17.マッチポンプ・スタンピード
前回までのあらすじ
カヤノはRPGのダンジョンを外れルートから攻略する派のようです。
森を抜けると、そこには痛々しい破壊の爪痕が広がっていた。
丘の上から遠目から一度は見た地崩れの跡だったが、こうして目の当たりにすることで感じることは多い。
「うう……。結局抵抗できなかった」
「何をしょんぼりしているんだ、サクちゃん。自然の雄大さを直に触れられる機会だぞー」
サクはがっくりと肩を落として、自らの行いを反省する。
童女のぬくもりに気持ちがぐらりときたが、よく考えてみれば、カヤノのわがままに付き従ったのは悪手だ。
そもそもが十中八九、何もないとサイスに評されてからの行軍だった。
こうやって現場についても、モンスターの気配はおろか、特別な何かがあるようにも見えない。
「まだ何もないと決まったわけじゃないし、頑張ろう。サク」
「うう。頑張る。頑張ってまた手を繋いでもらう」
ぽんと肩に手を置いて慰めるサイスだったが、返ってきた返事にアカンと内心白目をむいた。
幼馴染はどうやってもまともにはならないだろう、と結論付けると、サイスは地崩れの跡を確認するために斜面へと足をかける。
斜面はまだ柔らかく、体重をかければ容易に足が埋まる。その深さはくるぶし程度だったが、いつ底なし沼のごとく全身を飲み込むか分からない怖さがあった。
「思ったほど日が経ってないのかな。地面がだいぶ柔らかい」
「地崩れが起きたのは春先――、3カ月くらい前で間違いないよ。お父さんがその頃に村の人たちと一緒に大騒ぎしてたもの。川の流れが酷くて大変だったのもちょうどその頃かな」
「じゃあ、誰かがこの辺りを掘り返してた?」
納得のいく答えは見つからず、サイスは斜面の適当なところへ腰を下ろすと、思考にふける様に押し黙る。
「誰かって、誰? 北の森にさえ村の人たちは滅多に近づかないのに……」
「分からない。だから考えてる……」
「何をぶつぶつと……。掘ってみれば、誰がはともかく、何のためかくらいは分かるぞ。フユ」
下の方でカヤノが叫んだ。
ややあって、斜面下方の一部が消失、埋め合わせるように上方から土砂が流れ込む。
「なんじゃこりゃー」
「それは割とこっちのセリフですよ」
下にいたカヤノは降り注ぐ土砂にびっくりして悲鳴をあげ、斜面の上の方にいたサイスは全自動式土手滑りを体験する羽目になって、同じく悲鳴をあげた。
幸いケガなどは無かったが、命の危険に晒された恐怖で心臓が跳ね上がっていた。気持ちを落ち着かせようと、共に浅く呼吸を繰り返す。
そんな状態のカヤノの前にサクが立ちふさがった。口を一文字に結び、眉を吊り上げている。軽率なカヤノの行動を見て、物申したいことがあるようだ。
「だめだよ、カヤノちゃん」
「いってやれ、サク」
同様に、文句の一つや二つ言いたい立場にあったサイスがサクを煽る。
「フユじゃ、これだけの広さには対応できないもの。もう少しやり方を考えないと」
「そっかー」
なるほどなー、とカヤノが感心する。サイスはなんだかなー、とこみ上げる虚無感に襲われた。
「しかし、そうするとどうするんだ? サクちゃんが使ってた魔法でドカンとやれるのか?」
「ドカンとやれる4節魔術もなくは無いんだろうけど……。対処は単純だし、ここは重唱を使うべきかな」
「重唱」
「基礎魔術を重ねて使うのよ。一節よりもずっと効果は高いの」
ほほー、とカヤノが感心するように頷いて、さっそく試そうと腕まくりをする仕草を見せた。
「待って、待って。二人とも、当たり前のようにここを掘り返そうとしてるけど、まだここに何かあるって決まったわけじゃない。やるにしてももう少し当りをつけてからでも遅くはないよ」
「ふむ、サイスくんの言うことも一理ある。じゃあ、それをとっとと見つけろ。オレはそういう細かい作業苦手」
「委任されて、安心したようなそうでないような、複雑です」
カヤノがその場に腰を下ろすのを見届けると、サイスは改めて周囲を見渡した。
地崩れを起こした周囲は雑草などが生えているが、ひどく疎らで何度も地滑りが発生したことが想像出来た。時折、顔を覗かせる倒木や岩石などは地崩れの凄まじさを物語っている。
悪戯に掘り返したところで、先ほどのように新たな地崩れが起こるのは容易に想像できた。
振り返れば、サクが斜面を丹念に調べている。おそらくサクはどうすれば掘り返せるかだけしか考えていない。想像力に欠ける彼女では、その後の二次災害まで考慮していないはずだ。
(迂闊に手を出すと死人が出るような……)
サイスが如何にして掘り返すという行動を諦めてくれるか、という方向に思考が流れ始めた頃、退屈そうに森を眺めていたカヤノが何か見つけたように首をひねった。
「サイスくん、あの木ってどうなってるんだ?」
カヤノが指さした先には、青々と生い茂った枝葉の他にガラスのように結晶化した枝葉があった。
「植物の結晶化、ですね。濃い魔力に晒され続けると、あんな風に表面が結晶化するんです。特段、希少価値のあるものではありませんが……」
サイスが結晶化した枝葉に視線を向けたまま、淡々と解説する。ちなみに、カヤノは価値が薄いと聞いたところで興味が失せたのか、不満そうに頬杖をついてそっぽを向いた。
「あれ? この辺は魔力が薄いから、あんな風に結晶化することなんてあり得ないのに、何故だろう」
サイスが首をひねる。自分の解説と、現在の環境に大きな隔たりがあることに気付いたのだ。周囲の木々を見渡せば、結晶化した枝葉は他にもたくさんある。カヤノが指さしたソレだけが例外ということもない。
「おかしいな。まるで、この山周辺が魔力の濃い場所だったみたいじゃないか」
「サイス、前!」
サイスにとってこれ以上ない不可解な状況だった。結晶化した枝葉に視線を縫い付けられ、困惑したように二歩三歩と森に近づく。
ほぼ同時に、獣耳をピンと立て、何かを見つけたサクが叫ぶ。
「石弾。魔法!?」
風切り音を頼りにサイスが身をひねる。
背後で派手な音を立てて地面が弾けるのはそのすぐ後だった。
「モンスター、カヤノちゃんは下がって」
骨製のナイフを手に、サクが斜面を滑り降りる。
サイスが腰の後ろに吊ってある木製の鉈に手をかけた。ぎょろりと森の奥へ視線を巡らせ、相手の姿を見つけようとする。
「とりあえず、追い返せば――」
「待って、サク。下手に刺激をして人里の方へ逃げられても面倒だ」
やみくもに狙いを定めて魔法を放とうとしたサクを、サイスがとっさに止めた。
ではどうするのか、と抗議の顔を浮かべてサクがサイスを睨む。打開案があるわけではないので、サイスも言葉に詰まって臍を噛む。
「この暗闇の中、一匹も逃さず相手にしろっていうのはさすがに無理だよ」
いつ、森の中からモンスターが飛び出してこないとも限らない重圧に耐えかねて、サクがヒステリックに叫ぶ。そこへ――、
ふふは、と高笑いが響いた。
「困っているようだな、サイスくん。オレが何とかしてやろう」
「カヤノさん!?」
「とりあえず、サクちゃんは絶対に後ろを向いちゃダメだぞ。オレを見たらその時点で作戦失敗だからな」
名指しで警告され、サクが困惑して動きを止める。サイスもカヤノがしようとしていることが何となく読めてきた。言葉足らずなカヤノをフォローするように説明を追加する。
「サク、信じて。カヤノさんは束縛と略奪を焚きつける艶髪っていう呪いにかかってる。一目見れば、誰彼構わず発動する。絶対に振り向かないで」
「なんだか分からないけど、わかった!」
「うむ、その心意気やよし」
カヤノが上機嫌で頷く。そしてフードを取った。
ライトに照らされたブロンドが夜風に晒されてさらさらと流れる。
その瞬間、森の中から漂う雰囲気ががらりと切り替わった。
それまでは手緩く、様子見のようなものだった。いまは違う。本物の殺意がカヤノ達を襲った。肌に伝わるピリピリした感覚は、これが遊びではない証左だった。
「来る、来た、やって。サク、もうやっていい! ゆかり号!」
サイスが飛び出してきたモンスターに一太刀いれる。まっすぐにカヤノを目指しており、相手は完全に無防備だ。サイスの拙い攻撃でも十分に効果があった。
モンスターが悲鳴をあげて、その場にひれ伏す。前腕の発達した猿のような形だ。サイスの一太刀が倒れたモンスターの左肩から右腹へと一直線に切り裂いていた。
「いいの? いいんだね、やっちゃうから。あとで怒っても知らないからね」
最初の一匹を見送りつつ、サクがガサゴソと物音をたてる茂み目がけて視線を送る。
「焼き尽くせ、ディヴュ、エーヴィ、アーズィ、フユ」
次いで、飛び出してきた猿型のモンスター。それが地面に降りると同時、地面から噴き出すように炎が舞い上がる。火に巻かれて踊る様にのたうち回るモンスターだが、それを追尾するように地面から伸びた火柱が揺らめく。
「えげつない」
結局、絶命するまで延々と焼き尽くされたモンスターが灰燼と消える。その場に残されたのは透明の石だけだ。ゲームにはない、一瞬では殺しきれない生命力の残虐さに、思わずカヤノが愚痴を漏らす。
当然、最初の一匹や二匹でモンスターの襲撃が終わることはなく、さながらタワーディフェンスのように、カヤノ目がけてモンスターが次々と森の向こうから飛び出してくる。
サイスは自己申告でもあった通り、あまり戦闘が得意ではないらしく、何とか後ろに逸らさないようモンスターを足止めするのが精いっぱいだ。
それに比べて、サクの働きぶりは縦横無尽と言えた。石弾による牽制と火柱による確殺、それに加えて本人の近接能力も格段に高い。時にはモンスターを一太刀で仕留めることさえある。これで後ろを振り向かないという行動制限を遵守しているのだから、底が知れない。
「いいぞー、やれやれー」
モンスターのやる気スイッチと化したカヤノが呑気に声援を送る。
戦闘開始直後こそ、緊張感を抱いて身構えていたが、モンスターを次々に屠る様子をみて、カヤノはすっかり気が抜けてしまっていた。
「終わったら褒めてくれるかな、カヤノちゃん」
「もう、帰りたい」
わんこのように尻尾をぱたぱたと振るサクと、幼馴染と肩を並べることに苦痛を覚えるサイス。
既にモンスターの大攻勢もピークを過ぎたのか、二人には軽口を叩く余裕すらあった。それに最後の一匹を屠ってから少し時間も経っている。
もっとも油断する瞬間だった。
既に弾切れと踏んでいた二人の虚を突いて、モンスターが森の奥から飛び出してきた。
サイスの肉壁も、サクの鋭い牙も届かない。戦線を抜いたモンスターがカヤノ目がけて一直線に迫る。
「カヤノちゃ――!」
戦闘前、カヤノがサクに課した縛りがあった。
これまで忠実に守ってきたそれを、とっさのことに忘れる。振り返って、モンスターが目指す先、カヤノの方へ視線を向ける。
そこで繰り広げられて光景は、まるで御伽噺であった。
眼前に迫るモンスターに対して、カヤノが無造作に右手を突き出す。
発達した前腕がカヤノのからだを破壊せんと振り上げられる。触れれば肉を骨ごと持っていかれるのは確実だが、そんな未来は存在しない。
無造作に突き出されたカヤノの右手が、それら前腕をかいくぐって相手の眉間に届いた。そして、指先が何の抵抗もなく相手の眉間にぞぶりと埋まる。
「殺しきった!?」
カヤノの指が素早く引き抜かれる。同時に、モンスターは実態を維持しきれなくなって霧散した。
あとに残されたのはカヤノただ一人。引き抜かれた指先に小さな宝石の姿があった。
「って、びっくりしてる場合じゃない。カヤノさん、ご無事ですか」
サイスの声かけに反応して、カヤノが肩をびくんと揺らす。声の主を探して視線をさ迷わせ、すぐに見つけて、無表情から喜色へと移り変わる。
「お、おー。見たか、オレの素晴らしい活、や、く……を?」
そして喜色から青色に。
カヤノの視線の先にはサク。バッチリと目が合った。そしてカヤノはいまフードを脱いで、頭を、髪を曝け出していた。
つまり、サクへの束縛と略奪を焚きつける艶髪の発動条件は整っていた。




