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02.しょっぱくてすっぱくて、飯がまずい

前回のあらすじ。

主人公、男カヤノ。ちんちんを元の世界に忘れてくる痛恨のミス。

「ねー、しょーにんさん。そんなにいっぱいたべるの? いまからごはん?」


 くりっとした金瞳の少女が手元を覗いてくる。そのしぐさが微笑ましくて、つい笑みがこぼれる。

 それに気をよくした少女がぽすりと傍らに腰を落とす。さらにくっついて腕に絡んで作業の邪魔をしてくるので、干し肉の切れ端を少女の口に押し付けた。

 突然押し込められた干し肉に、少女が目をぱちくりさせて驚く。これで少しは黙っているだろう。


「ごはんは作るけれど、今食べる分じゃないんだ。明日、村を出るつもりだから携帯食づくりだよ」


 僕の言葉に少女が声をくぐもらせて唸る。何か言いたげだったが、残念ながらその口の中には干し肉が入っていて、しばらくの間はうまくは喋れない。


「僕は旅の商人だからさ。ずっとはいられないよ。君にも君の日常があるでしょう? 数日はお世話になったけれど、お別れするには頃合いだ」


 機先を制し、僕がなだめるように柔らかい声音でお別れの言葉を口にする。物分かりのいい少女はタイミングを逸したのか、文句も罵倒も言葉に出来ずに黙って唇をとがらせた。


「今生の別れでもあるまいし、君が花嫁さんになる頃にはまた来るよ」


 じゅーじゅーと、音を立てて肉と野菜を炒める。

 無言のまま肩を揺らしてリズムを取っていた少女がピタリと動きを止める。


「……ねぇ、しょーにんさん。おりょうりなら私も得意」


「……信じられない」


「なんで、そーいうイジワルなこというのー!」


 いきりたった少女が鍋の持ち手を奪い取る。

 僕が呆気に取られている間に、少女は塩なんかの調味料を出たらめに鍋の中に放り込む。それで済めばよかったのに、少女は近くにあった野草も手で細かくちぎって入れ始めた。


「かーさんから習った秘伝のレシピなの。しょーにんさん、きっともう一度食べたくなってもっと早く来るわ」


「そうかな? そうかも……」


 にっと歯を見せて無邪気に笑う少女をみて、僕は困ったように眉じりを下げた。



 ☆



「まぁ、悪くねーんじゃねえの? 褒めてやる」


 金髪金眼の少女が自分のからだを見下ろしながら、満足げに鼻息をならす。

 カヤノだった。彼女は先ほどまではほぼ全裸だったが、現地人のサイスがたまたま持ち合わせていたという子供向けのサマードレスを借り受け、無事にいっぱしの文明人として異世界デビューを果たしていた。


「はぁ。ありがとうございます? それでですね」


「サイス、だったっけ。しょーじき、お前のことがよくわからん。介抱されて、服もこうして貰った。さっきも言った通り、よい働きだ。しかし、世話を焼かれる理由がさっぱりだ」


「ちいさな子供が全焼した集落の広場のど真ん中でぶっ倒れてたのを見かけたので――」


「なるほど、わかった。さてはお前ロリコンだな」


「言葉の意味は分からないけど、とても馬鹿にされてるのはよく分かりました。それでですね、僕がそんな場所に居合わせた理由は――」


「ヤローの自分語りに耳を向ける趣味はない。飛ばせ」


「アッハイ。とにかく、その子供――カヤノさんを見つけた以上、見捨てるわけにもいかず、保護して今に至る感じです。あと、服は半ば強奪された感じなので、世話の内に含まれるのは心外です」


 サイスは手の平を突き出す。さらに決してカヤノが言うような全面的な善意のみで衣服の受け渡しがなかった事を強調しながら、偉そうに振舞うカヤノに苦言を呈す。


「細かいことを気にするな。禿げるぞ。こっちはちんちん落としてきてテンション駄々下がりなんだからな。無理にでも都合のいい展開である様に過ごさないとうっかりリストカットしそうだ」


「そのわりに、女児向けの衣服は抵抗なく着てましたよね」


「着飾って楽しいのは女だからな。その点はゲームでも現実でも変わらんという真理にたどり着いた。それはそれ、これはこれ、だ。こころのちんちんまでは失ってないからセーフ、セーフ」


 カヤノはそういって、くるりと回って膝丈まであるワンピースをふわりと浮かせるなど、お気楽な態度を崩す素振りはない。一方のサイスといえば気怠そうに頬杖をついて、どうしたものかと考えあぐねているようだった。


「手とか足とかひょろ長いだけか。身長は……、サイス。ちょっと立ってみてくれ。ざっくりどのくらいの背丈なのかわからん。前より頭二、三個分縮んでるのは確かなんだけどな」


 そういって、カヤノは立ち上がったサイスの真向かいに立つと、視界に広がる彼の胸板に口をへの字で睨みながら、右手首をぺちぺちと回転させながら己の身長を測り見る。


「んー。サイス、お前はこの世界だと標準的な身長? てか、意外としっかりしてるな、からだ。なんかむかつくから蹴ってもいいか?」


「蹴らないでください。あと身長は小柄な方です。目立つほど小柄なわけではないですけど」


「ふーん。平均身長には届かない程度のチビか。年は?」


「一六です。記憶が曖昧なところがあるので、正確なところは怪しいで――」


「いや、だからヤローの自分語りに興味はない。ふーむ、オレの半分も生きてないガキんちょか。肉体年齢的にはこっちもガキなんだけど」


 カヤノがすとんとした己の胸を撫でながら自嘲する。撫でる手はそのまま下方にスライドしておなか、そしてほどなくしてきゅー、と可愛い腹の虫が鳴く。カヤノは決まりが悪そうに下げていた視線をゆっくりと上げ、へへへと笑みを浮かべながらサイスの表情を窺う。


「何か食べましょうか。支度をするので少し待ってもらえますか?」


「おーけーおーけー。異世界メシだな、願わくば元の世界とさほど変わりない食文化でありますように」


 すとんと腰を下ろして小さな方のカバンを漁り始めたサイスの背中に期待と恐れ、半々で満ちた視線をカヤノが送る。

 少しの間、手を止めて悩む素振りをした後、サイスが取り出したのは霜の生えた包みだった。漏れ出した冷気が白いモヤとなってこぼれている。


「見覚えは?」


「あるわけないだろ。それよりソレは冷えているのか? 気温は結構高めだし、そんなものが飛び出てくるとは思わなかったぞ」


 サイスはカヤノの驚くポイントには意も介さず、どこか諦めたようにシニカルな笑みを浮かべると、さらに取り出した深底の鉄鍋に水、それに先ほどの包みの中身をぶちまけて火にかける。ほどなくしてバターの香ばしい匂いが辺りに立ち込めた。


「なんかうまそうな匂いがしてきたな。意外とリアルでこだわってる」


「よく分かりませんが、熱いので気を付けてくださいね。元々は一人用の調理器具なので取り皿とかないんです。すみません」


 サイスは火にかけていた鉄鍋を地面に下ろすと、取っ手をくるりと回してカヤノに差し出す。カヤノは顔を突き出してくんくんと鼻を鳴らし、さらに目の前に差し出された木箸を受け取ると空いた手で鉄鍋を掴み上げ口元に寄せた。


「うむうむ、味の方はどんなもんかね」


 カヤノは目をランランと輝かせると、どろりとしたシチューの中から具材を拾い上げ、そのまま咀嚼。一度、二度、と口をもぐもぐとさせ、そのペースは減速。眉根を寄せて硬く目を閉じ、青い顔をしながら口の中のものを嚥下する。


「酸っぱい。思ってたのと違う、あと辛い。しょっぱ辛い。端的にマズい」


 べーと舌を突き出し、不平、不満を連ねる。それでも鉄鍋を放そうとはしないし、握った箸は次の具材を求めて鍋の中を漕いでいる。


「というか、期待してた味と違うんだよ。バターの匂いがしてたのにふたを開けてみたら酢豚だし、後味はひたすらしょっぱいし、辛いし、うーん……」


 それでもカヤノはパクパクと口に入れる。食べてマズいとぼやきながら、次から次へと口へ運ぶ。


「……無理して食べなくてもいいかと」


「いや、無理はしてない。なんか食べ慣れてる味なんだよな。マズいのに」


 ずびずびと鼻をすすりながら、カヤノは異常な様子に心配するサイスを手で制して、空いた傍から具材を口の中に放り込む。


 そうやって食べているうちに、ほろりとカヤノの目から涙がこぼれた。

 最初にそれに気が付いたのはカヤノ自身ではなくサイスの方だった。ソレを訝し気に目を細めて様子を窺っていると、ぽろぽろと涙が次々とこぼれ、カヤノ本人が自覚した時には、まともに目も開けてられないような状況になっていた。


「うえっ!? なんだこれ。なんだこれ」


 食事を続ける余裕もなくなって、こぼれる涙をぬぐう。嗚咽が止まらずよだれや鼻水、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、突然の現象に対処できずに戸惑いの声が漏れる。


 そんなカヤノの様子を悟った風な様子で眺めていたサイスは、ゆっくりと天を仰ぎ、深く息を吐いた。




「カヤノさん、もしよければ僕と一緒に旅をしませんか? 見せたいものがあるんです」


 カヤノが落ち着きを見せた頃、サイスは静かに口を開いた。

 要領を得ないと、カヤノが首をかしげると、サイスは「ああ」と独りで納得して、今度は首をひねって考えるそぶりをする。


「海――と、いいます。すべての大地をつなぐ水辺、あらゆる川の行きつく果て、さらには人類未踏、世界の果てにすら繋がっていると言われているものです。ここからだとだいぶ距離はあります。決して短い旅にはならないでしょう。途中で嫌になるかもしれません。それでも、というのなら――」


「なぜ、海?」


「それは……その、ですね」


 サイスは後ろめたいことを指摘されたかのように視線を逸らして言葉に詰まった。再度カヤノに視線を向ける。カヤノは訝し気に眉根をひそめていた。やがて覚悟を決めたのか、サイスは大きく息を吸い込み――。


「いや、だからヤローの自分語りは興味ないぞ」


 機先を制するようにカヤノがぶった切る。サイスはすっかり出鼻をくじかれたようで、吸い込んだ息をゆっくり、長々と吐きだそうとすると、


「――だが、異世界の海とやらには興味がある。サイスくん、オレの異世界ガイドに任命する。海に行くぞー。水着姿のねーちゃんに会いに行くのだー、フハハハハ」


 カヤノはお気楽に右手を天に突き上げる。

 サイスはやってられない気分になって、投げやりに頷き、同意した。


 そして、二人は一緒に旅をして、海に行くことにした。


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