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15.星憑き

前回までのあらすじ

ケモミミ少女のサクは自分こそがしっかりしないと、このグループはダメになると気合を入れた。

 金髪金眼の童女は目の前でくつろぐ少女の、とある部分を凝視せずにはいられなかった。

 理性で自重し、どうにか自然に振舞おうと努力するも無駄だった。甘い誘惑に打ち勝つことが出来ない。愛らしさが凝縮されたそれを振り払うことが出来なかった。


「ん、なに?」


 視線に気づいたサクが微笑を浮かべてからだを揺らす。

 からだの一部であるそれも揺れる。

 本人は意識していないが、小刻みに揺れるそれはまるで別の生き物が如くだった。


「どうしたの? ずっとこっちを見てる。何か変だった?」


 それは誰よりも感情的だった。

 自信なさげに伏される瞳よりも、微かに震える声音よりも、寄る辺を失いさ迷う指先よりも。

 だから、


「サクちゃん、その耳触らせて」


 カヤノは蕩けきった表情を浮かべて、その願いを請うた。そこに人の尊厳はなかった。




 カヤノ達が丘の頂上にたどり着いたのは、陽が山入端にかかる頃だった

 当初の予定では、頂上からの観測でモンスターの奇行の原因を見つけるはずだった。それ自体は上手くいき、ある程度の当たりをつけることに成功した。

 それからすぐに行動を起こせば、陽が沈む前にすべてを片づけることも出来たかもしれない。

 だが、ダメだった。


 カヤノが飽きた。

 それまで真剣にクエストに取り組んでいたカヤノだったが、唐突に飽きたと言ってその場に居座った。

 冷静になってみれば、カヤノは前の村からこの森まで歩きずくめだった。中身こそアレだが、ガワは童女なのでそれ相応の体力しかない。


 だからサイスはこの場に留まり、大休憩を取ることを決めた。


 そして、現在――。


 サクは常人のそれでない視線を受けて思わず頭にあるとんがった獣耳を両手で覆い隠した。

 この場にはカヤノとサクしかいない。サイスは別行動をしている。つまり、サクは自分自身でこの場を乗り切るしかなかった。


 もっとも――、


「……どうしても触りたいの?」


 カヤノが何度も首を縦に振る。

 サクからの視点だと、子供が興味本位で請いているだけだ。しかも相手は同性。


「しょうがないなあ。……いいよ」


 サクが手を頭から胸の前へ、そして相手が触りやすよう頭を傾ける。

 つまり、サクは非常にちょろかった。


「おお、わんこみみ。わんこみみ」


 カヤノは手を伸ばしてサクの獣耳を手の平で包むようにやんわりと握った。

 サクが小さく嬌声を漏らし、それにびっくりしてカヤノが手を引っ込める。


「あ、ごめんね。思ったよりカヤノちゃんの手が熱くて。ん、もう大丈夫だから」


「サクちゃんは……、なんだっけか」


 まずは獣耳の全体を味わう為に、耳以外の頭も同時に撫でる。サクはくすぐったいようで、時々我慢しきれずに小さく声が漏れる。


「んぅ……、星憑きのこと?」


「それだ。あまりよくは知らないんだが、珍しいのか?」


「珍しくはないかな。大きな町へ行けば、すれ違う程度にはいるもの。ああ、でも開拓村みたいな辺鄙な場所だと、珍しくはあるかも……っね」


「ほほう。ケモミミっこは市民権を得てるのか。これはどう?」


 ぐにぐにと耳の天辺をこする。くすぐったいのか、付け根の部分がぴくりぴくりと跳ねる。


「あんまり、強くしちゃダメだからね。繊細なんだから」


「しない、しない。でも、普通に人間の耳も付いてるんだな。だとすると、ここは何のために付いてる?」


「一般には……。魔力を感じるための器官だって言われてる。目で視るし、耳で聴く。そういうのと同じように魔力を視たり聴いたりする……の、かな」


 獣耳の付け根をこりこりといじると、サクが堪えきれないようにからだを震わせた。

 カヤノは気付いていないが、サクの目はうるんでいるし、顔も少しだけ赤らんでいる。


「尻尾も?」


「尻尾も。だから、星憑きは一般的に魔力の扱いに長けてる人種な、のっ……!」


 すっと尻尾に伸ばした手をサクが払う。

 抗議するように顔を覗き込んだカヤノと、上目遣いで見上げるサクと視線がぶつかるが、互いに一歩も引かない。カヤノは気を取り直すと、手中にある獣耳へと意識を集中させる。


「最初は……、カヤノちゃんもおなじ星憑きかと思ってた」


 何故、と問う前にサクの手が伸びて、カヤノの頭をフード越しに撫でつける。


「ほら、こんな風にフードつけて……。私も小さなころ、この耳を隠したくて仕方なかった時期があったもの。勘違いしちゃった」


「あー、あるな。そういう年頃。人と違うとダメな奴」


 カヤノが同調すると、サクは嬉しそうに頬を緩ませた。

 ついでに尻尾がぱたりぱたりと左右に揺れ始めたが、本人が気付いていないのでカヤノは見守ることにした。


「……なんか、一方的に触られ続けるのもなんだか癪」


「いいよ。でも、歯茎触らせろっていうのは無しな。さすがに受け止めきれない」


「なにそれ」


 サクがぷっと噴き出す。


「あのね、手……。子供の手、好きなの」


 カヤノがグルーミング中とは違う手をサクの前で差し出す。すぐに迎え入れるようにサクがその手を受け止める。だらりと垂れたこぶしを分け入る様にサクの手が押し開いていく。


「子供の手って、ちいさくて、やわらかくて、守ってあげたくなるよね」


「そーね、んぅ」


 サクの親指の腹がカヤノの手の平をじっくりと揉みしだいていく。

 微かな痛みを伴ったそれは、気に掛ける程ではないが、かと言って無視できるほど小さくもない。反射的に出る声を、無理に止めようとした結果、くぐもった声が無意識にこぼれる。


「子供って、ほんのり温かくてね。好きなの。好き」


「ふっ……ふぅ、ん、なんか変」


 蠱惑的な笑みだった。

 小さく握られたカヤノの拳、その指と指の間にサクが自身の指を絡ませていく。ちょうど恋人つなぎのようなものになるのだが、カヤノにとってそれは未知だった。


 一方的に蹂躙される形。

 本来の在りようを突きつけられるような受け身の姿勢。

 かつての立ち位置と真逆、決して認められるはずのない感覚に混乱する。


 こりこり、ぐにぐに、こりこり、ぐにぐに。

 お互いに言葉を捨てて、ただ相手の急所をまさぐりあう。


 そして、ずっと平衡を保っていた天秤が傾こう、そういう瞬間だった。


「あー。二時間くらいでいいですか?」


「違う!」


 第三者、つまりサイスが気まずそうに声をかけた。

 互いに向き合っていたため、たまたま先に見つけたカヤノの方が大声で否定する。


「えー」


「えーじゃない。サクちゃんもしっかりしろ」


「んにゃぴ……、ふにゃあ」


「やっぱり」


「オレはグルーミングしてただけだ。やましいことなんてない」


 サクは夢見心地のまま、焦点の定まらない様子で、だらしなく口を開いている。それはカヤノが獣耳のグルーミングを止めても変わらずだった。


「サクちゃんも……。あ、ダメだコレ」


 サクとカヤノの手は恋人つなぎで繋がれたままだ。無理に引きはがそうにも、相手は大人。圧倒的なフィジカルの差が壁となっていた。


「まー、いいですよ。僕は理解のある方ですから」


「懐の広さよりも、良識を自慢できるようになったらどうだ?」


 カヤノが手から伝わる甘い刺激に顔を赤くさせながら、激昂する。

 なお、サイスには伝わらず、素知らぬ顔でおこした焚火に鍋をかけていた。そもそもカヤノのほうへ顔すら向けていない。


「それでー、この後のことですけど」


「ああ、情事はあくまで見ないフリなんだな。いいぞ、乗ってやる」


「何故、ケンカ腰……? いいですけど」


 サイスが木串を打った鹿肉を焚火の周囲に差していく。程なくして、脂の爆ぜる香ばしい音が鳴り始めた。


「一応、確認しますね。僕らがここから確認できたのは、この森が山、川、渓谷、の三カ所に囲まれているということ」


「んぅ……。いい加減、正気に戻ろう、な? もう耳は触ってないぞー」


「ふぅ……、っん。ダメなの、これ、しゅきぃ」


「それから山の方で大規模な地崩れの後が観測できたこと」


「おい、サイスくん。幼馴染なら止め方とか知ってるだろ。教えろ下さい」


「ここからは僕の推論ですけど、やっぱり山方面に何かあると踏んで間違いないと思うんですよね。最悪なのは地崩れが原因で餌が少なくなった、みたいな僕らの力で解決できないケースですけど」


「ねえ、そっちの手も握って、いい? カヤノちゃんの体温好き」


「サイスくん? サイスくん、サイスくん、サイスくん!」


「なるべく早い内に調査したかったんですけど、カヤノさんが我儘言わなければなぁ」


「おい、サイスくん。ちょっと、だいぶ、これ以上はきついから……」


「えへへ、つーかまえた」


 サクがカヤノを押し倒す。既に両手を封じられた彼女が、体格差で劣るこの状況を打破する術はない。


「出発は早くて朝かなあ? 夜の森は見通し悪くて危険だし」


 丘の上から見渡せる真っ暗な森。

 サイスは吸い込まれるような闇を見ながら大きくため息をついた。背後の喧騒には聞こえないふりをした。


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