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16.論理的思考、時々、直感

前回までのあらすじ

ケモミミ少女のサクは自分こそがしっかりしないと、このグループはダメになるwと気合を入れた。

「……トイレ」


 サクが顔を真っ赤にしたまま焚火から離れていった。

 カヤノは闇に消えてい行く後姿を見送った後、再び視線を火へ戻しぼしょりと呟く。


「なあ、これは興味本位の話なんだけど、濡れた洗濯物ってアーズィ(燃焼)の出番? それとも水関係だし、シース(浄化)で問題ないんだろうか?」


「唐突ですね。でもまあ、濡れてるならアーズィ(燃焼)の出番だと思います。そもそも濡れた洗濯物っていうのがイメージわかないですけど」


「ふ、ふぅーん。そうか、べんりだなー。まほー」


 カヤノはもどかしそうにからだをよじると、鹿肉に手をつけているサイスから視線を逸らした。そして、サクが消えた方向をしばらくじっと見続けて、思考を垂れ流すように口を開く。


「……そういえばサクちゃんはステータス異常にかかってたりしなかったか?」


「ステータス異常?」


 サイスがいまいち要領を得ないといった感じに首をひねる。詳しい話を訊ねようとすると、カヤノが気まずそうにフードを両手で押さえていた。


「いや、ほら。サクちゃんは星憑きだって話だろ? 呪いも魔力も似たようなものだし、フードを被ったところであの獣耳からは丸見えだったりしないかなーと憶測を立ててみた」


 その考えを聞いて、ようやくサイスは納得いったと言う様子で頷いた。

 そして笑顔で否定した。サクはカヤノの呪い、束縛と略奪(フェイタル)()焚きつける艶髪(スタンピード)にかかっていない。魅了状態ではないとはっきり告げた。


「え、魅了じゃないの!? 言い方はアレだけど、しっかり発情してただろ。ケモミミ触られて、童女の手の平にキュンキュンするとか、人間として、その……いいのか?」


 カヤノが口元を押さえ、困惑したように視線をさ迷わせる。

 サクの乱れっぷりに辻褄合わせ出来そうな素材がないか、懸命に探して脳をフル回転させる。だが、何も見つからない。カヤノは異世界で出会ったいたいけな少女が尖った趣味を持っているかもしれない、という事実を素直に受け止められなかった。


「僕の意見になりますが……。サクとは、かれこれ8年くらいの付き合いになります。まー、全部知ってたつもりでしたが、意外と新しい一面を発見するものだな、としか」


「それで片づけちゃうサイスくんはメンタルタフだなあ」


 それに比べて、サクの一面をしっかり受け止めたらしいサイスの言葉は金言だった。でも、とても真似できそうになかったので、カヤノは笑い流すことにした。正直、無理だった。


「それで、今日はもうおやすみになりますか?」


 色々ありすぎて地面に仰向けのままぶっ倒れたカヤノに、サイスがこの後の予定を確認する。しかし、返答はNO。カヤノは天に突き出した手を左右に振り、サイスが困惑している間に上半身を起こす。


「ああ、いや。せっかくだし、メシを食ったら下に降りる」


「いまから森に? 真っ暗ですよ?」


「時間は有限だからな。高台で火をおこせば、この森のどこかにいるサクちゃんのオヤジさんだっていやでも気づく。あとは書置きでも残せば連絡はつくだろ。当初の目的は十分に果たしたよ。それに……」


 ごにょごにょと最後に一文は誰にも伝わらなかった。だが、サイスはそれ以前の言葉に驚いているようだった。食べる手を止めて、ぽかんとした表情でカヤノを見つめている。


「カヤノさん、すごい。僕はてっきりいつもの我儘なだけだと思ってましたよ、この大休憩。辺りが暗くなるのを待ってたんですね。ちゃんと意味はあったんだ。言ってくれれば素直に賛成してたのに……。にくい演出するなあ」


「ああ、うざい。サイスくん、うざい」


 掛け値なしの褒め言葉に、カヤノが顔を真っ赤にして照れていた。しかも、そっぽを向いても羨望のまなざしで見ることをやめない。


「はー……。あれ、サイス。そんなに興奮してどうしたの?」


「聞いてよ、サク。カヤノさん、適当な理由をつけてここで休憩してたのにもきちんと狙いがあったんだ。これっぽっちも気取らせないなんてって、感動してたんだ」


 サイスが感動を押し付けるようにして、戻ってきたサクを巻き込んだ。


「ああ、そうなんだ。えと……、ありがと、ね?」


 けれど、サクの返答はぎこちないものだった。


 それもそのはず、サクはつい先ほど痴態を晒した後だ。そこへ深く追求をしないのはありがたかったが、ここまで普段通りに接されるのは、完全に想定の範疇を超えていた。

 ひとりになって理論武装したのも却ってアダとなり、普段通りの反応を遠ざけた。


 そんな二人のちぐはぐなやり取りにうんざりして、カヤノが嘆息と共に立ち上がる。


「その話はもういい。あー、ちょっとキジ撃ってくる。書置きの準備と焚火の始末は任せた」


「は? きじ? なんですか?」


「はー、この言い回しは通じないんだな。トイレだよ、戻ったら出発するからな」


 カヤノは面倒くさそうに頭をかくと、そのまま振り返らずに闇の奥へと消えた。




 夜の森はカヤノが想像している以上に暗かった。足元には月明かりも届かないので、こうやって歩いていても何を踏んづけているかすら把握できない。


 微かに見える二人の後姿と、土を蹴る物音を頼りに進んではいるが、結構な頻度で躓き、引っ掛け、転びそうになる。そうしているうちにも、カヤノが木の根に派手に足を引っかけた。


「うがー、サイスくん。明かりだ、明かり。こんなんやってられっかー!」


「内心、そろそろかなーって思ってましたよ。もう」


 サイスはため息をつくと、あとは頼んだと言わんばかりに隣を歩いていたサクへ顔を向ける。


「だから、必須魔術くらい使えるようになりなさいな。グータ(再生)シース(浄化)フユ(分解)アーズィ(燃焼)


 サクがカヤノに向けて魔術を放つと、鬼火のような球体がカヤノの頭部周辺に現れ、昼間のような強い光で周囲を照らした。

 カヤノが景色の一変した様子に感嘆する。むやみに首を動かしたり、手に届きそうな距離にある球体に手を伸ばしたりと、好奇心を抑えきれないようだ。


「ヘッドライトより快適だな。ある意味、懐中電灯の最終形……」


「やれやれ」


 サイスが呆れたように嘆息する。サクもカヤノの様子に引っ掛かる部分があったのか、遠目で彼女を注視しつつ、ゆっくりとサイスの方へ近づいてくる。


「ライトの魔術も知らないんだね、カヤノちゃん」


「あの人は、まあ……。色々あるんだよ、ホントに」


 ひそひそと小声で話しかけたサクに、サイスは苦笑して答える。

 サクの言う通り、ライトの魔術はこの世界で暮らしていれば、誰もが必ず目にするメジャーなものであり、それだけに目新しそうにしているカヤノの姿は異質だった。


「うーん、気になるなあ」


 サクが何気なく疑問を口にする。


「え、あ。違うよ。違うからね。そういうのじゃないからね。普通にね、普通の子供としてね」


 後ろめたいことでもあるように、焦って早口でまくしたてるサクをみて、サイスが呆れ顔になる。


「どうしよう、この幼馴染」


 突き放すようなサイスの言葉に追い詰められ、サクはますます混乱を深くする。


 そんなふうに錯乱していたサクが目に入ったのか、カヤノが好奇心を剥き出しにしたまま近寄ってくる。まさか原因が自分であるとは露ほども知らず、接近する程に混乱を深めていくサクをみて、カヤノの表情が怪訝そうなものに置き換わる。


「えっと、あわあわ」


「なんだか知らんが、面白い顔をしているな。だが、今は先を急ぐぞー、それサクちゃん」


 慌てふためくサクに、埒が明かない、とカヤノがサクの手を引いて歩き出す。サクはカヤノと握られた手、それらを交互に見つめ、困惑した様子で、引きずられるようにカヤノに付いて行く。 


「あー、カヤノさん」


 さすがにサクのことが気の毒に思えて、サイスがカヤノを呼び止める。

 隣には獣耳をぺたんと倒し、顔を真っ赤にしたまま俯くサクの姿があった。だが、それでいて尻尾はぱたぱたと左右に揺れているのだから救いがない。


「……まっすぐです。問題があれば声をかけますね」


 おー、とカヤノが軽快な返事をする。

 表面上はともかく、幼馴染が内心幸せそうなので放っておこうと心に決めると、サイスはカヤノの後について再び夜の森を歩き始めた。


(それにしても)


 モンスターがいる、とされる森だが、酷く静かだった。

 聞こえるのはせいぜい、土を踏み鳴らすカヤノの足音ぐらいだった。それに生物の気配も薄い。ともすれば、生きているのが三人だけのような錯覚に陥るほどだ。


 そんな中、サイスが異変を感じ取る。

 遠方は木々に阻まれ見通しはよくないが、サイスに見えるのは風景だけではない。


「カヤノさん、何だか変です。進めば進むほど魔力が薄くなってます」


「魔力」


「つまり、モンスターがいる可能性が低くなります」


 それを聞いてカヤノが天を仰いで唸る。


 サイスの発言はこの先を進んでも、調査は空振りに終わる可能性が高いという意味だった。魔力が薄ければ、それを必要とするモンスターも生息しない。

 もとより、モンスターが何かの原因で元の住処から追い出されて人里に降りてきたという推論を軸に、調査を行っているカヤノ達である。モンスターの住めない環境であるのなら、そこに原因がある可能性は低い。


「いい、行く。突き進むのだ」


 しかし、カヤノが下した結論は、それら前提や状況証拠を無視したものだった。

 この事態はさすがに見過ごせないと考えたサクだが、カヤノに対して瑕疵もあって強くは当たれない。どうにか考え直す方向に誘導できないかと言葉を探しながら彼女に訥々と話しかける。


「えっと、その。カヤノちゃん、あのね?」


「オレの第6感がこっちに何かあると囁いている。オレを信じろー」


 ふふは、と笑って、カヤノが力強くサクの手を引っ張った。何か言いかけたサクもその行為だけで黙ってしまった。大人しく素直にカヤノに付いて行く。


「……どうしよう、僕の幼馴染が手を繋がれただけで完全服従しちゃってる」


 サイスにとって、カヤノの言動や決定に不服はない。

 ただ、幼馴染のサクが目に見える速度でダメな方向に堕ちているのは、承服しかねる案件だった。


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