まり、その表情に理性が戻ってきた。


 試すように、サクの肢体をじろじろと上から下から視線で嘗め回す。サクは苦笑こそすれ、その表情に嫌悪感はない。


「なるほど、無罪」


「うーん、ちょろい」


「やかましい。サイスくん、さっさと縄を解いてやれ。どうやら、サクちゃんは危害を与えてこないタイプのヤンデレだ」


 カヤノに急かされて、サイスがサクの傍に座り込み、結び目のない縄に短刀で切れ目をいれていく。ほんの数手で縄がぱらぱらと地面に落ちた。


「あー、窮屈だった。自由っていいね、んーっ……!」


 サクが大きく伸びをする。コキコキと首を鳴らして、強張ったからだをほぐしているようだった。


「じゃ、やることもやった。オレは寝る」


 サクの様子を眺めていたが、ついて出たあくびに眠気を覚え、カヤノはそのまま地面に横になる。


「夜もだいぶ更けてきましたしね。どうぞ、おやすみなさい」


「あー、ちょいまち。カヤノちゃん、ほらほら。おいでー」


 一度は瞼を閉じたカヤノが何事かと体を起こす。見れば、サクが正座して、己の太ももをぺちぺちと叩いている。ひざまくらのお誘いだった。


 カヤノが目を輝かせ、そのまま躊躇なくうつぶせのままサクの膝枕へと頭を突っ込んだ。


「え、あ、しょうがないなあ」


 サクも最初は怯んだが、特に抵抗することなく、後ろ手をついてカヤノに身を委ねる。

 カヤノはサクの股間に鼻を突っ込むような姿勢のまま、しばらくもぞもぞと動いていたが、やがて静かに寝息を立て始めた。


「その……いやじゃない?」


「子供のすることだしね」


 サイスから見れば、中身が成人男性、そこに下卑た感情が混ざっているのは一目瞭然だった。カヤノの所業に対して、サクに思わず感想を訊ねてしまうが、それは普遍なものだった。

 多少、過ぎた行いであろうと、見た目が子供であれば許されるか、とサイスは素直に納得する。


「そう言えば、サクに報告し忘れていた。サクの村は救われたよ。モンスターは元の住処、ダンジョンに戻っていった。少し強引だったけど」


 サクの慈しむ横顔を眺めていたが、サイスはふと思い出したように言った。


「そう……。カヤノちゃんの絶唱魔術はダンジョンを掘り起こしたのね。あんなところにあるなんて、お父さんには聞いてなかった。それなのに、ひとりで決めて、ひとりでやり遂げて、……すごいね、サイス」


「ああ。でも、僕は絶唱に驚いたよ。本に出てくるのを見るくらいで、実物は初めて見た」


「私も。確か、この国の将軍になる確率と同じくらい難しいだっけか。何十万人に一人の才能。大事にしないとね」


「ああ。うん……」


 サクがはにかむようにサイスに笑いかける。

 しかし、それを聞いたサイスは上の空だった。何か気になることでもあるように、心ここにあらずと言った様子で、ぼんやりしている。


「サイス?」


 サクが幼馴染の異変に気付いて声をかける。

 それでもぼんやり顔を続けるサイスだったが、しばらくしてサクの訝し気な視線に気付くと、誤魔化すように咳払いする。


「ごめん、少し考え事をしてた。それからおじさんとも連絡がとれたよ。一度はここに来てたみたいだ。入れ違いになったらしいけど、朝になれば合流できると思う」


「そう」


「嬉しくない? サクのお父さんだよ?」


「あー……。そうだね、嬉しい。嬉しいはず、たぶん、きっと、メイビー」


「しっかりしなよ。サクが付いてきた目的でしょうに」


 サイスは幼馴染のおかしな態度を一笑に伏す。

 それから目をしょぼしょぼとさせて、何度か目をこする。くあ、と大きくあくびをしてとろんと目を蕩けさせた。


「そうなん、だけどなあ」


 そんな有様だったので、サクのこの一言を聞き取れなかった。

 困惑し、寂しそうに、消え去りそうなか細い声で呟いた一言は、サイスには届かない。


「ダメだ、僕も眠い。ちょっと横になるよ。何かあったら起こして。クレイドルの魔術はかけてある。朝までは余裕でもつはず……」


 言うが早いか、サイスはごろんと横になってしまう。それから一時も置かずに、すーすーと寝息を立て始める。

 カヤノにしてもそうだが、相当に堪えていたのだろう。彼らが何に怯えていたかまで、サクには把握できなかったが、二人とも、緊張の糸が切れたようにぷっつりと寝入ってしまった。


「ん、わかった。おやすみ」


 サクは誰の耳にも届かない、意味のない挨拶、ただ満足するために呟いた。


 薪の爆ぜる音がする。

 太ももの間で、寝苦しそうにうごめく彼女。

 そうっと足を崩すと、逃げ場を見つけたように彼女の頭が転がって、人形のような端正な横顔が露になる。

 頬にかかる髪を払うと、気持ちよさそうに表情を緩めた。


「ああ。愛しい人。私は貴方のためならなんだってする。覚えておいて、私は私が出来るすべてをもって貴方に尽くす。傍においてくれればそれでいい。愛して、なんて畏れ多いもの」


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